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管区出張

 朝四時起き。五時始発の列車に飛び乗り、二時間掛けて管区へ。駅からはタクシーで移動すれば、研修受付開始の八時までには余裕を持って到着できる。もちろんそれは、不測の事態が無いという絶対条件の上に成り立つものだから、前日中の移動が望ましい。判ってはいるが、大学とカイを優先するに決まっている。

 

 新警部補研修。本来なら一年前のこれを、春久も受けるはずだった。それが半年ズレて昨年九月。逆に半年前の体験だから自分がやっていたことも思い出されて、あれはこういう意図かと新しい気づきもある。一応講師の助手という形で講習の教室内、たまに室内を歩いて回りつつも、話に耳を傾ける。

 「午前の講習はこれで終わる」

 「起立! 敬礼! 直れ! 着席!」

 号令も春久の役目。講師が出て行けば前に出て、教壇の前に立ち

 「これから食堂に案内する。今日は全員で一斉に向かうが、明日からはグループ単位の行動となる。昼一時には講師が来ている。決してそれより遅れないように」

 全員を見回す。

 「返事は!」

 「はい!」

 春久が前に出るときに、代わりに音も発てず後ろから入ってきた管区の教官。受講者たちは気づいていないだろう、そんなところも全て見られているのだ。もちろん、半年前の春久も気づいていなかった。

 「では。右から順に廊下に出て、すぐに二列になって移動。付いてきて」

 「はい!」

 食堂に案内して、グループに別れて座るように指示。班ごとに食事を取ってくる。中には気を利かせて、班員全員分の飲み物を用意する者もいる。

 春久の席は別だ。講師たちと同じ場所。

 「様になっているじゃないか。日々係長たちを怒鳴りつけているのか?」

 「怒鳴りませんよ。うちは班長や係長がフォローをしてくれているので、頭が上がりませんから。でも、一日も早く、課長の留守を任せられるぐらいにはなりたいです。そうすれば課長も、会議の後とんぼ返りしなくても済みますから」

 「優しいねぇ。で、今回は土産は要らないのか? 前回のクッキーを作ってくれた奴に」

 「夜間外出禁止が無いなら、その間に探してきます」

 「まあ、お前は向こうじゃないから、それは大丈夫だ」

 向こうとは、受講者側。

 第一カイのクッキーは見つかっただけ、だ。夕食の後、食堂の隅を借りて、貰った資料を調べつつコーヒーを飲み、そのお茶請けにクッキーを引っ張り出して食っていたところを。

 カイの手前、格好をつけて少し多めに取ってしまった部分もある。なので減るのは勿体ないのが半分、無駄にせずに済むと安堵が半分だった。

 

 マラソンには参加しなくても大丈夫だと言われた。その間自由時間にして、所轄との連絡を取ることも、外出すら。けれどここに居ると、完全に走り込みが足りない。なので所轄から緊急の連絡が無い限りは、受講生に交じって走る。

 「やっぱり警部補なら若手と一緒に現場を走っていくら、だよなぁ」

 「あれなら刑事部でも行けるだろうに。勿体ない」

 「今以上に不規則になるのが困るんだと。デスクワーク特化ってことじゃないらしいんだが。勉強の環境が欲しいらしい」

 「確かに勉強熱心だ。今までも手伝いは居たが、大抵不承不承だからなぁ。一緒に走る奴なんて居たか?」

 「十何年か前には。あっという間に警部どころか警視クラスに昇格して、手伝いにも来られないぐらい忙しくなったらしいけどな」

 「いや、警視クラスになると、ヘタすると管区より上だろう」

 「ま、そういうことだな」

 「そりゃ手伝いに来いとは言えないな」

 まさかそんな話のネタにされているとは知らない春久は、自分より年上の新人警部補たちと一緒に運動場を走り回っていた。


 「あっつぅ」

 まだ四月。桜は散ったとは言え、肌寒い日もあってしかるべき時期だ。その時期に、汗をだらだらかいて大息を吐いている。

 「丹波」

 「はい!」

 「お前今日はもう上がれ」

 「え? 宜しいんですか?」

 「一番年下のお前が走り回っていると、年上の連中はオーバーワークでひっくり返る。マラソンのペースを落としたいが、お前はそれだと、体力有り余るだろう。外を走ってこい」

 「判りました」

 「事故にはくれぐれも気をつけろよ。店の場所は判るだろう」

 これは、今のうちにカイの為の土産を買ってこいと気遣ってくれている。

 「判りました。行ってきます」

 「夕食の時間までには帰ってこいよ」

 「はい!」

 当然、喜んで飛んでいった。

 

 何にすべきかと悩んだ。菓子? いつもそれでは芸が無い気がする。第一、カイが家に来たときはケーキをと思っているのだから。形の残らないもの、食い物? 何か残る物で邪魔にならない物を渡したい。カイがくれたコースターのような……。

 地元の焼き物茶碗は? それだとカイの食器を揃えているようではないか。コップだけは来客用に買ったけれど。

 なかなか悩ましい。

 「お決まりですか?」

 「いや。決まらなくて困ってます」

 結局、カイの好きな黄味餡の和菓子の小箱を買って出た。

 

 荷物を部屋に入れてから、講師たちの部屋に入っていった。

 「早かったな」

 「済みません。パソコンをお借りしたいんですが。近辺の地図が欲しくて」

 「ランニングコースか? 石段入れたいなら最終日前日に登る山の、登山道を少し越えたところまで行くと大鳥居がある。坂道が良ければ、途中から反対方向に向かえば長いスロープがある。明日もマラソンの時間は抜けて良いぞ。自分のペースで走ってこい」

 地図を印刷してくれ、それに印まで入れてくれた。まずは大鳥居。神社がある。そこでお守りを見繕う。カイには交通安全、だな。

 


 一応、連絡を入れてくれれば、土産を取りにいつ来てくれても大丈夫だと言っておいた。

 「連休最終日って何時頃なら家に居る? もしくはその次の土日の予定を教えて」

 「あ……どちらも真夜中に戻ってくるパターンで、翌日昼一で出勤だな」

 「きちんと寝てる?」

 「寝てるよ。執務室には居るんで、キツい時には仮眠も取れる」

 「連休後の休み、いつ取るか決まった?」

 「まだだ。改めて連絡する」

 「じゃあ、その連絡待ちでそっちにお邪魔する」

 「了解」


 

 次の大学は春久一人だ。カイとは別の週になった。もちろんそれも受けたい授業でもありはしたけれど、仕事の段取りを考えると、大学のために四ヶ月で五回の土日を潰す、それ以上は同僚たちに甘えられない。

 「そう言えば、六月になるけど、土日に待機の無い休みがある予定だ。大学も無い日だ。お前が良ければツーリング行くか? 天気によってはドライブだけどな」

 「行く!」

 「オッケー。そちらも日程が確定すれば連絡する」

 「よろしくお願いします」

 本当は……泊まりで来て料理してくれないかなと、下心もあったのだが。

 「土日連休で、ハルさんの邪魔にならないようなら泊めてね。そうしたら、戸野原さんの言っていた、キャンプの計画も立てられるよね?」

 「ああ、そうだな。判った。食材をたっぷり買い込んでおく」

 「自分で買いに行く。何時行ってもハルさんち、砂糖が無いんだもの」

 「要らないだろう」

 「要るに決まってる。料理に砂糖は欠かせない。南蛮漬けだって砂糖使ってるし、甘酢あん掛けだって砂糖を使う。隠し味にもなるんだから」

 「お前のクッキーにもだろう」

 「要らなかった?」

 「あ……職場では好評だった」

 「ハルさんには、って聞いているんだよ。疲れ直しに甘い物は脳を休めてくれるんだよ」

 「俺も旨いと思った。前回の奴は、出張先に持っていったら、そこで見つかって食われたから、その、少しなら、手元にその、いや、旨かったのでまた作ってくれると嬉しい」

 「へへっ」

 カイの嬉しそうな声が電話越しに伝わる。格好を付ける必要など無く、正直に答えて良かったのだ。

 

 「判った。砂糖も用意しておく」

 「砂糖も自分で買う。体に優しい奴。だから、砂糖のケースを用意しておいて」

 「砂糖って全部同じじゃ無いのか? メーカーが違うだけで同じだと思っていた」

 「色んな種類が有るよ」

 「角砂糖とかグラニュー糖とかじゃなくて?」

 「よくグラニュー糖なんて知ってたね」

 「前の職場では来客用にあったな。まあ庶務の仕事なんで、普通の砂糖と違う?と思ったら教えてくれただけだけど。サラサラしていて固まらないとかも言っていたな」

 「ははっ。そうだね。コーヒー用のスティック砂糖もグラニュー糖だね。ちょっと高いけど、普段使わないならそれでも良いかな。でも、ミネラルの入ったお砂糖とかも有るので、品揃え確認してからかな。だから自分で買う」

 「判った。砂糖一キロ入るぐらいのケースだな」

 「よろしく」

 本当なら二人で、小物入れを見ながら話したい。電話越しが物足りないなんて、自分がどれほど貪欲なのかと思ってしまう。今のままだとカイに触れたくなりそうで、電話越しが一番良いとも判っているのに。

 

 「で、どんなのが良いんだ?」

 「ハルさんちに置くんだからハルさんの好みで良いよ」

 あっけらかんとした物言いが何も考えていないようにも聞こえるけれど、春久の家に置くのだから違和感のないものをと気遣ってもくれている。

 「砂糖はお前が使うんだから、お前の使いやすいのを探すか? どうせ一緒に買い物に出かけるんだ、その時で良いだろう」

 「りょーかい」

 これで次の買い物にも二人で出かける約束が出来た。それだけのことなのに、春久には待ち遠しい日だ。

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