新しい友人
今日のメインは、前回約束していたサンマの塩焼きだ。副菜がカボチャの煮物。それと一緒に、クッキーに使わない分のタマゴを使っての料理。ちなみに、クッキーもカボチャ味らしい。
「ハルさん、卵焼き、砂糖入れてもいい?」
「お断りだ」
「じゃあ、オムレツにする」
冷蔵庫をごそごそ。
「カレーはまだ残ってる?」
「いや。食った。カレールーは新しく買ってきている」
「オッケー」
それは、またカレーを作っておいてくれという、暗黙の催促だった。他の料理の間に野菜を煮込んで、食事が終わる頃に火を止めてカレールーを入れ、放置。翌朝には野菜が煮溶けるようなカレーが出来ている。いつもカイが作っているのを見ているから、春久も作れるようにはなっているけれど、そこはカイの楽しみだと、任せておくことにしている。
「今年もまた、クリスマスパーティするか?」
「ケーキ有り?」
「そうだなぁ。男三人じゃあなあ」
「三人?」
違和感だったのか、聞き返してきた。カイの頭の中ではカイ、春久、戸野原、垣内の四人だろうから。
「垣内とは一年近く連絡を取ってない。もうすぐ年賀状の季節だろう。なのでどうしようかと思っているぐらいだ」
ずっと言い出せなかったけれど、これ以上黙っているわけにもいかない。だから正直に話した。もちろん仲違いの理由は話せない。
「毎年出しているのなら、今年も出した方が良いと思う。だってハルさん後悔したくないでしょ? ハルさんが出して垣内さんから来ないのは仕方が無いって思えるけど、垣内さんから届いてハルさん出してなかったら、絶対に後悔するよ。一年空いてしまっても、ハルさんは垣内さんと友達でいたいよね」
ぽりぽりと頬を掻くしかない。確かに垣内と友人でいたいと思う。けれど、子どもの出産のことも、カイに土産を渡したいからまた連絡すると言ったことも、垣内から来るはずの連絡が無いことで、春久も連絡すべききっかけを見つけられずにいる。一年ぶりのクリスマスパーティ、呼んで、断られたらますます連絡しづらくなるだろう。
「断られたら俺が慰めてあげるよ」
「なんだ? 膝枕でもしてくれるのか?」
途端にカイが固まった。
「あ、悪い! 軽口が過ぎた」
「ひ、膝枕は無理だけどっ! 頭撫でるぐらいなら慣れたっ! でも、ハルさんは、それよりも美味しいご飯が良いんだよねっ! に、肉じゃが作ってあげる!」
焦るカイが可愛いと思うのは不謹慎だろうか。
「肉じゃが良いな。そうだな。だったらそれのために連絡してみるか」
「垣内さんと仲直りできたら無しだからね」
「いや、それはない!」
春久の悲鳴に、カイが柔らかく笑う。やっぱりその笑顔に癒やされる。
垣内に、十二月にクリスマス会をするので来ないかと、メールを書いた。返事は数日経ってから、今回は無理だと書かれていた。カイにそのまま、結果のメールを知らせた。
「垣内さん、調整してくれてたのかもしれないよ。それで日程的に無理だったのかも。詳しく書くとハルさんが気にするかもしれないって思って。頑張ったハルさんへのご褒美は、次に行ったときに肉じゃがだね」
カイのメールほどでは無くても、少しでもそう書いてくれれば、春久も納得出来たのに。年賀状は作っている。出すべきか、出さない方が垣内の負担にならないのか。
いや、出そう。今回出して。このまま縁が切れれば、数年後に春久が再び異動になって引っ越ししたときに、新住所を伝えないだろうだけの話だ。
「戸野原さん、今年は冬キャンプにしませんか? 十二月だから少し寒いので、俺とカイは泊まりになると思いますが、戸野原さんがどうするかはお任せします。奥さんと子どもさんはディキャンプで、戸野原さんだけ泊まりもありですね。日程的には、十二月の始め。料理は、昼間はBBQと持ち寄り料理で。夜は何か作ります。カイが」
電話で予定の確認をし、戸野原とは喫茶店で落ち合って話をする。カイとは、基本メール時々電話なので、どうしても時間が掛かるが、その点戸野原とはすぐに話が付くので、予定が付けやすい。近場の利点とでも言うべきか。
「ははは。秋津君も、すっかり丹波専門のシェフだな」
「シェフじゃなくて猫です。あいつが猫だって事は、最近になって判りました。触ろうとすると逃げます。放置しておくと、教科書持って寄ってきます。向こうから触ることは、絶対にしてこないですけどね。うちのソファーとキッチンを居場所にしてます」
「はっ、ぷ、くくく……」
笑いが漏れて、戸野原は急いで自分の口を押さえた。そこまでツボに入るようなことを言っただろうか。
「そうか。秋津君は秋津じゃなくて猫か。確かにそうかもな。俺が彼を知ってもうすぐ二年になるが、確かに猫だな。なかなか気を許さない分、懐くと素直だ」
「戸野原さん」
「まあ、そうだなぁ。垣内君と仲違いでもしたか?」
いきなり核心を突かれた。何の話の弾みだろう。まあ、それが戸野原なのだけれど。
「そうです。戸野原さんにはお見通しですね」
「きっかけが有ればまた元の鞘に収まるだろう。向こうも忙しい時期だってことだよ。仕事か家庭か、その両方で」
「そう思うことにしました。なので、男三人でパーティも、と思って、荷物満載キャンプにしようかと。晴れると良いんですけどね。夏とは違う星座だからカイは喜ぶんですけど、山の上じゃないので、そこまで綺麗には見えません」
「何事も経験だろう。嫁さんに話しておくよ。ああそうだ。もし良ければ、だが、夫婦一組呼んでも良いか? 子どもはうちの子たちより少し小さくて、三人とも小学生だ。うちの子を兄ちゃん呼びしてるから、秋津君にはまとわりつかないと思う。奥さんは小学校の先生で、公務員夫婦だ。お前たちがオッケーなら声を掛けてみる。バイクは乗らないが、うちに遊びに来たときに山の上のキャンプの話が出て、奥さんの方が興味津々だった」
「返事は数日待っていただけますか? カイに確認取らないと。あいつ人見知りだから」
「もちろんだ。彼が駄目そうなら、うちとそっちで、オッケーなら五人増える。子どもたちは全員返して、男四人で夜更かしでも良いぞ」
「はは。そうですね。カイはケーキで釣っておきます」
「ああ、ケーキ、うちの嫁さんに作らせるよ。彼が作るホットケーキも楽しみにしておく。来年夏の話だったが、折角だから半年前倒しで」
「了解です。そのことも話しておきます」
「じゃあな」
戸野原と別れて家に戻りつつ、増えるという奥さんの職業は聞いたが、旦那は? 公務員夫婦、……ああ、戸野原が今も付き合っているもう一人の警察官のことかと、思い至った。戸野原と家を行き来できるレベルでの付き合いなら、カイが人見知りであることと、パーソナルスペースが広いことをきちんと伝えてくれるだろう。そして、カイの事情を知れば気遣ってくれる人たちだろうからこそ、戸野原は彼らもと口にしたのだろうから。
「インナーテントの中でころころしてても良い?」
ごろごろじゃなくてころころらしい。子犬か? お前は猫だろうと、つい、心の中で突っ込んでしまった。
「お前がダメだと思ったらそれでも良い。学校では普通に会話も講師への質問もできるだろう? その延長ぐらいに思っていれば良いんで、無理に話を合わせる必要もない」
「判った。ありがと」
「ケーキは戸野原さんの奥さんが作ってくれるらしいので、お前はホットケーキの方な。要るものをメールで送っておいてくれ。買っておく」
「了解」
「戸野原さんにはOKと伝えて大丈夫か? お前がインナーテントの中でぷすぷす言ってるのはデフォルトだと言っておく」
「ぷすぷすって何! 燻ってる薪!」
「猫だろう。猫はぷすぷす言うんだろう」
燻ってる薪とは、それも有りかも知れないと、密かに微笑んだ。
「普通の猫は言わないっ! それは病気で鼻づまりの猫だっ!」
「え? そうなのか?」
「ハルさんには猫を飼う資格無しっ!」
「お前は飼ってるのか?」
「飼ってないよ。飼いたいけどうちの親がダメだって言うし。だから猫はぷすぷす言わないからねっ!」
「じゃあ、隅っこでテントひっかいてがりがり言わせるのか? まあいい。戸野原さんも、そろそろお前の交遊範囲を広げても良い頃だと思ったんじゃないのか? 少なくとも戸野原さんや俺が居れば、逃げ場は有るだろう。大体、戸野原さんの友人なら、お前も安心できるだろう」
「判った」
「オッケーしておく。料理の材料については戸野原さんと適当に相談しておくんで、早めに必要な物だけメールで送っておいてくれ。聞いてもピンと来ないものは忘れるからな」
カイとは笑って電話を切った。
「初めまして。大塚です」
「丹波です。よろしくお願いします」
「いいな。仕事の話をした奴は罰が待ってるからな」
戸野原がそんなことを言い出したから、相手の事を聞くことも、春久たちのことを聞かれることも、なくなった。
「学校の話は?」
「中学校や小学校の事なら大丈夫だろう」
「剣道は?」
「剣道なら良いぞ」
戸野原は大塚の子どもたちの頭を撫でている。そんな姿を見ていると、戸野原は今も少年課に在籍中ではないのかと思ってしまうぐらいだ。
「それから、一人テントに籠もってるが、多分、もう少しして雰囲気に慣れたら出てくる」
「了解です」
「丹波。昼間はBBQと持ち寄りだからな。適当に運んでいれば、出てくるんだろう?」
「多分。テントの中を整えるのを理由に、籠もってるだけなので、デザートの頃には」
「ははは。だそうだ」
「秋津の兄ちゃん、テントの中は後にして、先に食べよう。父さんが肉奮発してくれたんだよ。一足早いクリスマスだって」
戸野原の兄弟はカイに一緒に食べようと、声を掛けている。春久も二人の肩を叩き、自分たちのテントに入った。
「カイ。出てこい。大塚さんの奥さんには、戸野原さんが注意してくれた」
インナーテントのファスナーが開いた。カイはまだべそべそしている。
「怖かった」
「そうだな。止められなくて悪かった」
大塚の妻は小学校の教師をしているだけあって、垣内よりももっと、パーソナルスペースが狭かった。今日のキャンプに参加出来て嬉しかったのだろう彼女は、自分の子どもたちを放っておいて、カイと春久に突進してきた。相手は挨拶というか、握手を交わして肩を叩くぐらいのつもりだったのだろうが、カイが逃げた。
大塚が止めてくれて、戸野原の妻が相手を宥めた。
「子どもなら尚更スキンシップをしてあげないと」というのは「精神的には小学生ぐらいだから、子どもたちと話が合うだろうと言われただけで、一人前の社会人だから」と、大塚が。彼女はいつもこんな感じなのだろうか。
「一応、ちゃんと社会人しているんで、普通の距離感なら大丈夫なんですよ。ただ、一度怯えさせると、距離が開きます。距離が開くと縮めるの苦労するの俺なので、手加減していただけるとありがたいです」
そうやって言っておいたから、大丈夫だと、カイの腕を引っ張って連れ出した。
「秋津さん、肉食って。俺たちもクリスマスの分だって言われたんで、今日しっかり食うんだから。後、母さんがケーキ焼いてきた。イチゴと生クリームたっぷり使った奴。俺たちも手伝ったんだ」
戸野原の長男にそうやって言われ、大きな皿に肉や野菜を載せたものを渡されて、カイははにかんだように笑う。
「秋津君、改めて大塚君だ。彼も泊まりだ。うちのテントを貸すから、四人で泊まる。夜の食事は残り物で、足りない時は適当に作るんで良いよな」
戸野原に紹介されて、大塚が頭を下げた。それを見てカイも、少しだけ春久の後ろから出てきて、同じく頭を下げた。
「判りました」
「んで、悪いが明日の昼前に、俺と大塚君をうちまで乗せてくれ。丹波に運転させれば良い。ということで、大塚君、飲んでも大丈夫だぞ。丹波は飲むなよ」
「飲みますよ。今夜は熟睡する予定です。なにせ待機……」ゴホンと咳払い「呼び出される心配が無いはずなので」
戸野原がニヤニヤと笑う。
「惜しかったな。もう少しで罰ゲームだったのに」
「罰?」
「そうだよ。今日は仕事の話をした奴は罰ゲームで、丹波にはケーキを食わせようかと」
「勿体ない。奥さんのケーキ絶対に美味しいのに、食べない人に食べさせるの勿体ない」
「だったら、秋津君の料理をお預けが良いか?」
「それは俺が反対します」
「本人が反対するぐらいだから、罰には丁度良い」




