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ファンシーな調味料入れ

 「丹波、お前、食器要らないか? あまり揃ってないだろう」

 戸野原からそんな連絡が入ったのは、連休終わりの平日。確かに揃ってはいない。十二月の早めのクリスマス会では、あった食器を片っ端から出したので、不揃いの物も多かったし、代用した物も。

 「この連休にうちの田舎を片付けに行ったら、食器類が結構出てきてな。それも箱に入ったままの奴だ。使うなら譲るぞ。まあ、多すぎても次の引っ越しで困るだろうから、お前が必要なだけ」

 「ありがたいですけど、戸野原さんは?」

 「うちは一通り揃ってるよ。息子たちが出て行ったらますます使わない物が増えるかもだしな。今から増やす気は無いんだ」

 「あ、ではありがたく」

 「一通り持っていくんで時間のあるときに好きに選んで、要らない物は返すでも、どこかに寄付をするでもして良いぞ」

 「判りました。助かります」

 だったら、カイが来ているときに一緒に選べる。

 「あ、そうだ。その中に調味料入れってあります?」

 「あったと思うが。何が要るんだ?」

 「砂糖です。うちに常備していないんですけど、カイが使うので、ケースをと言われていて」

 「ちょっと待ってろ」

 電話が保留にされた。奥さんと話をしていたのだろう、すぐに「あるそうだ。ちょっとばかり可愛いらしいけどな」と、教えてくれた。

 

 春久が家にいる時間帯を見計らって、戸野原が息子と一緒にいろいろと運んでくれた。高校入学祝いに少しばかり小遣いを包めば、本人が喜んでくれた上に、戸野原からも礼を言われた。世話になっているのは春久の方だというのに。

 「今度カイが来たときに、夏のキャンプについて相談しようと思っています。希望の場所はありますか?」

 「あの山の上、もう一度行きたいです!」

 戸野原の長男が、意気込んで答えた。

 「あの星が凄くて、写真部に入ったんですよ! カメラに残したいって思って! 今は部の小さなカメラしか触ってないけど、いつかでかいカメラを抱えて、世界中を旅したい! 南半球の星座とか、高山の星座とかって思ってたら、まずは山に登る体力付けないとって父さんに言われて、学校とは別に、走ったりしてます」

 「へぇ。それは凄い」

 

 「俺が剣道やっていたことを知ってる先輩や同級生からは、剣道部に入れって言われたりしてますけど、剣道は好きだけどそこまで夢中になってるわけじゃないし、一応高校入学して道場通いを再開したんで、それで良いかなって思って」

 「確かにそれもありだね」

 「なので、あの星空また見たいです!」

 「うーん。俺の休みが決定してからで、天候に必ずしも恵まれるわけじゃなくて、それでも構わないならって条件になるけど」

 戸野原が自分の息子の頭を撫でる。

 

 「キャンプの経験値になるから、それでもいい。雨の中でもテントを立てて料理をしていれば、一気にスキルが上がるだろう? 秋津君みたいに一人で完結できるようになれば、大学で山岳部に入って、カメラ担いで山行きだそうだ」

 「そこまで考えているんだ。壮大な計画だね」

 「去年、丹波さんや秋津さんにキャンプに誘っていただいたお陰です。これからもいろいろ教えてください! あ、バイクの免許も取っていいって、父さんから許可をもぎ取りました。もちろん、高校の時には乗らないんですけど」

 「そうだね。スキルを知るのは良いことだ。無茶をして怪我をする高校生とかも多いからね。どうすれば危険かを知っているだけでも、違うと思うよ」

 「生活指導を受けるようなことはしないという約束だ。そんなことになったら、丹波に補導されるぞと言えば、絶対にそんなことにはならないと言い切ったんでな。ま、乗らないことを条件に免許取得ぐらいはと、男の約束にしたんだ」

 「さすがですね」

 戸野原親子は、夏の山頂キャンプの約束をして帰っていった。ま、良いかと。次の時は春久とカイも車にすれば、ダッチオーブンほかの料理も作れるし、あの大きなテントの出番もあるかも知れない。ああだけど、戸野原の前だと、別々の方が良いか? それもカイと相談しよう。

 

 カイが泊まるときは、ショッピングモールの駐車場が待ち合わせ場所だ。そのまま少しばかり足を伸ばして、昼食を食べて家に戻る。いったん家に戻って、今度は春久の車で大型スーパーへの移動だ。

 今回はその前に、戸野原から貰った食器類や調味料入れを見せる必要がある。それで気に入れば良し、気に入らなければ買い直しだから。

 「綺麗だね。女性らしい柄だけど、ハルさんが問題無ければ充分」

 昔の物だから、どうしても料理はキッチンは女性の居場所で、華やかな色柄になっている。カイはそれには頓着せず、有るのならそれで充分だと言う。まあ、春久がそれを他人に見られるとすれば次の引っ越しの時? いや、引っ越しの時にはすぐに箱に入れてしまうから、戸野原や垣内が来たときぐらいだ。だったら、問題無い。

 「塩入れもセットだ。ハルさん、塩はタッパーに入れてるだけだよね。これも使おう。うちは既に有るから、こういったのを新しく下ろしたり揃えたりするのも新鮮で楽しい」

 カイが喜んでいるのなら、水屋が少々ファンシーになるのは許容範囲か……。

 

 「そういえばハルさん、スポーツドリンク飲むよね?」

 「そうだな。走って汗をかいた後は忘れずに水分補給として」

 「あれ、砂糖の塊だからね」

 「は?」

 「水に砂糖と塩を少し入れればスポドリの代わりになるんだよ。だから、普段使いの砂糖も塩も、ミネラルの含有量とか選んだ方が良いんだよね」

 カイは砂糖の棚の前で顎に指を置いて悩んでいる。清涼飲料水は糖分が多いので、幼いときからそればかり飲ませていると肥満の原因になるという話は、聞いていた。スポーツドリンクも、よくよく考えれば清涼飲料水か。抜かった。

 「今日は甘酢あん掛けの料理にしよう。豚肉が良いかな。片栗粉はまだあるよね? 使った?」

 「いや。お前の作ってくれた料理は食ったが、自分で料理はしていない。その暇が惜しくて外食ばかりだ」

 「ポテトサラダと、豚肉と、少し早いけど初夏の野菜も出ているし。葉物野菜も良いかも。ご飯は仕掛けてきたから、ご飯に合うおかず。ああ、ベーコン買って、明日の朝食はベーコンエッグかなぁ。厚切りベーコンは美味しいよねぇ」

 「適当に買って良いんで、出来た物を冷凍しておいてくれれば助かるんだが」

 「おっけー。多めに作る」

 ここは頭を撫でたいだろう? 触れるぐらいは大丈夫だろうけれど、触る、になると拒絶される。ふれる、と、さわる。同じ漢字のくせに、とても遠い言葉だと思う。

 「ああそうだ。ラップと袋だ。いつもたくさん使ってるから補充しておかないと」

 袋で思い出した。袋に小分けしてくれていた食料。

 「あの、野菜ごろごろのカレーも旨かった。そのためにわざわざ飯を炊いて、解凍したカレーを掛けて食べたぐらいだ。まあ、飯を炊くだけだから料理には入らないけど」

 にひっ、とカイは満足そうに笑う。

 「じゃあ、ハルさんの為にそれも作っておいてあげよう。サイコロステーキ用の肉かなぁ。本当はすじ肉が美味しいんだよね。しっかり煮込んで、カレールーを入れるのを明日にすれば」

 「期待しておく」

 「おっけー」

 

 「カイ」

 肉を選んでいるカイに声を掛ける。

 「何?」

 振り返りもせず返事をするのは、春久の前では気を許している証拠だ。背後を取られても安心している。

 「夏のキャンプ、昨年の夏キャンプと同じところだ。戸野原さんの長男がそこを希望している。行くのは戸野原さん一家と、お前と俺になる。それで予約を入れて良いか?」

 「垣内さんは良いの?」

 問われるよな。問われて当然だ。

 「今回は止めておく。前回のあいつの奥さん、子どもから目が離せなくて神経張り詰めていたし、おまけに奥さんが妊娠しているって話だっただろう? 今頃乳飲み子抱えて大変なはずだからな」

 そう言えば、生まれたという連絡も無かった。生まれたのかと聞くのもおかしいだろう。乳幼児の死亡率が低くなっているとは言え、万一のことだって考えられる。それを無責任に声を掛けられるはずが無い。無事に生まれていれば二月か三月。半年前に集まって飲んだときも、子どものことは話さなかった。あれだけ子煩悩な垣内が。奥さんの友達の話は持ってきたけれど。

 「そんなときに、長男は自分が連れて行くとしても、残りの子ども二人放り掛けて遊びにも行けないだろうし。誘うとしても、来年だな」

 「そうだね。判った。じゃあ、戸野原さんちとハルさんと俺、六人でつつける料理が良いかな」

 「この間のダッチオーブンの奴。アレを作って欲しい。ジャガイモとタマネギなら年中有るだろう?」

 「ハルさん好きだよね、あれ。良いよ」

 それからカイはニッと笑う。

 「クッキーの材料も買って良いよね?」

 「そういう約束だからな」

 「ハルさん、ナッツのアレルギーは無い?」

 「無いよ」

 「了解」

 

 土曜日の夜と日曜日の昼間の時間を使って、カイは大量の料理を作ってくれた。これからは食中毒の季節なんだからきちんと火を入れることとか、早めに食べきることとか、冷蔵庫を過信しないこととか、いつもの細かな注意付きで。

 その合間に、戸野原がくれた食器類はほとんど棚に収まった。調味料入れの、男の一人暮らしには少しばかりファンシーな一角ができあがったけれど、基本的に春久が家でゆっくりしている事はないので気にならない。

 それから、カイの「砂糖は必須」の意味も判った。甘酢あん掛け。砂糖、酢、醤油。それで野菜や肉の味を付けて最後に片栗粉でとろみを付けた物。旨かった。試しにと、ほんの少し、みりんと酢、醤油で作った甘酢と、それに砂糖を少し加えた物と、二種類のたれを作って味見をさせてくれた。味が全然違った。味がまろやかになったというか、甘みがハッキリしたというか。砂糖も大事だとカイが力説していた意味も判った。自分から使おうとは思わないけれど、カイが使うのならきちんと用意しておく。

 あと、今回の三杯酢の主役はアジではなく(生の)サーモンだった。いつもと違って醤油の色が薄かったのと、唐辛子ではなくわさびの味がした。そのまま白いご飯に載せて食べれば、酸味が付いているのはサーモンのはずなのに、何故かサーモン寿司の食感だった。

 「ウマ……」

 「お刺身の良いのがあって良かったね。今度は漬け丼作ろうか?」

 「この間の店で食った奴?」

 「そ。あれを作ってみたい。美味しいよね」

 「確かに。でも、あれなら食いに行くぞ? お前が料理を作るのが楽しいのは知っているんだが、俺もお前に奢って旨そうに食うのを見るのも楽しいんだ。俺のストレス解消だからな」

 「じゃあ、今度泊まりでツーリングに行く? 朝食付きのホテル取って、夕食は地元のお店で食べるのもありだよね。朝はホテルで取る方が手間が無いし、早くからモーニング食べるためにうろうろするぐらいなら、さっさとご飯食べて走りたい」

 「ああそうだな。それに六月の車中泊旅行もあるしな。その時の楽しみにしておこう」

 「賛成」

 楽しい。カイとこうやって顔を突き合わせて笑っていられることで、仕事の重責すら何とかなると思えるのだから。

 

 「その車中泊の時までに、夏の休みは決まっていると思う。後、テントをどうする? ダッチオーブンを持っていくならどうせ車だから、あのドームテントを持っていくか? 前後入り口をメッシュにすれば、風も通るし荷物を入れておくにも丁度良いだろう?」

 「あーそうだよねぇ。あの真ん中に全部の荷物を入れられるのはありがたいよね」

 外に置きっ放しも夜露や急な雨に濡れるし、かと言って片付けるたびに車に入れに行くのも。特に焚き火台など、完全に冷めるまで車に入れられない。だったらテントの中に入れておくのが防犯上も安全だが、今の春久とカイのソロテントでは、それらを入れるには前室が狭い。

 最後までキャンプとツーリングの話をして、カイは帰った。春久も出勤の支度だ。

 最近は丸々二日休みが取れなくなってきた。キャンプの日には必ず二日休めるようにしたい。せめてキャンプから戻った二日目は、そのまま家で眠れるように。となると、タイミング次第では、土曜の朝まで仕事で、キャンプ地までカイに運転を任せてグースカ寝ていることになるのか? それはそれで情けないではないか。なのできっちり金曜の夜から月曜朝まで休みを確保せねば。


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