年の瀬
年末年始は、例年のごとくほぼほぼ休み無し、有っても待機で、本当に買い物に行くぐらいしか出来ない。
唯一の救いは、待機の日に、春久が呼び出されれば帰らなくてはならないことを判った上で、カイが来てくれ、料理をしてくれたり、勉強の話題でリフレッシュさせてくれたことだ。
「はい、ハルさん。できたてのクッキー、ここに置いておくからね」
「今日は何?」
「ハルさんが抓むのはこっちの黄色い紙袋の方。こっちの茶色はチョコだから、疲れた人向け。ハルさんはジンジャーの方が良いでしょう。後、こっちの白い袋はドライフルーツ。袋分けてるんだから交ぜないように」
「了解」
「それから、コーヒー飲みすぎ。たまにはノンカフェインにしないと、胃を壊すよ。徹夜仕事の時にどうせがぶ飲みしているんでしょ。コーヒー飲むときはクッキー一枚でも良いから胃に入れてね」
「気をつける」
ここで口うるさいなどと言おうものなら、絶対に次から作ってくれない。なにより春久を心配してくれてのことだ。だから素直に「判った」と頷く。春久の胃袋はすっかりカイに掴まれているのだから。
「それから、三月にキャンプするなら、二月は泊めて。大学のこと決めるよね?」
「良いのか? キャンプでなくて」
「ハルさん、家の方がゆっくりできるよね。あ、車中泊できるようにしておくから、ハルさん待機付き休みでも良いよ。近くで車中泊可の公園探しておく」
「それはお前が大変だろう」
呼び出しはいつになるか不明なのだ。寝入りっぱなということだって多々有るし、真夜中にとも考えられる。明け方? この部屋で安心して眠っているだろうカイを、起こすようなことしたくない。
「でも、待機の無い時って選んでいたら日が限定されるからね。俺はそれも楽しむから大丈夫」
「判った。そうだな。一月の後半には資料が届いているだろうから、その頃に、休みを知らせるよ」
「待ってる。それから、おせち料理は冷凍室に入れてるけど、大晦日には冷蔵室に移しておいて、お正月の間に食べておくこと。大人のおせち料理って、酒のつまみになりそうな物ばかり入ってる奴にしたから。甘い物は入って無いと思うけど」
「何? お前が作ったのか?」
「作れる場所無いよ。買ったんだよ。いつもお世話になってるお礼。今年のクリスマスパーティ、他の人も大勢居たキャンプだったから、プレゼント出来なかったからね。代わり。最近のおせちっていろいろ有るよね。酒飲みの為のおせちとか、甘い物好きのおせちとか、後は和菓子や洋菓子のおせちとか」
「それは菓子の詰め合わせと言わないか?」
「言うね」
ふふっと笑うカイは、春久の突っ込みに満足そうだ。
作れる場所というのは、家の台所は使えないということ。そのためカイは、この部屋で嬉々として料理を作ってくれている。カイにとってはある意味隠れ家的存在だ。そこで軽口を言ったり勉強したり。伸び伸びしてるようだから、ま、いいか。
「三月初旬に待機の入らない休みを取らないとならないんで、一月終わりから二月の休みは待機が入ったり、平日だったりするがそれは勘弁してくれ」
「俺も自分の都合に合わせるから、お互い様だよね。三月のキャンプ、戸野原さんと子ども二人、ハルさんと俺の五人だけになりそう?」
「多分。料理も簡単な奴で。ホットサンドは、夏に大勢で行くことになったらその時に作るか。お前一人がやらなくてもみんなであれこれ詰め込んだりして、本当のロシアンルーレットサンドで」
「一応、ホットサンドの機械は持って行く。ハルさんの好きな厚焼きタマゴをホットサンドも楽しいよ」
「それは食いたい」
「でしょ」
「というか、今食いたい」
「タマゴは有るけど、パンが無い」
確かに、クッキーを大量に作るためにタマゴは買ってきているけれど、パンまでは買っていない。
「卵焼きと厚焼きタマゴとどっちが良い? あ~。よし、次の時に作ろう」
断らないよなぁと、それも思う。春久が無理を言って食べたいと言えば、また作ってくれる。その間にカイは自分の手帳を引っ張り出してきて、メモをしている。次の時に厚焼きタマゴホットサンド? 今日はお預け?
「今日はどっちが良いか決めてね。でないと、全部クッキーに使う」
「それは止めろ」
これ以上甘い匂いは、勘弁して欲しい。
「さっきは何を書いていたんだ? 次の時に何を作るつもりだ? それを聞いて考える」
「秘密。教えたら驚かせられないから。ん~~じゃあ、あれにする」
「あれって何だ?」
「秘密」
秘密だぁ?と、覗き込もうとしたらチョップで阻止された。
「早くしないと、ハルさん出勤前に夕食食べる時間、なくなるよ」
「悪かった」
今夜遅くから春久はまた夜勤だ。年末は夜勤が続いて、正月は連勤だと零していたら、今朝帰ってきたときにカイから連絡が入っていて、朝一で買い物を済ませてやってきた。春久が仮眠を取っている間にいろいろ料理をしてくれて、今日の夕食を一緒に食べてから帰ることになっている。
「出かけるときにエアコン消すよね? 揚げ物はそのままで良いけど、明日帰ってきたら、食べないものは冷凍室に入れてね」
「判った」
ジュウと、良い音がしている。カシャカシャと箸とフライパンの当たる音。生活音だなぁと思う。
どっさりのキャベツにできたてのとんかつ、それから小さめのオムレツ。春久の方には唐揚げも二つ付いていた。味噌汁はジャガイモとタマネギと大根の具だくさんで、紅白のなます、大根の柴漬けが箸休めに。ああ、幸せだ。
「いただきます」「いただきます」
二人とも声を合わせて挨拶をして、箸を取った。
「鍋の中の煮物は明日タッパーに詰めて冷凍室にいれてね」
「判った。何が入っているって?」
「鶏肉、にんじん、レンコン、里芋、こんにゃく。あ、砂糖を使ってるからね」
「お前が料理に入れるぐらいなら大丈夫だ。だからクッキーも食ってるだろう」
「オッケー。一応、弁当も作ってるから、夜食に持っていくでも帰ってきて朝食で食べるでもして。むすびと唐揚げと卵焼き入れておいたから」
「助かる」
男二人なのに、なんと言うべきか、この、穏やかな気持になれるのは。カイの人柄だろうなあと、嬉しくなってくる。
食事の後、春久が出勤の支度をしている間に、カイは食器類を洗ってくれた。鍋の中にはまだ温かい食事が詰まっているので、それは明日の朝、小分けにして冷蔵なり冷凍なりして空っぽにしてから洗う。
「そうやってると、雰囲気変わるね」
髪をなでつけ、ネクタイをきちんと締めた姿を見て、カイが穏やかに笑う。
「どっちが良い? この格好と、普段の姿と」
「俺と遊んでくれるのは普段の姿だからね。遊んでくれる方が良い。けど、そのためにはお互いに仕事も頑張らなくちゃだから」
大きな手提げの中に、弁当とクッキーの袋三種類を入れて手に持った。
「クッキーは一気には出さないけど、弁当もタイミングによっては職場で食うし、機会が無ければ持って帰る。そのためには一応、持っていかないとな」
「気をつけて。それから、お邪魔しました」
「ちょっと待ってくれ。ついでに、署まで送ってくれ」
「おっけー」
外は夜の時間帯だ。春久は家中の明かりとエアコンを消したことを確認して、静かに玄関の鍵を掛けた。カイは少し離れた場所で待っている。そのまま二人で駐車場に行き、カイが運転する車の助手席に乗り込んだ。
「お休み」
「今日はありがとうな。本当に助かった。良い年を迎えてくれ」
「ハルさんこそ。良いお年を。来年もよろしく」
「気をつけて帰れよ」
春久が車から離れると、カイは静かに車を出した。そのテールランプを見送っていたが、角を曲がるのを確認してから、建物の裏口から当番に挨拶して中に入った。
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
春久は弁当の入った紙袋を机の上に置き、中から茶色い袋を出してきた。残りは全てロッカーの中、スーツの上着を入れるときに一緒に片付けた。弁当も有るし、黄色の袋は春久のものだ。
「チョコクッキーだそうだ。寝ている間に、サンタが少し遅れたクリスマスプレゼントを置いていった」
そう言って、近くに来た班員に袋を渡した。
「ははは。クリスマスプレゼントですか。良いですねぇ。頂きます」
いつものクッキーだろうとあたりを付けたその男は、袋を持って水屋に向かった。
テーブルに皿が出され、その上にクッキーの一部が広げられた。残りは袋の中のまま、皿の横に置かれている。ここに居るメンバーだけで食べてしまわないように気遣いだろう。
「お、チョコ入りだ。疲れているときに甘い物はありがたいです。クッキー作ってて、大掃除は済ませたんですか?」
「いや。俺は朝帰りだったから、そのまま寝てたよ。昼過ぎに起きたら出来てた。寝ている間にそれやら料理やらしてくれたんで、有りがたく食って来た」
「それはサンタですか?」
「俺にとってはね。ここ最近夜勤が続いたんで、コンビニにすら弁当が残ってない状態で、なんとか冷食やらインスタントでやり過ごしていると言ったら、どっさりと作ってくれたよ」
「先ほど下で名残を惜しんでいた車ですか?」
見られていたらしい。
「ついでに送ってもらっただけだよ」
話をしているうちに、机の上は準備万端。積み上がっていた書類に目を通して、印鑑を押していかねばならない。
さすがに昼間に席を空けていると、書類の量は多い。今朝までやっていたのに、なんだかそれ以上に積み上がっている気がする。
「丹波長、こちらもチェックお願いします。うちの係長、昨晩から休みに入って二日出てきません。待機込みですけど。それから、二時間ほど仮眠してきます。何かあったら起こしてください。今日の昼から明日の昼まで二十四時間勤務中なので」
「判った。目を通しておくよ。どこに渡せば良い? そっちの係長の机?」
「いえ。起きてきてからいただきに来ます。下(班員)には見せられない奴なので」
春久はぱらぱらと書類を捲った。班員の素行調査だった。
「判った。それまでは俺の机の中に入れておくよ。しっかり休んで」
「お願いします」
預かった書類を引き出しに入れ、急ぎの書類のチェックに戻る。これが二日続いて、次は春久が二十四時間勤務になるのだ。休めるときにしっかり休めよと思う。
真夜中に課長が来た。一応職場だからスーツにしたといった感じの、いつもと違ってカジュアルスーツだった。
「お疲れさまです。何か有りました?」
「いや。お前とはしばらく入れ替わりだからな。正月の話だ。今年も本庁に連れて行くんで、段取りしておいてくれ」
「了解しました」
「それから、お前、正月に餅を飾ったりするのか?」
「いえ。警察官になってからこっち、正月に家に居た試しが無いので」
「独身男はどうしても、正月や連休に出勤になるからなぁ。管区の連中もそろそろお前を正月に呼びたいようだが、来年、いや、まだ再来年か、はどうする? この正月は本部長が一月に替わるので、最後の挨拶も兼ねて無理矢理管区には諦めさせたが」
「俺のことは気にしてないと思ってるんですが」
「気にしないわけあるか。俺が管区に行くたびにお前をいつくれるんだと聞かれるぞ? やらんとは言っているが」
「お手数をおかけしますが、他県に異動するつもりは無いですよ」
ただでさえ、カイと遠方になっていろいろ手を焼かせてしまっているのに。以前のように近ければ、もっと気楽に行き来できたはず。けれど、だ。官舎は選択に入らない。知り合いを呼ぶにも手続きが必要だし、周りは警察官ばかりで、悪いことをしていなくても萎縮させるだろう。友人に、気楽に来いとは言えない。いっそのこと、家を買うか? マンションとか。そうすれば少なくとも入室手続きは要らない。
「まあいい。ほら、餅だ」
「どうしたんですか?」
「孫を連れてうちの実家に行って餅つきだ。幼稚園で餅つきをしたのが楽しかったらしい。なので、独り身のお前にお裾分けだ。他の奴らは女房が揃えるだろうからな」
「ああ、餅は無かったですね。今日顔を出して、料理とおせちだと、なにやら冷蔵庫に詰めて帰りましたけど。年越しそばにとカップ麺を置いていったので、食いに戻る暇は無いと言い返したら……。暇が無いからこそカップ麺にしろと、さらに反論されました」
「お前は相変わらずか?」
「そうですね。あいつが結婚するまでは、うちでストレス解消の料理をしているんだろうなあと、思います」
カイの結婚などと、心にも無いことを口にした。ただ、今より遠くなることも、官舎に戻ることも考えられない。カイが足を運べないのは勘弁だ。ああそうだ。管区に行くと通う大学も変わってしまう。それは困る。




