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109話「三歩必殺」

 

 「はっ! 全然効かねえよ。それが天下の大妖怪、鬼の四天王、星熊勇儀様の力ってわけか? 笑わせてくれるね。こりゃ、全力を出すまでもない」

 

 「……なんだと?」

 

 わかりやすい挑発だが、勇儀の癇に障ったようだ。攻撃は若干苛烈になる。だがその分、直情的な攻撃は予測しやすい。一撃でももらえば即座に意識を絶たれるとわかる猛烈なパンチの間を縫うようにかわしていく。俺がこの戦いで唯一勇儀よりも有利なところがあるとすれば、小回りが利くこの体の小ささだ。顔には余裕綽々の笑顔を何とか張りつけているが、冷や汗だけは止められそうにない。

 

 「そうか、これじゃあんたには生ぬるかったみたいだね。だったら……」

 

 振りかぶられた腕が急に止まる。フェイントだ。勇儀は鬼だからか、あまりこういうやり口を好まない。フェイントなど使わずともその攻撃は十分、俺を捉えきれるほどの速度があるのだ。

 迂闊だった。心臓は早鐘のように脈打つ。口の中が干からびるように喉が渇いた。どんな動きにも対処できるように身を縮こませて防御に徹する。

 しかし、勇儀の動きを俺は読み切れなかった。能力を使えば予測できただろうが、それを言ってもしかたがない。強い踏み出し。気づいたときには宙に浮いていた。左腕をつかまれて、体を持ち上げられたのだ。まずい。このまま投げ技が決まればダウンになる。ダウン一回で負けが決まるというルールは、もちろん俺にだって適用されるのだ。

 慌てた俺は掴まれた腕をひねって、逆に勇儀の腕にしがみついた。もうプロレスだがボクシングだかわからなくなってきたが、最初から明確な規則など決めていない。足の裏以外の体のどこかが地面に着けばダウンである。それさえクリアすればダウンにならない。

 だが、このまま投げ返せればいいが、俺の体格的にそれはできそうにない。行き詰った。勇儀の動向を探ろうとして振り向いたとき、俺の背筋が凍る。

 

 「今から、あんたの全力を出させてやる。死にたくなければ、あがくんだ」

 

 拳はすでに放たれていた。勇儀は投げ技だの何だのということなど始めから気にしていない。ダウンを取るかどうかなんて気にしなくていい。ただその拳を振るうだけで、勝利は揺るがないのだ。

 防御は間に合わなかった。こめかみに直撃した拳が脳を揺らす。死んだかと思うほどの衝撃。だが、俺は自分が思っていた以上に頑丈だったようだ。それとも手加減されたのか。何とか生きていた。だから痛かった。それはすべてを諦めるには十分なほどの苦痛だった。

 

 「いたくねえよ……!」

 

 飛びそうになる意識をこらえて、うわべだけの威勢を吐き捨てる。勇儀に容赦はない。次の一撃が顎を砕く。口の中に折れた歯が転がり、生臭い血の味がひろがる。息ができなくなった。視界がぶれて定まらない。さっきまでこれ以上はないと思っていた痛みの度合いがさらに跳ね上がる。倍加どころか二乗になっていた。

 

 「い、いたくない……!」

 

 もう一発きた。何発も連続で撃ちつけられる。平衡感覚がなくなり、遠近感もなくなった。片目が見えなくなっている。目がつぶれたわけではなく、脳が機能していなかった。一撃食らうごとに体のどこかがおかしくなっていく。このままでは本当に死んでしまう。

 

 (殺法『腕抜けの術』)

 

 俺は最後の手段を使った。この殺法の効果は自分の腕を切り離すだけ。俺の腕はある意味、義手のようなものなのでこんな手品もできる。トカゲのしっぽのように勇儀につかまれていた左腕を自分から切断して脱出した。戦闘中においてあまりにも大きな代償だが、死ぬよりマシだ。

 

 「……アタシが見たいのはそういうちゃちな技じゃないんだ。いつまでそうやって逃げる気だい?」

 

 足元は、まるで綿を踏んでいるような感覚だった。言わずもがな、そこにあるのはただの地面だ。だが、少しでも気を抜けば転倒してしまう。そうしたら、俺の負け。負けてはならない。死ぬのが怖いからではない。それ以上に怖いものがある。負けてはならないのだ。

 もはや、返答をする余裕さえなかった。荒い息をのみこんで、ひたすら勇儀を睨みつける。

 だが、なぜだか笑いがこみあげてきた。痛くて、死にそうで。こんな馬鹿げた自殺行為に走ってまで自分を追い込む自分が笑えてしまった。それでも俺は狂気を使わない。狂気に身を任せない。

 

 「そう、そんなに死にたいか。ならもう終わりにしよう」

 

 勇儀が構えを取る。それを見て直感した。次に来る技を俺は知っている。

 腰を低く、腕を引き、前足を大きく踏み出した状態。そこから三歩の前進とともに繰り出される必殺の三連撃。その踏み込みは怒涛の勢いで敵を圧倒しながら後退させ、逃げる隙も防ぐ隙も与えない。俺がこれまで一度も攻略できたことのない技だ。出されたが最後、勝負が決まる。

 しかし、俺はその技に最後の希望を見出した。相手の連撃は三回。逆に言えば、その三回をしのぎ切れば、俺に攻撃の機会が巡ってくる。体力的にもそれが最後のチャンスだ。

 

 「……こい!」

 

 一撃目。

 右から横薙ぎの一閃が放たれる。すんでのところで後ろに跳んだ。鼻先を拳がかすめる。風圧だけでも吹き飛ばされそうな勢い。体が左にそれる。

 二撃目。

 今度は左右への退路を断つように、左からの正拳突きが来る。かわしきれない。俺は片方しか残っていない腕でガードする。手首から先がへし折れた。亀裂は腕の根元まで広がり、二つに裂ける寸前まで破壊される。だが、耐えた。耐えきった。

 次が、三撃目。

 今までこの技を何度か受けてきた。俺は絶対に三撃目を防ぎきれない。高速で繰り出される連続攻撃を予見することができないのだ。さらに一撃目と二撃目の追い込みによって、逃げる余地が全くなくなっている。

 それゆえに俺は、自分の勘に頼らないことに決めた。

 

 (ここだ!)

 

 俺は後退するのではなく、あえて前に踏み出す。三撃目が終わるのを待つのではない。三撃目と同時にこちらから仕掛けた。この最大の窮地において、すべての可能性を捨てたカウンターを狙いにいく。

 どこに攻撃を叩き込むか。その場所は頭部の一択。他の部分ではダメだ。俺が攻撃を当てられる機会はこの一発しかない。ダメージを蓄積させて疲労するのを待つ戦法が通じる相手ではない。この一撃で仕留めるためには頭部を狙うしかないのだ。相手の速度をも利用したカウンターが決まれば威力は倍増する。そこに俺の全力の拳を叩きつける!

 それでも俺が勝てる確率が、ほとんどないことは承知の上だ。鬼相手にどれだけ効果があるかわからない。だが、その低い可能性を覆す奇跡が起こる可能性に賭けるのだ。それを成功させるだけの運がなければ俺は死ぬ。それだけのことにすぎない。

 

 「もらったあああ!」

 

 俺は壊れかけの右腕を突き出し、勇儀に向かって飛びかかる。

 それに対して、勇儀は。

 三撃目。

 その一歩を大きく後ろに引いていた。

 


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