不機嫌の理由
あぁ、落ち着く。この香り、この感触。
俺の腕にすっぽりおさまった薫が、下から不満そうに見上げて来るが離すつもりは毛頭ない。
そもそも不機嫌なのは、兵士にも差し入れをした事に妬いてたから。
なんて言ったら、またキスしちゃダメとか、そんな可愛いことを言われそうだから黙っておこう。可愛いけど、ツラいのだ。薫の事になるとどうも我慢がきかなくて困る。
馬車の方に歩いていくと、薫がトムに手を降る。トムもそれに気づいて振り返す。なんか仲良いな。あーっクソ、また嫉妬か。
相手はトムなのに。くだらない事で嫉妬する自分に苦笑したくなる。
少し前までは女なんてどこへでも行けって感じだったのが薫だけは絶対誰にも触らせたくない。我ながら異常なまでの執着だ。
「イシュ、なんで不機嫌なの?」
上目遣いの薫に見つめられると、理性がぐらぐら揺れる。
可愛がりたい。そんでもって、ちょっとイジメて見たい。泣いた顔はきっと可愛いし、赤くなった目元なんて想像しただけでこう、クるものがある。
「……別に」
「でも、怒ってるじゃないっ」
薫の目尻がほんのり赤く染まって、眉間にぎゅっとシワがよる。
ああやっぱり可愛い。その姿を見て堪らなくなって、既に着いていた馬車のシートにゆっくりと薫を下ろし、少し強引にキスをする。……もちろん薫を傷つけたりしないように。
「んっ……っ………」
甘い声が、そそる。
そんな声聞いてたら止まらなくなりそうで、今の内に切り上げる。
初めの方こそ驚いていたが、最近では薫も俺の舌についてくるようになって、それがまた可愛くて仕方がない。
最近どこまで惚れればいいのか分からなくなって来た。ふと、コレも運命なんだろうかと言う事が頭をよぎった。
薫にその事を聞いた時、嬉しくもあったがそれは保険にすぎないと思った事も覚えてる。
運命がなくても俺は薫に目を奪われただろう。
運命なんてなくても薫を手に入れる自信がある。
運命じゃなくてもいいんだ。俺は絶対薫を見つける。
そんなことを考えていたら、薫がいきなり何かを思い出したように勢い良く顔をあげる。
「そういえばっ、カイ……心配したかなぁ?」
その問いにまた嫉妬して、眉間には自然とシワがよる。
少し前まで、そう、あの"犬" が来るまで薫の思考は俺が支配していたと言ってもいいぐらいなのに。またほぼ無意識に眉間にしわを寄せると、薫が手を伸ばして俺の眉間に触りながら言った。
「イシュ嫉妬してたの?……ね、そうでしょ」
薫がいたずらっぽい笑みを浮かべながら聞く。正直なところ図星だ。
答えないと薫は怒るだろう。
「そうだ、妬いてた。あいつらに差し入れした事も、あの犬の事考えてる事も、全部」
早口で言った事に驚いたらしい、薫がなんだかあぜんとしている。
でもすぐに満面の笑みになる。
「ちょっと飽きれたけどさ、嬉しいよ。ふふっ」
なんでそんな、嬉しそうな顔するんだ。嫉妬なんてしてどうしようもないのに。そんな薫がもう愛しくてしかたなくて、俺はゆっくりと薫の唇に自分のそれを重ねた。