隠し球
料理は食べ尽くした。戸野原が毎回のように奮発してくれるかたまり肉も、焼けたところからそぎ切りにしてくれ、レタスで巻いて食べた。カイが作ったダッチオーブンのチーズ料理も旨かった。もちろんオムライスもスパゲティも綺麗に無くなった。
「カイ、いつ食う?」
そう言ってケーキを出してやった。テーブルの上に載せて箱から出すと、緑色と白の塊。
「おお? 綺麗な緑だな」
「抹茶ケーキです。以前生クリームで作って貰ったケーキ屋の。スポンジも抹茶を使ってるそうです。それから、誕生日プレゼントだ。玉露だ」
「ありがとう!」
「ははは。渋いプレゼントだな」
「そう思ったんですけど、カイのお茶好きは徹底しているので」
言いつつ、もう一つ箱を出してきた。
「何?」
「携帯用茶器セットだ。探しても抹茶用とか中国茶用ばかりで、お前の気に入りそうなのを見つける方が大変だった。ま、お前の喜びそうな顔を思えばそれも楽しかったけどな」
「良いの?」
「良いから出してるんだ。茶葉は今度は、戸野原さんに貰えよ」
「もう、ハルさんは」
カイの呆れた顔。笑えているなら大丈夫だ。
「もう、隠し球持って無い? 出すのなら今のうちだよ。明日になったら驚かないからね」
思わずツボった。戸野原も口に拳を当てて笑っている。本当に可愛い奴だ。
「無いよ。これで全部だ。安心して礼を言って良いぞ」
「判った。ありがとう!」
春久はとうとう吹き出し、戸野原も、戸野原の妻も笑っている。この素直さに癒やされる。
「何?」
「何でもない、何でも。ケーキ切り分けるんだろう。俺と戸野原さんはほんの少しで良いから、後は四人で分けろ」
「ええ~。ハルさんにもたっぷり食べて貰う」
「次からケーキ無しな」
「それはダメ」
今度は子どもたちも含めて、全員で笑っていた。
結局六等分されたケーキ。戸野原は妻に半分以上渡していた。春久もそれを真似て、カイに半分以上。それもクリームのたっぷりの外側部分を渡した。その上で、かなり濃いコーヒーを手元に置いた。
「思ったより甘さ控えめだ。うん。これも美味しい」
カイの言葉に、春久もスポンジ部分を口にする。確かに甘さ控えめ。けれどやはり甘い。
「俺はお前のクッキーぐらいが丁度良い。来年はチーズケーキにしてやる」
「やった。でもハルさん、あれも本当はかなり甘いんだけど大丈夫?」
「甘くないケーキは? ホットケーキで良いか?」
「ははっ。それぐらいなら自分で作れるから、食べるの付き合ってくれるのなら、それでいいよ。来年はホットケーキミックスとタマゴをよろしくお願いします」
春久は戸野原を見た。彼も肩を竦め
「それならうちは、嫁さんが秋津君用に小さなケーキを作ってくるのでどうだ? 来年は二人とも高校生になっているから、気兼ねなく遊べるだろうしな」
「奥さん、ケーキ作れるんだ」
「若い頃は作ってたわね。でも、秋津君なら作れそうじゃない?」
「うちは……父親が男が台所に入るの、いい顔しないから。でも、さすがに食べないハルさんちで作るのも、申し訳無いから」
「秋津君、丹波を甘やかせること無いぞ? それぐらいなら食うんだろう? 丹波」
「……生クリームを使っていない奴なら、付き合う」
そう、言うしか無いだろう? 戸野原ににやりと笑われてしまえば。
「いいよ。ハルさんはクッキーに付き合って貰ってるから。戸野原さんの奥さんのケーキ楽しみにしてます。一年後のキャンプも」
「そうね。来年もまたここでキャンプしましょう。うちの子たちももう少し料理できるようになってると思うわ。ダッチオーブンも買いたいって言ってるし」
戸野原が頭を掻く。また出費が増えると言いたそうな、仕方が無いなと、少し苦笑込みで。でもまあ、戸野原も家庭第一だ。だからきっと、この夏中に入手しているに違いない。
ケーキまで食べ終わって、順番に風呂に入って。火消し壺に炭入れて片付け、冷えた焚き火台をドームテントの真ん中に置く。
「おお、確かにこれなら、互いのプライバシーも荷物も守れるな」
一緒に荷物を運んでくれた戸野原が、テントの中、両端にインナーテントを張っているのを見て、そう頷いた。この距離が有れば、カイの負担にならないだろうと、それも言外に含んでいる。
「長辺の両側に入り口が有るので、メッシュにすると風が通り抜けます。でもって、夜中は入り口前に荷物を置いて、誰かが進入してきたら躓くようになってますから。まあトイレに行く時は足下注意ですけどね」
「二人で話すときは? 端から端へと声を掛けるのか?」
「真ん中にテーブル置いたり、冬はストーブ付けたりしましたね。中毒が怖いので電気でしたけど。簡易湯たんぽで寝袋の中は暖かかったですよ。焚き火台で炭だけ燃やして、お湯を沸かして。床が冷たいのは、毛布を敷けば、近くで話も出来ます。家族で話すには持ってこいだと思いますよ」
「まあ、うちは普段から顔を合わせているから」
「それでも、焔を見ながら話すと、なんだか、しんみりしますよ。息子さんとやってみてはどうですか?」
「そうかぁ。そうだなぁ。下の息子と進路の話でもしてみるか」
「是非とも」
「ところで今日は星を見ないのか?」
「見ますよ。流星群は終わっているようなんですけど、折角の晴天ですしね。ひとまず片付けだけしておけば、眠くなれば寝袋に直行すれば良いだけなので」
「そうだな。だったら、さっさとやってしまうか」
「お願いします」それからカイのインナーテントに向かって「荷物の大半入れたんで足下気をつけろよ。それから、LEDは消すから、オイルランタンの用意頼む」と声をかけた。
「判った」
自分の寝床の用意をしていたカイが、テントから出てきてオイルランタンに火を付ける。春久も殆ど片付いたのを確認して、自分の寝床をセットするためにテントの中に入った。と言っても、大物は出しているので、充分膨らんだインフレータブルマットの上に寝袋を用意して、貴重品の入った足下の荷物を再度確認するぐらいだ。
「満天の星空~。まだちょっと雲が多いけど、夜半には晴れ渡るって言ってたし。日頃の行い?」
「言ってろ」
額を押せば、倒れそうになったカイが、額を押さえて唇を膨らませる。
「お前のための晴れてくれたんだよ。堪能していろ」
「判った」
「ただし、寝るなよ。寝たらテントの中に抱き上げて運ぶからな」
「それはヤだ」
「戸野原さんも自分の息子を抱き上げるだけの体力有るから、三人とも安心して寝て良いぞ」
春久の言葉に、戸野原の息子たちまで「ええ~」と声を上げる。見守っている戸野原は笑っている。
「今日は忘れずに持ってきた。星座板。これなら星座の場所判りやすいからね」
カイと戸野原の息子三人が、頭を寄せ合って空を見上げている。星座板も空に向け、星の位置を合わせて、どこにどの星がと口々に話す。カイが楽しそうで良かった。笑っていられる。
春久は椅子に座ってビール。戸野原は同じく椅子に座って炭酸水。戸野原の妻はシートに座って黙って子どもたちを見ている。寝転がっていたカイはいきなり立ち上がって、先ほど湯を入れていた水筒から、お湯を取っていつものカップに緑茶を作った。春久の渡した茶器セットの出番はまた今度らしい。
「お前たちも何か飲んでおけよ。砂糖の入って無い奴だぞ」
「父さんは何飲んでるの?」
「強炭酸だ」
「じゃあ同じの」
「ほら」
皆、それぞれの姿勢でそれぞれの飲み物を片手に、星を見ている。
「あ、あれ、UFO?」
「本当だゆっくり動いている」
「人工衛星だよ。あっちのあれは、飛行機、国際線だね。高く飛んでる」
「ピカピカしてる奴?」
「そう」
「へぇ……」
戸野原の妻は、戸野原に言われてテントに戻った。戸野原の次男が一番に寝た。戸野原は苦笑してそれを抱き上げる。長男はそれにくっついて、目を擦りながら「お休みなさい」と声を掛け、テントに入っていた。受験勉強では遅くまで起きていても、こんな風なゆったりした時間の中では、睡魔に勝てないようだ。
「俺も寝るからな。お休み」
「お休みなさい」
戸野原の宣言にカイが返事をし、春久は頷き返した。
「で? お前はまだ眠くならないのか?」
見ればカイは、ぱっちりと目を開けている。
「ん……。今日は本当に楽しかったし嬉しかった。なのでちょっとだけ寝付けない。ハルさん、いろいろありがとうね。まさか携帯用茶器セットまで出てくるとは思わなかった」
「まあ……コーヒーセットの代わりだ。いろいろ便利に使わせて貰っているからな。形に残るものを送りたかったんだ」
カイに貰ったコーヒーミルとサイフォンのセット。毎日のように使っている。だから同じようにお茶セットと思ったのだけれど、なかなか気に入るだろうものが見つからなかった。もちろん自分の趣味と合わなくてもカイは喜んでくれるだろう、それは判っている。だからこそ、本当にカイに合いそうなものを探したかったのだ。ちなみに、抹茶セットなら旅行用でもあったのだが。この場合、カイに日本茶じゃなく茶道を習えと言うべきだっただろうか。
急須に茶こし、茶筒、そして湯飲みが二客入ってある程度小さくなるセットをなんとか見つけた。色は茶の色が判る白。気に入ってくれてホッとした。




