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105話「日の昇らぬ昼」

 

 「お燐じゃないか。ちょうどいいところに来たね」

 

 「にゃーん? 私に何か用かな?」

 

 全速力で走っていたお燐が急ブレーキをかけて俺たちの前に止まる。お燐の統率するゾンビフェアリーたちがそのスピードについていけず、遅れてこちらにやってきた。

 

 「今、葉裏を運んでるとこなの。その猫車に、ついでに乗せて行ってくれない?」

 

 「だめだめ! この私の愛機は死体専用だよ!」

 

 お燐はにべもなく断る。いつもはこの猫車に死体を乗せて走りまわっているのだ。死体鑑賞が趣味の変態猫である。地底中の死体を集めては、灼熱地獄の炎にくべて燃料として利用しているのだ。今日は仕事上がりなのか、それともこれから調達に行くのか、猫車に死体は積まれていなかった。

 何も積んでいなくても、そんなところに乗りたくはないが。

 

 「空いてるんだからいいじゃない」

 

 「それでもタダというわけにはいかないねえ。葉裏特製漬物をおすそわけしてくれるというのなら特別に乗せてあげよう」

 

 俺の甲羅は今でも聖輦船の漬物桶の上で稼働中である。まあ、おすそわけくらいお安い御用だ。俺はヤマメの背中からお燐の猫車の上に移される。くっ、もう少しヤマメちゃんの人肌の温もりを感じたかった。

 

 「よしっ、これでお夕飯に一品追加できる! さあ、それじゃあ灼熱地獄跡の炉に向けてレッツゴー!」

 

 「そこじゃねえ!」

 

 * * *

 

 船まで運んでもらった俺は、ヤマメとお燐に漬物を配ってから家に帰した。お燐は今度ぜひ死体のホルマリン漬けを作ってくれと依頼されたが、無言で追い返した。それはもう漬物ってレベルじゃない。

 

 「おう葉裏、おかえり」

 

 「ただいま」

 

 暑苦しい雲オヤジに迎えられた。雲山は相変わらずの色白筋肉である。今日も筋トレに励んでいるようだ。船の甲板で腹筋をしていた。

 

 「うーん、ここはこうして、これがあれで……」

 

 傷む体を引きずって船室に入ると、一輪がテーブルを前に考え込んでいる。また船の修理について頭を悩ませているようだ。

 聖輦船の修理は随分前に大方が完了した。飛行機能も取り戻している。ただし、天井がすぐそこにある地底で巨大な船を飛ばすことなどできないが。俺たちがここに落ちてきたときの穴はもうない。地底と地上は距離的にもそうだが、なにより超常現象的に隔絶した世界なのだ。冥界と同じような場所である。簡単に行き来できるようでは妖怪たちが地底に封印される意味がない。現状では、船ごと外に出られる方法はなさそうである。

 ところで、船は地底に落ちた際に大きなダメージを受けた。船体は傷つき、その破片が飛び散ったのだ。これがただの船だったのならある程度のささいな損傷は問題にならない。代わりの木材で修復ができる。しかし聖輦船のもとの形である飛倉は、それ自体が高密度の法力がこもった宝具なのだ。たとえ板きれ一枚と言っても替えはきかない。そのため、指の先ほどしかない木くずだろうと集めて再利用しないといけないのだ。

 幸いにも飛倉の破片は宙に浮かぶし、その法力も感知できるので探し出すことは難しくない。集めた欠片は、主に村紗と一輪が地道に組み合わせて元の形に戻している。修理というより鑑識の証拠検証作業の如くである。ちゃんと全部集めないと飛倉の全機能を開放できないので手は抜けない。

 いつもは村紗も一緒になってうんうん唸っているのだが、今はいないようだ。どこに行ったのかは、においでわかった。この強烈なカレー臭からして、おそらく厨房にいるはずだ。今日の料理当番は村紗か。

 

 「はいっ、キャプテンムラサ特製カレーおまちどう!」

 

 村紗が嬉々としてカレーを配膳していく。最初はなんでカレーなんて作れるのか驚いた。村紗によると、昔、聖輦船の船長となり調子に乗った彼女が七つの海を航海していた頃、突然の嵐により難破しそうになった。漂流の末、謎の大陸に到着した村紗は、そこで異国の民との交流を果たした。『オネイサーン、チョットコレ、タベテミテヨー』と、インド人に勧められて無理やり食べさせられたカレー。そのうまさに惚れた村紗は現地で修業を積み、大量のスパイスを買い込んで、カレーの伝道師となったのである。

 いまだに船の食糧庫には、カレーの材料が底を尽きることなく眠っているという。

 

 「あ、葉裏、福神漬け切れそうだからまた作り置き、お願いね」

 

 お前たちは、俺のことを漬物製造機か何かと勘違いしていないか。

 

 「村紗、またカレーなの……私たちは仏教徒なんだ。精進料理にするべきだろう!」

 

 「なに!? カレーこそ正義ィ! 異論は認めん!」

 

 一輪はカレーが嫌いなようである。宗教的な理由だ。逆に村紗は精進料理のような淡泊な献立が嫌いなので、食事時はいつも口論になる。

 

 「はい! そこにぬえちゃん登場!」

 

 混沌とした食卓にさらなる爆弾が投入される。扉を勢いよく開けて部屋に入って来たのは、封獣ぬえ……俺は昔、こいつの名前を間違って呼んでとても怒られたことがある。名前の通り、鵺という妖怪である。

 ぬえは、命蓮寺が封印されるとき、一緒に地底に落とされた。都で度が過ぎた悪戯をしまくったらしく、人間に目をつけられて捕えられたのだ。命蓮寺で封印の術を使う機会があったので、ついでに封印しとこうと決まったらしい。つまり、俺たちとの接点は何もない。だが、なぜか飯時になると聖輦船にやって来て、図々しくもごはんを食べて帰って行く。

 

 「えー、またカレー? ビーフシチュー作ってよ」

 

 「ルーをシチューに流用するのは、私の主義に反するの! いい? このルーはね、私が作り上げた究極のカレーのため……」

 

 「だから、カレーはダメだと言っているでしょ! 肉なんて入れたらもっとダメだ!」

 

 言い争う三人の横で、俺と雲山はもしゃもしゃカレーを食べ始めた。最近の雲山は何だか無口になってきた。前ほど、はっちゃけることはない。歳をとって落ちつきが出てきたのだろうか。いや、ずっと前から見た目は変わらんけど。

 こいつらは、こいつらなりに日々の生活を取り戻していた。白蓮の封印とその詳しい事情については俺から伝えている。白蓮に言うなと言われたが、今さらだろう。喋らないと誓った覚えはない。やはりというか、地底に落とされた身だというのに白蓮の復活のために尽力する気のようだ。今のところ、地底から聖輦船を運び出す方法は見つかっていない。地上では、寅丸とナズーリンが頑張っていることだろう。

 俺も、がんばっている。そう思うのだが、何をがんばっているのだろう。

 


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