回想の終わり 日常生活へ
キャンプ最終日。
春久がテントから顔を出すと、カイはバーナーで湯を沸かしていた。春久に気づき、軽く挨拶を交わす。
「おはよ」
「おはよう。早いな」
「うん。日が出てきたから、外で本を読もうかなと思って」
「テントは片付けたのか?」
「まだ。テントの中身は外に出したコットの上に置いたから、乾いたら畳む」
「来る前はまだ先だと思っていたけど、今日で終わりだな。早い」
「うん。早かった」
「次は何処に行く? その前に面接授業も有るな。お前には大型連休も有ることだし」
「GWは家で本を読む。中日は仕事だし」
起き上がって背伸びをする。ついでに火消し袋の中身を確認。きちんと消えている。
「顔を洗ってくる」
「行ってらっしゃい。コーヒー飲むなら、お湯はたっぷり沸かしてあるから」
「サンキュー」
洗面用具と火消し袋を持って、その場を離れた。
歯を磨いて顔を洗って、髭を剃ってとしていると、隣に垣内が。
「今日で終わりかぁ。俺としてはもう一日二日ぐらい居たかった」
「そう言いつつ、家族の顔を見たらホッとするんだろう?」
「そうかもな。まあ、次は連休に子供たちを連れて旅行だ。そっちは連休中、ずっと当番か?」
頷いた。連休中は、家族、特に幼い子供が居る者を優先して休みを取らせる。特に春久は今回、前もって連休を取らせて貰った。だから、GW中は完全な出勤だ。
春久がテントに戻ると、戸野原がカイと話をしていた。春久が戻ってきたのを見て戸野原が「俺も顔を洗ってくる」と、立ち上がった。
「戸野原さん?」
「バイクのこだわりどころの話をしていたんだよ。後、今日が最終日でまたしばらくこの顔ぶれじゃあ走れないんで、少しばかり遠回りして帰ろうってことだな。そうすると、一時間ほど到着時間が延びて、彼が一番最初に離脱することになるけど、良いかって確認もついでにしていた」
春久はテントの前に出していた椅子に座り、伏せていた自分のカップにコーヒーと、カイが沸かしていた湯を貰って入れた。
「で? 良いのか? 帰着時間が遅れるけど」
「良いよ。夕飯までには帰り着くみたいだから。昼食じゃ無くて夕食まで一緒にするかって聞かれたけど、親に、夕方までには帰るって言ってるから」
「判った」
「なーんか楽しかったから、連休、一日ぐらい一人でキャンプに行ってくる。何処も混んでるだろうから、穴場探して。キャンツーかな」
「そうだな。次にお前と会うのは、大学の授業だな」
「楽しみにしておく」
カイが笑っているから、春久も安心して、自分の買っていたパンにかぶりついた。
それが、今回課長にまで「リフレッシュ出来たか」と確認されたキャンプツーリングになったいきさつと、顛末。春久はそのまま日常に戻った。
連休中、三人からバラバラと連絡が入った。
子供との旅行に疲れて後半は家でゆっくりするので、機会があれば一緒に飯を食おうというのが垣内。残念ながら連日仕事で、時間は取れなかったが。
その連休後半に戸野原から、土産を持って行くんで居なければバイクにくくりつけておくと書かれたメールが届いた。家に戻る時間を連絡しておいたところ、律儀に時間を合わせて持ってきてくれた。
「次に秋津君に会うのは今月中なんだろう?」
「来週ですね」
「じゃあ、賞味期限は余裕で間に合う。甘い奴だから、渡してやってくれ」
「いただきます。戸野原さん、秋津のこと気に入ってます?」
戸野原は出されたたコーヒーを飲みながら、春久を見る。
「気に入ってるのはお前だろう? 俺はさっさと警察を抜けたけど、当時の後輩たちの事はそれなりに連絡を入れていたんだ。それを面倒に思うような奴とは自然と疎遠になって、今でもつきあいの有るのはお前ともう一人ぐらいだ。そのお前が気に入って、有る意味依存している秋津君に、もう少し自信を持って貰えればと思ってるだけだ」
「自信?」
「俺には彼が、中学生や高校生にもならないぐらいの子供に見えるんだ。もちろん社会人としての社交性も身につけているとは思うけど、根本的なところで。お前が側に居れば彼ももう少し自信も付くだろうし、彼が側に居ればお前も息抜きが出来て潰れないだろう、そう思っている。彼が女の子なら口説けと言うんだが、彼が男だからこそ今の付き合いというのも判る。なので、お前たちの友情が長く続くと良いなと、多少の手出しをしているだけだよ」
そうか。春久の事も含めて戸野原がそれほど心配してくれているのかと、改めて感謝する。
それに中学生や高校生にもならないと言うことは、ヘタをすれば小学生? 彼の子供たちより幼い、カイの方が年下扱いになりそうだ。それなら戸野原は心配する。子供たちを見守ってきた元警察官の経歴からも、一人の父親としても。
「これを渡して、またみんなでツーリングに行こうと誘っておきます。車のキャンプも面白いですよ。荷物どっさり積んで」
渡されたばかりの、カイへの土産を軽く持ち上げて見せた。しっかり渡しておくとのアピールも込めて。
「そうだなぁ。車のキャンプ、家族ぐるみでも良ければ誘ってくれ。この間のキャンプツーリング、楽しかったんで、息子たちにも体験させてやりたいからな」
「はは。そう言っておきます」
戸野原が帰った後、カイに「戸野原さんがお前の分も土産を持ってきてくれた。今度の授業で渡す」と、書いて送った。その返事に
「俺も土産買っておく」などと。なので、電話を掛けた。戸野原に友情が長く続くようにと言われたからでは無いけれど、なんとなく声を聞きたくなった。
「どこに居るんだ?」
「宇宙の中」
「はあ?」
「山の上。満天の星空だよ。夏にハルさんとキャンプ出来ると良いな。一応下見!」
最後は急いで付け足したようだ。独り占めするつもりも羨ましがらせるつもりもなくて、今度ちゃんと教えると。
「戸野原さんと垣内の家族を誘って良いか?」
「良いけど、焚き火禁止だよ? 炭だけ」
「声掛けだけで、どうするかは二人が決めるだろう」
「ハルさんは絶対に気に入ると思う。ただ、真夏だと人が増えると思うけどね。今日も厚着してるぐらいだから、夏は避暑に最適だよ」
「風邪引くなよ」
「大丈夫。ハルさんも要る? 土産。小さいので良いよね?」
「だったら、垣内にも買ってきてくれ。金は払う」
「それじゃ土産にならないよ。垣内さんもだね。オッケー。バイクだから全員小さいのになるけど、良い?」
バイクにキャンプ道具満載にすると、土産を入れる余地がほぼ無い。判っているから、春久は笑って了承した。
「気持で十分だ」
「判った。じゃあね」
それで電話は切れた。話は、大学で、授業の合間にすれば良いかと思う。満天の星空。それは共通の興味だ。二人が初めて出会ったのも、天文学系の授業だったことを思い出した。
翌日、カイからキャンプ場の写真が届いた。明るくなってから写したそれには、他にテントは一つも見当たらない。つまり夜中は星空の独り占め。それも良いなと、つい、笑ってしまう。
「タンさん、なんか、楽しそうですね。彼女からの連絡ですか?」
聞かれて、職場だったと咳払い。昼休憩中にメールに気づき、なんとなく見ていた。
「いや。友人からイベントの案内だ。早めに仕事を済ませて休みを確保しないと参加出来ないんでね。大学の授業も受けたいし」
「判らないんですよね。なんで今更大学なんですか? タンさん、大学卒業しているんですよね?」
多分こういう奴には、一生理解不能だと思う。
「効率的に自分の不足分を補うことが出来るから、だよ。仕事以外の側面から」
知識面からはそうだが、今となってはカイのような友人、戸野原のように理解を示してくれる上司を見つけられたことが一番大きい。春久にとっては、出会いと気づきの場になった。
相手は肩を竦めている。
「そう言えば、丹波長、独身主義なんですか?」
今度は別の隅から声を掛けられ、振り返った。
「いや。一度結婚している。忙しすぎて構ってやれなかったので離婚したけどね」
「じゃあ、結婚の意思はあるんですね。合コン行きません?」
「止めておくよ」
即答した。立場的に、春久は彼らの直上長である班長のもう一つ上長だ。それだけでも場違いだろうと思われる上に、カイと同じような年齢の彼らの相手なら、二十歳そこそこだろう。そんな相手と恋愛感情など育てられそうにない。その気が無いのであれば、参加すべきでは無い。第一、週末に呑むと翌日のツーリング予定が立てられない。それが一番の理由かと自分でも笑ってしまう。かなりハマっている。カイとのツーリング。
不意に思い出した、戸野原の「女の子なら口説けと言うのだが」の言葉。口説くつもりは無いけれど、外からはそこまで執着しているように見えるらしい。
「明日帰るけど、土産は次の大学ででも良い?」
その日の夜にカイからのメッセージ。
「今日も同じところか?」
「そ。今日も星空の下! 結局延泊した! 今日は他にもキャンパー居るけど、それでもぽつぽつだから、静かだよ。明後日から仕事で、これ以上延泊できないのが残念! どのみち予定外の延泊で、炭はさっき使い切った。アルストの燃料は多分今日終わる。残りの火器はバーナーだけだから、切りが良いと言えば良いんだけど。俺のカメラでもかなり綺麗に撮れてるけど、パソコンがネットに繋がらないから、また今度見せる!」
かなり興奮しているなぁと、頬が緩む。楽しそうで何よりだ。
用心深いカイは、常日頃から燃料などは多めに用意している。今回どれほどの量を用意していたのか正確には不明だが、その炭を使い切ってアルコールストーブ用の燃料用アルコールも無くなり、バーナーだけと言うことは、残りはOD缶一個分に残っている燃料だけだ。かなりぎりぎりまで攻めている。逆に言えば、普段から多めにしているからこそ出来た延泊だろうけれど。それほどに満喫したらしい。そこを、今度紹介してくれると言う。
確かに戸野原の言う通り、カイが女の子なら声を掛けなかった。そうしたら、今の関係はあり得なかった。一生大事にしたい友情ではあるけれど、それらをひっくるめて寛容してくれるような相手となら結婚するのも有りか、と、ふと思った。ただ、結婚するとカイとの関係は確実に変わる。それは垣内の結婚で知った。仕事はともかく、友人との付き合いと家庭では、家庭が優先される。となると、いくら寛容な相手でも今のままの関係は無理だと言うことで。
合コンの話、いや、その前に春久の結婚を口にされてから、思考が堂々巡りしているなあと、自分でも思う。死生観? それとも家庭について? 次学期以降どこかで、その手の授業を取ってみたい。
「次の講義、土日だし、土曜日うちに泊まるか? こっちの方が遠方になるが、大学にお前のバイクなり車なり停めておくなら、俺も車で移動しておくが」
返事は無い。
唐突すぎたか、警戒させたか? ただ、カイの場合、寝てしまっていることも有るので、気長に返事を待つしかない。電話を掛けるにしても、既に寝ているのであれば、起こすのも忍びない。周りが静かだと言っていたから、マナーモードにしていて気づいていない可能性も高い。先ほどはカイからメッセージが来たからメールの応酬が出来ただけで。
振り回されている気がしないでも無い。春久はスマホを充電器に掛けて、ビールを取り出し、自分の部屋に戻った。世間一般的には翌日も休日だが、春久は仕事なのだ。早く寝ておかなければならない。
カイからの返事は翌々日の夜だった。返事が来るまでが異様に長く感じられた。
「ごめんなさい! 昨日は家に戻ってそのまま寝てた。今日は出勤で、今メールに気づいた!」
そんなところだと思いもしたけれど。いかにもカイらしいと、少しばかり苦笑もする。ともかく、返事が来たことに何より安堵した。
「不特定多数の人が出入りできる大学にバイクを置きっ放しにするのは嫌だから、泊めてくれるのならバイクで着いていくよ? ショートツーリングだ」
続きに書かれていた文言には、脱力する。カイらしい。らしすぎる。小さな事にも楽しみを見いだしてくれるから、側に居る春久も同じように心待ちに出来る。そうやって警戒心が薄くなるのは春久に対してだけだとも判るから、純粋にツーリングだと喜んでいることに安心もする。これがたとえば垣内からの誘いなら、遠慮しまくって結局は断っているだろう。
天気予報を再度確認。短期予報だから、大きく外れることも無いだろう。両日とも晴れらしい。なら、安心してバイクを選択出来る。
「だったら俺もバイクにするんで金曜の夜に買い物を済ませておくが、何か欲しいものはあるか?」
「鶏もも肉二枚。クレイジーソルトすり込んで冷蔵しておいて。後はキャベツかレタスよろしくお願いします」
出来合の料理か総菜のつもりだったのに、食材を指定された。安く付きそうだ。クレイジーソルトはキャンプ用具に入っている。カイがキャンプ料理用に便利だと言うので買ってはいるが、普段は使わない物なので、入れっぱなしだ。
「甘い物は? カットケーキで良いのか?」
「ハルさんがビール飲まないのなら要らないよ? 勉強教えて貰いたいから」
「翌朝も早いから呑まないよ」
クスリと笑った。
「土産渡すのなら、垣内や戸野原さんに声を掛けておくが?」
「申し訳無いんで、今度ハルさんが会うときに渡しておいて」
「判った」
すぐに了承の返事を送った。声を掛ければ垣内たちは顔を出すとは思うが、家庭もあることだし、カイが遠慮しているのも判る。それに最近は何かと、垣内たちも一緒だった。たまには二人でゆっくり話をするのも良いかと思う。多分、春久の精神的にも。カイと二人だけで話をしていると深呼吸が出来るから。




