すれ違い
「いただきます」
甘い物を口に入れて、幸せそうだ。奮発した甲斐があったというもの。
「抹茶の味がしっかりしてる。でもって、イチゴとも喧嘩してない。量のバランスかな。美味しい」
確かに、甘さよりも抹茶の味が濃い。これなら春久も食べられる。ブラックコーヒーは必須だけれど。
「丹波、どこで買ったんだ? これぐらいならうちの息子らでも食えそうだし、嫁さんは喜ぶだろうから、今から間に合うならクリスマスケーキを予約しておくよ」
「うちの近くの大型スーパーありますよね? あそこに入っているテナントですよ。クリスマスケーキの予約はまだ受け付けていましたよ」
「大型スーパー?」
「うちから南へ車で二十分ほどの……」
「ああ。ケーキ屋なんか入っていたか?」
「カイ、紙袋の中にチラシ入っていなかったか?」
「紙類はまとめてゴミ箱の上。分別するよね? 袋は引き出しに片付けたけど」
言われたところに、ケーキ屋のクリスマスケーキ予約の紙はあった。それを戸野原に渡す。戸野原はじっくり見ていたが、
「そこで作ってるんじゃないんだな。受け渡し場所の一つか。電話予約時にうちの近くで受け取れる店が無いか確認するか」
と呟いた。
「進物用の菓子類も置いてましたね。シュークリームはそこで焼いていたんだと思いますけど。甘い匂いがしていましたから。そそくさと退散しました」
そんな甘い匂いのキツいところにいつまでも居られなくて、貰ったチラシを、ケーキの袋にさくっと入れて、店を出たのだ。
「嫁さんに相談するか。この紙、貰って帰って良いか?」
「もちろんです」
「ハルさん、保存容器あったよね」
「あるぞ。どうするんだ?」
「ケーキ、戸野原さんの奥さんにお裾分け。チョコも頂いたから。それに、食べれば奥さんの好みの甘さかどうか判るよね」
「なら、半分、戸野原さんに持って帰ってもらえ。足りなければまた買ってやる。今度は切ってる奴だけどな」
「オッケー」
「おいおい。秋津君の分が減るだろう」
「全然オッケー。実は冷凍室にアイスクリームも入れておいた」
「は? いつの間に?」
「持ってきた保冷クーラー、中に入れてた」
にひっと笑う姿は、腕白坊主に他ならない。保冷クーラーは、カイが自宅から、いくつかの食材や春久が普段使わないような調味料などを入れているからと、持ち込んでいた。まさかその中に……。
「こっちで買うと絶対にハルさんに見つかるからね。保冷クーラーにアイスと保冷剤を入れておいたら、少し柔らかくなるぐらいで済んだから、冷凍室に隠した」
「だったら貰って帰るか。秋津君にはまた別のモノで返さないとな」
「奥さんにチョコのお礼伝えてください」
カイはケーキの箱を再び持ってきて、四分の一を切り取り、残り半ホールを箱に入れ、ケーキが入っていた紙袋に戻して、戸野原に渡した。戸野原は、カイに貰ったツーリング土産と、クッキーもその上に入れ、立ち上がった。
「それじゃあ、帰るよ。もう少し遅くまで居たかったが、なにせ受験生を持つ親がフラフラしているわけにはいかなくてな。ケーキもありがとう。今日は本当に世話になった。垣内君もまたな。春になったらまたツーリングに誘ってくれ」
「息子さんの合格祝いに、ですね」
「ははは。そうなってくれるとありがたい」
戸野原が一番に戻った。カイは自分の分のケーキをタッパーに入れ、大事そうに冷蔵庫に片付ける。珍しく垣内が帰るとは言い出さない。いや、彼が良いのなら、居てくれれば良いのだが。いつもなら子どもが……と、言い出すのに。
「ハルさん、このあたり片付けるね」
「後でやるから置いといて良いぞ?」
「ついでだからね」
多分カイは、垣内が居る事を気にして、気を利かせた。ただ、部屋が他に無いから、キッチンで水を出して洗い物をする。ぼそぼそと話をすれば、その声は水音にかき消される。
「どうかしたのか? いつもは一番に帰ると言い出すのに、珍しいじゃないか」
酒を渡すわけにはいかないから、手元にあったお茶の入ったペットボトルを渡そうとすると、手を振って断られた。
「居られるなら長くいてくれれば良いんだが」
「丹波、お前見合いしないか? うちの奥さんの友人なんだが。夏にみんなでキャンプに行っただろう。その写真を見て、お前が独身の警察官だって事も話したらしくて」
「垣内」
「うちの奥さんの顔を立ててくれないか」
息を吸い込んだ。これを戸野原が聞けば、春久の代わりに怒った。それが判っているから垣内は、戸野原が帰るのを待っていた。判っていても、奥さん第一の垣内にしてみれば、言わないという選択肢は無かったのだろう。
春久はちらりとキッチンを見た。
カイは調子外れの鼻歌とともに、先ほど洗った茶碗や鍋などを拭いて片付け、今洗っている皿を乾かすための場所を作ろうとしている。カチャカチャガチャガチャと、雑多な音をさせていて、振り返る様子は無い。
「垣内。会っても会わなくても、奥さんの顔は潰すぞ。お前も知っての通り、今は仕事が忙しい。家庭を顧みる暇も無い。なので、結婚も、付き合いすらする気はない」
今というのは、この冬が、という意味ではない。副課長という役職まで得て家には寝に帰るだけ、授業に参加することは優先させてくれるけれど、たまのツーリングが息抜きで、カイとのメールのやり取りに癒やしを感じている。この生活がこれからもずっと続く。家庭は二の次になり、相手の女はどこかで知り合った相手と浮気、仕事と私とどっちがという陳腐な文句で、離婚騒動になるだけだ。第一、写真を見て? 警察官だから紹介してくれ? 冗談じゃない。
「秋津君と会う時間は有っても、か?」
ムッとした。何故そこにカイの名前が出てくるのか。
「関係無いだろう。大事な友人だが、あいつとは授業とツーリング合わせても、平均して月に一度会うかどうかだ」
「カイ」の名前は出さない。聞こえないだろうと思っていても、名前が出れば自分話だと耳が勝手に反応してしまう。自然の摂理だ。折角話を聞かないように気遣ってくれているのに。垣内が「秋津」と言ってしまったので、なおのこと。
「大学では昼に一緒に飯を食うぐらいで、ツーリングは俺のストレス解消だと知っているから、俺の休みに合わせてくれもする。俺の異動で遠方になったからツーリング前日に泊める事もあるが、そんな時は二人とも自分の勉強をする。どうやったら女との付き合いと比較できるんだ。今日のことも、これから正月松の内が終わるころまで俺がまともに休みが取れないのを知って、有休使って朝早くから来て買い物から料理までしてくれた。一番年下の男がそうやって気を遣ってくれていること、判らないお前じゃ無いだろう。第一、万一にも結婚するとすれば、上司の紹介する相手になる。その方が将来にプラスになるからだ。この年になればそれぐらいの打算も入るんだよ」
その上司が紹介してやるというのは断っているのだが。そこは当然黙る。
垣内は春久の本心を計るかのように顔を見ていたが
「判った。悪かった。うちの奥さんには断りを入れておく」と謝った。
「いや。俺もキツい言い方になって悪かった」
垣内は立ち上がりカイの土産と、クッキーを拾い上げ
「秋津君、帰るな。今日はいろいろありがとう。またツーリングやキャンプも誘ってくれ」と、声を掛けた。
カイが顔を上げる。
「こちらこそ。次は春かな。冬の間にしっかり勉強しないと単位落とすけど、ハルさん仕事が忙しそうなので、教えてくれとは言えないし。なのでまた、ゆっくり出来るようになったら」
「下まで送っていく」
「判った。鍵、持って出てね。冷蔵庫の中も整理しておく。すぐに食べるものと冷凍しておく物」
「任せる」
垣内と一緒に外に出た。足下はいつもの革靴だ。先ほど垣内が、カイと会う時間は有っても、と突っかかってきたのが気に障って、カイがクリスマスプレゼントに贈ってくれたサンダルを見せる気にならなかった。これが戸野原相手なら、楽しんで見せただろう。オイルランタンに続いてこれも、キャンプで使う用だと言いつつ。
「次に秋津君に会うのは何時だ? ツーリング土産まで貰ったから何かお返ししたいしな」
「一月半ばの大学だが、日にちは重なっていても受ける授業が違うので、休み時間がずれる可能性が有る。放課後に待っていてくれと連絡しておけば、会えるはずだ」
「一月初旬まで休み無しか?」
「いや。休みは有る。が、全て待機込みだ。なので、殆ど家から出られない。後、来週は出張だ。この日曜から移動だ」
副課長兼任になったことは三人には言っていないので、係長がそんなに忙しいのかという顔もされたけれど。
「担当エリアが変わって、メンバー一人でも欠けると首が回らなくなる。カツカツでやってるからな。なので休みと言えど何か有れば飛び出せるようにしておかないとなんだよ。明日は昼から待機に入る。純粋な休みは明日の昼までだ。以降は二月頃まで酒も飲めなくなる」
「秋津君は良いのか? お前に付き合わせて」
「お互い独り者だから、仕事以外は比較的自由が利く。最初に紹介しただろう。あいつは一人ででも走りに行ったりキャンプをしたりもするんだと。なので、その日程に俺の休みが重なれば付き合ってくれるだけだよ。互いに束縛も強制も無理もしない。気遣いや多少の日程調整はするけどな」
仕事と家庭を優先する家庭人と、仕事を優先すれば後は自由な独り者。自由に使える時間の過多が二つを分ける。もちろん同じ独り者でも時間に差はあるけれど、自由時間の使い方が、春久とカイは似ている。大学とツーリング、たまのキャンプ。おまけにカイは、仕事でキャンセルしても、笑って許してくれる。恋人との付き合いでそれは不可能だ。
「何か用意出来たら知らせるんで、お前が休みの時を教えてくれ。こっちに持ってきて預ける」
「カイなら気にするなと言いそうなんだが。あいつは土産を買うのも楽しんでいるから。まあ、判った。連絡をくれれば、その近くで家に居られる日を伝える。少なくとも来週はこっちに居ないけどな」
「判った。それじゃあ」
垣内が帰って行くのを見送った。
彼は戸野原と違って、春久の結婚を口にする。心配してくれているのだろうけれど、それは不要だと何度も伝えているのに。結婚するなら上司の勧める相手だとまで公言したのだ、これ以上何も言ってくることは無いと思う。思うが。次にまた同じ事を言ってくるようなら、彼と疎遠になるかもしれない。高校時代からの友人、無くしたくはないが。
溜息を吐きつつ、春久も家に戻った。
ようやく、カイにクリスマスプレゼントを見せて驚かせることが出来る。それを思い出して、また吐き出しそうになる息を吸い込んだ。どんな反応を示すのか、楽しみだ。
「二日間連休を貰ったので、お裾分け。手作りは嫌だという人も居るだろうから、食べられる人だけ適当に分けて」
庶務には、カイと作ったクッキーを渡した。
「え? 手作りって、係長がですかっ!」
「いや。うちで早めのクリスマスパーティをしたので、その時に、小麦粉を余らせると虫にやられるとかで、作ってくれた。俺は切ってオーブンの温度と時間を見ていただけだよ」
「小麦粉を余らせるって、料理か何かもしたんですか?」
「俺は手伝っただけだよ。ほぼ作ってくれた。簡単だからと料理のコツを教わったよ。スパゲティを指定時間茹でて、ソースと和えるだけとか、肉にスパイス振りかけておいて、グリルで焼くだけとか」
「男の料理ですね!」
「はは。そうなるね。それじゃ」
早々に話を切り上げて、自分の席に着く。班長たちと挨拶を交わし、休みの間担当して貰った礼と、状況質問をする。引き継ぎをしておかねば、春久の出張前に、班長たちも順番に休んでもらわなくてはならないのだから。
「丹波、出張仮出金出てないぞ。自腹か?」
春久がパソコンに向かっていると、課長が問いかけてきた。
「今作っているところです。休みの間に、宿泊施設の使用許可が来ていましたので」
それが届かなければ、ホテルを探してそちらの分の経費も出して貰わなければならなかった。宿泊所が使えるかどうかの差は大きい。返事待ちで時間が潰されていくのが一番辛い。
「ようやくか? 管区はお前に来て欲しいのか欲しくないのか、はっきりしろって。行かなくて良いのならお前を行かせたくないんだ、うちは」
「年の瀬の押し迫ろうかという中の研修ですからね。帰ってくればすぐに交通部主幹の交通安全週間も有りますし。うちも所轄の交通課から協力要請を受けています。特に中央は夜間検問もあるので」
「ああ、他の係長から班を貸して貰えるって話にしている。特に元中央に居た連中。うちは中央の範囲を狭めたんで、他の部署とズレているエリアもあるからなぁ。けどなぁ。今の人員じゃあそうするしかない。班長が増えれば班を分割して回せるんだが、管区の連中も、自分の顔を立てるためにそこに手伝いに行けという連中も、現場をもっと見ろと言いたい」
「はは……済みません」
「お前に罪は無い。管区の連中が抜け目なかったってことだよ」
「課長。お話中ですが、課長もお一ついかがですか? 丹波係長からのお裾分けです。なんと、手作りクッキーですよ」
「は?」
「素朴な味で美味しかったです」
女子職員に言われて、課長は春久を見る。
「お前そんな趣味があったのか?」
「俺が作ったわけじゃ無いですよ。棒状に丸めた奴を切って、オーブンを見ていただけです。小麦粉一袋使って大量に作ってくれたので、飲み会に来ていた四人で分けました。家族持ちとか食べるだろう人数によって量は変えたんですけど、職場に持って行くならと、作った奴の半分以上持たされました」
「……また男という訳じゃ無いよな?」
「男ですよ。料理してくれました。女を連れ込めるような甲斐性は無いです」
「はぁ……」
課長は溜息を吐いて、袋に手を突っ込みガサリと掴んで取りだし、机の上にあった紙を引っ張ってその上に置いた。
「これで十分だ」
女子職員は去って行き、課長はその一つを口に運んだ。
「今時、クッキー一つなかなか作らんぞ? うちの娘も彼氏に渡す奴なんか、店で買ってきたのを袋を詰め替えて、手作り感だけ出して」
「料理がストレス解消だと笑ってくれるので。キャンプも行くのでけっこう凝った料理を作ってくれますよ。まあ、一昨日は簡単な料理を教えてくれましたんで、宿泊先が賄い無しなら湯を沸かして茹でてぐらいなら出来るかと」
「まあ、良い。俺も昼から出るんで、早めに書類を出してくれ。印だけ押して出かける」
「了解しました」




