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新年度

 人事が発令され、異動してくる人、異動していく人、それぞれに挨拶を交わしている。

 「それでは行って参ります。挨拶して官舎最終確認したらそのまま引っ越しの手続きをするので、出てくるのは明後日になります」

 先に出かけるのは一般職員、班員たちだ。彼らの宿舎選択は切実だ。特に家庭持ち。若手かつ独身であれば、独身寮に入れば後は戻って寝るぐらいだから、多少の不便は問題にしない。家庭持ちはパートナーや子どもが本人よりよっぽど長い時間をそこで暮らすことになる。場所によっては学校の選択も関わってくるらしい。

 逆に係長クラスになればそれなりの待遇の場所を確保して貰えているので、引っ越し自体は比較的落ち着いている。子どもたちも高校生ぐらいになれば校区に縛られることもない。多少遠くなっても通うこともできる。単身赴任もあり得る。

 

 「丹波長、明日は休みを頂きます。いきなり今の宿舎明け渡せと言われて。まあ、業者に任せるだけなんですが。うちは家族ぐるみで引っ越しするので、こっちに来るメンバーのターゲットになったようです」

 「急ですね。こちらは大丈夫なんですが、引っ越しっていろいろ手間じゃ無いですか? 俺は独身寮から外部マンションだったので楽をさせていただきましたけど」

 カイと戸野原、垣内が手伝ってくれてあっという間に終わった。あれから、カイが泊まりに来るようになったのだ。

 「手伝えることが有れば教えてください。こちらの業務については安心して任せていただければ。班長たちは見ておきます」

 と、後のことを請け負った。

 相手も「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 

 そこまでは同じ係長としての会話。

 「丹波さん、明日は予定通り。こっちの仕事が終わる頃には顔を出すんで、残業は無しで」

 「了解です」

 明日とは、誘われていた飲み会。仕事は急遽休みだが、予定していた飲み会は延長しないということ。もっとも四月一日までの短い期間、延長しては他の人たちの予定も合わなくなる。

 係長は昼から帰り、急いで荷造りをするようだ。もちろん発表前から異動になることは判っていたので日常的なもの以外は殆ど纏まっているらしい。引っ越し業者は明け渡せと言った総務が手配しているらしく、大物は全て業者に任せるので残りは食器や服などを箱詰めするだけだと言っていた。

 

 「お世話になります。挨拶に参りました」

 聞いた声だと思ったら、制服姿の大塚が顔を出してきた。

 「お疲れ様です」

 大塚は春久を見つけて、すたすたと机の前に。春久も立ち上がって彼を迎えた。

 「交通課に班長として異動してきました。こちらは交通課と生活安全課の連携も密だと伺っています。公私にわたってお世話になりますので、よろしくお願いします」

 頭を下げられ、ソファーへと案内した。

 「驚きましたよ。災害時の初動班にも立候補していただいたようで」

 「丹波さんが格好良かったからです。キャンプの時もいろいろ先頭でやられていたので、リーダーシップ取れる方だと。家族全員で引っ越ししてきます。奥さんの小学校も異動させてもらえることになったので」

 「俺は何もしてないですよ。戸野原さんとカイが……秋津が、あれこれやってくれるので、基本おんぶにだっこです。ついこの間のキャンプなんて、秋津に運転任せてグースカ寝てましたよ。あれは失敗です。戸野原さんや秋津がフォローしてくれて助けられてます」

 「一応、丹波さん直下に付く三人のうちの一人になります。班長なのが決定打になってくれたので。四月からサブ用の研修も入るので、いろいろ打ち合わせさせていただくことになろうかと」

 「心強いです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 大塚を皮切りに災害時初動メンバーも次々に挨拶に訪れる。課長が席に居ろと言うわけだ。彼らには新年度になってからになるが、一度、全員に声を掛けて集まるからと伝えておく。

 当然生活安全課の新しいメンバーも来て、中には春久が副課長待遇だと説明されて眉を顰める者もいたが、それでも年度末の挨拶は終わらせた。後は新年度一日から新しいメンバーできちんと動けるように、残っている係長や班長たちと役割の割り振りと、机の移動。

 ただし、所轄全体での新年度の挨拶については、春久は事件の対応で飛びまわっていたため、見送られた。喜ぶべきか哀しむべきか。事件の解決が新年度を越えて一週間ほどしてから。

 それを待って、課長が時間帯を見計らい、できるだけ大勢が居る場面で挨拶をすることになった。

 

 

 「休日中の者を除いてだが、ようやく全員顔を合わせられるな。一階(受付)は大丈夫か?」

 「挨拶の間だけと断って、何か有れば連絡を貰えるように伝えています」

 「判った。年度末から走り回っていた者はお疲れ。新年にしろ新年度にしろ、なかなかすんなりと始めさせて貰えないのが警察官の常だ。それでもこうやって全員揃って新年度をスタートできる事はありがたい。生活安全課メンバー一丸となって、事件や事故の撲滅が、今年度も目標だからな。

 それから、今年度から丹波が改めて副課長として業務を行う。これからは待遇でもないし、管区への表向きでも無い。俺も来年度には異動する。新しい課長が誰になっても、丹波が間に入ってくれれば全員仕事がスムーズに進むだろう。そのためにも、若輩者だと思う奴も居るとは思うが、顔を立ててやってくれ」

 「ご紹介に与りました丹波です。課長の仰る通り若輩者ですので、皆さんにいろいろ勉強させていただきたいと思っています。よろしくお願いします」

 課長が一番に拍手をしてくれた。一緒に仕事をしていた係長たちもそれに続く。

 「丹波は災害時初動班のリーダーだからな。やり手だということは肝に銘じておけ。特に今、挨拶に何のリアクションも返さなかった奴! 不満があるなら、どうして異動前に前職場で言わなかった!」

 課長の怒鳴り声は腹の底まで響く。

 係長たちの視線が新しく来た係長に移る。課長の言う人物が誰か。またいろいろと摩擦が生まれそうだ。

 

 係長たちが自分たちの担当場所紹介も含めて順番に挨拶する。次は班長たちだ。班員の把握に関しては、一週間の間に班長が既に行っているので省略された。課長が、新しく来たメンバーを全員引き連れて会議室に入っていく。

 

 「丹波長、一階で生活安全課呼ばれてます。気分転換に行きませんか?」

 「そうですね」

 「丹波さん、戻ってきたら一番に、四月と五月の休み、ちゃんと確保してください。平日の会議増えるって話は聞いているんで、土日をメインに。ただし、待機はいれていただくことになりそうですけどね」

 「了解しました。後ほど」

 新しく中央受付の班長になってくれた男は、先に担当の班員を二人、受付窓口に放り出して、春久と肩を並べた。

 「いかがです? 新しく来た二人」

 「今日の顔合わせ後からと思ってはいたんですが……。彼らも動きませんね。いくら受け付けでも走らなくてはならないんですが」

 「目に余るようであれば言ってください。走らせますよ」

 「そうですね。その時はお願いします。一応、毎朝庁舎周りを十周してこいと言っているんですが……。今朝も様子を見に行ったんですが、走っている中に二人は居ませんでした。後で指導しておきます」

 「よろしくお願いします」

 班長と一緒に受付の外で、中の様子を窺いつつ、これからどのようにしていくかを話す。副課長の肩書きはあるが、実質は係長だから、中央の班長――受付班と遊撃班が二人、直付いてくる。つまりその下に付く班員も春久の担当だ。

 「若手は一緒にすれば悪い方に引っ張られそうで。かと言って、若手の前で叱るのもと思いますし」

 上司には上司の悩みが生まれる。前任者がそのあたりは一任して問題無かったので、春久もこれからが正念場だ。班長と相談しつつ手探りしか無い。

 

 そうやって春久の新年度が始まった。

 「そっちはどうだ?」

 「変わりなく?」

 カイの声にホッとする。そのカイも、前年度は上司がとんでもない学歴差別者で、かなり苦労していた。今年はそんなことが無ければ良いのだが。

 「俺も大卒」なので、学歴差別には前回よりは対応できると笑う。苦労して通信制大学を卒業したばかり。再入学手続きも終わって、システム的には大学三年生に編入済みだ。

 「はは。そうだったな。まあ、学歴差別者は、大学名でも差別しそうだが」

 「その時はハルさんちで料理する回数が増えるだけ」

 「判った。いつでも避難してこい。愚痴ぐらいは聞いてやる」

 「愚痴よりも美味しいもの食べて、ツーリングやキャンプに行きたい」

 「大賛成だ。次の大学、一日目こっちに泊まるだろう? どこかで食って帰るか?」

 「美味しい魚」

 「了解。探しておく」

 本当に、カイと話をしていると、ホッと息抜きできる。


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