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冬キャンプ 鍋を突いて

 真冬のテント泊。レイアウトはカイの言う変則Tの字だが、前後を逆にした。正面にカイのフライシートのみを立て、後ろにドームテント。どちらかというとなべぶたに近い。その方が限られたスペースを有効利用し、デッドスペースを減らせる。当初フライシートに入れると言っていた荷物を、二人のインナーテントの間に積み上げた。安全のために、裏の入り口足下に重いバッテリーを置いているが、食事が終われば今使っているテーブルなどもそちらに退避させるつもり。そうすれば不審者への対策となる。

 フライシートの真ん中に石油ストーブを置いて、シートの中を温める。実はカイが楽しみにしていた直火だが、大型寒波到来であまりの寒さに断念した。かと言ってテントの中で焚き火も危ないので、念のためにと運んできた小型石油ストーブにした。テントの陰で焚き火台を使って焚き火という方法もあるし、それはそれで楽しいのだが、春秋のキャンプでリベンジ――それは次のキャンプの約束に他ならないこともあり、カイもすんなり賛同してくれた。

 ストーブの上にはヤカン。そこが二人の活動スペースになる。寝るときにはきちんと火を消し、フライシートの二つの入り口のうちドームテントと反対側は、内側からペグとロープで固定する。ドームテント側は外から施錠だ。一部食器類などの夜使わない物もそちらに入れてしまう。

 元々カイのフライシートにスカートが付いていないので、地面から十センチは隙間が有るし、天井付近のベンチレーションも開けておく、石油ストーブも小型と、テントへの影響はほぼ心配は無いとは言え、一酸化炭素チェッカーとともに温度計も用意した。

 二つのテントを連結すると言っても、ドームテントの入り口を跳ね上げ、ポールとガイロープで小型テントの上に被せるだけだから、二つのテントの間から外への動線も取れる。明るい時間は、小型テントのもう一方の入り口からの出入りが、メインルートだ。

 

 「鍋、いいな」

 春久が言えば、カイはにこっと笑う。鍋は鍋の素が有るし、春久が主なテント設営をしている間にカイが野菜を切ってくれた。肉は鶏肉だ。モモぶつ切りを買えば手間も掛からない。そのほかにも特に下ごしらえなくそのまま使える物ばかり。家で作ってくれる物とは少し違うが、料理をしない春久に違いが分かるとは思えないし、工夫があると知ればキャンプらしくて良い。

 「でしょ。俺が食べたかったんだけど。締めは雑炊で良い?」

 「オッケーだ」

 だから先にご飯を炊いていたのに、そこに出ていないのか。

 春久はビールを、カイはいつものお茶で乾杯。外は吹雪くような寒さで、暗くなって強くなってきた風がテントの下から入ってくるし、ベンチレーションからぬくもりが逃げていくけれど、それでも暖かい。当然厚着もしているが、はふはふ言いつつ食べる鍋に体の芯から、心の中まで温まる。

 「ああそうだ。戸野原さんがキャンプ場決めたと、こっちに来る前に見たメールに入っていたんで、印刷だけしてきたんだ。後で渡すんで、家に戻ってからでも良いから目を通してくれ。問題無ければ了承する」

 「分かった」

 

 「あの、済みません」

 テントの外から男の声? カイが春久を見る。夏キャンプならともかく、今は暖気が逃げるのを防ぐ為、入り口も閉めて、必要なときだけ開ける。だから外の様子は見ていなかった。声を掛けてきたのが男だというのは判るが、それ以外は全く不明。女性のソロキャンプは男以上に気を遣うという話を聞くが、こんな風に無遠慮に声掛けされれば怖いだろう。

 春久はカイを手で制して

 「何か?」

 と、声を出した。手に持っていたシェラカップをテーブルに置き、閉じている前ではなく、ドームテントにも暖気を送るのと換気も兼ねて開けている、二つのテントの境から、外に出た。寒い。使う場所の大きさを考えて小型の石油ストーブにしたけれど、それでも外気温とは全く違う。

 

 男が二人、テントを探るように見ている。春久は再び

 「何か、ご用ですか?」

 と、声を掛けた。相手は思いがけない場所から出てきた春久を見て、急いで笑みを浮かべている。

 「あの、済みません。調味料が余っていたら少し分けていただけませんか? 調味料入れ忘れてきてしまって」

 外は既に薄暗い。まさかこんな時間から調理をするのか? 要注意だと思いつつもそれは顔に出さず

 「何が必要ですか? うちはほぼ調味料を使わない料理にしたので、そんなに種類は無いですけど」

 「あ、焼き肉のたれとか、スパイスとかありませんか? BBQするのに味付けをするものがなくて」

 「ちょっと待ってください」

 二人をそこに留めて、テントの中に戻る。ああ、暖かい。そしてカイの心配そうな顔。

 「聞こえただろう。渡せる調味料は何か有るか?」

 冬キャンプで他にテントも殆ど無い。なのでここに来ただけだろうと安心させるように笑ってみせれば、カイもホッとして荷物を漁り始めた。普通の塩にマジックソルト、胡椒、特選スパイス。それらの小瓶が出てきた。塩胡椒があれば、食べられないものも無いだろう。

 

 「返却不要で良いな?」

 そうすれば彼らとこれ以上関わらなくても済む。次に近づいてきたら、下心があると判断できる。カイも頷いた。それを確認して、手渡された小ボトルを持って、先ほどの男たちのところに。それだけしか無いが、今回使う予定が無いので全て提供する、返却不要だと念を押して、手渡す。

 「え、しかし。あ、じゃあ何かお礼を」

 「いえ。必要無いです。冷え込んで来てますし、外に出るのは極力避けたい。そちらも風邪を引かないようにしてください」

 わざと寒そうに、上腕を摩って見せれば、二人組の男は頭を下げ、礼を言いつつ離れて行った。

 春久が一人出て行ったのは、身長も体格も有る姿を見せて、おかしな気を起こすなよと、釘刺しもある。キャンプ場で窃盗をしかけようとするなら、当然その場で押さえる。

 

 しばらく後ろ姿を見ていたが、彼らが闇に紛れるのを待って、テントに戻った。カイも食事の手を止めて、春久を待ってくれている。自分の服から冷気が立ち昇るのが判る。ほんの少しの間だけなのに、体が冷え切った。

 「食おう」

 「食った」

 「はぁ?」

 「ハルさんがもう少し食べてくれたら、雑炊にする」

 「判った」

 カイの言葉に一々反応していると、してやったりと笑う顔が見られる。けれど、素直に頷けば、満面の笑みだ。どちらも見たい。なので今度は頷く方にしてみた。

 

 春久が食べている間にカイは、炊いていた米二人分からいくつかのむすびを作っている。ラップにご飯をのせ、握るだけだ。

 「明日、焼きおにぎり作ろうかと思うんだけど。ホットサンドメーカーで」

 「そんなことができるのか?」

 「できると思う。初体験。塩を渡してしまったなぁと思って、醤油があるんで、それで少し味付け。雑炊が余ったら、それも明日の朝だよ」

 「判った。で、お前は雑炊待ちか?」

 「そ」

 「それじゃあちょっと待ってろ。ああ、雑炊にするならしてくれ。俺もそろそろ米が食いたい」

 「判った」

 

 再び立ち上がって連結されたドームテントに。二つの入り口の間付近は吹き抜けだから気温が下がるけれど、ドームテントの中に入れば、低い小テントの入り口から斜め上に向かうドームテントの布に添って運ばれてきた温い空気のお陰で、ほんのり暖かい。おまけにカイのテントより背が高いので、背伸びもできる。反対側は閉めているし、入り口付近に物を置いているからそちらから入って来られないことも確認して、自分の荷物の中から小さな段ボール箱を引っ張ってきた。段ボールなのは運ぶ前からカイに気取らせないため。

 「ハルさん、できるよ」

 「すぐに行く」

 箱を持って元の椅子に。カイはむすびを三つテーブルの上に置き、鍋の中をゆっきりかき混ぜている。少しだけ自分のシェラカップに入れて味見。醤油を数滴。それから振り返った。

 「三分の二はハルさんの分だからね」

 「食うよ。お前はこっちな」

 椅子に座りながら段ボールをカイの前に。何事だとカイが開ける。

 「去年と同じだ」

 「チョコケーキ。ありがとう」

 去年と同じだと言えば、バレンタイン前に買ったチョコレートケーキだと、理解する。にひっと笑って、段ボールの中からカットケーキが二個入った、白い箱をテーブルに。段ボールをどうしようかと首を傾げるから、受け取って畳み、邪魔にならないところに置いた。

 

 鍋の中を覗けば、殆ど無くなっていた野菜や肉の代わりに米と溶き卵が入っていた。ふつふつと沸いているのがまた、食欲をそそる。お玉で掬い、自分のシェラカップに。

 「やはり主食は必要だな」

 「それは思う」

 「お前はそれの分、腹を空けておけよ」

 「デザートは別腹」

 またか。

 「甘い物を別腹にしてると、太るぞ。甘い物も含めての食事だからな」

 「良いじゃん。俺のたまの楽しみなんだから」

 「たまの?」

 好きでいつも食ってるんじゃ無いのか?

 「ハルさんと会うときぐらいしか食べる機会無いよ。家では食えないんだから」

 膨れてみせる姿も可愛くて、にやけそうになるのをごまかすため、急いで咳払い。

 

 「その……父親か?」

 「違う」

 拙いことを聞いたかと、少し遠慮気味に問いかければ、ズバッと否定された。だったら良いのだ。親が関係して好きなケーキも食べられないというのでなければ。

 「言い直す。家ではケーキを食べる習慣は無いだけ。だから外食の時のデザートぐらい? でも、外食自体そんなにしないし、ハルさんと一緒の時ぐらいかな」

 「だったら目を瞑る」

 「これからもケーキ有り?」

 「有りにしてやる」

 「やった。お返しはクッキーで良いよね?」

 「プレーンな奴で頼む」

 クッキーは案外腹持ちが良いと気づいて、前よりは食べるようになった。特に仕事が押して食事が伸びたとき。口に入れてコーヒーを飲めば、少しは空腹を紛らわせられる。会議はともかく、事件や事故は、春久の腹具合など考慮してくれない。

 

 食事が終わると、忘れる前にと戸野原からのメールを印刷した文面を渡した。チェックは後で良いので、それを片付けるのを待って、明かりをLEDからオイルランタンに切り替える。ストーブの赤い光とランタンの焔の揺らめきがリラックス効果を生み出し、このところのゴタゴタを全て忘れさせてくれる。一番肩の力が抜けるのは、ゆっくりとケーキを頬張るカイの姿なのだけれど。

 「美味いか?」

 「要る?」

 「要らない。感想を聞きたいだけだよ、自分が買った物の」

 「美味しい。甘さ控えめだよ。はい」

 カイがもう一本付いていたプラスチックフォークでケーキを少し切り取って突き出した。これは……あーんか? あーんなのか。いや、素直にフォークごと受け取るべきだろうけれど。

 「次回から一個で良いか?」

 「ダメ」

 急いで回収して自分の口に放り込んむ姿。弟というよりも、まだ幼い甥っ子でも見ているような気分になるのは、気のせいじゃないと思う。

 鍋の代わりに置いたヤカンから立ち上る湯気。カイから貰ったコーヒーセットは重宝している。今もコーヒー豆を挽き、サイフォンを伸ばしてと準備万端で、ヤカンを持ち上げた。ゆっくりとコーヒーを蒸らしてから、たっぷり淹れる。カイが興味深そうに見ている。

 「カイ」

 「何?」

 「少しだけだぞ」

 そう言って手を出せば、その手を見て、今度はフォークに視線を移した。自分が食べていたものと、先ほど春久が拒否したため同じく使用済みになってしまった二本のプラスチックフォークだ。

 「新しいの出してくる」

 カトラリーセットの中に入っているからと腰を上げようとするから、手で押しとどめた。

 「良いよ、そのままで」

 鍋の時は直箸になることもあるし、同じ皿を突くこともざらだ。伝染するような病気を持っていないことも判っているし、潔癖症じゃないことも知っている。一々遠慮する間柄でも無くなっている……と思いたい。気心の知れた関係だと。


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