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人事異動発表前

 「ただいま戻りました」

 借りていた公用車の鍵を所定の場所に掛ける。パソコンを開いて、日報を入れる。そこまでが出張だ。

 「丹波長。課長から預かってます」

 必要項目を記入して保存する。立ち上がってコーヒーを淹れ、一息吐いたときに声を掛けられた。封筒? きっちり封をされたそれを、礼を言いながら受け取った。

 内容は……四月の人事異動についてだった。出て行く者、新しく来る者。確かに課長は早くから握っていなければ采配も出来ない。それが春久の下に来たと言うことは、他の係長たちは?

 「まだ見せないでくださいね。我々は課長から伝えられるまで知らないことになってます。丹波長は副課長の役目を担っているので一足先に渡されただけなんですから」

 「判りました」

 

 ざっと目を通す。大塚の名前は無い。と言うことは、大塚が少なくとも春久の下に来ることは無い。

 「丹波さんのスケジュールにも入っていますが、明後日、その資料を基に、我々係長と一緒にどの班に所属させるかを話し合うことになっています。人事異動がオープンになった後に、班長含めです。判るのは前歴ぐらいでしょうが、資料集めよろしくお願いします」

 「了解しました。前上司捕まえて話聞いておきます」

 これは初めての業務だ。副課長の役職が付いたため、こういった調整も入ってくる。そしてそれは、春久宛にも、こちらから異動するメンバーについての問い合わせが来ると言うことだ。きちんと一人一人を見ていなければ答えられない。ここにも、部下とのコミュニケーションが問われる。

 「ともかく、今日は帰って、明日は昼からでしたよね? 課長と膝を詰めた方が良いかもしれませんね」

 そうなるだろうなぁ。

 「判りました。もう少し仕事をしたら、戻ります」

 帰りたいのは山々なのだけれど、移動時間分の仕事は残っているのだ。資料作りと、新しく来るメンバーの情報を整理して、前上司への問い合わせ内容も確認しなくてはならない。

 

 「丹波」

 「はい」

 「まずはお前だけだ。係長たちは後で呼ぶから、席に居てくれ。丹波に腹を括らせるだけだよ」

 「判りました」

 腹? これ以上?

 首輪を付けられた犬のように、課長の後を付いていく。この後、係長たちとの話も有るので結構広い会議室だ。そこで机一つ挟んで座る。

 「どうだ? 忙しいだろう」

 「忙しいです」

 正直に口にした。休みはしっかり確保して貰える。もちろん事件があればそうも言っていられないのだが。それでも、以前いた部署に比べれば休みを取っている方だと思う。

 その頃は遊ぶ相手もいなかったので、仕事ぐらいしかすることが無かったのもある。今はカイと遊ぶためにも、休みの確保が重要だ。

 

 課長は少しばかり眉尻を掻いていた。それから、春久の前に一枚の書類を開いた。十人ほどの名前が並んでいる。

 「災害時に、初動班としてお前が引っ張っていく連中だ。こいつらもお前と同じく兼任だから、たまに呼び出して団結を強めたり、緊急時の連絡手段の打ち合わせやら、まあ、内容はお前が決めろ。うちの所轄を初めとして、基本一時間以内にここに到着できる場所に異動してくる」

 書類を拾い上げた。災害時初動班。名前と四月からの所属が記載されている。全員所属どころか所轄すらバラバラだ。これも、まだ秘密文書ということになる。

 大塚……居た。うちの所轄に交通課に異動予定。

 「お前の下を希望すると手を挙げた連中だ。むしろ三年から五年で異動する課内の連中より、長く付き合っていくことになるかも知れない。大事にしてやれ」

 「判りました」

 キツいと判っていて希望したメンバーだ。管区に引っ張られないようにと課長に気遣われて就任した春久より、よほど腹が据わっている。きっと、長いだけでなく濃い付き合いになるだろう。

 

 「四月一日はそれぞれの所属での挨拶があるだろうから、一月以内にそっちの顔合わせも組んでやれよ。ちなみに、お前を推薦した俺が、オブザーバーだ。気づいたことがあれば口も出すが、基本、静観するぞ。まあ、判らない事は言ってこい。アドバイスぐらいはしてやれると思う」

 「ありがとうございます。頼りにさせていただきます」

 「で、そいつは片付けておけ」春久の持っている紙を示された。

 「誰をって言うのは、担当者外秘だ。オブザーバーの俺やら、それぞれの上司は知っているが、口外するようなモノでもない。いろいろやっているうちに周りにバレるんだろうが。自分からバラして悦に入るような連中はそこには居ない筈だが……」

 最後歯切れが悪いのは、当然想定外の連中も居るから、だろう。

 

 春久が用紙を畳んでいる間に課長が連絡を入れ、スーツの内ポケットに片付け終わった頃には、係長たちが勢揃いしていた。春久も場所を移動し、課長の正面から、隣へと移った。

 「それを一枚ずつ取ってくれ」

 課長が示す、異動資料。正式発表までまだ三日ほど有る。今は慎重な扱いが必要になる。

 「基本、どこに放り込んでも構わない。癖がありそうなのは丹波が掴んでいるはずだ。そんな奴らは一年、下の受付だ。係長も一人換わるんで、そこにはサポート出来そうな班長を放り込むつもりだが。希望はあるか?」

 「当たり障りの無い引き継ぎ書は出来てますが、班長は全員、出来ればそのままで居てくれる方がありがたいと思いますよ、次のメンバーには。うちは中小企業中心なので、癖のある社長連中も多くて」

 異動予定の係長が言えば

 「サポートは丹波にもやらせる。今年で、(丹波には)管区とは距離を取らせる予定だ。俺も再来年度異動になるだろうから次の課長の補佐ができるようにしておくのと、知っての通り、災害時の初動隊のリーダーに選ばれた。四半期に一度、一週間程度研修も詰めさせることになっているんで、管区の手伝いにまで手を回せん。うちの本部も二年も顔を立てているんだ、充分だろう?」

 と、課長が返す。

 「まあ、そうしていただけるとありがたいです」

 「あんな組織ができると知っていたら、異動は早まったと言うのも居るんで、相変わらず期待の星ってことですね」

 皆、好き勝手なことを言っている。どうしても春久は俎上に載せられずにはいられないようだ。それで上手く回るのなら仕方が無い。


 「ただ、後一年は管区にも貸し出しが続くんで、フォローは頼む。丹波は隙を見てきちんと休めよ」

 課長が少しにやりと笑いながら春久を見る。休むことも仕事の内だと言われれば、頷くしか無い。いや、休みは欲しい。出来れば土日、後は連休で。

 交通機動隊の隊長にも、ツーリングは推奨された。だから、カイと一緒に走りに行って、旨い物を食べさせてやりたいのだ。ただ、仕事の兼ね合いを考えれば、無理も言いづらい。なにせ、ここに連なる係長たちの中で一番の下っ端なのだ、春久が。抜擢されたとは言え若造で、係長としての経験も浅い。

 「善処します」

 「それから、丹波、お前しばらくは机の前にいろよ。人事が発表になれば引き継ぎで人が出入りするからな」

 「課長は?」

 「お前は両方から来るだろうが。だったらお前が座っていれば良いんだよ。俺は本部に顔を出してくる。管区からお前を足抜けさせるのに根回しも必要だからな」

 そうやって言われるとぐうの音も出ない。

 「お手数をおかけします」

 

 新しく来るメンバーの評価。春久は一通り、現在の上司にお伺いを立てた。特に癖の強そうなのは居ないと思うが。それでも春久の知らない情報もあるだろう。係長たちと頭を突き合わせ、特に班長をどうするかを話し合う。癖のありそうな班員については、どの班長に面倒を見させるかも、だ。

 「これとこれは受付組だな。話聞きました?」

 「聞きました。けれど、特段何も注意はありませんでしたが」

 「他で引き取り手が無かったってことでしょうね。こいつは走れません。こいつは走りません」

 自分の手持ち資料に、言われた二人の情報を書き込んだ。現場では使い物にならないと言い切られた。そんな話をどっから仕入れてくるのか、さすが歴戦の係長たちだ。

 走らないと走れない、どっちが扱いやすいかと考えていれば、

 「どっちも、うちの成果が目覚ましいので、ブレーキ要員で放り込まれたんですよ。走れないのは不摂生が原因で、走らないのは口ばかりです。なので遠慮をしないように」と釘を刺された。

 ブレーキ要員、つまり足枷にという意味らしい。

 「当たりもあれば外れもあるって事だな。丹波。ここに居るのは海千山千の経験をしてきた係長たちだ。取れる情報はしっかり搾り取れよ。これからは事あるごとにお前に判断させるからな」

 「判りました」

 

 課長一人が先に戻り、春久は係長たちと、主に班長をどう動かすかを煮詰める。基本的に春は班長を動かさないのだが、それでも居なくなる人によっては、その後釜をきちんと話しておかなければ二進も三進もいかなくなる。特に、居なくなるのが今まで癖のある班員たちを纏めてくれていた野沢班長であればなおのこと。

 「班長たちの横の繋がりも参考になりますので、後は人事異動が発表になってからですね」

 「ああそうだ。忘れていた。うちの班長の一人、受付担当の検討をお願いします。介護があるんです。なので極力定時出勤退勤でやらせてやりたくて。もちろん事件や事故の時はそうも言っていられないのは本人も承知の上です」

 「怒鳴れるか? 癖の強い二人を回して」

 他の係長が聞く。前任者が野沢班長だったのだ、その後釜を押さえられるのかと。

 「(班長も)それがステップアップに必要だと判っているので、きちんと叱るよ。本人が言うには、空気が良いんで可能な限りこっちに居たいってことだ。だったらさっさと係長、課長になって腰を落ち着ける方が良いだろう?」

 「確かに二十も年下の男を見て発憤するなら、やり方は有るか……」

 「来年度になったら課長に(警部補試験対策を)上申だな。その前にいろいろ洗礼もあるだろうが」

 「後は、丹波長直属になるんだ。その補佐もしてもらわないとな」

 

 春久の下のもう一人の班長、岸本は、夏前に二回目の警部補試験を受ける。冬は野沢班長だけが受け、無事に警部補になった。なので四月には確定で異動。岸本班長が警部補になると中央二人が同時に異動になり、さすがにそれではやっていけないという課長の思惑も有り、彼は一回パスした。けれど夏には警部補になるだろう。一応年度途中で警部補になっても春異動までは引っ張れるが、場合に寄れば春久のように定期異動を待たずに呼ばれることもあるのだ。そんなことも鑑みての班編成を考えなくてはならない。

 

 昼前に、係長たちと部屋に戻った。課長はそれを見て

 「他部署の課長たちと飯に行くんで、昼を過ぎる。新年度の挨拶の時に、丹波、お前のチームの事にも触れることになりそうなんで、一応挨拶は考えておけ。五分以内で終わらせる奴で良い。俺はそれ(丹波の挨拶)を阻止するつもりだが、なにせそこにいる係長連中よりもっと猛者ばかりだからな」

 「お手数をおかけします」

 「まあ、うちの係長連中の中では末っ子だからな」

 課長はそう言って笑いながら出て行った。

 「ははは。確かに末っ子だ」

 春久が副課長に任命されたとしても、それはあくまでも管区に対しての牽制であって、実際には立場は同じ係長。そのことは皆判っている。

 

 「丹波さん、人事が発表になったら食いに行かないか?」

 「判りました。店どこにします?」

 「俺のつきあいの有る店で良いか?」

 「お任せします」

 その日のうちに係長たちに一斉メールが飛んできた。とはいっても全員一気に抜けることも出来ないので、日程は二日。春久は両方に出席を付けた。課長に言えば、絶対に出ろと言われるだろう。それほど、今の課長は人間関係を大事にしている。その姿勢に何度も助けられたのだ。春久もできる限りのことはする。


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