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100話「不測の事態」

 

 あの森を出発してから数日が経った。俺はまだ命蓮寺を目指して歩いている。今もまだ自分が何をすべきなのか、見当がついていない。何ができるのかもわからない。

 だが、少しだけ心境は変わっていた。その足取りは、重くはなかった。

 どんな顔をしてみんなに会おうか。何の話をすればいいだろうか。考えはまとまらない。でも、自分に後ろ向きになるのはやめだ。そして、やっぱりあの場所は俺の居場所ではない。あの輪の中に、俺が加わるべきではない。そう思った。なのに、また会いにいくとは矛盾しているような気がしているが、これはけじめのようなものだ。白蓮には妖術符を教えてもらった恩がある。しかし、大した礼もせずに別れてしまった。その言葉を今から言いに行くのだ。

 俺はまた、旅に出ようと思う。別に旅でなくてもいいのだが、始めからやり直すつもりだ。永琳がどこにいるのか、それを探す方法を考えたのだが、やはり月に行くしかない気がした。もう一度、月に行って永琳の行方を捜す。依姫は永琳が月に居ないことを知っていた。ならば、永琳が今どこにいるのかも知っているかもしれない。それ以外に手掛かりはないだろう。

 月人の強さを知った。その壁の高さを知った。今の俺では届かない。それでも俺は、何かせずにはいられないのだ。

 もう一度、あの月を目指そう。

 

 * * *

 

 つい最近まで命蓮寺で暮らしていたというのに、随分懐かしく感じるものだ。寺に近づくにつれて色々な思いが去来する。そして、寺がある山のふもとまでやってきた。

 

 「なんだか、やけに人数が多いな」

 

 寺に続く参道は少々険しく、いつもは参拝にくる人間の数はここまで多くない。しかし、今日は祭りのような賑わいを見せているではないか。何か催しでもやっているのだろうか。

 

 「なんだ、ありゃ」

 

 寺が見えてくるというところまで登ってくると、そこに大きな影があった。目につかないという方がおかしい。寺の上空に巨大な船が浮いているのだ。空飛ぶ船とは、妖怪が跋扈するこの世の中においてもそうそうお目にかかれるものではない。

 

 「お兄さん、ちょいといいかい。一体あの船は何だ?」

 

 俺はそこらへんにいる適当な人間に声をかける。寺に来た信者というより、ただの野次馬に来ただけに見える男だった。

 

 「なんだ、知らないのか? あれは聖白蓮が妖怪に与えたといういわくつきの船だ。なんでも、村紗水蜜という船幽霊に、仏様の力が宿ったありがたい宝船を渡しちまったんだと。ばちあたりなことをするもんだ」

 

 「はあ、その聖白蓮ってのは、どんな奴なんだ?」

 

 「おお、そんなことも知らずにここへ来たのかい? 聖白蓮って言えば、この山の上にある命蓮寺って寺の尼僧だよ。こいつがとんでもない極悪人でな。表向きは善良な僧を装っておきながら、裏で妖怪たちと結託していたんだ。魔道とかなんとかいう恐ろしい力を身につけているそうな。今からその女が封印されるみたいで、みんなこうやって物見に集まってんだよ」

 

 白蓮の所業が人間に露見したのか。人間と妖怪が手を取り合って協力する思想など、受け入れられるはずがない。遅かれ早かれこうなることはわかっていたが、よりにもよってこの日とは。タイミングがいいのか、悪いのか。

 ちなみに話を聞きだした男の目線は、俺の能力で空飛ぶ船に固定しているので、俺の姿は見られていない。あれだけ目立つものがあれば、これだけ大勢の人間たちが密集している場所を横切っても、簡単に視線を操作できるので楽だ。妖怪の俺が堂々と道の真ん中を通っていても、誰も気づかない。

 参道を上り詰めると、いよいよ異常な光景が広がっていた。巨大な宝船が太陽を遮って、あたりは暗い影になっている。その影の中に何本もの淡く光る糸のようなものが伸びていた。これは霊力を用いた術式か。俺では専門外である上に、ぱっと見ただけでもかなり複雑なものだとわかり、どんな効果があるのか解読はできない。

 敷地を取り囲むように、何十人もの人間が円になっている。皆、僧衣を着ており、霊力も高い者ばかりだ。一心に読経しているため、あたりには何重にも僧の経を読む声が重なり、響き渡っていた。

 さらに異常だったのは、敷地に一歩踏み込んでからのことだ。

 

 (声が止んだ……?)

 

 それまでうるさいほどに聞こえていた僧たちの声がぱたりと消えた。寒々しいほどの静寂に包まれる。さらに、僧たちの姿と光る糸の術式も見えなくなっていた。寺の聖域内からだと外の様子が見えないようにする術を使っているようだ。俺は能力で視線だけは察知することができるので、姿は見えないがどこに僧がいるのか位置は特定できる。だが、相手の姿が見えないと『虚眼遁術』の効果が不安だ。身を隠せる場所に移動した方がいい。

 何が起こっているのかさっぱりわからない。これが白蓮を封印する術なのか。確かにすごい僧が集まっていて、こんな手の込んだ方法を使っているが、果たしてそれが白蓮に通じるのか。俺の知っている白蓮なら、この程度で捕まるようなことはないと思う。さらに奇襲ならともかく、里の人間たちが野次馬に集まってくるほど情報が広まっているのに、何の対抗策も講じていないはずがない。白蓮が動かなくても、あいつを信頼する妖怪たちは大勢いる。そいつらが黙っていないだろう。

 それにこの寺の上に浮かぶ船もおかしい。確かこれは、白蓮が『飛倉』を使って作った『聖輦船』という船だ。なんでこんなところにある。白蓮たちは何を考えているんだ。

 

 (ん? 誰か倒れてるぞ)

 

 寺の入り口の前に妖怪が倒れていた。変な羽が生えた変な妖怪である。知らない奴のように見えたが、よく思いだせば見覚えのある顔だ。確か、封獣……封獣むえ、みたいな感じの名前だった気がする。どこで会ったのかは、思い出せない。むえって、変な名前だな。

 

 (おい、起きろ!)

 

 「う、う~ん、もうエビフライ食べられないよ~……えへへ」

 

 だめだこいつ。術で眠らされているのか、頭突きをしても起きる様子がない。霊力を感じるから、たぶん法術だ。ますます意味がわからないぞ。俺の手に負えないので、とりあえず放置。

 俺は限られた状況証拠だけで犯行トリックを鮮やかに解明してみせる名探偵のようなマネはできない。このカオスな事態に、どんな経緯があったのか。寺の周りにいる僧たちをぶちのめすのは簡単だが、何もかも不明なまま本当にそんなことをしていいものなのか。とにかく、寺の中に白蓮がいるはずだ。事情を聞かなければ。

 


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