大学後期授業開始、そしてクリスマスへ
大学の後期、面接授業の第一弾は、カイと一緒だ。
「現物のハルさんだ」
「それを言うなら実物、だろう。品物みたいに言うな」
「うはっ。おはようございます」
「おはよう」
実物だと声を上げたいのは春久の方だ。今日の休みは確約されていたけれど、それでも取り消されたりしないように、昨日も必死で仕事を仕上げて、二十二時までに家に戻った。今朝も早くに目が覚めた。本当は家の周りを少し走りたかったのだが、移動することを優先した。なので、大学の駐輪場にバイクを止めた後、階段を何度か往復しておいた。体調もばっちり。運動には良い季節になった。
「走りに行きたいな」
「仕事、一段落ついたの?」
「なんとか、な」
「じゃあ、またツーリングに行けるね」
「キャンプも行けるぞ。秋と冬だな」
「やった。さすがハルさん。じゃ、じゃあ、夕食の時に話を煮詰めよう。後でね」
互いに荷物を置いておいた席に座り、授業が始まる。
昼はコンビニ弁当で良いと春久が言ったので、二人で弁当を選んで、約束通りカイが金を払った。
日陰に座って弁当を広げる。仕事の愚痴は忘れて、今日の授業についてあれこれ話をする。疑問点が出れば、今日は教師がいる。何でも聞ける、今のうちだ。
「天気が良くて良かった」
「そうだな。台風も一段落したようだ」
「大変だよね。直撃だったら、休みでも待機でしょう?」
「そういうことだ。お前は台風でも出勤か? 車で移動も有りか」
「テレワーク出来るから家で仕事だね。無理に通勤して怪我をしたら、迷惑掛けるしね」
「そうか。そうだな」
二人が座って話す日陰は、少しひんやりして、気持ちが良い。ああ、カイが膝を貸してくれないかなと思う。なんだかこのまま眠りたい気分だ。もちろん気分だけで、午後からもしっかり授業は有るし、今日の授業が終わった後は、二人で少し走って夕食、暗くなって下道は危ないので、最短距離で高速に上がり、春久の家で恒例の勉強会だ。
この日常が続くと良い。
ぼんやり見ている前で、カイはてきぱきとゴミを片付けてくれる。
「ハルさん、教室に戻るよ」
「判った。行く」
ゴミを持とうと手を出せば、カイは首を振って、歩き出す。春久が今日を楽しみにして仕事を乗り越えたように、カイも楽しみにしてくれていた。春久はにこりと笑ってカイの隣を歩く。仕事が落ち着いたと、久しぶりに戸野原や垣内にも連絡を取りたくなってきた。十二月の早めのクリスマスのことも決めなくては。家に戻ったとき、まずはカレンダーを用意すべきか。
「クリスマスは何が食いたい?」
「え?」
今からクリスマス? 二ヶ月以上も早いけどと、言いたそうな顔をしている。けれどすぐににこりと笑って
「トリ。チキン。またもも肉の塊焼く? クリスマスになると高いから早めに買って冷凍しておくのも有りだよねぇ」
解凍するときにドリップが出るから、冷蔵庫でゆっくり解凍して……などと。
「ステーキは良いのか?」
「それは~。キャンプのバーベキューで食べる。ハルさんのために、分厚いのを買ってあげるよ?」
「どの口が生意気を」と頭を押さえれば、笑ってそっと逃げる。つい、スキンシップを苦手としているのを、忘れるところだった。
「悪い」と、謝ると、カイは分別しておいたゴミをゴミ箱に入れ「手を洗ってくる」と、トイレに向かう。春久もそれに続く。隣に並んで手を洗いながら「気易く触って悪かった」と、再び謝った。
大丈夫とは言わなかった。実際カイ自身は大丈夫じゃなかっただろう。かと言って謝罪を受け入れてないわけでもない。それは雰囲気で判る。
「ハルさんには慣れたと思ってたけど……ごめんね」
逆に小さな声で謝られた。
以前二人で食べに行った田舎の一軒家で、カイが緊張して居るのが判ったから背中に手を当てた時は、逃げられなかった。あれは人前だから逃げなかっただけ、なのだろうか。それとも、カイを心配して、ほとんど無意識に出た支えの手だから? 今更聞くことは出来ない。触れる面積が小さければもしかしたら、意識して触れても大丈夫かも知れない。以前のように一本の指先だけとか。懲りないなと、自分でも苦笑した。それをカイも和解と取ったようだ。
「行こう。遅れる」と、誘ってくれた。
二ヶ月は長いと思っていた。その間に授業にツーリングにキャンプまでやっておいて今更だけれど、あっという間に過ぎ去っていた。
男四人のクリスマスなんて計画しておきながら、たまの休みにカイと遊んで、それ以外は仕事に忙殺されて、全然準備も進まないうちに、当日がやってきた。
カイとの待ち合わせ場所は、春久の家に近い大型スーパーだ。平日なので、駐車場も空いているだろうと、店から少し離れるけれど、敷地入り口近くにした。ちなみに、春久はここまで走ってきた。休日だから体を動かすには丁度良い。
「ハルさん、こんにちは-」
カイが側に車を停め、窓を開けて挨拶した。
「奥まで行って良いぞ。走って付いて行く」
「判った。店の周りぐるっと一周だね」
「放置するぞ」
「放置されるの、ハルさんだよね。あの入り口の近くで良い?」
「どちらが早いか、だな」
「ハルさんには負けるけどね。じゃあ、入り口で」
カイとは、そんな軽口をたたき合えるようになった。あの人見知りのカイが、だ。この調子で垣内や戸野原にも接してくれれば、一年で大きく変化したことになるのだが。……でもなぁ。それもちょっと癪だ。カイはこのままで良い。いや、もう少し砕けて、春久が頭を撫でてやっても逃げないぐらいにまでなれば……。二十六になった男の頭を撫でるのは、少しばかり無謀か?
カイが車をバックで駐車するのを待って、一緒に店に入っていく。ケーキは店に入っているテナントに、ホールを頼んでおいた。カイはいつもスーパーのチルド商品の場所で選ぶから、たまには奮発する。金も払っているので、後は受け取るだけだ。
カートを押して、カイが適当に野菜や肉、魚を入れて行く。
「豆アジ、要る?」
完全に好物認定されている。もちろん、好きだけれど。
「作り方を教えてくれ。今日は手伝える」
「オッケー」
今日のメニューは鶏もも肉香草焼き。と言っても、以前と同じ、マジックソルトを揉み込んで、グリルで焼くだけだが。四人分だから、フライパンも使う。冷食もいくつか。肉で足りない時に備えて。
「あ、もも肉安い。セール品だ。でも、買ってるよね?」
春久は黙ってもも肉二個入り三パック、買い物カゴに入れた。
「これから冷凍する」
「ふはっ。オッケー」
「飲み物は何にする? シャンパンは? ああ、ノンアルの奴でだ」
「炭酸水にして。ジンジャーエール作る。ノンアルコールの」
「了解。好きな種類を入れろ」
「太っ腹だね。ボーナス出た?」
「満額」
「店ごと買い取れる!」
「バカか。公務員の給料を甘く見るな。どれだけ引かれるか知ってるか」
「知るわけないじゃん。公務員じゃないんだから。知ってたら、そっちのほうが怖いよ」
理屈はあってるが、生意気な、と思う。子どもの生意気さだから、もっと言ってくれてオッケーだ。
戸野原と垣内に、アルコールはビール一本で、帰りにアルコールチェックすると言ったら、ノンアルコールを持って行くと言われた。ノンアルコールと言ってもアルコール1%未満というだけで、決してアルコールが入っていないわけではない。厳密には運転手には不可だ。ということで、飲んでそれが抜けるまでは帰せない。アルコールチェッカーと炭酸水の出番だ。カイに、炭酸系飲料を多めに入れておくように言った。清涼飲料水の方の炭酸だ。フレーバーは任せた。
「おやつ要る?」
「食事の後で食う腹があるなら。ああ、俺たちの朝食用にむすび」
「それは帰ってご飯を炊くから要らないよ」
「ピザとかは?」
「チーズたっぷりの奴?」
「宅配を頼んでも良いぞ?」
「食べるかどうか判らないし。勿体ないからチルドのやつにしよう。食べられるようなら焼くよ。フライパンの弱火で蒸し焼きにすれば良いんだから。スパゲティも食べるなら茹でようか。ソースは適当にパウチのものを買って絡めるだけだけどね」
「それも良いな。お前ならソースも作ると言いそうだけど」
「時間があれば、ね。今日はインスタントで済ませる」
結構大量になった。支払いをして、先に車に積み込んで貰う。カイがカートを押していく間に、春久はケーキの引き取りだ。
「ハルさん?」
カイが車から空になったカートをカート置き場に持って行っている間に、春久も戻ってこられた。車の前に立っている春久に、カイが声を掛けてきた。
「これを持って助手席に座ってろ」
カイに手渡した紙袋。カイが中身を覗き込んだ。ケーキの箱の、手持ち部分の隙間から、白と赤が見えている。イチゴたっぷりの生クリームケーキ。クリスマス用トッピングは無い代わりに、少しだけ工夫をいれてもらった。
「悩んだが生クリームにした。お前が食うんだからな」
「ありがとう!」
差し出した手に、いそいそと車の鍵を置いてくる。カートを置いてくる為に車の鍵は掛けているから、開ければカイは、助手席に乗り込み膝の上にそっとケーキを抱えた。
「先に部屋にそれを持って行ってくれ。潰れないようにしろよ。ほら、鍵」
部屋の鍵を渡すと、カイは大事そうにケーキの箱を抱えていった。かなり嬉しかったらしい。それもそうだろう。この年になってケーキホールなんて、なかなか無い。春久は車の後部座席を見回した。調子に乗って買い込みすぎた。ま、良いか。無理ない程度に持って上がれば、カイとも途中で会うだろう。家の鍵を渡したから、開けて待っているかもしれないし。
車の鍵を閉めようとしたら、カイが走ってきた。
「早かったな」
「紐靴だから、ケーキは玄関に入れてそのまま降りてきた」
「だったら、こっちの鍵も任せる」
車の鍵を返し、手にしていた袋を置いて、別の荷物を両手に持った。缶や瓶などの飲み物が入っているのでずっしりと重い。鍵の操作があるので片手を自由に出来るようにと思っていたが、カイがそれをやってくれるのなら、質量の有る物を優先して運ぶ。
「俺も持つよ」
「今置いた奴が嵩張るが軽いんで、そっちにしてくれ。部屋に戻ったら、そのまま荷物を片付けるんで、残りはお前が再度取りに来る。それで良いな」
「判った」
「後まだ重い食材が残っていたら、言ってくれ。取りに来る」
「了解」
「お前が動きやすいようにサンダルも買ってやった方が良かったか?」
「それは車の中に有る。キャンプ場でテントから出たり入ったりするのに、楽なように。ちなみに、ハルさんへはクリスマスプレゼントで買った」
「プレゼント?」
「そ。サイズはそんなに細かくないし。ハルさんの靴のサイズは隣に並べたことが有るから大体判ってる。俺はMが丁度良かったから、ハルさんのはLにした」
「俺のを?」
「そ。クリスマス会だし。あ、でも、垣内さんと戸野原さんの分は無いんだ。二人に贈れるような物、思い浮かばなくて、ツーリング土産になった」
「充分だろう。第一、俺が金を出して、お前が料理してくれるんだ。十分すぎるプレゼントだ」
「ははっ。そう思ってくれるとありがたいけど。ハルさんの分のツーリング土産も有るからね」
「お前は気を遣いすぎ」
「だって、楽しいじゃん。お土産探すの。ストレス解消を兼ねているから受け取ってくれると嬉しい」
「サンキュー。後で受け取る」
「オッケー」
春久が冷蔵庫を開け、荷物を片付けとしている間に、カイも往復して荷物を持ってくる。
「靴、置きっ放しにしているけど、外に出ているから鍵を掛けないでね!」
「判ったよ」
苦笑しながら返事をすると、ドアの閉まる音。カイが運んで廊下に置きっ放しの荷物を受け取るために玄関に出ると、言われた通り、カイのいつものブーツが玄関の隅に揃えられている。話題に出たサンダルで出て行ったらしい。
しばらくして玄関が開いた。合図も無かったのでカイが戻ってきたようだ。




