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新しい任務

 幹部連中の挨拶も、その後の立食パーティで出されていたメニューも頭に入らなかった。パーティ料理に関しては、前所属の課長に挨拶をした後抜け出し、大塚に会いに出たので、食えなかったのは自業自得でもあるのだけれど。軽い挨拶と、キャンプの場所に、海水浴シーズンからずらした海岸の案があることだけを伝えた。ついでに、課長との約束の時間までまだ有ることを確認して、前所属に。二年の間に顔ぶれも変わっていたけれど、ここも同じように、係長クラスになると異動も減って、全員揃っていた。名目である情報交換と、途中で昼食を摂ってパーティ会場に戻る。

 「帰るか?」

 「こちらは大丈夫です」

 「それじゃあ、お先に」

 課長が会場内の誰かに向かって声を掛けて手を振る。春久は受付に二人分の名札を返し、課長と一緒に駐車場に向かった。

 楽しい酒だったのか、課長の顔はほんのり赤い。荷物は念のためにトランクに入れておいた。そこからハンガーを引っ張り出して制服の上着を引っ掛ける。二人分。来るときと同じように外に背中側が向くように引っ掛け、それが終われば出発だ。

 「後部座席なら寝ていても大丈夫ですよ? 戻れば声を掛けます。少しでも寝て、酒を抜いた方が良いでしょう? 途中のインターにも寄りますので、早めに声を掛けてください」

 ビールを飲めば利尿作用でトイレも近くなる。職場までは高速道路を使う。その辺のコンビニでトイレを借りて、という訳にはいかないのだ。

 「いや、いい。お前にちょっと話が有るんで、助手席に座って帰るよ」

 課長はそう言って、助手席に乗り込む。なので春久はそれ以上は何も言わず、運転席に乗り込んで、シートベルトを引っ張り出した。

 

 「丹波、お前、バイク好きだよな?」

 「好きです」

 「車も好きだよな?」

 「運転することと言うのであれば、好きですね」

 「若いし、体力も有る。月のうち一日なら、白バイ連中の練習に付き合えるだろう?」

 「は?」

 白バイ? 交通課に行けと? いや、交通課に行くのは良い。けれど白バイに乗れというのなら無理だ。

 「特錬をってことじゃないし、白バイ乗りになれって事でも無いからな」

 断言されて胸をなで下ろす。しかし次の配属が白バイというのでもないなら、何を今ごろ白バイの練習に付き合うことになると?

 「若い、体力も有る、運動もできる、ノンキャリから曲がりなりにも管理職で、指示もできる。バイクに乗れる、車にも乗れる。お前が管区に行きたいと言い出さないのであれば、お前を使いたいと言うところが出てきたんだ」

 「まだ異動は無いと仰ってませんでした?」

 春久が指名された理由を指折り数えられてしまったから、そう聞いてみた。

 「異動じゃない。兼務、だ」

 

 「兼務ですか?」

 「そういうことだ。普段の仕事がメインだ。お前には管区の手伝いもあるしな。変わるところは、月に一度バイクの練習が入るのと、もう一日、リーダー訓練が入る」

 「リーダー訓練ですか? 研修じゃ無く?」

 「求められているのは、自然災害時派遣チームリーダーの一人だ。人災には機動隊が出る。

 他県から派遣されるような災害時は、大抵長期対応になる。同じメンツが現場に行きっぱなしにも出来ないんで、ある程度熟れたら次のチームと交代になる。その第一弾になるだろうな、お前が率いるチームが。

 地元の警察とも連絡を取りながら、被災地の様子を確認するために悪路に分け入ることもある。車が入れるとも限らないんで、バイクの練習も入れる。地元と折衝しつつ応援を纏めるための現場リーダーとして何を行うべきか、訓練、ってことだ」

 「そうなんですか?」

 「バイクはともかく、リーダー訓練が毎月というのは最初の頃だけだとは思うが……。それで、メンバーに関しては来年度早々に募集を掛ける。その中からお前とウマが合いそうな奴を選べ。募集時にチームリーダーの紹介がある。それを見て、春の異動先希望を出す奴も居るだろう。生活安全課だけじゃなく、全ての部署から所属を越えてクロス集結する」

 壮大な計画だと思うし、万一に備えたチームを作って日頃から連携訓練を行うのも良いことだと思う。だけど、なんでそこに春久の名前が挙がるか……。

 「で、来週、リーダー候補の連中を集めての説明会が有る。本部への出張予定を入れておくからな」

 「候補って事はそこで落ちることも有るってことですか? 辞退も有りで?」

 「お前、自分が辞退できると思ったら大間違いだぞ。言っただろう、お前は人身御供だと。管区に対する牽制も兼ねてるんだ。牽制はお前の希望だろう。なので新年会の挨拶ついでの話に乗っかったんだ。でもって、お前たちが派遣されるような災害が起こらないことを祈っておけ」

 そうくるか……。

 

 管区から勧誘されていることは事実だし、それを断っているのも事実だ。ただ、本庁は管区にいい顔をしたいから春久を貸し出しという形にしているが、そのうち放り出されそうな気がしないでもない。なので、今の職場でどうしても手放せない人間だと思ってもらう事は大変重要だ。副課長の肩書きしかり、その災害時派遣チームのリーダーの肩書きしかり。

 

 ……理屈では判るが、責任がどんどん重くなっていく。

 

 事務所に戻って出張の手続き、そして改めて新年の挨拶、新年会での連絡事項、翌週の会議にはスーツもしくは正装と聞いて、新年会のために運んだ制服は持ち帰らず、ロッカーに入れた。それらを終えてようやく家に戻れる。

 

 一番は……食事だ。そして洗濯。といってもこの寒空、それも夕方から外に干して乾くはずが無い。仕方が無いので、室内干しだ。

 洗濯機を回して干すための支度だけして、今度は風呂の支度。今更だが、生活が不規則すぎて、眠れるときに眠る習慣がついてしまった。いつ寝落ちしても大丈夫なように、身の回りの支度だけは最初にやる。

 

 一通り終わってパソコンを開いた。

 「来週、そっちに行く。本庁の会議で、前日入りする。移動は仕事の内だから、夕方までにはホテルにチェックインしている予定だ。時間が合うようなら一緒に飯にしないか? お前のお薦めの店を紹介してくれ」

 「ハルさんの奢りだよね?」

 は? 昨日、大福一個を奢ってやると返しただけで拗ねた奴が、一体何を?

 「だったらハルさんの好きなところを探しておく。割り勘なら俺の好きなところにする。どっちが良い?」

 「お前の奢りだった場合はどうなるんだ?」

 「コンビニのむすび」

 ふっ。思わず吹いていた。それも良いかも。ああいや、ダメだ。春先ならそのままどこか公園で花見でもと言うのだが、今は真冬だ。

 でもそうか。奢ってやると言うと春久の好きな物になる。カイの好きなところと言えば、割り勘になる。カイの好みを奢ってやる、という選択肢は消されている。

 「割り勘コースで。寒いんで、鍋か、しゃぶしゃぶでも良いな」

 「ホテルの場所どこ?」

 今朝まで泊まっていたホテルだ。領収書は職場に提出してきたが、場所なら判る。

 

 「さっさと食べられるところと、ゆっくり時間を過ごせるところとどっちが良い?」

 これまたジレンマだ。ゆっくり話をしようとするとカイの帰宅時間が遅くなる。かと言って、公用車を使うわけにはいかないので、春久の行動範囲は足で歩ける距離。

 「ホテルから近くて、お前があまり遅くならない時間で、お前の好きな物、だ。ただし、多少の長居ができる店」

 「オッケー。あ、ハルさん、ヘルメットとジャケットを持ってくるのは有り? ちなみにタンデムしたことないんで、不安定でも怒らないなら」

 タンデム! あの距離感のカイが? タンデムならゼロ距離だぞ? 大丈夫なのか? 怖い物見たさもあるんだが、ここで大丈夫かと聞くのは有りか? やっぱり無理、といわれるのもなぁ。

 「公用車で移動だから、ヘルメットやジャケットを持ち込むとチェックが入るんで、今回は無理だな」

 「だったら歩ける距離だね。オッケー。探しておく」

 「任せた。一応到着したら、ショートメッセージを入れておく」

 「そうしてくれると助かります」

 

 カイとの話はそれで終わった。そのまま寝転がろうとして、年賀状のことを思い出した。昨夕、本庁に行く前にと掴んでバッグに突っ込んだまま、結局放置してしまっていた。

 五枚。表面に差出人の名前が有るのは少なくなった。裏を見れば、殆どが定型文。まあ、カイなどは最近メールでしか送ってこないから、こうやって葉書を出すのはかなりマメな人だろう。そう言う春久も、カイに対してはメールだ。大体、初日の出を見たからと報告してくるような奴、年賀状より早いのだから。春久は元旦の見回り中のことも多々あり、その場で返事ともいかなかったりするが、それでも一時間と経たずに「今年もよろしく」と書き送れる。

 五枚の賀状をひっくり返して裏から見ていけば、最後の一枚に垣内の文字が。無性にホッとした。三人の子どもたちと夫婦が一緒に並んでいる写真。男の子、女の子、男の子となったらしい。ただ、今年もよろしくとは書かれていたけれど、どこかに行こうとの一文は無かった。ということは、少なくとも数年は子どもにかかりっきりで、父親一人で出かける気は無いようだ。

 昨年知り合った大塚とは子どもたちの年も近くて話が合いそうだとも思ったりしたが、こればかりは縁のものだから、垣内が何か言ってこないうちは葉書だけの付き合いになるだろう。

 けれど、これで心情的には一区切り付いた。相手の考えも判らずやきもきしているより随分マシだ。

 

 翌日は職場で三月末までのスケジュール調整だ。まずは、仕事関連の予定を埋め込む。会議に管区。それらは春久の都合で動かせるない。それから、どうしても待機抜きの休みを取りたいとき。待機は大体ルーチンで決まっているから、それらが無い土日、且つ、戸野原の希望するキャンプ約束は三月頭。今回は大塚の調整は必要無いので、その点は楽だ。次に、一月の終わりか二月半ばで、可能なら土日、それが無理なら土日のどちらかが引っかかる連休。最悪平日でも仕方が無いので、待機無しで。後は規定の休み。こちらは他の係長たちのスケジュールも確認しつつ、だ。

 

 「丹波。お前休みが少ないぞ。三月末までに後、最低でも三日は取れよ」

 スケジュールを入れて一息吐いたときに、課長からの声。

 「計算間違えていましたか?」

 「服務規定では、ギリギリクリアしている。けどな、待機が出勤になったら、すぐに足りなくなるぞ。他の係長を働かせて、自分が休む習慣も付けろよ。特に正月、出ずっぱりだったんだ。係長が三人以上居る時を見計らって休みを入れろ。それから来年度からお前の夜勤を減らす方向で考えろよ。昨年一年、お前が一番夜勤が多い。これからは会議も入るし、昨日言った訓練も入るんだ。夜勤でへばっているからと特錬が勘弁してくれると思うか? 係長連中にも、夜中に勉強する時間を与えてやれ」

 勉強とは、昇進試験の、だ。夜間は比較的静かで、事件さえ起きなければ、関連書籍を読んだりすることも出来る。けれどあくまでも事件が無ければの話で……。電話が鳴れば、係長に一番緊張が走る。指示・調整・規模に寄っては、待機のメンバーを呼び出して自分が飛び出すことも。そんな中でゆっくり読書の暇など取れない。

 「夜中にそんな時間あります?」

 「作れるように、県内全体での事件・事故の撲滅が先だがな」

 課長は笑うが、それはまた、壮大な計画だ。係長たちも顔を見合わせて苦笑している。

 「(取るのが)平日休みで夜間は待機可能なら、我々ももう少し調整できますよ」

 「酒は飲めませんけどね」

 ノンアルを買い込んでおけということらしい。

 「それでお願いします」

 すぐに四日分の日付が回ってきた。欠けている係長はバラバラだが、確かに課長の言う条件には合っている。みんな息が合いすぎだろう?

 

 ああ、三連休が出来た。最後の日は夜間待機だけれど、丸々三日。

 「良いんですか? 三日も連休でもらって」

 口元を押さえたけれど、にやける。

 「いや、お前、それ、普通だからな? 普通の社会人は一月に一度ぐらい三連休が入るんだぞ? おまけに三日目は待機込みで……お前、どれだけ自分が仕事を詰め込んでいたのか、自覚しろよ」

 「三日連続で県を離れて大丈夫ですか? 三日目の待機までには戻りますけど」

 「書類だけ出しておけばな」

 「ああでも、まだ北は寒いか。車での移動になりそうだ」

 ダメだ。にやけるし、声が漏れる。カイの休みが取れるようなら、寒い地方での暖かいものを……。その前にタイヤをスタッドレスに交換しておくべきか?

 「丹波。浮かれるのが良いが、さっさとスケジュールを入れてしまえよ。一週間ぐらい連休を入れてやろうか?」

 「それは、五月の終わりぐらいにお願いします。日本半周ぐらいできるように」

 「それなら来年度になってから改めて、だな。来年度の人事異動には癖があるからな。再来週には発表されるだろうが、係長連中には先に話をしておくか。丹波、席に居ろ。他の四人は会議室だ。二十分も有れば終わる」

 「了解です」

 

 課長が係長を引き連れて部屋を出て行く。話とは、春久が災害時特別派遣のリーダーの一人になるということだろう。春久も詳細が分かるのは翌週の会議後ではあるが、場合によっては春久の下に着くメンバーが春の異動で動くことも考えられる。それから、一日に課長と二人で話をしていた、東の係長に中央エリアのサブとして動いて貰うことも入るかも知れない。既に四月の人事で異動する主要メンバーにも目星を付けているので、その後釜をどうするかというのも入ってくる。

 五人が会議に入っている間、春久は留守番だ。班長以下全員に目を光らせておけということだ。仕方が無い。休日の予定をパソコンに入れ、ついでに手帳に書き込んでおく。カイに正確に伝えるためには必須だ。

 

 三月頭のキャンプは戸野原からもカイからも、オッケーが出た。戸野原は長男との二人になった。次男は入試が却下の理由。三月後半なら入試結果も出ているだろうが、春久の仕事上それは無理だった。なので高校になればすぐに家族で、との約束付きだそうだ。

 時期的にまだ急に冷え込むこともある。これから例年の気温の確認、それを予測しての防寒の用意、そんなものは息子自身にやらせるという。それは彼の勉強になる。ただ任せっぱなしでは当日困ることもあるため、戸野原が確認するし、写真を撮って春久経由でカイにも見せ、注意点や不足分を伝える。そのことにカイも賛成してくれたから、たまに戸野原から春久宛にメールが届くことになった。

 本当なら直接連絡を取る方が早いのに、戸野原がカイのメールアドレスを聞くこともしない。そこは相変わらずの気遣いだなあと思う。


 

 「三連休」の言葉を伝えた途端「二泊?」と、意気込んで聞いてきた。

 「二泊できるぞ。一応、県外に出かけることも許可貰っている」

 「真冬のキャンプ?」

 「旅館を取って温泉でも良いぞ? スキーとかやるのか?」

 「やらないよ。キャンプ一泊と、ハルさんのところで料理したい」

 「三連休以外に休みもあるが」

 「平日は無理。今はちょっと忙しいから。挨拶回りも終わって仕事も本格的に始まったから、今のうちに残業すればなんとか来月の平日にも休みが取れると思っている。料理の提案は魅力的だけど、土日祝日なら乗れる」

 「判った。なら平日は一人でドライブしてくるよ。土産は甘い物で良いか?」

 「腐らないものなら」

 「腐るまで近づかないつもりで無いなら、大丈夫だろう」

 「賞味期限が一週間っていうのも有るからね!」

 「判った。確認する」

 ちょっとばかり意地を張っているカイの姿が想像出来て、つい、吹き出しそうになる。可愛すぎるだろう。

 

 「冬キャンプは寒さで体力も取られるから一泊だけにして、翌日は買い出しと料理と来期の授業計画でうちで泊まりだな? 三連休はその予定で埋めるからな」

 「オッケー。有休入れておく。その頃なら大丈夫なはず!」

 「それから、来週は食事だけだが、今度うちに来たときか、そのキャンプの時に、俺の職場での今の立ち位置を伝えておきたい。たいした内容じゃ無いし、守秘義務に関わる部分は話せないんだが、それでもお前の知恵も借りたいところも有るからな」

 「なんか、聞くのが怖いけど、判った」

 聞くのが怖いか……。でもすんなり受け入れてくれるんだよなぁ。

 「甘味は買い物のついでに探すんで良いな?」

 「オッケー」


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