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バイク訓練初日

 昼間はしっかり眠らせて貰ったお陰で、食事の後でも頭が冴えていた。一晩中でも遊べるのではと思うほどに。さすがに他の三人に付き合って貰うわけにはいかないので、夜もきちんと眠るつもりだが。

 戸野原はテントの中で留守番をしていると言うので、カイや戸野原の息子と一緒に風呂に向かった。キャンプ場近くの温泉だが車を出す程度には距離も離れているので、冴えた頭で春久が運転だ。二人ずつでも良かったのだが、戸野原が

 「温泉に一緒に連れて行ってやってくれ。ついでに星でも見せてやってくれるとありがたい。俺は三人が戻ってきたら特急で行ってくる」と言い出したから。確かに、星空を見るのであればカイも一緒に居る方が喜ぶ。

 「寒い。けど、綺麗だ」

 「だよね」

 近くの少し開けた場所にレジャーシートを敷き、どう見ても精神年齢が同じ二人が寝転がる。春久はそれを見守りつつ、腕を突いて上体を反らせ、空に目をやった。

 

 「秋津さんか丹波さん、晴れ男ですか? お二人と一緒に参加するキャンプ、いつも晴れてます」

 「確かに戸野原さんたちとのキャンプで雨は降ったことが無いな。けど、ドライブとか大学だと結構雨に降られている」

 「戸野原さんか、カズ君たちが晴れ男なのかもね」

 「小学校の時、学校の遠足で雨に降られて大泣きしたことがあります。未だに父さんたちにからかわれています」

 「ははは。遠足は小学生にはとてつもない楽しみだものな。みんなで知らないところへ行って、大冒険だ」

 空は春の星座になっている。こんなところでも季節の移ろいを感じる。星を見ながら三人で話をして、カイが小さなくしゃみをしたのをきっかけに、急いで温泉に飛び込んだ。

 

 戸野原が風呂に行っている間に、カイは四人分の湯たんぽを作成。息子が二人の寝袋にそれを放り込んできて、その後は石油ストーブの周りでノンビリ世間話。ついでに、今回戸野原の息子たちにプレゼントしたシェラカップ、なぜチタンなのか、どうやって手入れをするのか、などを話しているうちに戸野原も戻ってきた。

 チタンの一番の特徴は軽さだ。次に熱伝導が低いので、ただでさえ飲み口が熱くなりにくいシェラカップだが、なおのこと火傷をせずに済む。それから、焼き色が付く。チタンブルーという美しい色合いで、一つとして同じモノは無い。普段使いではほぼ変色しないが、わざわざバーナーを使って高温にし、色づける人もいるほどだ。

 それを教えた翌朝、朝一番に洗ってきたカップに水を入れ、戸野原のシングルバーナーで湯を沸かしていた。その水は、湯たんぽにしていた容器からだ。飲用ボトルだったから、そのまま使える。そうやっているとまるでベテランのキャンパーだ。

 沸いた湯でインスタントコーヒーを入れ、それを飲みつつ戸野原にロープワークを教わっている姿は微笑ましい。素直で、戸野原が高校生になった彼を連れ回すのも判る。春久がカイを連れ回しているようなものだ。そのカイも一緒になって戸野原の手元を覗き込んでいる。

 

 「俺ができるのは自在むすびともやいむすびぐらいだよ。その自在むすびも、自在金具があるから手抜きしてるしね」

 テントのロープを張ったときの話か?

 「それでも、知っていると緊急時に応用が利くからね。俺ももう一回覚えなおそ」

 カイが覚え直すのなら、春久が教えても良い。でもきっとカイならできるのだろうと思う。戸野原の長男に気を遣ってそう言っているだけだろう。

 と思っていたが、本当に出来ないのは後日知った。思いがけない不器用さに思わず笑った一幕も。当然カイからの反撃付きで、クッキーの生地をロープ代わりに、結び目クッキーが量産されたことも付け加えておく。

 

 朝食はピザだった。夜、戸野原の長男とカイの二人、あらかじめ計量していた粉の入った袋に、水を入れて揉んでいた物だ。水の計量はシェラカップの目盛り。そこでもシェラカップの便利さを見せておいた。ダッチオーブンもソロデュオ用なのであまり大きくなく、何回かに分けて焼くことになったが、良い仕事をしてくれた。生地はふんわり、焼き目はカリッとして、載せたチーズがとろとろの絶品だ。

 戸野原親子で三枚、春久が一枚半、カイが半枚とケーキの残り付き。トッピングは有る物から自由にとのことで、戸野原の息子は盛りだくさん、戸野原はシンプル、カイは彩り良かった。春久はカイに一任した。戸野原が笑っている気がしないでもない。

 

 その後は前日寝てしまって何も手伝っていない春久が率先して動く。朝の熱源は石油ストーブを使ったので、スイッチ一つで火を消せば終わり。火の後始末が楽で良い。

 「忘れ物は?」

 「無い」

 「オッケーだ」

 四人でテントを張っていた場所に戻り、忘れ物を再確認。結構、忘れ物とか落とし物があるのだ。カイはきちんと確認するからそうでもないが、明らかに他のキャンパーたちの忘れ物とか、ゴミ、とか。それも一度や二度ではない。カイも心得ていて、最後の確認時には炭や薪を挟むためのトングとビニール袋を手に持っている。

 「今日は大丈夫そう」

 「まだオフシーズンだしな」

 隣を歩く戸野原の息子が「結構酷いんですか?」と尋ねる。

 「そうだなぁ。シーズン中のキャンプ場や山は。ルールやマナーを守らないのが増えるな。なのでゴミ問題がニュースで取り上げられたりしているんだ」

 特に、不法投棄だなんだと飛び出さなくてはならない春久にとっては、頭が痛い問題だ。

 「それは嫌ですね。俺もゴミ袋ぐらい常に用意しておきます」

 息子を見守る戸野原の顔は、穏やかな笑みを浮かべている。

 「トングは嵩張るので、安全のためには革手袋ですね」

 春久が言えば、戸野原は自分の顔を見られていたことに気づいたのか、今度は小さな苦笑を浮かべた。彼の事だから、息子のために奮発するのだろう。

 

 

 三日後は少し早い年度末処理で管区に。書類は送ってもらっているので、目を通してサインしたものを持ち込んだ。二泊して家に戻れば、次は本部。

 二月はパトカーの運転だったので、三月から本格的に白バイの訓練への参加だ。前回は同じ交通機動隊でも四輪部が担当し、今回からようやく本来の担当者との顔合わせでもあり、自己紹介もしなおした。

 一緒に訓練を受ける上原警部補は、最初はバイクを起こすところからと聞いて少しばかり口ごもったが、そのまま言葉を飲み込んで従った。春久もコツを聞いてトライしてみるが、さすがに重い。重りを仕込んだ訓練用バイクは、半日も繰り返すと、腕も腰もずっしりと重く感じられる。

 

 ようやく昼休み。一緒にと取ってくれた弁当を、三人顔を突き合わせて食べる事に。初日の今日は、親睦を深めるための雑談と、今後の方針についての打ち合わせ込みだ。

 「交機に来た連中の、最初の難関ですよ。基礎体力が違うため女子は少々手加減しますけど、それでもうちでは、出来ないとは言わせません。出来ないなら所轄に戻れと怒鳴られます。自分もかなり厳しく指導されまくった口ですけど、歴代隊長たちなんか、もっと厳しかったそうです。最近は温くなったと笑ってますよ」

 「お恥ずかしい話、(バイク起こしは)中型を取ったときにやったので、大型の時は無かったですね」

 「ステップアップしていただけるとありがたいです。中にはいきなり大型を取って事故るようなのもいるんで」

 さすが交通部、事故の話には敏感だ。

 

 「お二人のことは、今回の話を受けるときに、年一回、計十二回の訓練で何ができるんだと、上に確認しました。どこがゴールかと。

 一つは、バイクの機動力、特に同行するバイク隊員にどこまで命令して良いのか、その限界を知ること、もう一つは、お二人も災害現場で指揮の先頭に立たれるので、車で行けないところでもある程度の場所に入っていけること、その二点だそうです。

 どんなバイクでも乗りこなせるよう、大型の白バイと、悪路も走れるようにオフロードとの両方をやっていただくことに。丹波さんは大型を持っていらっしゃるので大型のモタードで、上原さんには大型を取っていただくことも念頭に置いてください」

 「今から取らないとだめか? 丹波さんのように若けりゃともかく」

 四十代後半に見える上原は、溜息交じりに呟いた。

 「お二人はうちの警察の期待の星だって聞いてますよ。県警全職員の中からの抜擢です。期待してますよ」

 上原と同年代の男――それも日々バイクを走らせている――ににこりと笑われ、上原は春久を、春久も上原を見る。二人とも苦笑だ。

 確かに抜擢なんだろうけれど、春久の場合は管区に引っ張られないための防御策なので、素直に喜んで良いものか。

 

 「ついでに、次月の日程を決めたいんですが、予定、出ていますか?」

 春久を見られた。この中で一番予定を動かしづらいのが春久だと、前二回のミーティングで知られている。確かにそうだろう。初日から日程を変更してくれと言い出したのだから。

 「四月には引っかかるような呼び出しは無いので、当初予定で。五月は立て込んでいます。実は三つの予定がバッティングしているので、課長と相談中ですが、こちらをずらしていただく方向になるかと。来月までには調整しておきます」

 頭を下げた。

 「そう言えば、来週には人事速報出ますね。お二人の下への異動希望、結構出ているんじゃないんですか? うちのメンバーも、上原さんの下に付きたいと言うのが居ますよ。丹波さんは遠方なので、そちらに行くには交機本部から異動することになるからと、断念したようですが」

 「花形の交通機動隊からかぁ」

 「下に行ったら、可愛がってやってください。リーダーと一緒に先陣を駆けられるように鍛えておきます」

 「お願いします」

 上原が少々鼻の下を伸ばしている。エリートと言われている交機のメンバーから、望んでその下に着きたいと言われたら、虚栄心をくすぐられもするか。

 

 「班長」

 一人、ヘルメットを抱えてきた男が入ってきて、春久たちと一緒に居る男に耳打ちを。相手が頷くのを待って、すぐに出て行ったが。

 目の前の男が立ち上がった。

 「少し早いですが、昼休憩を終わりましょう。さもないと、丹波警部補の乗るバイクを奪われます」

 笑いつつだから本気では無いと思う。けれど、彼が立ち上がって手元の弁当の空を片付け始めたので、春久たちもそれに倣った。

 

 二台並んでいるオフロードバイク。その隣に体格の良い男が居た。六五〇モタードバイクの足下を覗き込んでいる。

 「隊長。メンテは整備員に任さないと、彼らの仕事が無くなりますよ」

 声を掛けられた男が立ち上がり、春久たちを見る。春久と視線が変わらない。相手も百八十を越えているのだろう。どっしりと体格が良い分、春久より貫禄が感じられる。

 隊長は警部だと言っていたはずだ。顔を見れば大体の年齢が推測できるが、春久にしてみれば一回りも変わらない? 上原にとってはほぼ同年代か、もしかしたら年下かも知れない。キャリアでは無いはずなのだが、警部と呼ばれるには明らかに若い。春久が同じ役職になるには、どんなに早くても彼より歳を取ってからだ。

 

 「書類が終わったからな。今日がこっち(二輪車)の初日だろう?」

 「そうです。午前中は倒れた車台を起こしていました」

 彼らの中では暗黙の了解で、春久たちのことを指しているようだ。

 「うはは。基本だな。ついでに、メンテナンスの基本もやっておいてくれ。短い方で良い。出動時には整備員も出すんだろうが、前線まで引っ張れるかどうかも怪しいからな。ついでに俺はこいつを慣らしてくる」

 「了解。どっち?」

 班長の気易い言葉に、隊長と呼ばれた男は少し考え

 「そこでチェックするのなら、こっちで走らせるが? どうせ、先に舗装道、後半で悪路だろう?」

 「そうですね。走りを見せていただけます? 日本一になった」

 「言ってろ。借りる」

 「ガソリン缶一杯分しか持ってきてないので、念頭に置いといてください」

 「了解」

 隊長は班長と軽妙に言葉を交わした後、ヘルメットに手足のプロテクターをきっちり付けて、バイクを押しながら、コースへ向けて軽く駆け出した。

 

 その豪快な後ろ姿を見ていた春久たちに、班長が声を掛けた。

 「済みません。隊長の言う通り、現場に整備員がいつでも居るとは限らないので、基本の整備を先にします。点検も兼ねているので、毎回していただくことになります」

 「短い方とは?」

 「ブタと燃料ですね。ご存知です?」

 「知ってます」

 基本のチェックなので、それぐらいは判る。

 「さすがですね。上原さんは」

 「初耳だが。短い方と言うことは、長い方もあるってことなのか?」

 「ネンオシャチエブクトウバシメ、です。最初ですので、両方ご説明します」

 短い方はブレーキ、タイヤ、灯火類、燃料。二五〇のオフ車を使ってチェックを実践する。ブレーキの遊びと効きの確認、ブレーキフルードの量。タイヤはスリップサインが出ていないか、異物を踏んでいないか、ひび割れは? もちろん空気圧も。灯火類はきちんと点くか。最後が燃料、最近のバイクは燃料計が付いているが、車ほど正確では無い。揺すったときの音を聞いて判断することも教えてもらった。

 春久も空気圧計など持っていなかったし、定期的にバイク屋に持ち込んで調整してもらうぐらいだったから、そこまできっちりやることは無かった。

 「うちは隊長が整備士資格も持っているので、手抜きしようものなら隊長自ら整備してしまいます。さすがにそれをされると面目立たないので、隊員全員、きっちりやるはずです。不明なことがあれば、誰でも捕まえて聞いてください」

 「判りました。でも、珍しいですね、整備士資格ですか?」

 「小さいときからバイク屋に入り浸って、高校、大学と、そこでバイトしていましたよ。クローズドコースでは小学生のときからバイクを乗り回していましたし」

 「それは確かに、バイク好きと言うより、バイクの申し子ですね」


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