オレンジブロッサムの香り。
幾分マシになったとはいえ、どんよりと暗い私の心と反対に、今日の空は明るすぎる程明るい。
あーあ、日焼けしそう。
街に行くのはスゴく楽しみだけど、日焼けはいつだって乙女の敵だ。
そして残念ながら日焼けどめがないこの世界では、乙女の見方は日傘だけ。
私はふちにレースがついた刺繍の日傘を持つ。
もちろん、エマもサラも持っている。
エマは碧、サラは紅。髪の色に合わせてるみたい。統一感のある人たちだなぁ。
そして私たちは馬車に乗り込む。
いつもの様にカイが乗ると重みで馬車がグラリと揺れる。
カイの体積によって、1つの席が占領されるから、おのずともう片方に3人が座る事になる……のか、でもそれじゃ苦しいよね。流石に。
「どうする?3人で座ってもいいけど、狭いよね?」
「ごめんなさい、薫様。道順知ってれば走りますけど…」
ちょっ危ないでしょ。
引かれるとこモロ想像しちゃうからヤメテ。
「いいよ、危ないから」
「そうですねぇ、じゃあ1人トムさんの隣行きましょうか」
トムさんの隣かぁ、アレだよね、軽トラの荷台に乗り切れなくて1人おじさんの隣に座る。あのちょっと悲しいポジション。
「あっ薫様は結構ですので、私たちで決めますよ!」
「いいよ、いいよ。皆でやろう?カイー?ちょっと待っててね」
だってそう言うのは皆で決めたほうが楽しいじゃん?
「はいーっ勝ち抜いてくださいね薫様!」
結局ジャンケンで決めることになったけど、3人だから時間かかるんだよね。
最終的にサラが外に座る事になり、やっと出発。でも、女子3人ってこんなもんだよね!あ、お待たせしてごめんなさい、トムさん。
「薫様、街では何を買いますか?軍資金はいっぱいあります!」
元気よくエマに聞かれる。
個人的には軍資金の出処が気になるけど、まぁそこは気にしない方向で。
「うーん、どうしようかなぁ。服は足りてるし……何があるの?」
「何でもありますよ!屋台も美味しいですし、アクセサリーもありますし、文房具も本も!」
おぉぉ、ちょっとストップ。
本、かぁ。ウサギさんが追加してくれたスペックでこっちの読み書きはできたはず。ならっ!使わないでどうする!
「本屋さんに行きたいな。でも皆が行きたい処にも行こうね。カイは?」
「まともなベッドが欲しいです!!」
即答。一応変えてもらったのに、まだ根に持ってるのね。
ま、いいけど。
「じゃあ、2人の予定は?」
「私たちは、服を見たいですが、薫様優先ですので、最後でいいです!」
「え。いいよ、皆で決めようよ!服が最初でもいいし」
でもコレばっかりは譲ってくれなかった。立場的に?
実はさっきの席でもかなり渋ってた。
仕方のない事だけど、遠慮はいらないのに!
ちなみに、さっきの声は馬車の外から聞こえて来た。サラだね、聞いてたみたい。これでほぼ全員の予定は確定。楽しみだなぁ。
馬車はお城から反対の方向に走り始めて、いつも見えていたお城が山に隠れて見えなくなった。いつも見ているものが見えないのは、何だか変な気分だ。
しばらく行くと街の"音"が聞こえてくる。
「あ、もうすぐ付きます!」
今のはエマ。サラはずっと外で実況をしてくれてた。
なんか、牛がいますー!牛がー!みたいなことを、ずっと。
カイは馬車が走り始めると途端に寝た。
いつも寝不足だけど、馬車は寝やすいのね。
特に最近は眠そうなことが多い。
規則的に聞こえていた馬のひずめの音が止まり、トムさんが扉を開けてくれる。
「すご……」
外に出て感動した。さっきまで山に隠れていたお城が、今はスゴく大きく、はっきり見える。いや、むしろココが一番よく見える処なんだろう。
いっつ、ミラクル……!!
「えーっと、まずは本屋さんでしたよね。行きましょうか!」
本屋さんは街の中心部にあった。
私たちが降りたのは、街のハズレから少し中心に近いぐらいの処だったから、かなり歩いたと思う。一体何キロカロリー消費したんだろう。
天井に向かって伸びる本棚はルーチェの部屋とよく似てる。
と言うか、すごい。日本だったら地震のことを考えるとちょっと心配だけど、きっとここは地震なんてないんだろうなぁ。とかちょっと余計なお世話なことを考えていたら、サラがポツリとつぶやく。
「ここ地震来たらどうするんでしょうね。確実に潰れますよね」
あ、地震あるんだ……ちょっとガッカリしました。
先に本を見始めていたカイがこちらにパタパタと戻って来て、背中に乗せた本を私に渡す。読めるか心配だったんだけど、ウサギさんにぬかりはなかった。珍しく。ちゃんと読めたよ、ウサギさん。
でもこれは読めなくてよかったかも。カイが私に渡した本の題名はズバリ、「THE バカな男を忘れる本」あぁ、気を使ってくれているのが痛い程伝わってくる。ちょっとチョイス違うけど。でも下の位置から心配そうに見上げてくるカイを見たらそんなことは言えない気がする。
「ありがとう、カイ」
「はいっ!」
和む。カイが嬉しそうにしっぽを降っている姿はめちゃくちゃ和む。すごい和む。すーぱー和む。てなわけで、和みながら本屋さんを出たわけですが、結局買ったのはあの本1冊。カイのキラキラした目線に耐えられなくて……!
エマとサラの方がよっぽど買ってた。
1人2冊。合計4冊。全部ラブストーリーなサラと、全部サスペンスなエマ。
こんど少し貸してもらおう。
次に向かったのはペットショップ……もといカイのためのベッド屋さん。
が、しかしカイの気に入るようなのはなかったみたいだ。
まぁ、それも納得いくけど。ていうのは、ここのお店のキャッチフレーズは "あなたのペットも野生の世界で" 。草やコケの生えたベッドしか売ってなかった。むしろ岩なのもあったし。
そんな訳で、お昼には少し早すぎる時間にメインの予定を終えてしまった私たちは、今度は洋服屋さんに行くことになった。
「私たち、今日はちょっと奮発するんです!なんと貴族の方も御用達のブランドなんですよ!薫様のお洋服もそこで揃えられておりますね」
エマが嬉しそうに話してくれた。ブランドとかあるんだ。
それにしても私の洋服もそこで……って、ちょっと気になってたんだよね。
ここにきて俄然、歩くスピードが速くなりました。カイはちょっとバテてたけど。
店内はまるでおとぎ話の中だった。
こんな世界だから、ズボンは皆無だけど、スカートもスゴくかわいい。
どうしよう可愛い。私の服も常々可愛いと思ってたけど、このディスプレイが手伝って、可愛さ増量してる。照明マジックか。
「薫様……僕眠いんで、ちょっと寝ます」
女子3人がいままでの倍時間をかけて店内を物色している間にカイの眠気は増量したようだ。ごめん、カイ。でももうすぐ終わるから!多分ね!
それから、少し時間がたってエマとサラの買い物は無事に終わった。
2人とも普段も着れるような柔らかい生地のドレスを買い、紙袋を受け取った時のホクホク顔が面白かった。でも、ホクホクにもなるよね。すっごい悩んでたし。
カイを起こしてお店を出た時だった。お店のすぐ前に馬車が止まっている。
扉の脇に紋章がついてるから、いいとこのお家だろう。貴族……とか。
すぐにずれようと思ったんだけど、道が狭くてそれは無理そうだった。
そのせいで、馬車の扉の正面を見据えることになる。悪いけど、あとでどいてもらおう。帰るためにも。
でも、余りに予想外すぎた。
中から出てきたのはイシュ……と、ブロンドの女の人。女の人がイシュの腕をつかんで腕を組む形になっている。イシュはこちらに気づかない。まるで、違う世界にいるような……女の人と目が合う。
「少し横にずれて頂ける?」
その声でイシュがこちらを向き、目を大きく見開いたように見えたけど、瞬時にまたさっきのポーカーフェイスに戻る。
心が痛い。
目の前が歪む。頭痛がする。体の節々が痛い。
イヤ、ここには居たくない。楽しくない。……こんなの、痛いだけ。
やっぱりイシュは戻ってこないんだと思ったら、目の前が真っ暗になった。
あ、倒れる。もう意識を保っていられなくて、私は倒れた。
目が覚めたら、ベットに居た。だけど、朝の清々しさがない。
あの、あー、寝たっていうアレ。体が重いし、首の後ろはじっとり濡れている。どうやら、熱を出したようだった。誰かいないかと思って痛い首を少し動かすと
カイが横で寝ている。けどエマがいるみたいだ。
「エマ……?」
「え!?あぁ!!薫様!目が覚めたんですね!よかったー!もういちじはどうなるかと……」
いつもの騒がしさにホッとした。
ホッとしたと同時に、自分が気絶した時のことも思い出した。
あ……女の人。正直、嫉妬した。
「エマ……あの女の人、だれ?」
「あ………あの、私もよくは知らないんですが、イシュ様の婚約者だったと思います」
「そうなんだ」
あの人がイシュの婚約者だと知っても、特に何も思わなかった。
いや、思わないようにしている。まさか自分がイシュのことでここまで過剰になるとは思わなかった。気絶したり、泣いたり。イシュの存在は大きい。
「私、ここを出て行った方がいいよね」
ふられた私がここにいるっていうのも変な話だ。
やけに落ち着いてる自分が気持ち悪い。けど、後で1人でなくんだろう。ここで泣いたら、エマを困らせてしまう。
「ダメですっ!私たち、皆ここで泊まり込みですし、行く処なんてないんじゃいですか!無謀なことはやめてください!」
「たしかに、その通りなんだけど、でも……」
「ダメです」
もう一度エマが力強く言う。私の意地は簡単に折れた。
引き止めてくれる人がいるんだったら、ここにいよう。結局私は、誰かに甘えたいんだろう。
それにあともう一回、もう一回だけイシュと話がしたい。往生際が悪いことは分かってるけど、どうしても、話したい。
エマはもう一度釘を刺して出て行った。サラを呼んでくるって言ってたから、しばらくかかるだろう。
部屋から誰もいなくなった途端、喉から嗚咽が漏れた。
次回イシュ目線いきます!……多分。
がんばれ薫ちゃん!