班構成変更
十月まであと二週間。予定通り、公安の世話になった班員は留め置き、他の二人は希望部署に異動辞令が出た。これから異動までは、春久が面倒を見ることになっている。
そして、課長と係長、班長による班決めが本格的に話し合われ、九月の終わりには決定、十月一日からは新メンバーで仕事に取りかからなくてはならない。
「それじゃあ、二人はこの書類を作成しておいて。終わったら鍵の閉まるところに入れて、他の人には見せないように。あとで確認する」
そう言って、A4の書類の入る封筒を、二人の席に置いた。本来はすぐに受け取って確認したいのだが、春久はこれから課長、係長、班長による会議なのだ。
「昼にはいったん戻ってくるから、それらが終わっていたら、次の書類を渡すよ。活動服は今のものがそのまま使えるはずだけど、念のために確認しておく。来週には二人の直上長になる人も紹介できると思う」
「はい!」
それで春久は、自分のノートを掴んだ。ホワイトボードには課長から班長まで、全員同じ部屋番号が振られている。それを書いていた班長が振り返り
「書き終わったらすぐに行きます」
と答えてくれたので、春久は頷き、自分の水筒を持って部屋を出た。
「丹波、お前の席はそこだ」
課長は、ロの字に配置された机の、短辺の中心から一つ横の椅子を示した。了承の返事をして机にノートと筆記用具、水筒を置いた。
「書きますよ」
課長がメモを見ながらホワイトボードに書いているのを見て、その隣に立った。課長は春久にそのままメモをくれ「こっちの部分を頼む」と。なので、ボードの左半分を春久が、右半分を課長が書く。
その間に集まった班長たちに、係長たちがペットボトルを配っている。普通は逆だと思われるかもしれない。下に付く班長たちが動くものだと。ここでは違う。それぞれに仕事を見つけた者が自分で動く。
「よし」
ホワイトボードには今の課長から係長、それから班長の指揮命令系図が書かれた。
「十月一日からの班構成を説明する。希望や質問があれば都度、言ってくれて構わない。班員たちには、月が変わって発表するまで黙っていてくれよ」
「はい!」
「班構成の変更に立ち会うのが初めての丹波も居るんで、改めて説明する。うちの所轄は土地が広いんで、五人の係長は、エリア別担当にしている。市役所や所轄のある中央、それ以外を東西南北の五エリア。丹波は尻ぬぐいのこともあったので、引き継ぎでそのまま、南を担当して貰っていた」
課長は「丹波係長」の名前の上に南と書かれている部分を、蓋をしたホワイトボードマーカーでコンコンと叩いた。
「一人の係長がひとつの所轄みたいなもので、業務内容ごとの専門は班長が担うことになる。班長が本庁で言う「係」長だ。とは言えうちの人数じゃあ兼任も多いんだが。係長はその業務全てに精通している必要もあるんで、責任範囲も広い。そこが他の所轄との違いだ。それらを踏まえたうえで、所轄が移動するのはおかしな話だし、各組織トップとも直接挨拶をしているんで、本来ならあまり変更をしたくは無いんだが……」
課長はそう言いつつ、南の文字に斜線を引き、中央と書いた。そして中央だった係長が南に。
「これは決定だ」
次に係長名の下に書かれている数字。場所によって数字はバラバラで、その数字分だけ、下に班長の名前が書かれている。
南と西以外の数字が斜線で消された。春久のところには2が。北と東の係長は、一つずつ数字が増えている。
「中央の範囲を少し狭める。……予定だ」
少しの間を置いて、予定、を強調した。ホワイトボードにマグネットで管区内の地図を貼り付ける。既にマジックで赤く点線が引かれている。新しい担当区割り。西は変わりない。南と北と東がそれぞれ元の中央エリアに大きく食い込んでいる。
「人事から確定連絡が来ていないが、手続きだけはした。十月から丹波は、二ヶ月か三ヶ月に一度か二度、一週間から十日ほど、管区の手伝いに行く予定だ。詳細な日程はまだ不明だ。管区からは十月までに年間スケジュールが届くことになっているので、来れば共有する。留守の間のフォローは俺と中央担当班長で行う。後は……これも人事から来てないんで決定では無いんだが……」
課長は何度も言葉を止めながら、そこに居る全員を見回し、丹波係長の後ろに括弧をつけ、副課長と書き足した。
「うちの署内限定人事になる」
春久が受けるべきかどうか悩んでいたこと。管区から研修を兼ねて研修の手伝いに来いと呼ばれた。そして、それを受けると必然的に副課長に格上げされる。春久が、ではなく、管区に呼ばれるのに係長では役不足ということなのだ。
しばらく、係長や班長たちからは咳の音一つしなかった。
課長が席に戻ってペットボトルの蓋を開けて飲む。春久も同じようにペットボトルの蓋を開けた。折角持ってきた水筒だけれど、今は出番が無さそうだ。
「でだ」
課長は再び立ち上がり
「丹波の希望で、ここだけは決定している」
そう言うと、問題児の面倒を見てくれている野沢班長から丹波係長兼副課長へと線が引かれた。
「いろいろ癖のあるのを纏めてくれている手腕を買ってのことだそうだ。ついでに、昇格しろと尻を叩くつもりらしいから覚悟しておくんだな」
当の班長が顔を顰めている。
「今、丹波の下にいる他の班長は南のままのつもりだが、それで良いか? 一年もしないうちに係長が二回も変わるので、そっちのフォローが優先だからな。減った分、中央から、いや中央以外からでも良いが、一班回す。もちろん丹波にもすぐに全面的に手を放させるようなことはさせない。そこは安心してくれ。あとは、丹波は副課長兼務だから中央だけでなく所轄全域も見る。どうしてもって時はどこの地区だろうと呼んで、ヘルプをしてもらえ。その仕事が増えることも納得済みだ。そうだな」
顔を見られたので、横を向きそうになるのを、なんとか持ちこたえ、がっくりと頷いた。
「癖のある連中抱えているんじゃ、中央、二班じゃ足りないんじゃないですか? 実質一班ってことになりますよね。せめてもう一つ増やして」
「まあ、いろいろ確定するのは来週になるんで今なら変更も可能だが。最終的に、生活安全課に関しては、中央の区分は無くしていくつもりだ。今回のことで、名目、係長が一人減る。丹波が課長になるなら係長の増員が有るんだろうが、丹波に課長は十年は早い。目の行き届かないところなんぞ、どっさり出てくる。おまけに、管区に呼ばれれば一週間やそこらは平気で居なくなる。俺も本庁での会議で出たりもする。なので、現在中央の班長たちが中央に近いエリアを担当するのが一番近道かとも思うんで、北と東は班長を増やすことにした」
南は元々稼働が少ない班が一つ減り、実力の有る班が入る事で、エリア拡張の影響がプラマイゼロの形に持って行きたいらしい。
「それじゃあ、逆に、丹波長の下の班は何をするんですか?」
「中央はまだしばらく残るからそこと、後は遊撃班だな。丹波が全域のヘルプに走るなら、それに付く副官が必要だ。留守番もある。それをフォロー出来る班長だ。他の班の何倍も忙しくなるが、それでも良ければ立候補してくれ」
係長たちと班長たちが集まったり離れたり、互いに話し合っている。
春久の前にも班長が来た。野沢だ。
「俺は来年四月に異動だって話しましたよね? それをまた、何を好きこのんで」
「済みません。自分から仕事を増やしていると言われてます。それでも、これからもこの仕事を続けていく上で社会人学生は続けたいというわがままもありますし。俺も癖のある一人として、お手数をおかけしようかなと」
「本当に四月には逃げますからね」
「人事課に確認したところ、役職が上がれば引き続き同じ部署にも居られるそうなんですよ。それと、副課長兼任が付くようですけど、実質係長なんです、俺は。管区の手伝いに行くのに、肩書きが足りなくて付けられただけで、警部補のままですし。出張や休みも合わせると年間三分の一は居ませんので、本当に係長目前ぐらいの人でないと。もう一班の選出は課長にお任せしました」
課長が、丹波係長の役職部分を消さずに括弧付きで副課長と書いた理由がそれだ。所轄内では係長で、管区に出るときは副課長の肩書き。
「管区の手伝いだなんて、物好きな」
「それは上に言ってくださいよ。管区の覚えが良くなると県警全体の待遇も良くなるとのことで、俺は人身御供らしいですから」
「人身御供。ああ、それなら判る気がします」
「ちょ!」
話している間に、係長たちが時々ホワイトボードの前にやってきて、班長と自分の名前を線で繋げている。
「ここの、南に居た他の班は全部、南に残しで良いんですよね?」
「大丈夫だ。それから、中央から好きなの引っ張っていけ。南の中央に近いところを任せられる奴」
「その担当班指定なら、もう確定しているも同じじゃないですか。中央の南を任せていた班が有るんですから」
元の中央南部は、新たに南の中央寄りに組み込まれた。今の中央南部担当班長をそのまま連れて行けば、そこは安心して任せられるから、元々の南エリアの調整に注力できる。係長は課長から許可をもぎ取り、課長は手元のメモにホワイトボードと同じ印を付けていく。
「ちょうど、少年犯罪に強いのを欲しいと思っていたので、その意味でも助かります」
「南は係長入れ替えと班追加のみかぁ。だったら他の地区は班を入れ替える必要があるな。中央の残りの班も含めて、エリアでシャッフルか? で、何処を丹波長の下に置くか……」
今年南エリアの班入れ替えが発生しないのは、上が正月に続き今年だけで二回も替わるための特例だと課長に確認した係長たちは、南に入らなかった班長を全員並ばせた。
「南担当決定した係長と班長全員、戻って良い。野放しになってる連中を見ておいてくれ」
課長が、巡査や巡査長だけでは心許ないと言えば、数人、部屋から出て行った。
「あとは、自分が行くエリアが決定している班長たちもだ。丹波、お前も戻れ。中央担当になれば、今まで以上に他課との連携も必要になるからな。異動する二人の面倒を見ながら、他課の課長と係長は全員覚えろ。組織図に写真も載っているだろう。席替えは、十月一日に一気にやる」
「判りました。では失礼します」
春久は他に三人の班長とともに、会議室を出た。
「丹波長は、自分が希望する班長は居ないんですか?」
後ろから声を掛けられ、振り返った。
「こっちに来て、前任者の状況と手足になってくれる人たちを把握することで手一杯で、他の班長やその班員たちについてはまだよく判っていないので。今年は課長が請け負ってくださったので、甘えることにしました。来年には自分で指名できるように、全員ともう少しコミュニケーションを取れるように頑張ります」
実際のところは、取らないと仕事が出来なくなる。担当範囲が所轄エリア全てと言うことは、そういうことだ。そしてその全員、には生活安全課全員どころか、他の部署も含まれる。課長の仕事がどれほど大変なのかよく判る。
「うちの班も、昨年異動したばかりなので、今年はねぇ。四月の異動で今度は班員が班間移動するので、その時に使えるのを二人ぐらい出しますよ」
春久は今後やらねばならないことを考えて、心の中では青ざめていたのだが、班長はそんな春久に心強い言葉をくれた。
係長は一度担当エリアが決まれば、ほぼ変動が無い。人事異動で係長が変わったときによほど地域が合わなくて希望があれば程度。その場合は新しい係長に自分のエリアを任せて、自分が空いた地域を担当する。施設や企業の組織長と顔合わせの挨拶をするのが係長だから、常に同じ人の方が意思疎通が出来て安心して貰えるのが一番の理由。
ただその変動が無かったことがマイナスの方面に働くと悪の温床になり、今回それが発覚して春久が呼ばれた。けれど基本的に、係長が交代するのは三年から五年の長めのスパンで、係長として赴任してきて次の赴任先に赴くまで同じエリアだけを持つ人の方がはるかに多い。
班長は、秋に自分の班丸ごと、地域を移動する。同じエリアの同じ地区を二年ほど経験した後、同じエリアの別地区だったり、別のエリアだったり。
そして毎年春に、班員が班を変わる。これには人事異動の影響が一番大きいが、それ以外にも班長からの評価にもよる。中には「こいつとこいつは離しておいた方が良い」とか、「もう少し忙しいところで腕試しさせてやりたいんで引き取ってくれないか」と、班長間で相談して「お前明日から○○班な」と、突然言われることも。これは、らしい、だ。春久も聞いただけだから。
一足先に戻った班長たちは既に仕事に取りかかっているし、南の係長も電話中だ。
「丹波長、ご自分が動かれますか? 班を動かしても大丈夫ですよ。どのみちいくつかの机もずらさないとなので。これからレイアウト作りますので、多少はご希望を優先させられます」
問われたのは、席移動。執務室内のレイアウトも多少変更し、窓側に係長、その近くに班長を含む班毎の島を作る。班長二人の中央とそれ以外のエリア担当では、机の配置も異なってくる。
「もちろん邪魔にならないように、自分が動きますよ」
とはいっても、まだ来週にならないと確定では無いし、発表は十月一日か、九月晦日だ。
「袖机はそのまま移動させるので、机の上の書籍や小物などは袖机にしまうようにしておくと楽ですよ。ロッカーの中も、必要なら段ボール箱を用意しますので庶務に言ってください」
「了解しました」
班長の移動には慣れているのか、班員たちも黙々と仕事をしている。春久より新参なのは庶務に一人と班員に一人だけだ。十月も二人だけ異動してくる。他は全員春久より先輩だ。この所轄同じ課の同僚としてと言う意味では。
なので貰えるアドバイスは全て素直に受ける。
ロッカーを開けた。制服と制帽、活動服、防刃ベスト、靴。警棒や手錠などの巡回に必須アイテムがつり下げられたり棚にあるだけで、他には何も入れていないことを確認して閉めた。ロッカーの中の物はすぐに移動出来る。机の上も基本的に、帰りには書類立てに立てられた書類や書籍、パソコン以外は無い状態にしている。カイのくれたコースターも、一番上の引き出しに入れて最後に鍵を掛ける。忘れていた。机に付いている薄い引き出しもあった。開けば筆記用具やメモ帳なども出てくる。それらも忘れずに袖机に入れた。
一通り机の周りを見回して、整理整頓出来ていることを確認してから立ち上がった。春久の今の仕事は、後二週間足らずで異動する二人の面倒を見ることだ。
指示していた書類を提出して貰い、代わりの書類を渡す。
「二人とも本庁だから、引っ越しに一週間は猶予が有る。最初の頃は片付け、それから荷物を運んであちらの部屋で整理か。で、二人とも妻帯者なので家族用官舎の空き部屋状況を貰っておいた。資料を渡しておくんで、実際に部屋を見てきて良いから、早急に押さえて。明日行ってくる? 今日昼から行っても大丈夫。二人は仕事だから公用車使って良いけど、奥さんを連れて行く場合、申し訳無いけど奥さんたちは別行動で」
「判りました」
「今日急ぎの書類は有りますか?」
「先ほど作ってくれたこの書類が有れば今日は大丈夫」
二人は顔を見合わせ、少しの間話をしている。
「では、昼から出てきます。なんでしたら昼から時間休にしますが」
「いや。先ほども言った通り、君たちは新しい住所を確認して、十月一日の異動に備えることも仕事だ。ただ、公務なので二人以上での行動が原則だから一緒に行って見てくると良いよ」
「ありがとうございます。では昼休みを込みで行ってきます」
「それから、遅くなるときと、場所が決まったときは連絡を。特に部屋はすぐに押さえるよう手続きをしないと、次に行ったときは埋まっていたりするから」
「はい!」
二人に行き先は本庁と書くように指示し、出て行くのを見送った。それから時計を見れば、十二時が過ぎている。課長たちはまだ戻ってきていない。皆、電話番を残して交代で食事に出た。春久は立ち上がり、少しだけ考え、残っている係長に声を掛けて後を頼むと、先ほどまでいた会議室に戻った。




