101話「理想の先に」
「聖、なぜこんなことを! 嘘だと言ってください!」
寺の中に入ると、白蓮と寅丸が闘っていた。どうしてこうなった。
「星、すべて本当のことです。私はあなたたちを利用していたのですよ」
床に転がっているのは、見知った面々だった。ナズーリン、一輪、雲山。死んではいないが気絶している。まさか、白蓮がやったのか。
「その宝塔を、返してください!」
「それはできません。『飛倉』と『宝塔』、この二つがそろわなければ魔界への扉を開くことができない。特に宝塔は、神力が最大限まで蓄えられた状態でなければ使用できません。だから、あなたたちには感謝していますよ。宝塔の力を開放するため、この寺に神力が集まるようによく働いてくれましたからね」
そう言って白蓮はニヤリと笑う。
悪ッ!? なんだこのダークサイド白蓮!
「魔界への扉を開いてどうする気ですか!」
「魔界は私が魔力を得た地。私は再び魔界へ降り立ち、より強大な力を手に入れるのです。あなたたちは、その計画のために利用していた手駒にすぎません。人間たちに妖怪と結託していたことがバレたことは誤算でしたが……まあ、計画の実行に支障はありません」
茫然とする寅丸と俺。なんだこいつ、白蓮とは思えない。双子か二重人格かと言われた方がまだ納得できる。もう、黒蓮だ、黒蓮。
「嘘です! 信じられません!」
「ええ、それでよいのです。あなたは何も気にする必要はありません。もう、二度と会うこともないのですから」
「な……! そうですか、ならば何も言うことはありません! 聖白蓮、その宝塔は毘沙門天様へ献上する神力が集められた神具である。それを己の欲のために使おうとは、言語道断! 力づくでも渡してもらいます!」
寅丸が槍を構える。その威圧は、まさに猛虎のごとし。しなやかに、俊足の動きをもって白蓮へ迫る。
しかし、白蓮は焦ることはない。その手に持つ宝塔は青白い光を発し始め、強く輝きを増していく。光は、白蓮の周りに障壁を作り出していた。寅丸はその光の壁に阻まれて、先に進むことができない。
「ぐっ!?」
「無駄です」
寅丸の持つ槍の先が障壁とぶつかり、火花を散らす。だが、貫けない。一瞬、光が強くなったかと思うと、障壁が爆発した。その衝撃が寅丸を襲う。
これが神力による法術か。寅丸ほどの妖怪が手も足も出させず、弾き飛ばされ、柱に叩きつけられた。これは俺でも手が出せるかわからない。特に狂気、妖力過活性化の力を操れない今の俺では厳しい。どうも自動展開される障壁のように見えたし、不意打ちも通じないだろう。
「聖……信じて、いたのに……」
寅丸は槍を杖代わりに立ち上がろうとするが、力尽きた。そのままどさりと崩れ落ち、動かなくなる。
その様子を見つめる白蓮の顔は、無表情だった。倒れ伏す仲間たちに背を向け、宝塔を床に置く。すると、宝塔から一筋の光の柱が天に向かって伸びていく。寺の上空にあるのは『飛倉』から作られた『聖輦船』だ。その二つの宝具がつながり、魔界への道ができる。
白蓮が宝塔と共鳴するように光り出した。白蓮の体から小さな粒子が飛んでいく。その粒が光の中へ吸い込まれていく。
「ごめんなさい……みなさんを守るためにはこうするしかなかった。許してくれとは言いません。どうか、私のことは忘れてください」
白蓮の小さな独り言が聞こえた。俺は呆れてため息をつく。
「やれやれ、こんな超展開を見せられてこっちは混乱しているんだ。いい加減説明してほしいところだぜ。まあ、お前のことだから、超ド級のお人好しが炸裂したということだけは予想できるが」
白蓮は驚いてこちらに振り向く。俺が自分から言葉を発したので、『虚眼遁術』は解除された。白蓮には前に一度見破られた術だが、まさかこの場に俺がいるとは思いもしなかったのだろう。
「葉裏さん、いたのですね」
「ああ。会いに来て早々だが、もうお別れみたいだな」
白蓮の体は粒子に変換されて消えていく。魔界に転送されようとしているのだろう。
「俺の言った通りになったな。お前は馬鹿だよ。人間なんて信用するからだ。なにもかも平等ではいられない。妖怪と人間は相いれないんだ」
「……実現できると信じていました。でも、失敗してしまいました。すべて、私の責任なのです。みなさんをそそのかしてしまった、私の責任です」
妖怪と人間を共存させようとした寺。そんな場所が人間に知られたらどうなるか。答えはすぐに思いつく。徹底的に迫害されるだろう。憎くむべき敵と仲良くなる思想など、到底受け入れられるはずがない。
責任は、誰かが取らなければならない。その役を白蓮が一人で引き受けたのだ。
「私は里の人々にお願いしました。この寺を頼っていた妖怪たちを見逃してほしい、と。みんな、悪い妖怪ではないのです。人間に危害を加える妖怪は、ここにはいなかった」
その代わりに、犠牲になるのか。白蓮は自ら魔界へ行き、自身を封印することを人間に約束した。行先は“法界”。魔界の最果てである。行けば、もうここへ戻ってくることはできない。それを覚悟していた。
「じゃあ、寅丸になんであんな嘘を言ったんだ?」
「あの子たちは優しいから。本当のことを話せば、きっと私のことを気に病んでしまう。里の人たちを恨むかもしれません。だから、これでいいのです」
白蓮は最後まで人間のことを、妖怪たちのことを、自分以外の誰かのことしか考えていなかった。自分から恨まれ役を買ったのだ。
「葉裏さん、あなたにこんなことを頼むのは筋違いかもしれません。ですが、お願いです。どうかこのことは、みなさんには黙っていてもらえませんか?」
俺みたいな性格をしている奴だから頼めるのだろう。暗にそう思っていることを白蓮も認めているのだ。まったく、失礼な話である。
「別にそれは構わないが、意味がないと思うぜ? まあ、お前の演技も最後の詰めが甘かったってこった」
「どういうことですか……?」
「俺以外にも、その話を聞いてしまった奴がいるってことさ」
俺は顎で指し示す。その先にいるのは寅丸だ。寅丸は少しの間、気絶していたが、すぐに意識を取り戻したのだ。そのことに俺は気づいていた。俺は『注目』に敏感である。注目とは目で見ることだけではない。意識がどこに向いているのかということでもある。寅丸は、俺が白蓮と話をしていた最中、気絶したふりをして聞き耳を立てていた。俺もそのことはわかっていて、あえて取り正すようなことはしなかった。
つまり寅丸は白蓮の本音を、もう知っているのだ。
「聖、どうしてそんな大事なことを黙っていたのですか……そんなことをされて、私たちがどんな気持ちになるか、わかっているのですか!」
白蓮の体は、半分以上が粒子化してなくなっていた。今さら無しにすることはできないだろう。もうすぐ、完全に転送が終了する。
「許しません! 絶対にあなたのことを許しません! だから、必ず助けます! 必ず、連れ戻しに行きますから!」
白蓮は初めて見る表情をしていた。いつもは、ぽわぽわして気の抜けた笑顔をしている奴だけど、このときだけは泣いているようだった。
――さようなら――
いなくなる直前、そんな声が聞こえた気がした。そして、光はだんだんと小さくなり、やがて消えてなくなった。