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108話「キレた青鬼」

 

 居酒屋の外に出た俺たちは向かい合って立つ。周囲には囃したてる鬼たちが集まって来た。いつもは数分で決着がつく見甲斐のない喧嘩だが、今日は勇儀の気迫が違っているからだ。その威容を表現する語彙力が俺にはないが、“鬼”がそこにいるということだけは間違いなかった。

 

 「あれだけ大見栄を切ったんだ。今日こそまともな勝負をしてもらうよ」

 

 「俺は自分の言質に責任を持つ妖怪だ。必ず勝つ」

 

 「よく言った。もし、あんたが負けたらそれは“嘘”だ。鬼に嘘をついたらどうなるかわかるね?」

 

 殺されるだろう。勇儀の殺気は本物だ。負ければ、死ぬ。勇儀が勝てば俺はここで終わりだ。

 

 「ルールには、相手を殺してはいけないって決まりはなかったはずだ」

 

 「ああ、そうとも」

 

 ダウンを取れば勝利というルールは、俺が勇儀に勝つために与えられたお情けだ。俺の力の制限状態で、普通に闘って鬼に勝つことは不可能である。まあ、ぶっちゃけダウン一回だろうと普通は無理である。要するに、こんなルールがあろうと鬼に勝つことは不可能である。

 いつもの勝負は俺がノックアウトされれば、そこで決着はついて放置される。しかし、ダウン中に追撃をかけてはならないというルールはない。相手の息の根を絶つまで血祭りにあげて構わないのだ。

 これは、スポーツではない。

 

 「葉裏、全力で来いッ!」

 

 正真正銘の殺し合いだ。

 

 * * *

 

 開始の合図はない。どちらかが踏み出せば、それが開戦の狼煙となる。

 すでに対峙したときから駆け引きは始まっていた。先手を取るか、後手を取るか。俺にとってはその最初の見極めを誤るだけで致命的なミスとなる。

 俺と勇儀は、同時に駆け出していた。

 

 「……!」

 

 普段は、勇儀の方から向かってくることはない。まずは俺が様子を見ながら接近していくのだが、今日は互いにぶつかっていった。それだけ、勇儀も本気だということか。

 右から拳が迫る。風を劈く一瞬の轟音が、肩の上を通り過ぎた。

 俺が勇儀と勝負をし始めた頃なら、この一撃で勝負はついていただろう。だが、伊達に千桁におよぶ闘いを繰り返してきたわけではない。勇儀の攻撃のクセはおおよそ把握している。予測ができれば回避も可能だ。相手の動きを“見る”ことに関して、俺は人一倍のセンスがあると自負している。勇儀の視線が俺のどこを捉えているか、構えから次のフォームに移るわずかな変化を見取り、次の攻撃を推測する。これは能力を使っているわけではない。純粋に修業の成果として体得した技術だ。視覚的な空間認識は俺の得意とする分野である。

 後は直感と反射神経の問題だ。そして、運。いくら勇儀の攻撃の特徴がわかっていると言っても、そのパターンは数百におよび、さらにその組み合わせは予想すらつかないほど膨大だ。単純な速さの勝負ならば、言うまでもなく俺が負けている。偶然が味方につかなければ、頭の中で回避可能であったとしても体がそれについていかないし、二手三手先で追い込まれてしまう。

 ともあれ、初手はかわした。この隙に反撃する。だが、この段階においても、俺には絶望的な不利が生じる。それは身長の違いだ。長身の勇儀に比べ、俺の背は小学生サイズ。勇儀の上体を狙おうとすれば、大きな隙ができてしまう。次の攻撃を回避するためにも、コンパクトでスピーディな小技を使うという選択肢しか俺には残されていない。

 勇儀の足にローキックを叩き込む。

 

 「ぐっ……!」

 

 しかし、その足は地面に根を張ったかのごとく微動だにしない。勇儀の細くて綺麗な体躯は、だがその見た目に反して屈強である。なぜなら、彼女は鬼。容姿に騙されてはいけない。その頑丈さからすれば、俺の蹴り一つで揺らぐ方が不自然だ。逆に蹴ったこちらの足の方が痛い。

 

 「それで攻撃したつもりか?」

 

 間髪入れず、拳が来る。瞬時に避けられないと判断。腕でガードして受けとめながら、衝撃を和らげるために後ろに跳んだ。

 べきりと嫌な音がする。もともと腕は負傷していた。右腕に入っていた亀裂は大きくなり、一部が壊れて崩れ落ちる。木製となった腕自体に痛みはない。しかし、肩関節は生身であり、受け止めた衝撃はそこまで響いている。昼間に勇儀と闘ったときの傷が疼きだした。まだ完全に回復していない。熱をもってジクジクと痛みを訴える。

 

 「そんな怪我をしていながら、おまけに力を出し惜しみする。それで私に勝てるとでも思ってるのか?」

 

 「こんなもんは怪我のうちに入らねえよ」

 

 内心を隠して虚勢を張る。一発受けただけでこの様か。痛みで次の手も考えられなくなる。これでも勇儀は手加減しているのだ。萃香の攻撃を受けた俺ならわかる。鬼の本気はこんなもんじゃない。

 以前の俺なら、この程度の痛みは狂気で打ち消していた。これより小さな痛みだってすぐに狂気で相殺した。妖力過活性化の力を使えば、死ぬほどの重傷を負っていてもそれを気にせずに戦えるのだ。

 だが、それを封印した今はどうか。たった一発、殴られただけでその痛みのことしか考えられなくなる。こいしは俺の心が強いと言ったが、そんなことはない。勇儀との勝負をし始めてからというもの、俺は日常生活においても狂気の使用を封じた。俺は狂気に頼り過ぎていたのだ。

 俺は月面戦争のとき依姫から心を壊されて、一時的に妖力活性化に不調をきたした。正直、焦った。その力がなければ、俺の強さなどたかが知れているのだ。焦りは募りに募り、俺の不調は一向によくならなかった。そのうち俺は、狂気を使うことを控えるようになる。

 なんという体たらく。鬼に無謀な勝負を挑んだのは、半分は自棄、後の半分はそんな自分を変えたいと思ったからだ。俺の心はあのときから壊されたまま、何も変わっていない。それを元に戻さなければ、どんなに肉体的な修行を重ねようと強くなどなれるものか。

 俺の心は弱い。だから、変える。

 今まではその思いから目をそらしていた。だが、今日は、今は違う。

 あともう少しでそれに気づけそうなんだ。だから頼む、こんな情けない俺だけど、力を貸してくれ、勇儀。

 


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