入れ替わった相手が超絶出社拒否者だった件
朝の7時15分、アラームの電子音が脳の芯を突き刺す。
俺の一日はいつだって正確だ。5分で洗顔と歯磨きを済ませ、ピシッとシワの伸びたスーツに袖を通す。満員電車で押し潰されながら今日のタスクを頭の中で組み立て、始業15分前にはデスクでPCを立ち上げる。周囲からは「歩く労働基準法違反」だの「社畜の鑑」だの揶揄されるが、自分を律して組織のギアとして完璧に回ることだけに、俺は密かな誇りを感じていた。
昨晩も午前2時まで接待をこなし、泥のように眠りについたはずだった。だからこの朝も、いつも通りの、完璧で寸分の狂いもない一日が始まるはずだったのだ。
あの、けたたましいアラームが鳴り響く瞬間までは。
アラームの爆音で目を覚ました。見覚えのない見知らぬ天井。跳ね起きて鏡に駆け込むと、そこには見知らぬボサボサ頭の男が映っていた。
(入れ替わりだ……!)
物語ならパニックになるところだが、根っからの社畜である俺(28歳・営業)の脳内を占めたのは、ただ一つの焦燥だった。
「やばい、遅刻する! この人の会社はどこだ!?」
デスクへ駆け寄ると、丁寧な手書きのノートが置かれていた。
『見知らぬ君へ。もし僕と入れ替わったのなら、そのままベッドに戻ってください。本日の体調不良理由:低気圧による重度の眩暈(診断書偽造用テンプレ添付済)。連絡はLINEで「体調激悪につき無理です」の一言で済みます』
強烈な出社拒否の意思を感じる。だが俺は社会人だ。カバンから社員証を引っ張り出し、所在地を確認してスーツを着込もうとした——が、ない。押入れを開けると、スーツはすべて南京錠で施錠された衣装ケースの中に封印されていた。鍵はない。
「そこまでして休みたいのかよ!」
仕方なく私服の上からジャケットっぽいカーディガンを羽織り、家を飛び出した。しかし、玄関のドアを開けた瞬間、突如として激しい膝のガクガクと強烈な眩暈が襲う。身体が、身体が全力を挙げて出社を拒絶している……!
「負けるか……! 営業舐めるな……!」
這うような思いで電車に乗り込み、なんとか会社のオフィスフロアへ辿り着いた。フロアのドアを開けると、怒号が飛び交っていた。
「おい! 昨日の資料どうなってんだ!」
「課長、それはB案で——」
「黙れ! 今すぐ刷り直せ!」
殺伐とした空間。上司とおぼしき男が、俺の姿を見るやいなや目を血走らせて歩み寄ってくる。
「おい高橋! 遅刻だぞ! お前今日までにあの膨大な見積書、100件分チェックしとけって言ったよな!?」
なるほど。俺はそっと自分の胸に手を当てた。身体が強烈な吐き気を訴えている。正当な防衛本能だったのだ。
俺は静かに高橋のスマホを取り出し、部署のグループLINEを開いた。
『体調激悪につき無理です』
送信ボタンを押し、俺は脱兎のごとく会社を後にした。明日は絶対に会社を休んで、一日中ゲームをしようと固く心に誓いながら。
【了】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
「社畜 vs 生体防御反応」をテーマにした、突発的な入れ替わりコメディをお届けしました。
どんなに強い精神力や社畜根性を持っていても、身体が限界を訴えているときは逃げるのが一番です。完璧な休む準備を整えていた高橋くんの正しさが、現場の空気感一発で証明されるスカッと(?)展開を目指しました。
明日は主人公と高橋くん、どちらも本当の意味で穏やかな休日を過ごせることを願っています。
次作もクスッと笑えるお話をお届けできればと思いますので、ぜひまたお付き合いいただけると嬉しいです




