初めての真冬のキャンプ
真冬のキャンプ。二人ともに、寒さに耐えられなければ車中泊に切り替えることにしている。暖房器具は電気毛布とストーブ。
「そっち引っ張ってくれ。きちんと広げないと、ポールがセット出来ない」
「オッケー」
カイと二人で、大型テントを建てる。カイを驚かせた、春久からのクリスマスプレゼント。二人で折半しようかと決めていたテントを春久が買って、あの日、戸野原と垣内が帰った後で、カイに見せた。正確には、プレゼントはテントの半分、だ。残りの半分は春久が自分で使うのだからと押し通して、なるべくカイに負担に感じさせないようにした。……つもりだ。確かに万単位で飛んだけれど、普段それぐらいのことはして貰っている。実際料理など、金で計れないことが多々。
「結構大きいと思ったけど、思った程広くは無い?」
カイが早速中に入って見回している。店で見たときは確かに大きいと感じた。けれど実際にフィールドに建てると、また感覚が違ってくる。
「あ、でも、両側にインナーテント入れて、間にミドルテーブルと椅子を入れられるぐらいの余裕が有るね」
それが当初目的だから、充分クリア出来ている。だったらオッケーだろう。
「さっさとインナーテント建てて中に入れておけ。他の物も配置してみるんだろう」
「はーい」
「それが終わったら、ストーブ点けてみてくれ。どれぐらい暖まるか知りたい。あと、ポータブル電源、お前の奴、小さめので良いのか? 一晩持つのか?」
春久のは千ワット、カイのは四百ワットだ。
「電気毛布なら大丈夫って書いていたんだけど、実際にやってみないと不明。ハルさんみたく体力無いから、俺にはこれ以上重いのは無理だし」
「だから運ぶぐらいは運んでやると」
「それ、ソロの時に困る奴だから」
「そうだったな」
確かにカイはソロで動く。バイクの時に大型バッテリーを持って動くことは無いが、荷物満載のキャンプでは、当然持って行く。その時に自分で運べないのでは、本末転倒。
「この大型テントも、俺一人じゃ建てられないから、ハルさんと一緒に行くとき専用だね」
トンネルテントは左右対称のはずだけれど、建てたときの具合か微妙に左右で違う。なので二人のテントを左右両方に配置してみて、しっくりする方を選んだ。慣れればもう少し均等に張れるだろう。
インナーテントの側にお互いの荷物を纏めて、真ん中にテーブルと椅子、背後にポータブル電源と反射板式の電気ストーブ。ストーブ側が結構暖かい。
「ちょっと外で炭を熾してくるね。油の落ちる肉系は無いから、炎は上がらないと思うけど、焼くのは外の方が良いかも。ご飯を炊いたりするのぐらいなら中でも良いけど」
「火が鍋より外に出なければ問題無いんだろう?」
「そうだね。後、一酸化炭素濃度計も持ってきてるから。暖かい空気が逃げるのは勿体ない気もするけど、上のベンチレーション開けて、下も半分開けておけば大丈夫かな」
春久は少しの間考えていたが、自分のテントのフライシートを引っ張り出してきた。インナーしか使わないので片付けていたのだが。
フライシートをポール二本とガイロープでペグダウンすれば、簡易の目隠しになるし、入り口から吹き込む風も多少は遮れる。本当はタープが有ればもう少し格好良く出来たのだろうが、さすがにそこまでは思い至らなかった。
カイが「すごい! さすがハルさん! 格好良い」と喜んでくれたので、春久としてはそれで満足だ。
借りたテント場のスペースがそんなに広くなかったため、簡易タープとテントの間も人が一人通れるぐらいの幅にしてある。広すぎると風が通り抜けて、折角の風防の役にも立たないことだし。
カイはその場に焚き火台を用意して、炭を熾し始めた。キャンプ場自体が焚き火禁止なので、炭だけだ。炭なら大きく炎が上がることもないだろうから、今回は丁度良い。
「火が付いた」
「お疲れ」
「これも、少しはテント内を温めるのに役立つと良いね。火が回るまでしばらくはこっちに置いておくから、間違えて蹴飛ばさないように」
「了解」
保冷バッグや水なども全部テントに入れて、グランドシートの上に並べた。荷物を全てテント内に片付けようと思うと、真ん中のスペースは結構いっぱいだ。ただ、これ以上大きいと建てたり片付けたりするのも大変だし、冬場はこのぐらいで丁度良い。夜に、荷物を外に放り出しっぱなしにしなくて済むだけでも、防犯上意義がある。
冬はすぐに暗くなる。荷物をテントに片付けている間に明るいのは西の空だけになっていた。
折角だから、カイがくれたオイルランタンに火を点けた。カイも同じ物を持っている。それぞれのインナーテントの入り口に置く。中央部分はLEDランタン。これから料理をするのにある程度明るさは必要だ。
「ハルさん、テーブルは向こうに寄せて、椅子だけこっちに持ってきて。あ、ストーブは今だけ消しておいて」
もちろんカイの言うことには逆らわない。思ったよりストーブの消費電力が多いのだ。バッテリーが目に見えて減っていくのも気になっていた。
ストーブを消すと寒いかとも思ったが、着込んでいることもあり、案外平気だった。これからまだ寒くなる。その時に備えて少しは体を寒さに慣らしておくことも大切だ。二人で下半分が開いている入り口近くに椅子を寄せた。そこでは炭が全体的に赤くなってちろちろと焔が見え隠れしている。
「先にご飯炊こうか」
テーブルを用意して一番に、その上で二つのメスティンに米と水を入れて吸水させていた。それらを炭火にかけた。
「良い感じだな」
「だよね」
テーブルが空くと、カイはクーラーボックスから出してきた、切れた野菜や肉を、ダッチオーブンに並べ始めた。
「手伝うことは?」
「そっちのバーナーでお湯を沸かしておいて。水筒の中、空っぽになったから、満タンにしておきたい。後、耐熱ボトル二つあるから、その中にもお湯ね。ハルさん、寝床の支度終わった?」
「まだだ」
「それもやっておいて。俺はハルさんが入り口作ってくれている間にコット作って、インフレータブルマットの栓を開けておいたから、自動で膨らんでいるはず」
やはり手際が良い。春久は湯を沸かす支度だけ済ませ、真ん中のスペースをカイに任せて、自分のインナーテントに入った。コットとインフレータブルマット。それで寒さ知らずで過ごせと良いのだが。ついでに寝袋をセットして、テントから出た。二人だけだし、真ん中のスペースの暖まった空気を寝床に取り入れる意味も有って、入り口は開けっ放しにした。
「ハルさん、お湯が沸いたら、ボトルにお湯を入れて、タオルで巻いてから寝袋の中ね。湯たんぽの代わり」
「判った」
「水筒にも入れるから、何回でも沸かしておいて」
「了解だ。俺のコーヒーの分もだな」
「そーいうこと。俺も暖かいお茶を飲みたい。インスタント味噌汁も用意してるから、この上片付けたら、シェラカップ出しておいてね」
「判った」
カイはいつも、料理はストレス解消だからと口にするけれど、こうやって側で料理をしているのを見れば、本当に料理が好きなんだなあと実感する。春久のところで料理をしてくれるのも、無理していないのだと判って安心もする。
「カイ」
「何?」
「お前は飯を控えめにしておけよ」
「え?」
「お前の分のケーキは持ってきた。クリスマスの時に買った店だ。さすがに今回はホールとはいかなかったが。後、抹茶系は無かったんで、それは我慢しろ」
「全然オッケー。じゃあ、ハルさんはビールだね」
「クリスマスの時のノンアルが残っていたんで、それを持ってきたよ」
以前言っていた、車での何でも有りありのキャンプ。春久の昇進やら管区に呼ばれたり、仕事に追われていて、ようやく実現した。
秋は個別のテントだったのでバイクだったけれど、この大きなドームテントになると、さすがに車でないと運べないというのも、今回車になった一つの理由だが。
カイは夏の約束を覚えていて、ダッチオーブンを使っての料理を作ってくれた。たっぷりの野菜の上に、ベーコンとチーズ。酒が進まないわけが無い。が、まずは白いご飯だ。味噌汁とチーズが、案外相性が良かった。どちらも発酵食品だと、カイは笑った。
「今日は一個だけだからな。どうせキャンプで料理したら、腹一杯食うだろうと思って、制限した。うちで食うときには二個にしてやる」
「チョコレートケーキだ。アルコールは?」
「入ってない。確認してから買った。時期が時期なんで、子どもでも食べられるようにアルコール無しと、大人向けにアルコール入りがあると言われたので、子ども向けと言った」
「ひどー。でも、アルコール無い方が良いからいいけど。言い方あるよね」
「それで話が済むんだから良いだろう」
「ちぇ」
カイは荷物の中からするめを出してきた。熾火で焼く? いや、良い匂いさせすぎ。
「正月の残り。ハルさんの酒のアテにどうぞ。俺はケーキが良い」
「サンキュー」
物々交換になっていた。
焚き火台が低いから、食事の後、二人は椅子から降りて新聞を下に敷いて地面に座った。椅子は片付ければ小さくなる。カイの出してきたローテーブルにコップを置いて、赤い炭と、入り口から見える簡易タープを見る。それを外せば少しは景色も良いかも知れないが、多分風が吹き込んできて、テントの中、一気に冷える。なので今回はこのままで良い。
「結構良いチョコ使ってる。高かったよね?」
「いや、言っただろう、時期が時期だから、セールだ」
「時期? セールって? 安売りしていたって事?」
「賞味期限がどうこうの安売りじゃなくて、一番回転が良いようにしてるんだろう。チョコはこの時期に一番売れるだろうから、単価を下げて数を売って稼ぐって奴だ」
「そうなの?」
「バレンタインだろう? 何処に行ってもチョコだらけで。それが一番よく売れていたんだ。なので、旨いと信じて便乗したんだよ」
「ああ、もうそんな時期!」
初めて気づいたかのように、カイは声を上げた。
「忘れてたのか?」
「縁が無いからね」
「そうなのか?」
「そうだよ。あ、でも、バレンタインデーかぁ。だったら、三月にはハルさんにホワイトデーのお返し代わりにツーリング土産見繕うね。ハルさん忙しい時期だものね」
「そうだな。俺もどこかで、少しでも走ってくるつもりはあるんだが。ああ、ついでに来期の授業計画決めるぞ」
そのためのLEDランタンでもある。冊子の文字が読めないのは困る。もっとも、二人とも一応希望の授業は決めてきてあるので、それを突き合わせるだけだ。
「こっちとこっち、両方面白そうだけど、日にちが重なってるんだよねぇ」
カイが付箋を付けたページを見比べて、示す。
「ああ、それは俺も見た」
春久も同じく、印を付けたページ。
「俺は県内を優先した。本当はツーリング兼ねてもやりたいんだが、今年というか来年度だけは、県内優先で、まだ来ていない次年度スケジュールとのすり合わせをして、それ以降の予測も立てないとなんだ。後、夜勤も増える。なので朝多少の寝不足でも何とかなる県内で確保したいと思っている。面接授業五回の内心理学系三つ、趣味二つ、全て県内だけだ」
カイは春久の県内の授業を見る。それから自分の授業一覧も。
「あのね、ハルさん。俺は県外の方を取るよ」
「そうなのか?」
カイなら無条件で同じ授業を取ると思っていた。
「その代わり、夜泊めて。そうしたら資料共有できるよ。同じ日に二つの授業を取れる。この授業も興味は有るから、内容が知れると嬉しい。二日目はさすがにまっすぐ家に戻るから、続きはまた別の時だけど」
それならカイに会える?
「何か食いたい物」「何か食べたいもの」
二人の声が重なった。
「何か、食いたい物があれば連れて行くが」
春久が先に口にしなおした。
「ええ? 食べたいものがあれば作るよ。いつも贅沢させて貰っているし。そう言えば、十二月のスパゲティーとソースの残りどうした? 使った?」
「あ、いや、まだだな。パウチと乾燥しているヤツで、賞味期限までまだ有るからと思って放置してるな。食っておく」
「ん~。食事のことはまた今度決めよう。でも、そうしたら、ハルさんと遊べるの、夏まで無いのかなぁ。ハルさん、夏には土日が休みにならないって言ってたよね。連休は有るの?」
「有るよ。待機の無い連休も」
……有るはずだ。
「だったら、俺も仕事の都合によってだけど、平日でも良いんで、またキャンプしよう。荷物満載キャンプだと、あれこれ出来て楽しい。ハルさん夜勤明けでも、到着まで寝ていられるしね」
ああ、カイは良い子だ。癒やされる。
「カイ」
「何?」
「お前が嫌じゃなければ、頼みが有る。俺の頭を撫でてくれ。お疲れさまと言う間だけで良い。そう言って撫でてくれたら、疲れが吹っ飛ぶ気がする」
「仕事大変なの?」
「めちゃ疲れた。このキャンプが本当に待ち遠しかった」
「そか」
それでもカイは動かない。ああ、まだダメかと思った。溜息はカイがビクつく。だから気づかれないようにそっと、息を吐いた。
「お疲れさま。無理しないことはできないだろうけど、俺で良ければ、また一緒にツーリングやキャンプも行こ」
カイがそう言って、そっと頭に手をやってくれた。撫でる、まではいかないけれど、そのぬくもりとじんわりとした重みが、ああ、カイが触れているのだと、苦手な距離感を耐えて、春久のためにこうやって近づいて、触れてくれた。
その勇気に、なんだか力が貰える。
カイの手を捕まえて頭から離すと、手を放した。
「ありがとうな。なーんか、お前には弱いところを曝しても大丈夫だと、つい甘えてしまって。お前の方が年下なのにな」
「け、ケーキのお礼!」
「ははは。まあ、ケーキで良ければいつでも奢る。またホールにするか?」
「そんなに食べられないよ」
「はぁ~。戸野原さんみたいに格好良い理由ならともかく、下を使うのが面倒だし、他との折衝でも、話を聞けよと思うし、自分たちの都合ばかりでこっちを振り回すな、とも思う。思うけど、今逃げるのはなんか違うよな」
「ハルさんはやっぱりハルさんで、格好良いね」
「そうか? 俺はお前に助けられてばかりだと思っているよ」
「秋からの授業なら、年間予定も決まってるだろうし、また一緒に県外授業にも行けるといいね」
「ああ、そうだな。十月の予定なら、四月には大体判っている」
それでまた、外を見た。




