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正月三が日

 家に戻り、忘れないよう、一番に整髪料を掴む。それから冷蔵庫を開けた。

 執務室の水屋にも小さいレンジはある。タッパーに何を詰め込むべきか。冷凍されているものなら何でも大丈夫そう? しかし、だ。冷凍されているものは固まっている。それをどうやって切り分ける? いつもはカイがきちんと小分けにしてくれているのだが、今回は春久が詰めたので、小分けになっていないものが多い。

 二、三日同じものになっても構わない。塩むすびを三個、それから適当に、おかずの入った物をいくつか、袋に入れた。もちろん、小分けになっているものを優先して。職場に置いておけば室温である程度自然解凍されるだろうから、解凍された分だけ取り分けてレンジで温めよう。夕食、夜食、明日の朝までと考えれば、全然足りない量ではあるが。

 キャンプ用品の入っている棚を開けた。カップラーメンのストックの中に、そばが交じっているのが目に付いた。年越しそばとして食べろと言われていたのを忘れていた。だったらそれも持っていけば腐らないしで、食事の足しになる。後はキャンプ道具のカトラリーセット、レンジに金属は使えないから、シリコンの耐熱容器。柔らかいのでキャンプでは皿代わりにしていた。小分けにしたものをレンジで温めるには便利だし、持ち運びに気を遣わなくていいのが助かる。インスタント味噌汁の容器は、シェラカップで間に合わせよう。バタバタと支度を済ませると、髪を整え、整髪料も一緒に袋に入れて、職場に戻った。

 

 「お帰りなさい」

 「ただいま」

 課長は既に帰っていて、朝からのメンツもそろそろ帰り支度をし始めている。

 「班長たちの交代だけ確認したら帰ります」

 「了解。三連チャンなのに整髪料を忘れていたので、取ってきました」

 「ああ、そうなんですね。髪型変えたのかと思ってました。新年で心機一転。ヘタに髪を上げているより迫力出たなと」

 ブルータス、お前もか……。

 「ともかく、他の係長が居てくださる昼間しか席を空けられないので、居てくださって助かりました」

 管理職が一人も居ないのは問題だ。管理職というのは管理職手当が付く、係長以上。一年三百六十五日、二十四時間。五人の係長と一人の課長で回している。

 「いえいえそこはお互い様というか、丹波長が独身だから、正月やら大型連休には二十四時間勤務が連続で入るので、そちらの方が大変でしょう」

 「その分は別の時に休みを頂いてますから。むしろ俺がヘタに管区に関わってしまって、五区体制が四区体制に変わりつつあるので、みなさんも大変だと思ってます」

 「ああ、四エリア。あれは、課長がこっちに来たときからずっと言ってますよ」

 「そうなんですか?」

 それは初耳だ。春久が管区との関わりが出来たからこその発案だと思っていた。

 

 要約すれば、中央エリアがあるが為に、いわゆるドーナツグラフ状態で東と西、南と北、どちらも接点が無い。たとえば東は南北両方と線で接しているためそれなりの打ち合わせなどもしていたらしいが、西とは一切の関わりが無い。なので中央を無くしてというか、中央は全てのエリアが担当する形にして、係長間の連携を増やしたい。

 そのために一人頭を抜けた係長を、全体を俯瞰する担当とし、もちろん係長たちのやっている仕事内容が理解出来ないようでは困るのでそれなりに各係長たちのサポートに入りつつ、管轄全域にわたる事件のときには素早くトップとして指揮できるようにしたい、と。

 そこへ、春久が管区との繋がりを引っ張って帰ってきたので、これ幸いに副課長の役割を担わせて管轄全体担当とすれば、課長の理想とする形に持って行ける。……とのことだ。

 

 「今年の課長の年始の挨拶、そこで詳細な話も出るとは思いますよ。でもそうなると、課長面談、長くなりそうだなぁ」

 話をしながら、班長が業務引継をするのを見守る。当日の出来事を説明をし、引き継がなければならない事件や事故についても。まあ、事件や事故が無ければ引き継ぐ内容もたいしたことは無いのですぐに終わる。昼間課長と話をしている間に呼び出しが無かったと言うことは、そういうことだろう。

 帰る班長二人がやってきて、引き継ぎを済ませた旨を伝える。班員たちも机の上を片付けた。

 「お疲れさまでした」

 時間が来て帰る者も居れば、来たばかりで机の上に書類を広げ始めた者も居る。

 「じゃあ、俺も帰ります。このまま明日の朝まで待機で、明日明後日は待機無しの休みです。明日の朝までに何も無いことを願っています」

 「俺はいつも願ってますよ。お疲れさまでした」

 「お先に」

 部屋の人数が半分になった。

 

 新しく来たメンバーに断って、持ってきた食事をレンジで温めてから、部屋の隅にある応接セットに座る。おかずも殆ど溶けていたのでタッパーに入っていた半分ほどを。唐揚げを温めるときは、キッチンペーパーを敷いて、油取りとシリコンの容器が油で一時的に柔らかくなりすぎないようにとの配慮だ。当然、カイからの注意で。

 「あれ。コンビニ弁当じゃないんですね」

 「さっき、家に戻って取ってきたよ。走りも兼ねて」

 「良い匂いをさせてるから。なんか、コンビニ弁当とは違うなあと思ってつい、見てしまいましたよ」

 「適当に入れてきただけだから、バランスは良くないんだろうけどね」

 

 緑は無いけれど、それでも根菜類がしっかり入っている。黄色は厚焼きタマゴだ。ダシがしっかり利いていて、春久の好み。塩むすびの塩加減も丁度良い。カイがむすびを作るとき、二つに分けるからなんでだと聞けば

 「ハルさんのは塩分少し多め。俺は殆ど無し。でないと動く量が違うからね」と、細やかな心遣いを教えてくれる。

 「おかずは一緒でも食べる量が違うからオッケーだよね? むすびで塩分取るから、おかずは薄味にしているよ。味付けの濃いものばかりだと、将来の病気の元」

 「いいよ。お前と同じで」

 頭を撫でたくなったのは、なんとか思いとどまった。なんだかますます距離感がバグっているなあと思う。自制しろと自分に言い聞かせて、言葉で礼を言うに留めた。

 

 電話も鳴らず、班員たちの雑談が聞こえる。班長が時々周りを見回し、書類の催促をする。まあ、雑談のできるぐらい平和なのが一番だが。

 自分の携帯に着信?

 「こんばんはー。ハルさんのトップケースにツーリング土産入れて、今家に戻ってきた。見ておいてね。初日の出の写真はまた今度見せる。カメラを抱えて行ったから、パソコンに取り込んだ。寒かったけど、楽しかった。そのままぐる~っと走ってきた」

 ああ、まだ元日だった。バイクに付けたトップケースは、中を空っぽにして鍵を掛けてない。そうすれば、ハンドルに袋を引っ掛けるよりマシだろうと、カイに言われて。カイが家に戻ったのが今なら、春久が部屋に戻ったときには既に土産が入っていた? 微妙なすれ違いだったか。

 「明日も少しの間家に戻れると思うので、その時に見るよ。ありがとう」

 「クッキーは食べてしまった?」

 「いや。まだだ。自分の分を楽しみながら食べている」

 正直に言えば、忘れていた。チョコはあっという間に無くなった。なので次のをいつ出そうかと思ってはいた。そのまま忘れていたのだ。課長にまだ有るのだろうと言われたときに思い出した。

 

 食事を終え、手を合わせてから食器を持って立ち上がった。

 水屋で食器類を洗い、伏せておく。夜食や翌朝食でも使う。それからロッカーから袋を出してきた。ジンジャーとドライフルーツのクッキーを少しずつ。一気に全部出してしまうと、明日以降勤務の人間に当たらなくなる。それほどに、カイのクッキーは評判が良い。

 「ここに置いておくから、眠気覚ましのコーヒーのお茶請けにでもどうぞ」

 先ほどまで自分が座っていた席のテーブルに。

 「お茶請けにそんなモノ食ってたら寝ますよ」

 「引っ込めようか?」

 「是非とも、そのまま置いといてください」

 部屋の中に笑いが広がる。春久も笑って自分の席に戻った。

 

 正月三日の夜は、家に戻った。夜間待機は他の係長がやってくれる。なぜなら、翌四日は所轄の新年会の後、三が日の勤務中には出来なかった運動をして体を解してから夕方家に戻り、着替えを取って春久の運転で本庁までの移動が待っているから、睡眠不足を避けるため。そのまま本庁近くのホテルに一泊して翌日の本庁での新年会に参加だ。

 腹筋や腕立て伏せなどの基礎運動で体を動かし、風呂に入って、それから食事。久しぶりのアルコール。カイの用意してくれたおせちもようやくゆっくり味わえる。自分の家は良い。目覚ましだけはきっちり掛けて、布団に入ったらそのまま熟睡していた。

 

 翌日朝一番に会った課長に

 「肌つや良いな。お前は何をやったらやつれるんだ? あれか? 通い妻の料理がまだ残っていたのか?」

 などとからかわれた。だから、通い妻は止めろと言いたい。カイが膨れる。

 「料理は美味かったです。最初は冷凍室にぎっしり詰まってましたから。でもまあ、結構食ったので、後はミートソースなんかの手を加えれば食える奴が残っているぐらいで、殆ど空っぽなので、冷食を買って詰め込んでおかないとですね」

 「ミートソース? スパゲッティか?」

 「乾麺もありますけど、他にも、ご飯を炊いてミートソースで炒めるとケチャップライスとか。おかずいらずで楽ですよ」

 「お前が作るのか?」

 「ミートソースを作ったのは俺じゃないですけど、炒めるのは他にやってくれる人居ませんから」

 「まあ、ちゃんと食ってるのなら良い。明日の支度は?」

 「出来てます。昼から走り込むついでに荷物を取ってきます。シャツも今日、クリーニングから戻ってきます」

 「走って体を作るのも仕事だからなぁ。十六時にはこっちを出るからな」

 「了解です」

 


 年賀状。正月一日の次は、四日に配達された。昨今の郵便事情だと、一日に急いで入れたとして、届くのは二、三日遅れる。土日が入ればもっとだ。大塚への使送便は無事四日に届いたらしく、ギリギリ午前中に、本人から「これをご縁に今年もよろしくお願いします」と、にこやかな電話が入ってきた。

 正月一日の年賀状に垣内からのものは無かった。確認したのは二日、家に戻ったときに、だけれど。

 そんなわけで四日、職場に行く前に念のためにと夕方ポストを見れば、数枚入っていた。それらを掴んで着替えの入ったバッグに入れ、急いで職場に戻る。カイからのメールを見ていてすっかり時間を忘れていた。

 「済みません。ぎりぎりになりました」

 「お疲れ。飯でも食ってたか?」

 「いえ。食ってません。いつものコースを走っていたんですが、御用始めの日だからか、車や人が多くて」

 実際人や車が多かったのは事実なのだ。

 「それで時間が押しているの判っていたのに、つい、正月に来ていた友人たちからの年賀状を見てしまって」

 特にカイから届いた初日の出の写真。そのまま走りに行ったソロツーリング。初日の出を見た海岸がキャンプ可能なので、今度はそこでキャンプをして綺麗な朝日を見ようと提案付きだった。

 ついにやりとして、その瞬間、時計を見て焦った。歩けば二十分だが、走れば十分程度で着く距離で助かった。バイクを引っ張り出すより走る方が早いので、荷物とついでにポストに届いていたはがきを掴んで走ったのだ。

 

 「まあ良い。まだなら、ホテルに着いてから食事に出るんで良いか?」

 「大丈夫です」

 「それじゃあこっちは任せる」

 課長の声に、四人の係長を始め出勤していた班長や班員たちが見送ってくれる。公用車で、今日の運転手は春久だ。課長も後部座席でふんぞり帰る気は無いらしく、二人ともバッグから正装を引っ張り出して皺が付かないよう、後部座席のアームハンガーに背中を外に向けるように吊して、運転席と助手席に乗り込んだ。

 「ドライブとかもよくするのか?」

 シートベルトをしながら課長が聞いてくる。

 「しますよ。雨の時は基本ドライブです。後は荷物満載キャンプをするときも、車ですね。キャンプツーリングもしますけど」

 後方確認もして、春久はゆっくりアクセルペダルを踏んだ。

 

 車は本庁地下に入れた。なにせ公用車だ。どこにでも預けるわけにはいかない。正装は当然持って出る。ホテルの部屋に入ればもう一度ワードローブに吊して、ロビーで待ち合わせて夕食だ。

 「こっちだと美味いところ知っているか?」

 運転中は仕事の話に徹していた課長が、いきなりそんなことを聞いてきた。

 「残念ながら。俺の居た所轄はもっと田舎でしたから」

 「だったら、俺の同期が紹介してくれた店で良いか?」

 「オッケーです。ああ、制服の管理が必要無ければ、途中で魚の美味しい店に寄れたんですけどね。ツーリング仲間に教えて貰って、二度ほど行きましたよ。大学の授業帰りに。今度そちらに行きましょう」

 「うち(所轄)の管轄内か?」

 「違いますね。なので、本庁での会議の帰りとかですね。スーツで良い時に」

 「ああそうだな。お前は副課長としての仕事も覚えて貰わなくちゃならないから、これからは俺の代わりに会議に出てもらう事も有るからな」

 「え……俺は管区で手一杯ですよ?」

 「うちの仕事もやっていると見せておかないと、管区に引っ張られるぞ」

 「それは困ります」

 「普通は、栄転だと飛びつくんだがなぁ」

 「俺は普通じゃ無いんですよ」

 「自分で言うか?」

 「牽制はしておきます」

 課長は肩を竦め、春久は口元を緩めた。

 

 食事をした後、それぞれの部屋に別れる。春久も仕事を持ってきている。特に業務用のパソコン。実はそれにプラスして私物のパソコンもだ。メーカーが違うので当然電源コードも違い、ケーブル類が結構複雑に絡まり合っていた。こんな時カイは? ああ、一個ずつ袋に入れろと言っていた。入れるのが面倒に思うかも知れないが、結局絡まったケーブルを解くより楽だと。それは今、体験して理解した。

 絡まったケーブルを解いてまずは、ケーブルから連想したカイのメールを再度確認。

 

 初日の出ツーリングは楽しかったと。海岸は寒いけれど、真夏だと逆に熱すぎるので、海水浴客の居ない春秋が狙い目だと。危険生物の居ない海なら、大塚も喜ぶだろう。明日、本庁に顔を出すついでに大塚に会えるようなら、聞いてみようか。

 カイには「キャンプは賛成するが、こっちに来たときに詳細を教えてくれ」と記載した。こっちと言いつつ今居るのはカイの本拠地に近い。むしろ「あっち」で表現すべき場所が春久の家だ。もちろんそんなことはメールでは関係無いし、カイは意識すらしていないだろうけれど、なんとなく笑ってしまう。笑えると心に余裕ができる。カイとのメールで気分が穏やかになれる理由だ。

 「それから、土産はどこで買ったのか教えてくれ。海岸の近くか全く別のところか。それによって、キャンツーにするか満載キャンプにするか決める」

 「土産は、うちからだと、ハルさんちに降りるインターの次のサービスエリアだよ。下り側。ハルさんちに行く時は当然通らないし、上りだと逆だからね。ハルさんちから出るときもインター上がってすぐのサービスエリアなんて止まらないし。なので本当に久しぶりに行ってきた。俺のお薦めは大福だったんだけど、ハルさん食べないから、二番目のお薦めにした」

 それは気づかなかった。箱に張られていたシールの製造所には他県の名前が入っていたので、てっきりそちらの県で買った物だとばかり思っていた。確かにサービスエリアなら、近県の土産、たまにはフェアーで遠方の土産も扱っていたりするか。

 「だったら次の県外授業の時はそこに寄ってから行くか? それともキャンプの時に大量に買い込むか……」

 「ハルさん食べないから却下」

 「奢ってやるのに」

 「自分が食べる分ぐらい自分で払える」

 これは……気を悪くしたか? 正月から怒らせたくは無いのだが。

 「日頃お前が土産を買ってきてくれる礼だよ。素直に受け取れ」

 「今月と来月の休みの予定、出てるよね? 早めに教えてくれるとありがたいんだけど」

 露骨に話を変えてきたところを見れば、カイも正月から怒りたくないと思っているのがよく判る。逆説的に捉えれば、確実に怒らせている。

 「今は出張中で、明日の夜には家に戻るから、それから確認して伝える」

 「判った。待ってる。じゃあね」

 これは……。メールの連絡もぶち切られた。今日はもう終わりと言うことだ。


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