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来訪者

 ドアフォンの音。宅配便の予定は無い。となると、セールスか。春久はカイとの電話を続行しながら

 「少し待ってくれ」と、玄関に出た。すぐに追い返すつもりだ。

 念のためにモニター越しに様子を窺う。女だ。なにか袋を持っている。尚更セールス? 玄関で立ち止まっていると、再びドアフォンが鳴らされた。

 「丹波警部補~。お留守ですか」

 警察関係者! いや、それにしても、こんな一般のマンションで階級で呼ぶか? 春久の住所を知っていることにも不審を感じる。

 足音を発てないように部屋に戻りながら「悪い。また電話する」

 「大丈夫?」

 「まあ、これでも一応警察官だからな」

 安心させるためにカイにそうやって言って笑う。実際は笑い事じゃ無いのだが、ここでカイを心配させることは本意では無いのだ。

 

 カイとの電話を切って、掛ける先は課長。

 「済みません、夜分に」

 「どうした?」

 「自宅に女性が来訪しています。玄関の外で警部補呼びされているので、警察関係者である可能性が強いです」

 役職ならまだしも、階級なら、尚更のこと。

 「はあ? とうとうお前までストーカー被害か?」

 「見た記憶が無いんですけどね」

 「すぐに交番に連絡して良いぞ。ああいや、俺が地域課に連絡するが、お前は寝ていて気づいていなかったことにしろ。明かりは付けっぱなしでも良い。寝落ちしていた風を装え。お前がこのところの激務で疲れていただろう事は誰でも証言してくれるからな。良いか、室内の様子を変えず、物音も立てるな」

 「判りました」

 電話を切って、寝室に戻った。パソコンを開いてカイにメール。

 「途中邪魔が入って悪かった。今日は寝るんで、明日仕事が終わってから連絡する。前日泊するか朝の待ち合わせかは、天気予報次第だ」

 これでカイが心配しなければ良いのだが。

 それから二度、ドアフォンが鳴らされた。けれど十分もしないうちにドアの外が騒がしくなって、しばらく言い争うような声が聞こえたが、それも静かになり、春久は目を閉じた。

 

 翌朝。出勤して挨拶もそこそこに課長に別室に呼ばれた。前日の事を詫びる必要もあったので素直に付いていけば、目の前に印刷されたA4用紙が一枚、滑らされた。

 

 「なんですか?」

 それを拾い上げる。人事管理システムの個人情報画面を、一部抜き出して打ち出したものだった。元警察官、結婚による退職。その後……臨時職員としての勤務。この四月から?

 「昨日、お前のところに押しかけてきた相手の採用情報の概要だ。正式な照会はかけていない。まだ内部確認だ」

 思わず見直した。所属は庶務課。備考欄に“生活安全課庶務担当”とある。まあ、庶務に臨時職員は多いし、春久の意識は一緒に走り回るメンバーにしかいってないので、庶務の人間については言われればそんな人も居たかな、ぐらいだった。それも、新年度が始まってまだ一週間では、記憶の隅にすらいなくて当然か。

 

 「お前、話をしたことは?」

 「無いと思います。顔を見ても一切判りませんでしたし。今日来ているんですか?」

 「昨日の今日で来られると思うか?」

 「ああ、首ですか?」

 「さすがにそこまでは。お前に誘われて家を訪ねたら、出てこなかったので、何回か呼びかけただけだと言われてはな。近所から家の前でいつまでも騒いでいる人が居て迷惑だから通報されたという体を取っている。お前が住所を教えて誘ったので無ければ、職務上知り得た情報を悪用したって事でペナルティが付く可能性が有るんで、ひとまずの確認だ。後、後で一緒に交番に出向くぞ」

 「了解しました。お手数をおかけして申し訳ありません」

 課長は手を振り

 「これでお前が何かに巻き込まれると、そっちの方が迷惑になるんで、知らせてくれて良かったんだよ。独身男性だから料理をしに来たんだと言ったらしいぞ。お前とは知り合いで、部屋の明かりも点いているし、出かけていることは聞いていなかったんだとか言っていたが。近所迷惑だからと厳重注意で本人は戻している」

 「勘弁してください。俺はあいつ以外に料理作って貰うような相手は居ませんよ」

 あいつとは当然、カイ。課長もその相手は判っている。カイにはストレス解消、春久は外食が減ってバランスの良い食事ができると、二人にとって利のある食事。

 

 「お前の通い妻、近々来るのか?」

 「二週間後に大学の授業が重なっているので、その時に。前日俺が待機が入っているけど来るか、当日朝から落ち合ってその日泊まりになるかを今話しているところです」

 カイのことを通い妻と呼ばれることには慣れた。いや、課長限定で諦めた。反論すれば流される。そして次の瞬間にはまた、通い妻と呼ばれるのだ。

 

 「お前の休みは庶務も把握しているだろうから、前日から来て貰って、万一これ」――と、履歴書を指で押さえ――が来たら、通い妻に対応してもらえ。表札も出てないんだ。他人の家だと装えば来なくなるだろう」

 「頭を下げておきます」

 女に顔や関係性がバレていないという意味では戸野原に来て貰う手も有るのだが、彼は家庭持ちで泊まりも出来づらい。おまけにこれで、カイに前日から泊まりに来いと、理由付けが出来た。

 

 その後課長と共に、マンション一帯を担当とする交番に出向いた。そこの所長である巡査部長が対応してくれた。

 相手の事、つい先日同じ執務室に配属されてきたことすら知らなかった、と口にした。名前? 先ほどちらりと情報の一部を見せて貰ったから、なんとか名字のみ記憶した。

 「相手は、かなり親しいと口にしていましたね」

 手元に調書を置いて確認しつつ、目の前の巡査部長が説明してくれる。

 「こいつが年度初めから走り回って、庶務と雑談するような暇が無かったのは俺が保証する。最初の挨拶時ぐらいは庶務のメンバーと顔を合わせるが、それでもこいつの役目は自分の下で走り回る連中の把握だからな。来たばかりの庶務なんぞ、顔も覚えてない」

 課長は春久を親指で示しながら、春久の言葉に偽りは無いんだと証言してくれた。

 

 「済みません」

 「まあ、今回はそれがラッキーに傾いたことだし、自分の下の連中の名前を間違えるようじゃ話にならないんで、お前はそれで良いんだが」

 「丹波警部補が独身だってことは我々も知っているんですが、バツイチだってことを、この女に教えられましたよ」

 「は?」

 春久がバツイチなのは間違いない。けれど、だ。警察官になって一年目に離婚している。それから十年近く……。春久が結婚していたことを知っている相手も少なくなっていた。大体、仕事の相手とは世間一般的な話をしても、そんな古いこと、普通は蒸し返さない。

 「なんでそこまで知られているんだ? 一緒に働いている連中ですら知らない奴は多いぞ?」

 春久の疑問を、課長が問いかけた。

 「そこまでは聞き出せていません。丹波警部補と親しいんだと言われれば、そちらから聞いたんだと真っ先に思いますからね。特に今回の通報が近所からの騒音だってことでしたし」

 確かに、課長がその筋書きで連絡したと言っていた。

 

 「当日、時間も遅かった上にお留守だったようなので、今日こうやってお時間を取っていただきました。お話を伺って、詳細も分かりましたので、この女に関しては目を光らせておきます」

 「そうだな。ストーカー事件になればうちの仕事で、なおかつ中央エリアとくればこいつの役目なんだが」

 課長に背中を叩かれた。痛い。

 「当事者でもあるから、今回は他のエリアの係長に回すが、何か有れば言ってきてくれ。くれぐれも庶務には言付けないように」

 「了解しました。そうなんですよね。うち(地域係)とも縁が深いんですよね、丹波警部補は。その我々が知らない警部補の話をされたので、相手の言葉をころっと信じてしまい、夜中にいつまでも騒ぐなって注意ぐらいで戻してしまいました」

 交番の所長が春久を縁が深いと言うのは、春久が訪ねた交番が生活安全課の中央エリアに所属するから。交番勤務、普段は所長が取りまとめるが、事件の発生などで一時的に生活安全課が指示側にまわることも多い。内容によっては交通課が主導してくれるが。

 

 「できる事をしてくれたんだから、それで良い。ちなみに、こいつには料理してくれる相手がいるからな。でもって、その相手とはきちんと連絡を取り合っているから、留守の時に外で騒ぐようなことは絶対に無い」

 「課長!」

 なにもそんなことまでバラす必要は無いのでは。

 けれど課長は春久のクレームはどこ吹く風。

 「確かに、よく考えればそこまで親しいなら電話連絡できるよなぁ。騒いでないで電話してみろと言えば良かった」

 目の前の巡査部長は、盲点だったとばかりに頭を掻く。

 「ともかく、押さえてくれて助かった」

 「ありがとうございました」

 頭を下げた。互いの情報交換も行い、二人で執務室に戻った。

 

 カイに電話をした。事情を説明し、前日泊を頼んでみる。当然彼にも都合が有るから、可能であれば、だ。カイは少し考えて、翌日連絡を入れると言ってくれた。即断らなかったのは、既に前日泊の話が出ていたから。いつになるか、天気の都合も有る。いろいろ確認してくれるのだろう。頼むと、電話を切った。

 「合い鍵借りることってできる? 後、買い物に行きたいんだけど、車も貸して欲しい」

 そうやってメールが入っているのを見つけたのは、翌日の昼。

 「どちらも大丈夫だが」

 カイに車を預けるのはいつものことだ。確かに玄関の合い鍵があれば、買い物も可能だろう。カイに預けっぱなしには出来ないけれど、貸すことはできる。

 「有休余ってるし区切りも付いているから、仕事は休んだ。昼には着くようにするから、その時に鍵を借りる。バイクなら駐輪場に停められるし、不自然に車を停めなくて済むし」

 それはありがたい。

 「夜、職場を出るときに電話を入れるから、食いに行くか?」

 「それも良いけど。美味しいとんかつ作るよ? カツ丼」

 それは……食いたい。カイはいつも丁寧に肉を叩いてしっかり下味を付けてくれる。


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