キャンプ撤収
カイがLEDランプを消した。あたりが暗くなると代わりに二つのインナーテントそれぞれの前に置いていたオイルランタンの赤い焔が揺らめいて、二人の影を映し出した。炭が小さく、パチリと跳ねた。カイはローテーブルの上から取ったコップでお茶を飲む。それに釣られて春久も、コーヒーを口にした。カイは自分のコップに、焚き火台のヤカンからお湯を入れた。水を足して再び五徳の上に置かれたそれの、沸いていた音が小さくなり、静かで落ち着いた、贅沢な時間。
やはり来て良かった。
「今度は、この内側部分もグランドシート敷こうか。ミドルテーブルは足を折ればもう少し低くなるし。ああでも、寝転がるには狭いね」
カイは自分のインナーテントの入り口を開く。もう寝るのかと思えば、テントの中からコットを直角に動かして、インナーテントの入り口を跨ぐように置き直し、そこに寝転がった。確かにそうすれば、テントの狭い共有部分でも体を伸ばせる。コットの足があるから、入り口の床の立ち上がりも気にならない。
「うは。寝袋の中ぬくぬくだ」
先ほど入れた、お湯の入ったボトルのお陰。
「もう寝るか? 安全のために炭は消すが、代わりに電気ストーブ点けてやるぞ」
「ん~もう少し起きてる。なーんか、久しぶりだ。本も読まないで眠くなってくるの」
春久はヤカンをテーブルに避けると、火ばさみで焚き火台の炭を火消し壺に入れていく。完全に無くなったのを確認して、ヤカンをそこに戻した。ミドルテーブルを天幕入り口の前に置く。これで不審者が入ってくればテーブルにぶつかって派手な音を発てるだろうからよく判る。そして、反対側にも入り口はあるのだが、そこは整理して、電気ストーブを幕から離す。少しだけカイの方へと向けようとすると、それを察したのか、
「俺はまだ良い。体ほこほこだから。ハルさんが奮発してくれたお陰。毎年一回以上はこのテント使えるように、また真冬キャンプしたいよね」
「そうだな。元は取りたいな」
カイがもそもそと動いている。寝袋のジッパーを上げている?
「インナーテントの中に入れよ。で、電気毛布使え。ストーブ要らないのなら、俺も電気毛布にポータブル電源使うからな」
「オッケー」
カイは再びもそもそと、今度は出てきて、コットを「ていっ!」とインナーの中に放り込んだ。いや、それはもう少し大人しく入れるだろう? 眠りそうだったんじゃなかったか?
呆気に取られて見ている春久の前で、インフレータブルマットをコットの上にセットして、荷物から毛布を取り出した。
「俺のバッテリーどこだっけ?」
「お前の荷物はお前のテントの側に纏めているぞ?」
「ん~。あったぁ。スイッチオン!」
「お前は」
「お休みハルさん。また明日ね」
「お休み」
インナーテントの入り口が閉まる。まだ中でごそごそと音がしている。けれどすぐに静かになった。眠ったらしい。
春久は使わなかった電気ストーブをミドルテーブルの上に避けて、反対側の入り口を開けた。外は曇っていて、星一つ見えない。雪になりそうな寒さだ。冷気が入り込まないように、急いでファスナーを閉め、少し、外を歩く。自然に体が縮こまっていく。うっすら明るいのは、雲の上の月明かりだろう。
周りにテントは無い。真冬にキャンプをするなんて、自分でも物好きだと思う。けれど、その物好きのお陰で、深呼吸が出来る。思いっきり息を吸い込めば、肺の中まで凍えそうだ。
起きた。
トイレ兼真夜中の散歩から帰って体が芯まで冷え切っていたけれど、テントの中は少し暖かく、寝袋の中はカイの作ってくれた臨時の湯たんぽのお陰でもっと暖かかった。結局電気毛布も使わず、そのまま熟睡していた。
「おはよ」
「おはよう。久しぶりに時間を気にせず寝てたな。今何時だ?」
常に不規則な勤務、不規則な時間帯で、寝ていても目覚ましが気になっていたのに。外はすっかり明るくなっていた。
「まだ八時だよ。インナーはともかく、外のテントは濡れていたし、ハルさんの作ってくれたタープもどきも濡れていたから、撤収にはまだ早いかな」
「そうだな。ゆっくりしていたいな」
「炭火を熾したら、火が落ち着くまで、片付けられるものから片付けて、火が落ち着いたらご飯作るよ。お米も吸水させてる」
「判った」
外に出れば、あの曇りが嘘のように晴れていた。簡易タープもまだ片付けには早そうだ。テントも、入り口を巻き上げていればそこにだけ湿気が残る。乾かすために正面側を閉じ、カイは反対の入り口を開けて、そこから真ん中に入れていた荷物を引っ張り出している。
「車の鍵を貸してくれ。使わない物から片付けていく。そうすれば、飯の後でゆっくりコーヒータイムが取れるだろう」
「判った。あ、ハルさんのポータブルバッテリー、まだ充電残っていたら、テントの中で電気ストーブ付けておいて。テントの乾きが早いと思うし、地面からの湿気も少しはマシだと思うよ」
「ああ、判った」
カイから車の鍵を預かり、言われた通りに電気ストーブだけ点けて、外に出されていた荷物を詰めたり、車に運んだり。外のグランドシートの上が片付いてくると、カイはその上で、インフレータブルマットやコットなど、二人分を片付けてくれている。その側では、焚き火台の炭火の上で、コッヘルが湯気を発てていた。
「カイ、お前の荷物は右の方へ、俺のは左の方へ寄せている。俺のを下ろしたら、お前の荷物を全体に広げて左右のバランスを取るつもりだが」
「オッケー」
来るときは、既に積まれていたカイの荷物の上に春久の荷物を載せた。けれど、帰りの片付けは、乾かした物、使わない物を先に入れる必要があるから、来るときと同じようには出来ない。なので、二人の荷物を判りやすいように左右に分けた。
「ハルさん、シェラカップ出して。味噌汁用」
「判った」
途中で呼ばれて自分の荷物から言われたものを出していく。カトラリー、カップ、それから、カイから貰ったコーヒーセットは何処に行くにも持ち運ぶ。
温かいご飯、味付け海苔、味噌汁、めざし、漬物。朝食にパンも良いけれど、やはりご飯は格別だ。
途中になっていた片付けをしている間に、カイが食器類を洗ってミドルテーブルの上に伏せて置いた。水気を切っている間に、炭火の片付け、そして二人でテントを片付けていくと、全てを片付け終わるときには食器類は軽く拭けば大丈夫なようになっていたし、時間を計っていたのだろう、炭も火消し壺の中できちんと消えて、側面を触っても大丈夫なほどに冷えていた。これが熱いままだと車に乗せられない。
最後に食器類と火消し壺、出していたミドルテーブルと椅子を片付ければ、そこには何も無い平坦な地面だけ。カイはもう一度そこを見回して忘れ物や落とし物は無いか確認し、二人で車に最後の荷物を積み込んだ。
平日だからか管理人室には誰も居ない。言われていた通り、借りるときに預かっていたナンバープレートを管理人室前のポストに入れ、片付けも帰りの手続きも終わり。カイが車を運転して、そこを出た。
二人で春久の荷物を部屋に持ち運んだ。大きい方のテントはカイに預けても良かったのだが、そのカイが
「俺一人じゃ建てられないから、邪魔じゃ無ければハルさん、持ってて。また一緒に行くよね?」
と言ってくるから、もちろんだと答えた。数日家を空けるときにリビングに広げておけば、完全に乾くだろう。出張は多い。今日、カイが帰った後ですぐに全ての荷物を再び広げておいても、誰も邪魔に思わないのだから。
春久の家に残す荷物を下ろした後で、カイの荷物をバランス良く荷室に乗せ直し、今度は二台で出かける。以前食べた魚料理の店に行こうと、二人で決めた。朝食が昼食と兼用だったので、今度は少し早い夕食だ。
「いつも思うけど、キャンプだとあっという間に休みが終わるね」
「そうだな。三月に入れば、また休みがほぼ待機になるんで俺は家から離れられなくなるんだが、買い物ぐらいは行けるし、土日と合えば遊びに来てくれ。教科書持ち込みでな」
「うはっ。判った、そうする」
もう少しカイの家が近ければと思うことがある。そうすればもっと頻繁に会える。けれど……。きっとこの距離感だから良いのだと思う。さもないと、このまま依存してしまいそうだ。警察官として九年、管区限定だけど副課長とまで呼ばれるようになった男が、五歳も年下の一般人に。きっと戸野原なら判ってくれると思う、自分の精神の均衡を保つために何かに拘る気持ちを。けれど、他の人間にはきっと無理だ。
「次は四月か。三月は俺が土日休みが無いし、どのみち年度末でまた出張と待機ばかりだからな。(授業は)俺が県内でお前は県外だけど、うちに泊まりだ。用意しておく物があれば言ってくれ。パックで良ければ寿司ぐらい買っておくぞ?」
「じゃあ、頼もうかな。ハルさんには餌付けされてばっかりだ。あ、食パン、六枚切りとタマゴ一パック買っておいて。後、朝ご飯用のおにぎりと。そしたら、お弁当作るよ」
「判った。楽しみにしておく」
餌付けされているのは春久だと思う。後でカレンダーにメモとして書き込んでおく。
「豆アジ要るか?」
「ハルさんが食べたいなら、ね。ハルさんのところに行く前にちょっと買い物してから行く。バイクの予定だから、嵩張るタマゴと食パンだけ、忘れずに買っておいて」
「了解」
食事を済ませて外に出れば、あっさり別れる。二人とも家に戻って、キャンプ道具を片付けたり干し足りないものを乾かしたりの仕事が残っている。カイの場合は次の土日でも大丈夫だろうが、多分、今日さっさとやってしまうだろう。そして春久には、三日後からの出張に備えての準備だ。
カイのお陰で冷食を備えるようになっていて、本当に助かった。いくつかは、カイの手作りも冷凍されて残っている。さもないと、出張前の食事と帰ってすぐの食事を、外食で済ませなければならないところだった。もちろん外食も旨いが、味気ないと思ってしまうのだ。
「冷凍食品とか、冷凍した物とかだって、いつまでも置いていると味が変わるからね! 特に家庭用冷蔵庫は! 早めに食べて新しいのを用意するぐらいにならなくちゃダメだよ!」
と、カイに叱られていたのだが、それでもなんとなく、お守り代わりのように残している。特にカイの手料理。本当ににっちもさっちもいかないほどストレスが溜まったときの為に、だ。いや、多分、言えばカイが飛んできて料理を作ってくれそうな気もする。けれど、カイの仕事にも波があって、大きな仕事が入れば残業に休日出勤も有るのだ。そんなときに無理は言えないし、言いたくない。
男は難儀な生き物だと言ったのは誰だったか。見栄もはりたいし頼られもしたい。一方で甘やかされたいときも有るのだ。相手の都合など関係無しに。
ただ、今は弱音を吐いている場合では無い。四月にカイが来て泊まるなら、それまでにカイの作った料理は食べてしまわなくては、バレて叱られる。




