価値観の合わない人と婚約した結末は
わたしエリンはクリーズ男爵家の娘です。
サクソン男爵家の嫡男モーリス様と婚約しました。
モーリス様はわたしよりも二つ年上で、ほわほわした当たりの柔らかい方なのですよ。
優しそうな人だなあと思いました。
でも婚約してすぐ、価値観が合わないと思ったことがあったのです。
大したことではないのですけれどもね。
わたしの家でお茶会をした時に、モーリス様が花束を持ってきてくださいました。
それだけ。
思わず侍女と顔を見合わせてしまいましたね。
どうしてかと言いますと、その花はクリーズ男爵家領では雑草としていくらでも生えているものだったから。
こんなものにお金を払う人がいるんだと、ちょっとしたカルチャーショックでした。
ところが花束になっているとこれが意外と奇麗なのですよ。
そこもまたビックリでしたね。
モーリス様が言うのです。
「素朴な花だけど好きなんだ。精一杯咲いている感じがするでしょう?」
ドキッとしました。
わたしのモットーが『精一杯やれることをやる』でしたから。
クリーズ男爵家領にありふれた草ということもあって、何だかわたしみたいな花だなあと思うようになりました。
もちろんモーリス様はそこまで考えていたわけではないのでしょうけれども。
合わないとか、何か違うとか、思うことはありますよ?
やはり婚約者といっても他人なのですから。
でも些細なことです。
モーリス様とわたしはうまくやれておりました。
そんな時に事件が起こったのです。
「危ない!」
街でデートしていた時でした。
モーリス様の切羽詰まった声でした。
車軸が折れたらしく、傾いた馬車が倒れてきたのです。
わたしはデートで浮かれていたため、迂闊にも気付くのに遅れてしまい。
いえ、モーリス様に突き飛ばされ、わたしは無事でした。
でもモーリス様が馬車の下敷きになってしまったのです。
わたしのせいで……。
「モーリス様っ!」
「エリンは無事かい?」
「はい、わたしは何とも……」
「よかった」
そこで顔を血に染めたモーリス様はガクッと気絶してしまい。
すぐに救いだされ、魔道医療班によって命は取り留めたのです。
しかし意識を取り戻した時には、馬車に潰された左腕を失ってしまっていました。
ごめんなさいごめんなさい。
わたしは泣くことしかできなくて。
そんな自分がすごくちっぽけなものに見えたのです。
モーリス様は困ったように言いました。
「僕のエリンが泣いていてはかなわないな。左腕を失った甲斐がない」
「わたしのせいで……ごめんなさい」
「エリンのせいなんかじゃないよ。でも笑っていてくれると嬉しいな」
何とか笑いました。
ぐすぐすのひどい顔だったと思います。
でもモーリス様はいつものほわほわした笑顔で――――血が足りないせいか顔色は青白いのですけれど――――残った右腕でわたしを抱きしめてくださったのです。
心まで癒されるぬくもり。
モーリス様のほわほわが伝染する感じで、ようやくわたしも笑えるようになりました。
しかしモーリス様が左腕を失ってから、わたし達を取り巻く周囲の空気は一変してしまいました。
「サクソン男爵家の嫡男が片腕に……」
「これでは跡を継ぐのも難しいのではないか」
我が国の言い回しで、『片腕の男』というのは半人前を意味するのです。
わたしを救ってくださったモーリス様が半人前ですって?
心ない噂が社交界に流れるたび、わたしの胸は引き裂かれるように痛みました。
わたしのせいでモーリス様の身体に、未来に、傷をつけてしまいました。
わたしは何と無力なのでしょう。
しかし当のモーリス様は笑うのです。
「言いたいやつには言わせておけばいいさ。僕はエリンを守れたことが誇りなんだ」
つまりモーリス様の価値観では、わたしが無事だったことが自分の片腕より上なのです。
モーリス様はサクソン男爵家の嫡男ですからね?
もっと自分を大事にしてください。
モーリス様の価値観はわたしもおかしいと思います。
でもモーリス様を笑い者にしてはなりません。
女が廃るではありませんか。
わたしの闘志にメラメラと火がつきました。
「エリン嬢は国史と農学でトップ。総合で三位か」
「それよりエリン嬢は最難教科の領主経営学も選択してて、かなりいいスコアだったって聞いたぞ?」
「ええ? たかがって言っちゃ悪いけど、男爵令嬢でしょ? 優秀過ぎない?」
そう、懸命に学ぶことにしました。
何故なら王立学校の試験のスコアは、わたしの価値をわかりやすく示すことだから。
そしてわたしの価値が高まることは、婚約者であるモーリス様の価値を高めることでもありますから。
王立学校での成績は急上昇しました。
わたしってやればできる子だったのですね。
わたしのモットー『精一杯やれることをやる』に今まで反していたとは情けないです。
わたしの成績がいいことが知られてくるに連れ、あんな半人前との婚約は破棄して乗り換えないか? という話をいただくようになりました。
思ったよりもしばしばです。
しかしわたしもお父様も笑って拒否します。
だってわたしのパートナーはモーリス様しかおりませんから。
わたしはモーリス様の片腕を補ってあまりある婚約者にならねばならないのです。
わたしは王立学校を優秀な成績で卒業することができました。
自分で自分が誇らしいです。
モーリス様にも褒めていただいたんですよ、えへへ。
そして結婚いたしました。
わたしの学んできたことはモーリス様の助けになるようで、とても嬉しいですね。
実地で学ぶことも多いですから頑張るのです。
ええ、精一杯に。
嫁ぎ先の家には、わたしの侍女が領地から取り寄せたあの雑草を植えています。
モーリス様が好きと言ってくださった。
そしてわたしも好きになったあの花を。
結婚式のブーケトスではあの花を投げたのですよ。
雑草だけに、踏まれても負けないのです。
精一杯に咲くのです。
どうしてわたしはこの花の良さがわからなかったのか。
今では不思議に思えます。
この花の良さを最初から理解していたモーリス様を尊敬します。
でもモーリス様はあのほわほわした笑顔を浮かべながら言うのです。
「エリンに似た花だからね。僕はエリンが好きなんだ」
わたしの価値観を変えてくれた、最高の旦那様に愛を!
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