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カツ丼

 出張中に、戸野原から連絡が入った。数日後に家に戻るから、それから連絡すると返事をしておいた。仕事だけでなく学校の事も含めて予定が書き込まれているカレンダーを、出先には持ってきていなかった。

 「連絡が遅くなりました」

 開口一番、謝った。メールで時間のやり取りをして、二人が空く時間帯を合わせて、戸野原が春久の家に来てくれた。

 「息子さん、受験勉強頑張っているんですよね」

 「そうだな。これ、うちの嫁さんから秋津君に預かったんだが、会う暇あるか?」

 「取りに来いと言えば」

 「腐る物じゃないんで、まあ、夏までに渡してくれれば良い」

 「ああ、だったら、四月には学校帰りにうちに寄ります。カイが県外の授業を受けるので、うちに一泊の予定です」

 「なら、頼む」

 春久がコーヒーを出せば、戸野原はそれを飲みつつ

 「ところで、今年は四人でツーリング予定は立てないのか?」と、聞いてきた。

 

 「今年は……」

 春久は頭を掻いた。

 「俺が動けません。というか、今のところ、来年度の予定が見えないんですよ。大学の授業が有るときは、休みを確約してくれることにはなったんですが、実は、昨年秋から、管区への出張がたびたび入るようになりました。本庁経由で依頼が来るので、なかなか断れなくて。今回の出張もそれです。

 来年度のスケジュールが来れば、その次の年からは、それを参考にして予定を組めると思うんですが。ちなみに、大学の授業云々はうちの課内の話であって、管区の予定が被さってきたら当然取り消しになります。

 課長からある程度の裁量は認められてますが、絶対に受けろと言われている案件もあって……」

 「それは……。まあ、俺も警察を辞めてからは、内部事情には疎くなっているから何とも言えんが。お前は大丈夫なのか? 潰れないでくれよ」

 「そうですね。友人には恵まれているので、なんとか」

 「四月に入ってからでも良いぞ、ツーリングやキャンプの計画を決めるのは。去年の夏山キャンプも、まあ、トラブルもあったが楽しかったしな。あれ以来、うちの家族はみんな秋津君のファンになっているんだ。なので、無理はしなくて良いが、お前に時間が出来たらまた、うちの一家勢揃いでも構わないキャンプを、設定してくれるとありがたい」

 「あいつも喜びますよ。是非」

 戸野原はコーヒーを飲んで帰って行った。カイには後ほどメールを入れておけば大丈夫だ。

 

 ただ、戸野原に垣内のことは話せなかった。奥さんの友達との見合いを持ちかけられ、断った。それ以降、連絡をしていない。年賀状は既に出した後だったし、垣内からも届いた。けれど以降、何の交流も無い。忙しさを理由に春久から連絡をしなかったのも有るとは思う。連絡をすれば、何らかのリアクションは返ってきただろう。けれど……。

 クリスマス会で、カイがツーリング土産を渡したときに、そのお返しをするために何か用意するので、その用意が出来れば連絡すると言っていた。あれから二ヶ月ほど経っているが、その連絡すら無いのだ。

 垣内は戸野原と連絡先を交換している。なので垣内が戸野原に話をしていれば、彼もなんらかの言葉なり行動なりをしたはずだ。ということは、戸野原にも話をしていない。元々戸野原が春久の知り合いだから、筒抜けになると思ったのかもしれない。

 

 「今夜ならいつでも良いので電話を頼みたい」

 メールを送れば、すぐにカイから電話が入った。

 「どうしたの? あ、出張お疲れさまでした」

 「はは。ありがとうな。いや、戸野原さんがさっき来ていて、奥さんからお前にって、何か預かった。夏までに渡してくれればとは言っていたんだが」

 「ん~。大きい?」

 「いや。そんなには。お前のバイクなら、パニアケースに余裕で入る」

 そう言っておけば、ツーリング兼ねて来るかと思ったのだ。だが、よく考えれば。今は真冬だ。車になるだろう。だったら、四月の泊まりの時にでも持ち帰るか。

 

 「判った。天気が良ければ四月より先にそっちに行けるかも。昼間だけだから、とんぼ返りだけどね。また今度、ハルさんの予定教えて。昼に戻ってくるとか、夜からの出勤とかでも良いよ」

 「お前に車の予備キーを渡したままでも良かったな。そうすれば、お前が来ると判っているときは車の中に入れておける」

 「信用してくれているのはありがたいけど、止めておく」

 「え? ああそうか。そうだな。住人でもないお前が勝手に車を開けて何かを持ち出していたら、知らない人から見れば警察沙汰だな。俺が欲張りすぎた」

 最後は尻切れトンボになった。カイには聞こえていないと思う。また距離感を間違えるところだった。間違えると、逃げる。春久の癒やしが。それは辛い。だから素直に謝った。

 カイは気にしていないようだった。カイの断りを春久が「そうだな」と受け容れたから。素直で、気配りもする。この電話の間にどれだけ癒やされているか。

 

 「とりあえず三月にまた出張が有るが、それ以外は基本こっちに居るよ。四月の予定も三月には判るだろうし。決まればすぐに伝える」

 「楽しみにしている。俺もキャンプ場探しておく。今度はどんなところが良いかな」

 「夏にまた、あの山の上に行くか?」

 「戸野原さんと垣内さんも誘って?」

 どきりとした。垣内のこと、なんと言うべきか。カイに知らせる? 見合い話を持ちかけられてクレームを付けたこと? 以来疎遠になったことも?

 「戸野原さんは家族で行きたいと言っていたけど、垣内はどうするかな。子どもが小さいから、奥さんが不安そうだったし。結構くねくね道だしなぁ。垣内を誘うならもっと平地の方が良さそうだし、そうなると真夏は暑すぎるな」

 「そうだね。判った。また今度泊めてもらうときまでに、候補探しておく」

 「任せた」

 「うん。ハルさんの仕事が大変なことは知ってるけど、ほんと、休めるときはちゃんと休んでね。一緒にツーリング行きたいから」

 「判った休む。他の連中に仕事を割り振ってでも」

 「それはきっと、周りの人が目を回すよ。仕事の話はあまりしないけど、ハルさんかなり忙しいよね。責任ある立場みたいだし。俺みたいな平とは違うんだから」

 「カイ」

 「上の人が倒れると本当に仕事が回らなくなるんだからね。きちんと休むことも上司の役目だよ」

 「判った判った。ちゃんと休む。というか、お前とのツーリングやキャンプがかなり息抜きになってるんだ。なので、次の予定を立てられるようになるのを心待ちにしている。ひとまず、来年度のスケジュールが出るまで待ってくれ」

 「判った。ちゃんとご飯食べてる?」

 「はは。食ってるよ。お前のアドバイスで、冷食を常備するようになって、いつでも暖かいのが食べられるようになった。そう言う意味では、独身寮より食生活は充実しているな。あと、見よう見まねで、お前が作ってくれたようなのをいくつか作るようになった。今度カツ丼作ってやる」

 「ええ? 俺、取り調べされるの?」

 思わず笑っていた。

 「取り調べ中に飯なんか出さないぞ? カツは出来合を買ってくるんだけどな。タマネギを炒めて味付けして、タマゴを入れてご飯とカツの上にかけるだけだ。以前はそんなことすらしなかったんだ。凄い進歩だろう」

 「ほんとだ。じゃあ、それも楽しみにしておく」

 「ああ。またスケジュールも送っておく。来られそうな日を見つけて連絡してくれ」

 「おっけー」

 相変わらず了承の返事は軽い。それがカイらしいと、挨拶の後、笑って電話を切った。

 

 出張中は部屋に広げておいたキャンプ道具、綺麗に乾いた。戸野原が来る前に、床に広げていたテントなどの大物やソファーに引っ掛けていた寝袋は片付けた。ミドルテーブルの上に広げていたカップ類は邪魔にならないところに置いていたけれど、多分それを見てキャンプの話題が出たのだろう。冬キャンプのことは話していないから、道具の虫干しでもしているとでも思っているのかもしれないが。

 戸野原は、カイの気遣いを気に入ってくれている。ただ、垣内が居ないキャンプをどう思うだろうか。

 どうせ、カイにも言ったように、来年度については全く予定が立たない状態だ。今は悩むことを棚上げにしておく。きっとそのうち光明が見えると信じて。

 

 

 三月の土曜、「泊めろ~」と言ってきた。「泊めてくれる?」では無かった。

 春久は土曜の夕方家に戻り、日曜は夕方出勤の変則休日だった。

 家に戻ったと電話を入れれば「今から行く」と返されたので、二時間掛かるかと思っていたら、三十分もせずに玄関のチャイムが鳴った。整髪料を落としたくてシャワーを浴びていた時だったので、風呂から飛び出してドアだけ開けた。

 「お待たせ」

 カイの手には荷物が大量に。早くから来て、電話を受けるまでいつものスーパーで買い物をしていたらしい。付いている値札には見覚えが有る。

 「とんかつは俺が揚げるから。後、ハルさん帰ってきたばかりだから、白いご飯も入ってる」

 カイはキャンプ道具を片付けている戸棚を開けて、その隅からいそいそとエプロンを出してくると、早速料理に取りかかろうとしている。春久もその間に急いでドライヤーを掛け、髪を乾かした。さもないと「風邪を引く」と、カイに叱られる。

 

 「何かあったのか?」

 買い物袋からいろいろ取り出しているカイの手伝いをして、冷蔵庫に入れたり調味料を出したりしながら、聞いた。

 「ちょっとね。仕事で。だからそれ以上の詮索は無し!」

 そうか。カイはストレス解消にここに来たのか。大変な時にこの場所を頼りにしてくれたのは、純粋に嬉しい。

 「タマゴは、丼に使うよね。先に少しだけとんかつ用に貰うね」

 「判ったよ」

 厚い豚肉の筋を切ったり、包丁の背で叩いたり。塩胡椒をしてからまな板と包丁を渡してくれた。だからカイが小麦粉にタマゴにパン粉にとしている隣で、タマネギを切る。春久の丼は簡単だ。タマネギを炒めてみりんと醤油と出汁と。味見をして問題無ければ溶き卵を流し込んで火を止める。それだけだ。

 最初三杯酢に砂糖を入れているのを見て、砂糖?と眉を顰めた時、カイに、少しでも入れると味が変わるよ、第一、砂糖、酢、醤油で三杯酢だからと、説明された。鶏もも肉にも砂糖をまぶしていた。あのとき説明されたように、確かに甘みは感じなかった。その上で、料理に砂糖を入れるのが抵抗有るなら、みりんなら、少しだけ甘みがある煮きり酒だからと言われ、それ以来、みりんを常備するようになったのだ。

 確かに、みりんを少し入れるだけで味わいが変わった。

 油も、一人だと天ぷらや揚げ物をしようとは思わないが、南蛮漬けをした後の油は少しずつ料理に使うようにした。カイも心得ていて、食材がたっぷり浸かるほどでは無く、厚みの半分程度しか入れない。その分油の温度上昇が早いのだと、中火。じっくり熱を入れてひっくり返し、またじっくり揚げる。最後に少し火加減を大きくすれば、少量の油でも綺麗な色のとんかつが出来上がった。

 キャンプで使う焼き網を油切り網の代わりにして、油を切った後、包丁でサクサク音を立てながらとんかつを切っていく。その間に白米を丼に入れて、レンジで先に温めた。

 切れたとんかつを丼に載せ、タマネギを煮たものを半分に分けて、両方の丼にかけた。

 「出来たな」

 「出来たね」

 箸休めの漬け物と、インスタントの味噌汁。充分豪華な夕食になる。

 

 「いただきます」

 「いただきます」

 カイに合わせて同じように食前の挨拶をする。最初にとんかつを一口食べた。買ってきた出来合とは違い、熱々だ。

 「美味しい。砂糖入れた?」

 「いや。お前が食うからと思って、みりんを多めに入れたけどな。ああ、タマネギも長めに炒めた。甘みが出ると書いているのを見たからな」

 「ネット?」

 「ネットだ」

 「ふふっ。さすがだね」

 

 春久ですら満腹になりそうな量の食事を、カイはぺろりと平らげた。空腹だったのか、デザートが無いからか。

 「ごちそうさま。美味しかった。洗い物するよ」

 そう言って立ち上がろうとするから

 「いや。それは良い」

 と、止めた。

 「ええ~」

 「今日の買い物の支払いをされるのと、洗い物を俺がするのと、どっちが良い?」

 「俺が洗い物をする」

 「だったら、レシートを出せ」

 「捨てた」

 「カイ」

 「今日は俺のストレス解消だから付き合って」

 「判った。じゃあ、今日はお前に任せる」

 「やった」

 ここまで言うのだから、かなりストレスが溜まっていたのだろう。食器を集めて布巾でテーブルを拭く。それから、手持ちぶさたに、ソファーをベッドにして、カイの寝床を作ってやった。

 

 「ああそうだ。そのエプロンと一緒に入れていただろう。戸野原さんの奥さんからの荷物」

 「なんか袋に入ってた奴?」

 「そうだ」

 「判った」

 「お前の荷物の上に出しておくぞ。車だったら持ち帰れるだろう」

 「うん。お礼言ってくれた?」

 「まだだ。お前の手に渡ってから、お前からの伝言の形で言った方が良いだろう」

 「判った。こっち終わったら開けてみる。でもって、食べるものだったら一緒に食べよ。後ね。明日ハルさんが出かけるまで、キッチン使って良い? 材料は今日買ってきた分で間に合うから」

 「そりゃ構わないが」

 「ありがと」


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