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次のキャンプ料理は……

 カイがフォークと一緒にケーキの皿を差し出すから、ほんの小さな一欠片切り取って口に入れた。

 「甘い」

 急いでコーヒーを口にした。糖分が中和される。コーヒーが甘さを押し流した後で、ビターチョコの味がしっかり解る。

 「良いチョコ使ってるよね。スーパーで買うちょっと高いチョコと同じで、口当たりが滑らかだし、甘すぎないからいくらでも食べられる」

 「いくらでも食べるのはマズいだろう」

 少し苦笑気味に言えば、今度は膨れている。

 「二個までにしておけ。ああ、俺が二個も買ったんだったな」

 「残りは明日の朝食う。後でストーブも消すし、こっちのテントに置いておけば、おかしくならないと思う」

 今はストーブと二人の体温でじんわり暖かい幕内だけれど、夜中にはキンキンに冷えるだろう。冬キャンプは冷蔵庫要らず。むしろ凍り付く事を心配しての保冷ボックスの出番だ。

 

 家に居れば……一人なら勉強かテレビでニュースを見ているし、カイが来ているときなら世間話か、やはり勉強しているか。後はツーリングやキャンプの計画を立てている時間だ。

 「戸野原さんところと一緒のキャンプ、持っていくのは今日と同じで良いな? テントは乾かしておくが」

 「何作る? ダッチオーブンでピザとかは?」

 「チルドのピザを買っていくか?」

 「ハルさんが荷物を積んでいる間に台所貸してくれるなら、生地は作っておくし、トッピングは切っておくよ。ベーコンとかチーズとか。ナチュラルチーズにゴーダチーズ、モッツァレラチーズも良いね。マヨネーズも持ってきて、シーチキンと混ぜても良いし。計量した生地の材料の、水以外を入れておいて、一日目の夜に生地をこねて、翌朝食の時に焼くのも有り」

 「そうだなぁ。料理はいくつ知っていても無駄にならないから、手軽に作れる物と少し手の込んだものを作れば、戸野原さんたちも喜んでくれると思う。この間作ってくれた手羽の肉じゃが、あれも美味かった。ダッチオーブンで作れると言っていたよな?」

 「作れるよ。新じゃがの時期なら、小芋を丸ごと、皮付きのままで作っても美味しそうなんだよね。じゃあ、ジャガイモとタマネギも切っておいた方が良いね」

 「うちは遅くなっても良いんで、前日の夜から来るか? 下ごしらえの必要な材料はメモを送ってくれれば買っておくし、それ以外は当日の朝、キャンプ場に行く前に買い足せば良い。二人居れば、荷物の積み込みも早いだろう」

 「仕事の具合で早めに連絡するので構わない?」

 「構わないが、少なくとも何が必要かだけは至急な。俺も行ける時に行っておかないと、スーパーの閉まる時間に間に合わなかったりで、タイミングを見失うからな」

 「オッケー。でも、ハルさんが無理する必要は無いからね。ボウルとはかりが有れば、こっちでも何ともできるんだから」

 この場合のこっちとは、今いるところではなくキャンプ場全般、という意味だ。

 「判ってる」

 

 次のキャンプでの料理の話、春久が食べたい物……は、もちろんカイの手作りなら何でもだ、それから、カイが作ってみたい物。何を持ってくるか、二人が暖を取っている石油ストーブも必須だろう。もしかしたら今と同じ形にテントを張って、戸野原とその息子も真ん中の空間部分で寝る可能性だって有る。三月と言えども冷え込むこともあるのだ。その時はどうするか……。

 戸野原の息子に春久のインナーテントを譲って、戸野原と春久が中央部分になるか。その時は床にびっしりシートを敷いて、その上からコットを置いて断熱しまくって電気毛布だろう。インナーテントの中は熱が籠もりやすいので、案外暖かい。布一枚違うだけで体感温度が全然違う。

 「今回持ってきたもの全部、そのまま持ってくるか? だったら、俺の車に全部積み込んでおくのも有りだぞ? テントだけは出して乾かしておくし、お前の寝袋だけ持ち帰って、家で干しておくだろう?」

 「そんなことしたら、ハルさんの買い物が出来なくなるよ。俺のに載せっぱなしでも良いよ? ドームテントだけ、ハルさんちで干させて貰うけど」

 通勤はバイクだから、そうそう車を使うことも無いと、カイが。それは次回に積み込む手間が省けるけれど。

 「ああ、ナイフとかカトラリーセットは家中保管お願いします。載せっぱなしに出来ない奴」

 確かにそれらは、キャンプに行き帰りという名目でなければ、銃刀法で引っ張られる。引っ張る立場が春久なのだけれど。

 「判った。そうだな。次のキャンプまで一月無いし。載せっぱなしにしてもらおうか」

 「オッケー」

 「カトラリーや刃物類と、ドームテントだけ下ろしてくれれば、テントは乾かしておく」

 「お願いします」

 

 二週間後、再びカイの近くに出張だと伝える? いや、宿泊場所は警察学校の寮に二泊だ。会いに出られるわけでもない。だったら仕事の延長だ。話すべき事じゃ無い。話せる範囲での話題は? バイクに、それも白バイに乗れる話だったら、カイも喜ぶはずなのだ。

 「そう言えば、民間のバイク練習場コースが有るらしいんだが、知っているか?」

 カイは小首を傾げて春久を見ている。

 「俺も知らなかったんだが、民間の施設に交通機動隊が委託運営していると聞いた。交通機動隊独自なんで、同じ警察内部でも関係者以外には殆ど知られていない。土日祝日は民間が、平日は交通機動隊の練習場所になっているらしい。まだ行ったことが無いので、今度行ったときに様子を知らせようか?」

 「ハルさんが行くの?」

 「仕事でな。興味なかったか?」

 「ん~。無いことはないけど、敷居高いかなぁ。ハルさんが練習するのなら見たいけど」

 「お前の前で恥をかきそうだな」

 「そう? 練習なんでしょう?」

 「ああそうだな。練習だな」

 確かに、コースで転けようがエンストさせようが、現地でそれをしないための練習だ。けれど、だ。格好付けたいじゃないか。カイ限定で。それ以外の相手になら「練習だから」で笑って済ませられるのだけれど。

 「少しは上手くなったらな」

 「判った楽しみにしている」

 楽しみにされた。カイならおべっかを使うことも、上辺だけで調子を合わせることも無い。だから心からの言葉だと信じられる。思わずにやりと笑ってしまうけれど、それは小さな咳払いでごまかした。

 

 「ハルさん、ポトフって食べたことある?」

 タブレットの画面を顎に当てて、春久の方を向いて聞いてくる。

 「ポトフ……いや。どんな奴だ?」

 「今見てたんだけど、丸ごとタマネギやらにんじんやら、ウインナーでじっくり旨味が出て、美味しそうだなあって」

 今度はタブレットを春久の方へと向けてくれる。ホーローの鍋にたっぷりのスープ。野菜がごろごろしている。

 「野菜が煮溶けるほどだって。良いよね。ストーブの上で長時間煮込めるから、今の時期ならではだよね」

 「だったらそれをリクエストだ」応えつつ気づいた。「お前、ゲームでもしてたんじゃないのか?」

 「してないよ。後で寝る前にログインだけはするけど。料理の話をしてたから、キャンプで良さそうな料理を探していただけ。ハルさんが居るんだから、ハルさんに聞くのが一番でしょ。ハルさんの食べたいもの」

 

 思わずなで蹲りたくなった。

 時々の言動が可愛すぎて、なで回したいと思うことは多々有る。カイはスキンシップからは逃げる。なので余計、たまには思いっきり可愛がらせろと思うのだ。ただなんというか、可愛い生き物だと思うし親愛、友愛、そんな愛情でなでたいとは思っても、課長が言うような、女房にしたいとか結婚したいとかそんな気持とは違う。そこに居て動いているのを見るだけで微笑ましくなってくる。

 


 春久が飼うなら犬だと思っていた。それも大型犬。もちろん今の仕事では無理だから、妻となるのは同じように「犬好き」と「体を動かすことが趣味」の女性で、普段は彼女が散歩に連れて行き、休みの時はそれについて走ったりしたいとも思った。事実元妻はアグレッシブで物怖じしない性格だった。けれど目の前に居るのは正反対の性格で、なかなか懐かないしどう見ても犬では無い。小型犬でも中型犬とも違う、ましてや大型犬とは似ても似つかない。

 どちらかといえば猫。それも懐かない野良猫で……。

 手を伸ばすとひっかかれそうな気もするが、つい、手を伸ばしたくなる。それが懐いてくると可愛くも思う。無意識に小さく首を傾げるところは、あざといだろうとすら。放置しておけるところは仕事柄楽ではあるなと、少しだけ笑ってしまう。

 

 「何? 何か面白い?」

 思わず口元が持ち上がっていたのを、カイに見られた。

 「いや、料理のことを考えていると楽しそうだなと思っただけだよ」

 「料理よりも、それを喜んでくれる人が居ることが、かなぁ。ハルさんは残さず食べてくれるから気持ち良いよね」

 こんなところに、静かに溜息を吐いてしまう。策を弄することもなく、天然で春久を悩殺してくる。手を伸ばして引っかかれてみるのも一興、そんなことまで思わせるのだ。もちろん、そんな考えを匂わせるようなことは断じてしない。心の中で咳払いをして、にやけそうになる頬を引き締めた。

 「手料理には飢えているからな」

 正確には、カイに餌付けされた、だ。本人には言わない。

 

 料理の話から大学の授業の話になって寝る前までたわいない話を続けた。途中、二人で外に出て星を見たけれど、あまりの寒さにすぐに引っ込んだ。そのとき、少し離れた場所にテントが二つ、別々のところに張られているのを見た。かなり大きなファミリーテントが一つと、春久たちが使っているようなドームテントが一つ。

 「寒いのに物好きだ」

 思わずカイの頭を押さえていた。お前が言うか? 春久に突っ込まれることは判っていたようで、ニッと笑う。本当に、腕白坊主だ。

 

 その日は一緒に春久の家に戻り、二人とも大学の授業申請を済ませた。カイに至っては再入学の手続きも必要だった。つまり、無事に試験に合格して単位を全て集め、学位を取得したと言うこと。卒業式に出る予定は無いと言うけれど、何らかの形で祝ってやりたい。

 カイと一緒に買い物に行き、次のキャンプまでは三週間だからと、腐る心配が無いもの、冷凍しておける物も先に買い込んだ。ついでにまたもやケーキを買ってしまい、甘やかせすぎだとカイ本人に言われてしまった。昨日のはキャンプの恒例で、今日のは卒業祝いだと言えばそれで納得。カイが泊まりだから、二人でテントや使ったカトラリーなどを再度干したりしつつ、次のキャンプにも備える。

 「ストーブに灯油入れておくか? 灯油缶を持っていく必要は無いだろう?」

 他に灯油を使うようなバーナーなどは持っていない。二人で買った小型ストーブは対流式で、灯油を入れっぱなしで運搬できる優れものだ。おまけに一度満タンにしておけば一晩ぐらい余裕で持つ。荷物が減らせる。部屋にストーブを持ち上がるのはカイの仕事で、それに灯油を入れて部屋の隅に片付けておくのは春久の役目になった。カイでも持てるぐらいに軽いということだ。


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