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大人の冬キャンプ

 冷えてきた体にカイのシチューは、ホッとさせてくれるほど温かかった。

 「これ、小さくないですか?」

 シェラカップを始めて見たという大塚が、そう問いかけた。確かに、大の男がシチューを飲むには少々物足りないかもしれない。けれどこれはこれで便利なのだ。今も、春久とカイの前には同じものが三つずつ並んでいる。戸野原と大塚の前にはシェラカップ一つずつ――これは手持ちから貸したものと、後は紙皿だ。シチューは水分なので紙皿よりもシェラカップが良いだろうと思ってのこと。戸野原は持っているのだが、夕方持ち帰らせた荷物の中に入れてしまったそうだ。

 「いろいろ使えるから、数揃えると良いよ。それに、口を付けても火傷しないので、安心かな」

 「コップに皿に、茶碗に。このまま火に掛けることもできるし、重ねて片付けることもできるので、うちもいくつかあるよ。気分によってデザインとか素材の違うの使い分けているけど」

 「冬場は特に、料理は鍋の中で温めておいて、少しずつ食べていく方が冷めなくて良いかも」

 カイはダッチオーブンから、芋とウインナー、タマネギの蒸し煮をよそってくれる。もちろん自分で取っても構わないのだが。

 目の前の焚き火台の上で、シチューの入った鍋とダッチオーブンがまだぐつぐつ言っている。熱々のそれを口に含むんで「美味い」と言えば、カイは目を細めて笑ってくれるのだ。

 

 「相変わらず秋津君は料理が上手いよなぁ。シチューならパンだろうけど、米も食べたいなあと思っていたら、シーフードピラフだったし。去年の夏のキャンプでうちの息子たちが食い尽くした奴で、俺の口には入らなかったから、ありがたい」

 「余ったら、シチュー掛けてチーズ載せてダッチオーブンの中でドリアにするつもりですけど。明日の朝食に。余らなかったら何か作る」

 「確かに相変わらずだ。以前作ってくれたドリアはチキンライスが元だったよな」

 「中に入れるのは何でも良いと思うよ。折角シチュー作ったし、チーズはたっぷり買ってくれてるから、バリエーションいろいろ有るのも楽しい。それに、ダッチオーブンも、この間のベーコンの奴作ろうかなとも思ったけど、たまには違うものもいいよね」

 「もちろんだ」

 カイは、戸野原には敬語で、春久には対等に話す。実はそれも近しい関係を示しているのだと実感して、つい、頬がニヤニヤしそうになるのを、口元を引き締める。

 「後はキャベツとベーコンでクリーム煮も良いなと思ったけど、今日はシチューにしたし。今度ローストチキン作ろうか? ハルさん食べるよね」

 「もちろん」

 「いいな、ローストチキンかぁ。それってそんなに簡単にできるもの? キャンプの時とかで」

 「下ごしらえさえしておけば、いつでも」

 

 「戸野原さん、仕事の話しても大丈夫です? 少しだけ突っ込んだ話を、丹波さんとしたいなあと。それに絡んで、前提条件の確認。もちろん、他の人に聞かれても大丈夫なことだけですよ」

 大塚に改めて問われ、戸野原は首を竦めた。

 「まあ、この顔ぶれだし、秋津君の口が硬いのも信頼しているんで、大丈夫じゃないか?」

 仕事の話縛りは、妻や子どもたちが聞きかじって、何かの折にぽろっと口にしてしまうことを憂いてのことのようだ。知らなければ口にしようが無い。

 

 「それじゃあ」と、大塚は前置きして「丹波さん、歳は一つ上とのことですけど、役職、聞いて良いです? 階級でもいいですけど」

 「警部補です」

 係長は許容範囲内だけれど、副課長は口に出来ない。戸野原にも話していないのだ。

 

 「ああ、やっぱり。戸野原さんから仕事ができる人だとは聞いていたので。そうしたら我々巡査部長よりもっと待機多いですよね。ツーリングとかキャンプの時間、どうやって作ってます?

 というのも、うちの妻が小学校の体育教師というのもあって、林間学校とかで、あれこれ責任者的なこともやらされたりするんですよ。ただ、そこまでスキル無くて、うちでもキャンプやりたいと言っていて。戸野原さんの知り合いに詳しい人居ないかと聞いていたので、今回誘っていただけることになったんです」

 「俺は独身なので、動けるときに動いているだけですよ。思い立ったらソロで走れば良いだけだし。キャンプは、秋津に声を掛けて、日程を合わせるようにしてますけどね。基本的にキャンプ飯は秋津担当で」

 「キャンプだけじゃ無いだろう」

 とは、戸野原の突っ込み。

 「まあ、それはそれで」

 

 「年中キャンプやるんですか?」

 「そんなに頻繁にやれるわけでは無いので、年中と言うより季節関係無く、です。夏山キャンプは戸野原さんの家族全員気に入ってくれたようなので、同じところで二年連続でやりましたし。でも、そこも元々、この秋津の紹介なんですよ」

 「なるほどなぁ。で、また冬キャンプもやるんですよね?」

 「昨年はお試しで、二人でやりました、二月に。戸野原さんが一家で参加するなら、三月頭ぐらいが良いのではと思いますが。真冬はさすがに、道具をきちんと揃えないと厳しいだろうし、第一は、俺の仕事の日程が、まだそこまで出ていないので」

 「冬はさすがに無理だなぁ。春か秋が一番かな。夏は暑さが厳しそうだし。うちはまだ子どもたちが小さいので、我慢が効かなくて」

 大塚は少しだけ腕を組み

 「戸野原さん、季候の良いとき限定キャンプとして、必要な道具教えて貰って良いですか? 本来なら秋津君に聞くのが一番良さそうなんですけど、うちの妻が突進してまたご迷惑を掛けそうなので。今日は本当に申し訳なかったです」

 大塚がカイに頭を下げた。カイは少しだけ手を横に振ったけれど、実際は泣いた。なので大塚の判断は正しい。

 「そうだな。両方警察官じゃあ、日程を合わせて話すのも大変だろうから、俺で判るところは説明する。で、もっと詳細なところはやりながら工夫していくのと、ネットである程度調べるのと、だな。春秋なら、うちの家族だけで良ければそっちに合わせても良いぞ。秋津君みたいな料理は作れないが、そこは持ち寄りで良いだろう」

 「是非ともお願いします。可能なら、また丹波さんや秋津君とも一緒に」

 「そうですね。うちも時期的に合いそうなら戸野原さんに声を掛けるので、都合が付くようでしたら」

 

 話をしている横でカイは満腹になっているのだろう、すっかり箸が止まっている。

 「お湯を沸かすならシングルバーナーがあるだろう」

 「うん。そうする」

 「コーヒータイムか?」

 「先に湯たんぽ作成しようかと思って。俺とハルさんは電気毛布もあるけど、戸野原さんと大塚さんは暖房無いと思うし」

 「確かにそうだな。作るか」

 「うん」

 「電気毛布?」

 「ポータブル充電器を俺が千ワット、カイが四百ワットをそれぞれ用意してます」

 「確かに、寒い時はそれなりに防寒必要になるなぁ」

 「バイクや徒歩なら、重いバッテリー運ぶのも難しいので、飲料水を沸かして湯たんぽ代わりにして、翌朝それを使って朝食作りになるでしょうし」

 「なるほどな。じゃあ、それも用意しておこう。お薦めはあるか?」

 「一リットルの耐熱飲料容器。保温保冷の無い奴ね」

 戸野原がわざわざカイに聞くから、カイは用意していた容器を見せながら説明する。

 「確かに。外に熱が出ないと意味が無いか」

 「火傷しないようにタオルで巻いて、早めに寝袋に入れておくと、足下暖かいので、すぐに体も温まりますよ。二月の時に、カイが準備してくれて。結局電気毛布に電気も入れないまま、熟睡出来ましたから」

 それからカイを見る。今のカイなら、インナーテントで区切られていれば、大丈夫か。

 

 「それぞれのテント、寒ければうちのテントに避難してきてください。人が居れば体温で少しは暖かいですし、俺のインナーテントを潰せば、男三人眠れます。ただし、カイのスペースは確保してくださるなら」

 「いやいや。明日の運転手はしっかり寝て貰わないとだからな。避難させて貰うかもしれんが、その時は真ん中で団子になっておくよ」

 「ハルさん、普通の毛布持ってきてる?」

 「予備に一枚ずつだから、二枚有るな」

 「だったら、寝袋の上に置けば大丈夫だね。寝袋の下はどうなってるの? 床との断熱できるものあります? 無かったら新聞紙でも良いから敷いておくと全然違う」

 「新聞かぁ」

 「新聞は偉大」

 「うちは新聞を取っていないので、職場で捨てる奴を貰ってきましたよ。二部ほど。後はカイが荷物にいつも二部ほど入れていて、薪や炭の焚きつけにしている。車には段ボールも入れてます。スーパーで買い物をした時にもらったものとか、引っ越しの時のとか。まあ、トランクの防塵防汚を兼ねてですが。マットの下に敷けば地面からの湿気と冷気をしのげるので」

 「なるほどなぁ。新聞や段ボールか。確かに車なら入れておくのも有りか」

 「バイクでも、底板の代わりにしておけば、バッグの形を保つのに使えますよ。帰りは軽くなるのでそれほどでもないのですが、行きは食材や水で重いですからね」

 さすが大塚は、フットワークが軽い。カイが湯たんぽを作っている間に春久と一緒に車に行き、潰した段ボール箱を二人分取ってきて、大塚と戸野原の寝床を整えた。

 

 なんやかやと、かなり夜遅くまで話をしてしまった。不規則勤務の春久と大塚、いつも夜遅くまでゲームや本を読んで夜更かししているカイ。一番に「寝る」と言い出したのは戸野原だった。

 自分のテントに入ったと思っていたら、しばらくして出てきた。

 「寝袋の中、本当に暖かいな。秋津君の気遣いありがとうな。明日の朝も時間があれば、冬用キャンプ用品で、有ればいい物を教えてくれ。お休み」と、改めてテントに戻った。

 「お休みなさい」

 「じゃあ、俺も寝る。テントの中に運んでおいた方が良い物は入れておくよ?」

 

 洗って乾かしたダッチオーブンは、重いので、先ほど春久が、テントの中にセッティングしているテーブルの上に置いてきた。他のものはさっと洗ってバケツにひっくり返しておいた。だから春久はそれを持って立ち上がった。

 「片付けはやるよ。明日の朝、どうせテントを片付けるまで時間が有るんで、続きはその時に。明日の朝食は何にする?」

 カイは少しの間、首を傾げていた。今日の夕飯の残り具合と、残っている食材を思い描いているようだ。

 「ホットサンドにしようと思うけど、それで良い?」

 「もちろんだ」

 先ほどまで食べていたシチューやピラフなども殆ど残っていない。結構量が有ると思っていたのだが、男四人で食べきった。残ったものは明日朝温めれば無くなるだろう。それだけでは足りないので、パンの出番だ。

 「それじゃあ、俺も寝ます。えと、この椅子は」

 「ああ、全部うちのテントの中に片付けるよ。防犯上も出しっ放しにしたくないので」

 春久が他のものを運ぶと、大塚もいくつか持って、一緒にテントに入ってきた。そうするとカイは、外で手持ちぶさたに片付けをしている。春久は大塚が運んできた椅子を崩して小さくしてから、テントの隅に纏めた。大塚はすぐに出て行く。入れ替わりにカイが、残りの、二人の椅子を運んでくれた。

 「それじゃあ、お休みなさい」

 「お疲れさま。寒かったら声を掛けてください。特に朝方」

 「了解」

 大塚が戸野原の息子たちのテントに。今日の彼の寝床だ。春久は火の消えた焚き火台もテントに入れ、外には何も残っていないのを確認して、テントを締めきった。

 

 椅子に座って、先ほど水筒に入れたお湯をコップに移す。

 「カイ」

 「何?」

 カイも少し斜めに配置していた椅子に座った。

 「今日は大丈夫だったか? 特に、会ってそのまま飛びつかれただろう?」

 大塚の妻に。一応、寸前のところで阻止はしたけれど、結局カイを怖がらせてしまった。

 「ハルさんが守ってくれたから大丈夫だよ。ありがとうございました」

 「二つ、聞いておくな。一つ、さっき言っていたように三月頭になると思うが、戸野原さんと息子さん、弟の受験終わっていれば二人ともだろうが、そのキャンプは大丈夫か? 戸野原さんが冬キャンプ経験させたいと言っていたし」

 「大丈夫」

 「もう一つは、たとえば来年の夏にあの山のキャンプ、大塚さんも誘って大丈夫か? 誘うとしたら、俺じゃ無くて戸野原さんがってことになるだろうが、戸野原さんは俺に確認してくるだろうから」

 「急に近づいてこないなら」

 「来ないだろう。それは戸野原さんに念を押しておくし、大塚さんも、キャンプが楽しみすぎた奥さんが暴走したんだと、謝っていたからな。垣内のことも、今年は年賀状を出したし、来年どうするかは、あいつ次第だと思っておくよ」

 「うん。近づかれないのなら大丈夫。キャンプの話をするのは楽しいからね」

 「頭撫でてやろうか?」

 「要らない。ハルさんにも触らせない!」

 思わず吹き出していた。昼前の泣き顔を忘れられるほど、いつものカイだ。

 

 「ああそうだ。明日の朝、ホットサンドって言っていたけど、何を準備すればいいんだ?」

 「戸野原さんに残っている食材聞いたから大丈夫。ハルさんがたくさん買ってくれたチーズも有るし。あ、次の時にはダッチオーブンでピザ作ろう。チーズたっぷりベーコンたっぷりの」

 「楽しみにしておく」

 それでカイは目を細めて笑う。

 

 そう言えば、今日は戸野原や大塚が居たため、彼らとの話ばかりしていた。カイとは殆ど連絡事項だけで。

 予備の毛布は戸野原と大塚に渡したけれど、二人には電気毛布もある。電気を入れるつもりは無いけれど、膝に掛けていればそれだけで暖かい。だから、もうしばらく膝掛けで防寒しつつ、カイとの話を楽しみたい。

 「勉強はどうだ?」

 「ん~。なんとか、かなぁ。でも頑張ってるよ」

 「やっぱり頭を撫でて褒めてやりたいんだが」

 「却下!」

 「仕方が無い」

 春久は笑って、テーブルに載っていた水筒をカイに手渡した。カイは急いでそれとコップをテーブルに置き、新しいお茶を作っている。

 「ハルさんコーヒーは?」

 「ビールも結構飲んだからなぁ。トイレ行ってくる。留守番よろしく」

 「行ってらっしゃい」

 

 戸野原のテントも大塚のテントも、明かりが消えて真っ暗になっている。振り返れば春久とカイのテントは、オイルランタンの焔が揺らめいて見える。ランタンが入り口側なので人の姿までは見えないが、そこにはカイが待っている。


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