真冬のデイキャンプ
戸野原の子どもたちは、戸野原の妻、大塚の妻・子どもたちと一緒に食べている。カイは春久の横で、大塚や戸野原と話をしつつ。
「もっとしっかり食えよ」
「ケーキの分空けておく」
「ケーキはおやつの時間だ。今はしっかり食え」
「そうだぞ。クリスマスには中学も高校も冬休み中だからな。子どもたちとも、早めに部屋の大掃除をして、祖父母のところで掃除の手伝いをしてこいと放り出す約束で、今日は奮発したんだ。なので秋津君もしっかり食ってくれ」
「ありがとうございます」
「うちはサンタが来ないことにはなので、クリスマスは別にやるんですが、まあ、学校で林間学級とかもあって、妻の方が今回のキャンプに興味津々で。いろいろ教えてくれるとありがたいです」
春久、戸野原、大塚が、交互に「しっかり食べろ」と口にする。
「一応紹介しておくな。丹波、大塚、秋津君の順番だ。歳は。なので丹波が問題無ければ敬語不要だ」
「丹波さん、年上には見えないんですけど」
「たった一つしか変わらん」
「俺に敬語は不要ですけど、職場でも丁寧語を使っているので、この口調で。仕事の内容じゃないですからね」
春久が急いで戸野原に念を押した。でないと、折角のカイの料理を奪われる。戸野原は楽しそうに笑っている。
「カイ、ちゃんと食べてるか?」
「うん。大丈夫だよ」
顔を見れば、先ほどまであった目元の赤みが消えている。泣いていたことは判らなくなった? だったら良いのだが。
「戸野原さんの肉の入手ルートを知りたいぐらい。いつも、美味しい肉を、たくさん用意してくれるよね」
「うちの嫁さんが、肉屋の娘だ。今は別の仕事をしているけどな。今日は仕事の内容は御法度なので、興味があるなら、また今度、丹波に聞いてくれ。その伝手で、早めに言っておけば安く分けてくれる。秋津君が料理するなら、市価の六割ぐらいで下ろせるぞ。ものにもよるんで、先に値段を聞いてくれる方がありがたいが」
「ローストビーフ作ってみたい。後鶏肉の低温調理。といってもさすがに低温持続ができる器具が必要だから、そっちは今すぐじゃ無いけど」
「ローストビーフか。かたまり肉ならそこそこ良い奴が入手できるぞ。丹波、買うんだろう?」
「買います」
戸野原が何故か春久に聞いてきたが、カイが欲しいと言うのであれば即答する。
「ハルさんっ!」
「俺の誕生日記念に、低温調理器も買ってやろうか?」
「なんでハルさんの記念で、俺が買ってもらう話なのっ!」
「お前が料理を作らないなら意味が無いからだよ」
「(三十)二になるのか」
「なります」本当に、後数日。
「それで可愛い後輩を構いまくりか?」
「学校じゃ、先輩後輩ありませんよ。ああ、もう少しすれば買える理由も作れるな。試験頑張れ」
それで合格すれば晴れて、カイの大学卒業。再入学すると言っているので、そこは今までと変わりが無いが。
「ええ~。ハルさん~」
「結果が出るまでは、戸野原さんにも内緒にしておいてやる。なので今日明日しっかり遊んで、それが終わったら勉強だからな」
「うん。判った」
「えっと、どういう関係ですか? 仕事に関わらないのであれば聞いても?」
大塚が、おそるおそるといった感じで聞いてきた。
「二人とも社会人学生で、同じ大学に通っている。ツーリング話で意気投合して、キャンプは秋津君に誘われてハマった、で良かったんだよな」
戸野原が掻い摘まんで説明をし、それで正しいのだろうと、春久に問いかけてきた。
「そうです」
「二人で一つのテントをっていうから、そこまで親しいのかなと。親戚という雰囲気は無いので、不思議でした」
「長年友人しているので、寒い時期には大型テントを共有して省エネ暖房できるぐらいには、気心が知れていますね。中をご覧になります? テントの両端にインナーテントを置いて、真ん中を共通スペースというか、荷物置き場にしています。防犯対策も兼ねて」
「是非」
大塚が意気込むので、カイの事は戸野原に任せ、春久がドームテントの中を紹介することに。
「おお、結構広いですね」
「最初に持っていたインナーテントの形が違うので、なんとなくというか、自然にこんな配置になりましたね。ソロで行くときは当然、各自のソロテントを使用ですが」
「ソロでも行くんですか?」
「行きますよ。俺は家に居なくてはならない、家の中の事や近所で買い物ぐらいしか出来ない休みも多いし。二人とも元々ソロで走っていて、カイは走りだけじゃなくキャンプもしていたので。俺のキャンプはその影響です。キャンプツーリングは荷物も少なく、ソロテントでも全ての荷物を片付けられますから。グループや冬キャンプの時は片付けを翌日に纏めてやりたいので、霜よけと防犯兼ねて荷物を間に入れておきます」
「待機」を言い換えた。お互い警察官なので、何を言いたいかは判る。
「はぁ。なるほど。戸野原さんが息子さんたちにもキャンプをさせるのだと言って、三人用テントを二つ買ったと言ってましたが」
「戸野原さんのところは息子さんたちも大きいし、その方が寝起きが楽でしょうね。後は車に片付けるのも息子さんたち手伝ってくれるようですし。彼らはマメに動く子たちばかりです。大塚さんのところもすぐに大きくなるでしょうから、同じように三人用テントを二つ使って、間にタープを張って行き来できるようにしておくか、大型のファミリーテントでしょうね。ただ、そうなると大塚さん一人じゃ立てるの大変になりそうですけど」
「そうなんですよ。それがネックで、興味があるようなのでとは思っても、なかなか選択出来なくて。今日は戸野原さんに誘っていただいて、参考にさせていただこうかと」
「テントの快適人数は収容人数マイナス一なので、二人ずつで使う事を考えて、戸野原さんのは三人用ですね。子どもたちも大きいので何か有っても自分で対処できる。このドームテントは五人用なんですが、昨年夏にキャンプ場の犯罪に出くわしたことがあるので、防犯も兼ねて、二人で出るときはこれを使おうかなと。荷物も全部入るし、万一撤収日に雨でも、中でインナーテントの片付けをすれば、外側だけ濡れたまま持ち帰って干すという選択もできます。一人一人というか、家族によって子どもの数や年齢も違うでしょうから、参考までに」
「なるほど。真ん中に荷物をかぁ。メッシュになるんですね。入り口二つ?」
「そうです。一見して判らないところにもメッシュが多用されていますけど、冬なので締めきってます。真ん中にこうやって荷物を置いていると、不審者が入ろうとしても荷物に邪魔されて音で判るでしょう」
「ああ、なるほど。確かに誰も居ないキャンプ場じゃ、防犯のことも考えないとですねぇ」
大塚が中を見回しているときに、ひょっこりカイが戻ってきた。
「二人とも、戸野原さんが片付けて良いのかって。子どもたちはおやつを待ってる」
「食うよ。お前はどうする?」
「ホットケーキの準備」
「シングルコンロで良いのか? タマゴやホットケーキミックスは、その上に置いてるソフトクーラーバッグの中だ。潰れないようにと思って上に載せた」
「オッケー。ありがと」
春久はシングルコンロだけ持って、大塚と一緒にテントを出た。大塚が居ると、カイは自由に動けなくなる。
「出来たよ。秘密のタネ」
カイが笑いながらテントから出てきた。手にはお玉の入ったボウルと、フライパン。テーブルに置いたシングルコンロに火を付けてフライパンを温め始める。すぐに側に置いていた濡れ布巾にフライパンを押し付ける。ジュウと音がする。冷やすなら何故熱するんだろうか? 中火にかけたフライパンに、ボウルから掬った生地を、少し高いところからぼたぼたと落とす。
「秋津さん、そんなに高いところからだと危なくない?」
「この方がふんわり丸くなるんだよ」
しばらくして甘い匂い。それをフライ返しでひっくり返し、またしばらく焼いている。
「ホットプレートを持ってくれば良かったわね。そうすればたくさん一度に焼けるのに」
戸野原の妻が。それからすぐに
「忘れるところだったわ。ケーキ出してこなくちゃ!」
と、手を叩いて、大きなハードクーラーボックスからケーキの箱を出してきた。
「百均にはこんな箱まで売ってるのだから凄いわよね」
箱が大きいと思ったが、中から出てきたケーキも結構大きい。そして飾りつけこそプロには敵わないまでも、かなり綺麗にクリスマスが彩られていた。
「すごっ」
「うちのお父さんと丹波さんはみんなの半分で良いわよね」
「俺は、カイのホットケーキを貰う約束なので」
そちらは遠慮すると口にすれば、戸野原の妻は九等分して、春久と戸野原以外に渡していく。
「美味しい」
カイは目を細める。本当に甘い物が好きだな。
カイができあがったホットケーキを皿に載せる。けれど、子どもたちはケーキを食べている。だったら折角カイが作ってくれたホットケーキの行き場は? 当然そちらをと言った春久は受け取ることになる。なので手元の皿を出せば、カイはにこりと笑い、出来たばかりのホットケーキに薄いバターを一切れ載せてくれた。バターの塩分が甘さを引き立てている? それでも生クリームたっぷりのケーキより断然こちらの方が良い。戸野原も同じものを貰い、早速かぶりつく。
「うちのホットケーキと食感が違うな。ほろほろして、こう、消えていくような。普通のホットケーキミックスだよな? 特別高級だとかじゃなく」
戸野原も自分の分を食べて、そう、カイに聞いている。
「ハルさんが買っておいてくれたから、普通のだと思う」
「いつもカイが買っている小麦粉の隣にあった奴です。普通のだと思いますよ」
「え~。秋津さん、俺も味見したい」
戸野原の妻は夫のホットケーキを少しばかり取って、口に運んだ。相変わらず仲の良い夫婦だ。その間にカイは、戸野原の長男のためにもう一枚、ホットケーキを作っている。次男も「俺も欲しい」と、手を挙げた。
「ほんと、口の中で重くならないわね。うちでホットケーキ作るともう少しもっちりするのよ。ベーキングパウダー? でもあれ、入れすぎると苦くなるでしょう?」
「タマゴをしっかり溶いたら炭酸水とホットケーキミックスを入れて、さっくり混ぜただけです。ダマがあっても問題無いので本当に軽く」
「炭酸? それでお前強炭酸水ってリクエストか?」
カイのリクエストに何も入っていない強炭酸水と書かれていたので、有名どころのを三本ほど入れた記憶がある。
「ハルさんのビールでも良かった?」
「却下だ。あれは俺が飲む。第一、アルコール入れたら、お前が食べられないだろうが」
「もう一回作ってくるから、ハルさん、表面がぷつぷつしてきたらひっくり返してね」
「俺が見ておくから、丹波に生地の作り方教えておいてくれ。そいつは料理スキルをもっと増やしておかないと、秋津君に甘えて一切料理しなくなりそうだからな」
戸野原が言うから、カイはボウルを春久に押し付け
「材料取ってくる」と、テントの中に入っていった。
「本当に秋津君、料理上手よねぇ。だから丹波君のところで食事って言われても、ちゃんとしたもの食べているだろうって、安心して送り出せるのよね。他のところに行くなんてなったら、何か手料理持たせなくちゃって、前日からバタバタなのよ」
「そんなものなんですか?」
「当たり前よ。男ばかりと聞けば、デリバリーとアルコールが殆どでしょう? 脂っこいものとアルコールじゃ、うちの人もそろそろおなかに付きそうだもの。フォアグラ肝なんて本当に困るわ」
「まあ、戸野原さんはアルコールも最初の一杯ぐらいだから、まだまだ大丈夫でしょう?」
「丹波君は理由を知っているからアルコール無しって言えるけど、そうもいかないときもあるのよ。極力車で行かせたりして、それを理由に断らせているんだけど。秋津君が居てくれるなら、今度から先約があるって断らせようかしら。丹波君のところに避難で」
「ちょ。俺は土日休みにならないんで。だいたい、休みでも待機で」
「待機って、そんなに大変なの?」
「待機になると呼び出しも頻繁ですよ。一応家でゆっくりできる日、ぐらいの感覚で、あれで休みというのは詐欺です。担当エリアも広がったし……」
「よし。秋津君、丹波の夕食一品抜きだな」
「ええ?」
戸野原にいきなりそんなことを言われて、その顔を見てしまった。
「あら。悪いことをしてしまったかしら」
戸野原の言葉に戸野原の妻が、口に手をやって。
「ちょ! お二人グルですか」
そのまま頭を抱えてしゃがみ込んだ。戸野原の妻相手に、仕事の内容について話をしてしまった。内容と言うほどのことでも無いけれど、「待機」の説明に担当エリアが……などと口にしたことで、仕事内容と捉えられた。
「大丈夫。今日の夕食はシチューの予定だから、ハルさんの肉一個だけ減らすぐらいで、きっと戸野原さん、許してくれると思う」
「減らす内容の判断は、料理担当の秋津君だな」
「父さん、俺も泊まって良いでしょう! 父さんと同じテントで我慢するから」
春久が苦悶している間に、今度は戸野原の長男が、戸野原に交渉している。
「却下だと言っただろう。今回俺がやってみてからだ。何が必要かも不明だ。この冬の間にもう一回ぐらいやれないか、交渉しておいてやる。それで必要な物を揃えたらだ」
「そうだね。まだ今はマシだと思うけど、冬や高山だとどれぐらい冷え込むか、戸野原さんに体験して貰って、良い物揃えるの手伝って貰った方が良いかも。今日しっかり、冬装備の話しておくね。寝袋一つでも、夏山と違うからね」
すげなく不許可を出した戸野原に、カイが補足する。春久ですら、秋やら早春のキャンプを経て、順番に冬キャンプに備えて行ったのだ。冬の夜明けは結構冷え込む。
「判りました。秋津さんがそう言うのなら」
「しっかり聞いておくし、次の時にはテントの設営から撤収まで全部一人でやるんだぞ」
「判った。秋津さん、帰るまでに手伝えることがあったら手伝う! 後、冬の星空の勉強もしてきたんで、次の時は実際に見たいんでよろしくお願いします」
「もちろん」
カイは快諾し、戸野原は「秋津君に対してだけは素直だからなぁ」と、苦笑しつつ呟いた。




