嵐
「疲れましたねーっ薫様」
「だねー」
時はお茶会。今、庭の手入れが終わった所である。
もちろん薫がやると言っても、誰も聞き入れてくれなかったが、最後の方にこっそり混ざっていたのだ。何故かって?やる事がなさすぎるから。
世のお嬢様方は何して過ごしてんだろ?
いくらなんでも、暇すぎる。今度イシュに聞いてみよう。うん。
「薫様、お茶のおかわりいかがですか」
「うん。お願い」
こっちのお茶ってホント美味しいと思う。
と言っても、私が今まで飲んだお茶と言えばリプトンのティーバックぐらいだけど。
「あら、イシュ様が帰って来たようですね」
ん?…あ。ホントだ。遠くで馬車の音が聞こえる。
「迎えに行った方が良いかな?」
「えぇ。すごく喜ばれますよ」
たたっと玄関に走ると、イシュは馬車から降りた所だった。
私に気ずくと、足早に近づいて来て、軽く抱きしめられる。
「おかえりなさいっ」
「あぁ、ただいま」
イシュは少し離れてから私の手をぎゅっとつかみ歩き出す。
「ねぇ、貴族のお嬢様は普段なにしてるの?やっぱり皆、お人形遊びとかかなぁ?」
最後のはイメージ。何となく。
「…?なんだ?いきなり」
「好奇心」
「普通にお茶会とかじゃないのか。後は…チェスとか…」
「へぇ!チェス?」
「あァ、所で…」
突然、壁際に寄せられる。
「昼間、俺がいなくて寂しかったか?」
「えっ。うん。寂しかったよ。すごく」
イシュはクスッと笑うと私にキスをした。触れるだけの、軽いキス。
「…明日は一緒に城に行く」
「いいの?」
「もちろん」
城ですることがあるのか些か不安だけど、楽しみなのには変わりない。繋いだままのイシュの手をひっぱって歩き出そうとしたら、白いひげに変な眼鏡のおじさんと目が合った。
?!
ビックリして思わずイシュの後ろに隠れたらイシュが笑いながら説明してくれた。
「噂を聞いて、薫を一目見たかったそうだ」
「え?噂?って何の事?」
「薫が俺の恋人って言う噂だ」
イシュがニッコリしている。ご機嫌?
「どうした?薫、顔が真っ赤だ」
大きな手でほっぺに触れられる。
「だって…そんな恥ずかしいこと…」
「気にするな?」
はっおじさんのこと忘れてた!
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イシュの話によると、おじさんの名前はパルカさん、魔術師なのだそうだ。
んで今、皆でお茶会中…なのは良いんだけど…あの…そんなに見ないで下さい。パルカさんは一言も喋らずに私の顔を見続けてます。かれこれ10分。イシュは何にも言わない代わりに私を後ろから抱きしめたまんまお茶を飲んでる。…器用な人。
この状態がいつまで続くかわからないけど、居心地が最悪なので何とかしようと口を開いた時、
「だっははははは!!これはこれはお嬢さん!」
うわ、びびび、ビックリした!ちょ、止めてよいきなり話だすのは!
「うあっえっはっはい!何でしょう?!」
「お嬢さん、イシュ殿を落とした女なんてのは初めてだ!」
「そっそうなんですか」
え、そうなの?なんだもっと付き合ってたのかと思った。ちょっと安心した。
「イシュ殿があんなにデレデレしてるのも初めてだ!」
「…」
ちょっとコレはいたたまれない。恥ずかしすぎる。だってアレは、人前でいちゃついてしまったのは、一重にパルカさんの陰が薄かったからだ。それにしても、パルカさんは少し変わっている。
「それから…」
「こんなに魔力のある人に出会ったのも始めてだ」
え?……何ですかそれ。何ですか、ファンタジーですか。
これには、さっきまで微動だにしなかったイシュもかなり驚いている。もちろん私も。
「自分で気がついていないのか?貴方の魔力はこの世界の半分を楽々おおう程、いやもっとあると言うのに」
「それ、本当か?」
「わしが嘘をつくと?」
「……それもそうだ。薫、どうするんだ」
パルカさんとイシュのこのやり取りのせいで私はもっと混乱してしまった。
どうする?え、どうするって何。何があるの。
「どうするって何?」
「…魔術師になりたいか」
イシュの目はかなり真剣味を帯びていて、真面目な問題なのだと言う事がわかるけど、正直意味が分からない。全然。だからどう答えようかアタフタしていると、すべてを解決するようなあっけらかんとした声音でパルカさんが宣言した。
「そんなもの決めなくても良いぞ?」
スッパリ。
「何故だ?」
「多分、薫さん程になると望むだけで魔法が使える、学校に行って制御を覚える必要はない。現に今もお前じゃ魔力を感じ取れん程に抑えて居るだろう」
ああ、なるほど、学校ね!ていうかなんなのこの会話。私は全然ついて行けてない。それどころか、どんどんこんがらがってる。また訳がわからずぼーっとしていたらパルカさんに声をかけられた。
「薫さん、何か願って見てごらん」
そんな無茶ぶりやめてほしいよ...!願うって、願うってなに、取りあえずなんでもいいのかな。多分規模が小さい方がいいよね!お願いごとを口にするのがなんとなく怖くてぎゅっと目をつむる。
「じゃあ…お茶おかわり!」
その瞬間、握ったティーカップのなかに確かな質量を感じた。ん...?つぶっていた目を開くと、何も入ってなかったティーカップにお茶がなみなみと入っている。
う、わー!すごいすごい!こんなこと出来たんだ私!おそらくこっちの世界限定だってことは分かってるけど、もうほんとに、すごく感動した。だってこんなにファンタジーなこと、日本にいたら絶対ない。興奮したままパルカさんを見やると満足げに頷いてくれた。
「成功じゃな。うむ。それじゃあ失礼する。お茶、ありがとう」
パルカさんはがたりと席を立って退却の準備をはじめる。見送ろうとおもったのに、イシュが話してくれなくて、結局パルカさんは行ってしまった。嵐みたいな人だ。
「薫、」
不意にイシュが私のおなかに手をまわしてぎゅっと抱きしめた。そのまま肩に顔を埋められる。
「お前が行ってしまわなくて本当によかった」
ぼそっとつぶやくイシュがなんとなく可愛く見えて、私もイシュに寄りかかった。
「私はまだイシュのそばを離れたくないから、大丈夫」
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そして夜。
イシュはいつも通り私をベットに連れて行った。もちろん、いやらしい事はしてないですよ!
おやすみのキスをされて、それから、抱きしめられただけで。うん。
…あれ?結構変な事してる…
「俺のそばを離れるなよ。薫…」