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111話「鬼のいる間に出立」

 

 目を開けるとこちらを覗きこむ二人の鬼がいた。勇儀と萃香だ。

 

 「お、目が覚めたぞ!」

 

 俺は気絶していたようだ。いつの間にか居酒屋の中へ運び込まれていた。

 体調はすこぶる悪い。いつでも再び気絶できそうな意識を何とか保ちつつ、先ほどの戦闘のことを思い出す。俺は生きている。ということは、勝ったのか? 俺が最後に覚えている記憶の中では、確かに勇儀に尻もちをつかせていた。

 

 「え、俺、勝ったの?」

 

 「ああ、そうだ! 葉裏は勝ったんだぞ!」

 

 「ま、ままま、マジで!? 超マジで!?」

 

 「マジマジ!」

 

 こうしてはいられない。痛みをこらえて立ち上がる。この喜びをいかにして表現したものか。ああ、思いつかない。思いつかないよ!

 

 「葉裏、踊るぞ!」

 

 「よしきた!」

 

 勇儀と萃香と俺は三人で手を取って輪になり、笑いながらくるくると意味もなく回りだした。

 

 「酒も飲め!」

 

 「がってん!」

 

 萃香が俺の口にひょうたんを突っ込んでくる。強制的に食道に流し込まれた酒が、ぐちゃぐちゃに傷ついた五臓六腑に容赦なくしみわたる。痛い痛い。たまらず吐き出すと、清酒のはずがワインより赤く色づいて出てきた。モザイク処理しないとお見せできないような具が混ざっている。

 

 「ご、ごめん!」

 

 「ちょ、おまいらもちつけ……」

 

 「大丈夫か、葉裏!?」

 

 「大丈夫じゃねえよ。お前のパンチのせいで普通に内臓破裂してるから。ていうか、なんで負けたのに俺よりテンション高いんだよ。逆に引くわ」

 

 萃香は俺の勝利を祝ってくれても別に不思議ではないが、勇儀までこの浮かれ調子とは。鬼は勝負事で負けるとものすごく悔しがるものだと思っていたのだが。

 

 「いや、アタシはずっと待ってたんだよ。葉裏がアタシを倒す日が来ることをね」

 

 「なんでまた」

 

 「あんたの啖呵を信じてたのさ。むしろ、ここまでアタシを待たせたことを怒りたいくらいだ」

 

 そう言う勇儀の表情は、まるで娘の門出を見送る親のようなほがらかさがあった。なるほど、これが姐さんと慕われる勇儀の魅力か。

 

 「まあ、何千回も葉裏を殴り倒し続けてきたから、何だか幼女虐待してるみたいで良心が苛まれたというのもあるけど」

 

 俺はお前より年上だ。だが、俺の外見は本当に幼女なので何も言えない。

 

 「しかし、よく勝てたもんだ。自分でもびっくりだぜ。最後の攻撃とか、ひょろひょろで鬼に効果なんかなかったと思うんだが。それ以前に勇儀なら避けられただろ」

 

 体はボロボロでまともに走れず、攻撃時も隙だらけで狙いも見え見えだったはずだ。鬼じゃなくても誰だろうと避けられる。それに俺の腕も砕けてしまった。攻撃自体に勇儀が怯むほどのダメージがあったとは思えない。

 

 「避けられなかったよ。あんたの気迫に負けた」

 

 「気迫って……手加減してくれたってことか?」

 

 「それは違う。あのときの葉裏には、確かにそれがあったんだ。なんていうか、説明しづらいんだが……」

 

 「私もあのときその場にいたから見てたよ。逆らってはいけない雰囲気というか、従わざるを得ない空気というか、そういうのが本当にあった。一瞬だけ葉裏が鬼子母神様みたいに見えて驚いたよ」

 

 え、そんなのあったの。自分では全然わからない。“カリスマ”のようなものだろうか。ピンチをチャンスに変えた俺は、自分でも気づかなかったカリスマに目覚めてしまったというのか。

 

 「もしかして、今もカリスマオーラがあふれ出てたりするの?」

 

 「いや、まったく。いつもの葉裏だよ」

 

 ちっ、使えねえ。もっと頑張れよ、俺のカリスマ。

 

 「とにかく! アタシは葉裏が示したルールの上での勝負を行った。どんな条件だろうと決まりは守る。その決まりの上で、全力を尽くしてアタシは負けたんだ。あんただって全力で闘って勝った。それを誇れ。今度、手加減しただの言い出したら本気でブン殴るよ!」

 

 「は、はい!」

 

 勇儀がこええ。今殴られたらとてもギャグではすまなさそうなので、おとなしく勇儀さんの言うとおり、勝利の美酒に酔いしれるとしよう。

 

 「わーいわーい、勇儀に勝ったー! 俺、勇儀より強いしー! 鬼の四天王とか超余裕ー!」

 

 「そこまで開き直られると、それはそれでブン殴りたい気分になるな……」

 

 「よーし、じゃあ次は私と勝負しよう、葉裏!」

 

 「すんません、勘弁してください」

 

 素直な気持ちで萃香に頭を下げる。もうあんな奇跡は二度も起きないだろう。それにこちらは満身創痍。両腕もない状態だ。まず面倒くさいからやりたくない。

 

 「それにしても、今日の葉裏は気合いが入ってたね。何かあったの?」

 

 「ああ、勝負が始まる前にも言ったけど、俺はすぐにでも地底から出るつもりだ」

 

 勇儀たちは神妙な顔つきになる。地底は封印された妖怪たちが集まる場所だ。そこから外に出るということは、本来許されることではない。そんなことは言われるまでもなく理解できる。だからこそ、それを承知した上でここから離れるということは、妖怪たちにとって重大な事情がなければありえないことだ。

 

 「地上に出る気か? どうしてか、聞いていいか?」

 

 「うん、月がね、見たくなったんだ」

 

 「……ふむ、それで?」

 

 「いや、それだけ」

 

 勇儀たちは、今度はあっけにとられた表情になる。月が見たいとは、何かの暗喩的な表現か、それとも重い話の導入かと思っていたみたいだが、あいにくとそんな込み入った理由ではない。

 鬼は嘘を嫌う。だから嘘にも敏感で、つけばすぐに露見する。だから勇儀たちにはわかるだろう。俺は嘘をついていない。ただ月が見たいという理由だけで地底を去ろうとしていることは偽りのない本音だ。

 

 「前から変わってるとは思ってたけど、葉裏は相当だな。そんな歌人めいたことを急に言いだすなんて」

 

 そんな綺麗な理由じゃないが。風流を嗜みに月見に行くわけではない。

 

 「あーあ、また行っちゃうのか。葉裏に私もついて行こうかなー」

 

 「こら萃香、何言ってるんだ。そんなに早く出戻りしたら、地底に来た意味がないだろ」

 

 鬼が地底に来た理由。人間が妖怪に対抗する力を持ち始めた。神による群雄割拠の時代がきた。他にも色々事情があるようだが、一番の理由は彼らが人間との“遊び”に白けたものを感じてしまったことが大きいようだ。鬼は勝負好きで、酒呑みで、喧嘩っ早く、怪力で、迷惑極まりない。やることなすこと、人間がそれに付き合っていては身が持たない。双方が住み分けを行うことは必然だったのだろう。

 ただ、妖怪にとって人間との住み分けを考えること自体がおかしなことではある。普通の妖怪なら殺し合いを選ぶはずだ。そこが鬼の変わったところで、奴らは人間を心底憎むようなことをあまりしない。鬼にとって人間は、ときにうまい飯であり、ときにからかって遊ぶオモチャであり、ときに退治する側とされる側の関係であり、ときに友人だ。愚直なくせに、なんとも判然としない連中である。

 それはともかく。

 

 「ま、そういうことで俺は行くぜ」

 

 置き土産に、試作した柴漬けを甲羅から取り出して萃香に渡す。甲羅は鎖で背中に巻きつけてもらった。この甲羅の重さが地味に体力を削ってくるが、置いて行くわけにもいくまい。

 

 「葉裏が言っても聞かない性格してることは知ってるから、引き留めることはしないでおこう」

 

 「おう。あ、それと俺がつるんでた仲間を見かけたら、よろしく言っておいてくれ」

 

 「……別れを告げずに出てきたのか?」

 

 勇儀と萃香とはこうして気軽に話ができるが、船の奴らはいちいち反応が面倒くさそうだ。まあ、正直なところ俺が単に顔を会わせづらいという理由がほとんどだ。その程度には、俺もあいつらと仲良くなれたということだろうか。

 


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