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差し入れは“ぜんざい”

 「お疲れ」

 「あ、明けましておめでとうございます!」

 課長の声と、新年の挨拶をする声。顔を上げて春久も立ち上がった。

 「明けましておめでとうございます」

 「みんなも、今年もよろしくな。で、丹波、早速で悪いが会議室を押さえてくれ。責任者が居てくれる間に、お前と二人だ。他の連中、その間に車まで荷物を取りに来てくれ。いつものぜんざいと餅だ」

 「はい!」

 「ごちそうになります!」

 ぜんざいの出所は課長か……。毎回縁が無かったから、知らなかった。

 課長に続いて数人階下に降りていくのを見送って、急いで一番小さな会議室を押さえた。人が居ないので、会議室はどこもがら空きなのだが、そこは他の部署も使うのだから、一応念のため。課長の言う責任者とはもう一人の係長。彼に、後をお願いしますと、頭も下げておいた。

 諸手続を済ませている間に、ぜんざいの入った鍋やら餅やらが持って来られた。餅はオーブントースターで焼かれてぜんざいに入れられるらしい。

 「俺と丹波はしばらく出てこない。それから、二人ともなくて良いからな。俺は家で食ってきた。丹波には秘蔵の奴が有るらしいんで、そっちで十分だ。まだ残っているんだろう? お前のクッキーは」

 「有りますよ」

 課長は手を振り、自分の机の上に置かれていた年賀状を掴んで部屋を出る。春久は急いでノートを持ってついていった。

 

 「飲み物は?」

 「有ります」

 水筒を見せた。課長が来る前に、空っぽになっていたのでコーヒーを淹れて詰め込んでおいた。

 「用意周到だな」

 課長は自動販売機で自分のお茶を購入して、春久が押さえた会議室に入っていった。

 何を言われるのかと身構えていたが、課長はノンビリ年賀状を見ているだけだ。けれどそのうち、一枚、二枚と春久の前にも出してきた。

 「お前を呼びたいと言っている連中だ。ここに来て丸二年、足かけ三年だからな。まだ出す気は無いが、お前も知っておいて良い時期だろう。行きたいところがあれば口は利いてやるが」

 礼を言いつつ、目の前に出された賀状を拾い上げる。他所轄の生活安全課以外にも、本庁の少年課、地域課、公安まで来ている。

 「お前なら刑事部も行けるだろう? 法律に明るい奴は引っ張りだこだ」

 「止めておきます。待つ人が居ないのだからと、家に戻れなくなりますよ」

 「内縁の妻が居ると言っておけばどうだ? 表向き。こっちに居るときは単身赴任の亭主のところにマメに通ってくれる女房ってことにしておけば、上からの見合いを持ち込まれることは無くなるはずだ」

 「それも止めておきます。あいつの耳に入りでもしたら、膨れて二度と来なくなりそうなので」

 「子どもの居ない夫婦も多い。なので俺は、お前もそのうちの一組だと思うことにするよ。そうすればお前が寝て食って、ストレス解消も出来ているのかと心配しなくて済むからな。ちゃんとやってるんだろう?」

 「ストレス解消ですか? ツーリングにキャンプに、最近は大学も一種のストレス解消だったんだなぁと思えるようになりました」

 課長は首を竦め、再び賀状に目を通し始めた。

 

 長時間になると言っていたけれど、何を話すのか。待っているとまた、数枚の賀状を渡してきた。

 「今のところはそれぐらいだな」

 後のはがきを纏めて長短を整える。なので春久も手元に来た賀状に再び目を通した。

 「後で部屋に戻ったときにコピーして、原紙は机の上にでも置いといてくれ。持ち帰って、お前はまだ出す気は無いと返事を作っておかないとな」

 「判りました。お預かりします」

 それらをノートに挟む。それを待って課長が「新年早々というか、年の瀬からの出動でどうだった?」と、問いかけてきた。本題に入るらしい。

 

 「どう、とは?」

 「俺がしばらく居なくてもお前を中心に纏まってやっていけそうか?」

 「それは……。今回は小規模でうちから二人ほど出すだけで済みましたが。これが大規模な事件にでもなると……」

 「所轄を上げての規模になれば話は別だ。その時は副署長あたりがトップで指揮を執るだろう。逆に署長が本庁とのやり取りで動けなくなるがな」

 「そこまで大規模なものはさすがに遠慮したいです」

 「そうだなぁ。ストーカー事件でも発生すれば、大半が勤務時間帯が変わる。犯人の動く時間を中心に。そのあたりを臨機応変に切り替えて対応できるかどうか、だな。そうやって状況判断して指示を出すのが今年のお前の課題だ。お前が課長になるまで十年と言ったが、もう一年過ぎたんだ。なのでそんなところから慣れていく必要がある」

 そこで課長は話を区切り、お茶を飲んだ。

  

 「中央エリアを無くして四エリアに分ける話も生きている。今年の話じゃ無いが。今の中央は東に含めるかと思っている。係長四人でそれを回して、お前の直下が一階の受付班と遊撃班なのは変わらない。両方ともすぐにでも警部補になれるような奴を班長に、そいつらにも係長レベルの仕事を覚えさせる目的もある。当然、その下に付けるのも、巡査部長になれる気概のある奴だ。優秀な奴らだけに逆に難しいかもしれないが、そこはお前の腕の見せ所だ。期待して良いんだろう」

 春久もカップに注いだコーヒーを飲んだ。課長がかなり尻を叩いてくれているんだということも理解した。

 

 「実はこっちで家を買おうかと思っていたんですけど」

 「は? お前本庁には戻らないつもりなのか?」

 栄転だぞ? と、口にしないまでもその顔に書いている。

 「まあ、第一は管区に行かないという意思表示なんですけどね」

 「それは当然行かせるつもりはないが。ああだがまあ、本庁は、いざとなったらお前を人身御供にして、点数を稼ごうとするかもしれないな」

 なので家を買うのは一つの牽制になる。

 

 課長は腕を組んだ。

 「けどなあ。県内なら動かないわけにはいかないからな。そうなったら家が勿体ないだろう。単身赴任という手も有るだろうが、住む人が居ないんじゃぁ、家はすぐに傷むぞ」

 確かにそうなのだが。

 「官舎だと一般人と遊べなくなるので」

 「ああ、お前の通い妻な」

 「おかしな言い方をするのは止めてください。妻でも何でも無いです。料理はあいつのストレス解消だから、俺は場所を貸しているだけで」

 思いっきり焦る。カイを通い妻扱いしたと知られたらどんなことになるか、目に見えているではないか。絶対に、絶交を言い渡される。

 「確かに、お前の食生活を考えると、誰でも連れ込めないのは困るな」

 「それもおかしな言い方です。誰も連れ込んだりしてませんから」

 家に呼ぶのはカイぐらいで、たまの戸野原だ。時間に不規則でなかなか予定が組めない春久の、遊べる相手は制限される。

 

 「こっちでも、四月には官舎が空きそうだからと思っていたんだが、お前は今のところで、家賃の補助が出る方が良いんだろう?」

 春久の反論は綺麗に流された。

 「そうですね。今のままで。転居連絡を書くのも面倒ですから」

 引っ越しも面倒だけれど、知り合いに転居しましたと連絡するのも面倒なのだ。それもこのくそ忙しい……いや、仕事に長時間拘束されている身では、そんな暇が有ればまともに寝たい。

 「こっちで課長になるまで居るか? といっても三年後に他の所属に一度鞍替えして、そのまた五年後にこっちに戻ってくるならだ。順調に行けば、俺の後釜の後釜ぐらいになれるだろう」

 「後釜の後釜ですか」

 課長もずっとここに居られるわけでは無い。もちろん警部の上の警視だって考えるだろう。

 

 「今の仕事の延長なら、地域課、か。地域課に行くなら、ここよりもっと大きな所轄に行くことになるし、だったら、生活安全課のまま他の所轄に行っても同じだろう」

 「そうですね……」

 となると、結局三年後には引っ越しか? 今の家から通える所轄で、災害時にはこちらの署に一時的に所属という手も有るか……。それは物件を見てから考えよう。春久の異動は緊急性が高かったため、取り急ぎ署に近くてすぐに入れるマンションを探して貰ったのだから、あらかじめ引っ越しすると判っていれば、早めに自分で見て探すこともできる。

 「この近くで良さそうなマンションありませんか。緊急時の出勤場所をここにしておけば、異動はここから通えるところを希望しますよ」

 「買うのか?」

 「ものに寄ります。でもまあ、どこかの所轄本部の徒歩圏内で、かつ、こちらに通えるところが良いなとは思います。災害時には一番近い署に入って、そこから連絡もできますし」

 

 そうなのだ。もう少しだけ本庁に近ければ、大学に通うもの楽で、もっと頻繁に遊びに来て良いと言える。けれど、この距離だからこそ、県外の時には泊まって良いと、言い訳が付くのも事実で。

 「確かに、結婚して官舎を出る奴も多いからなぁ。うちは子どもたちが全員家を出たから、夫婦二人で官舎暮らしだが。たまに孫を連れてうちの実家に行けば、親も孫も、両方とも喜んでくれる」

 課長はお茶を飲み、それから

 「ただお前、大事なことを忘れているぞ」と。

 「大事なこと?」

 「待機だ。待機の時には速やかに出勤できること。つまりお前の家はこの所轄の徒歩圏内にしか認められない。ということで、買うのはお前に本当の家族ができるまでは待て、だな。それまでは良さそうな物件を借りるしかない。お前が上にあがれば、それだけ一カ所に定住できる期間が長くなる」

 そうだった。待機。今もそれで徒歩圏内のマンションだ。余りにも日常過ぎて、すっぽりと抜けていた。

 

 「さて、ここからが本題だ」

 まだ本題に入っていなかったらしい。頭を抱えていた手を解き、ノートを開こうとした春久を、課長が止めた。

 「連絡事項じゃ無い。お前の今年の目標と、大まかな予定があれば聞いておきたいだけだ。通常業務に戻ったら、係長と班長は俺が一対一での話し合いをする。その後で係長が自分たちの班長、班長は班員とコミュニケーションを取って、異動希望なども聞く。ただ、お前の場合はいろいろ特殊だからな。特に管区があるんで、そちらとの関係性も考えなくちゃあならん。今のところは管区への異動は希望しない、で良いな?」

 「それでお願いします」

 「判った。本庁にはそう言っておく」

 「本庁?」

 管区へではないのか? その疑問が顔に出ていたのだろう、課長が「お前は県警の人間だからな。お前の異動云々を決めるのは、うちの本庁の人事部だ」と。なるほどだ。

 「で、だ。今の係長の名刺が無くなったら、追加しなくて良い。県警内部でも副課長の名刺を使え。お前だけじゃない、これから異動してくる連中にも自覚させるためだ。一番は当然、お前だぞ。そこは履き違えるなよ」

 「判りました」

 ますます責任が重くなる。けれどそれは期待の表れで、期待されているならそれに応えたいのが人として当然の反応では無いか。それに、だ。カイに凄いと言って貰えるだろう。あ、でも、これ以上忙しくなって本当に土日に休みが取れなくなるのは、勘弁して欲しい。

 「にやついたかと思えば落ち込んだり。忙しい奴だな」

 「い、いえ。にやついていました?」

 「にやついていたな。すぐに表情を改めたが」

 「期待されているんだなと判って、頬が緩んだのかも知れません。けれど、その重責を考えれば引き締まりもします」

 カイのことを考えたなどと、おくびにも出さない。

 課長はしばらく春久の顔を見ていたが、「ま、そういうことにしておく」と、それ以上追跡はしてこなかった。

 

 まずは一月、そして年度末までの大まかな行動計画、来年度の予定。

 「東の係長には中央について、お前と共同担当ということにしようかと思っている。基本はお前が前面に出るんだが、お前が居ないときにサポートできるように。そこは四日以降の個別面談で話をするつもりだが、責任が増えるから嫌だと言われる可能性も有る。その場合強制はしないんで、そのつもりでいてくれ」

 「了解です」

 「で、受付も班長が変わることになるんで、三月までちょくちょく様子を見に行って、四月からの引き継ぎがスムーズに行くように、仕事の内容は確認しておけ。一応班長たちの個別面談で、そちらを希望する奴も探しておくが。誰になっても大丈夫なようにな」

 「了解です」

 ノートを開いて『一階受付要注視』と記載した。

 「了承を得たとしても、東は東メインで、中央に関してはあくまでもサポートだからな。下の連中にもそれは徹底しておけよ。東は広い担当区域を持っているんだ。お前が居ないときの急ぎの決裁は俺を通して、二人とも居ないときだけ東に振るようにと」

 「それは当然ですね。了解しました」

 「それと、管区の研修手伝い、お前のレポートは上に報告している。なので、こっちでも教育が必要だと思われる部分については詳細をと、教育担当が相談してくるかもしれない。その時は手伝ってやってくれ。全くの新人教育に携わることは無い。多分、巡査部長あたりからになるだろうが。お前の仕事が増える」

 またか……。研修手伝いは、スタッフという名の仕事だ。なので、内容や所感についてはレポートとして課長に提出している。どうやらそれを、本庁にも渡していたらしい。

 「かもしれない、だ。連中のプライドだけが高ければ言ってこないだろう。学ぶ姿勢があれば飛びつく」

 なるほど。そこは相手任せらしい。

 「他にやりたいことがあれば、正月休みが終わるまでに考えておけ。育てたい奴でも良い。三日までに何人かとは話もできるだろう。業務の合間の気分転換にでもしろ」

 「了解しました」

 「後は……ああ、お前がちょくちょく手作りクッキーなんぞ持ってくるから、庶務の女子ら、悔しがっているぞ。どんな彼女だって。俺は何も言わないからな。否定するでも話に乗るでもしておけ。身バレする心配は無いと思うが、昨今の女はなかなか怖いんだ。ストーカーなんて昔は男が殆どだったのに、女のストーカーも増えて、手段もえげつない。うちの職員にそんなのは居ないと信じているが、現場で顔を合わせる一般人も多いんだからな」

 「心します」

 「お前、髪を下ろしていると童顔になるな」

 咳払い。

 「気にしているんです。後で走りがてら家に戻って整髪料取ってきます」

 仮眠から起きて顔を洗ったときに崩れた前髪を、掻き上げた。休みの時は整髪料も付けず、前髪が多少目に掛かるのは普通だったら、気を抜いて直すのを忘れていた。

 「少々乱れてるぐらいの方が圧があるな。いつものお前は礼儀正しい公務員って感じだが。それぐらいの方が、女性陣は嬌声を上げてくれるぞ」

 騒がれるとは思えないが、まずそんな必要は無い。

 「きっちり整えてきます。とはいえ、今は勘弁してください。課長との話が終われば、係長が帰る前に一度家に戻ってきます」

 「一時間ぐらいか? 帰ってくるとしたら」

 「ですね。走れば往復三十分ですけど。ついでに夕食何か持ってきます」

 「そうだな。そろそろぜんざいも無くなった頃か。俺も帰るよ」

 なんと、職員が食べ終わるのを待っていたらしい。その上、彼らが遠慮したり何度も礼を言うのを避けるために、会議室に……。ということは、春久は時間つぶしの雑談相手にされただけか。まあ、会議室の番号はホワイトボードに書いているし、パソコンのスケジュール管理からも判るので、緊急必要が有れば呼び出されたはずだし、それが無かったと言うことは、平和で良かったということにしておこう。

 春久は課長と一緒に執務室に戻り、部屋に居たメンツに一時間ほど休憩を兼ねて出てくるからと、後を頼んだ。

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