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待ち合わせ

 「いきなり来週からなんて大変だね。台風シーズンだから、気をつけて行ってきて。後、大学の支払い間に合いそう?」

 それは、盲点だった。カイからの連絡は、同じ事をやっているからこそ判るアドバイスや注意点が多い。そういう意味では、戸野原も同じ警察官だったからこそ判ることもあるのだが。巡査部長で辞めた彼には、さすがに警部補研修は不明だろう。

 課長が「起床から就寝時間まで」と言うのも当然で、警察学校と同じく宿泊場所も研修所の中だ。警察学校と違うのは、緊急時対応で業務用電話の携帯が許可されていることぐらいか。なにせ警部補ともなるとそれなりに自分の仕事を持っているし部下も付いている。

 研修より優先せざるを得ない職務が入った場合、研修の延長または再研修があり得るらしい。

 

 他の係長も、頑張れとの声援だけで、内容が判ったら面白くないだろうと詳細は教えてくれなかった。唯一教えてくれたのは、洗濯をしている暇も無いから着替えは一週間分持って行け、制服も活動服もありったけ、ということだけだった。制服に皺を付けることは出来ないから、大荷物になりそうだ。

 

 「間に合うとは思うが、もしお前に時間があれば、郵便受けの中を見てくれないか。ロック番号を教えておく。後、車の予備キーをそこに入れておくから、無いとは思うんだが郵便受けの中がいっぱいになりそうだったら、車に移しておいてくれ。無理はしなくて良いからな。車の鍵は持ち帰って、次に会うときに返してくれれば良い」

 「じゃあ、この土曜日か日曜日に直接預かりに行くよ? 予備だろうと車の鍵だもん、その方が安心だよね。で、ハルさんが留守の土曜日に行って、中を確認しておく。その頃には届いているはずだし。で、見つけたら支払いしておく」

 「この土曜日は昼から二十四時間仕事だ。日曜の昼に戻ってくる」

 「じゃあ、日曜日の昼、行くようにする。出かける前だとバタバタするだろうし、ハルさん、気を遣うものね」

 「頼む」

 「おっけー」

 やはりカイにだけでも何か土産を買って帰ろう。そう決めた。あとは日曜日の夕食か。食事をさせてからだと帰るのが遅くなるのは気になるが。

 

 「ショッピングセンターで待ち合わせよう。仕事が終わればすぐに行く。直接会えるなら、授業料も預けられる。さすがに万単位の金を郵便受けに入れておくのは不安だったし。時間が不正確だから、買い物でもしていてくれれば、到着したら連絡する」

 ショッピングセンターも三回目になる。春久の方が近いが、カイはそこまで行くのもドライブだと楽しんでくれている。店をぶらついたり食事をしたりも出来る。なので今では良い待ち合わせ場所になっている。

 「判った。いつも待ってて貰ってるから、たまには待つのも有りだよね」

 待つと言っても、それは、カイの方が遠いとか、待ち合わせ場所が春久の家、とかなのだから、待つ内に入らないと思うのだが。

 「昼は食ってから行くことになるんで、お前も適当に食っておいてくれ。お前の作ってくれた飯も食ってしまっておかないと勿体ない」

 「了解~」

 返事が軽い。まあ、良いかと思う。カイらしいと言えば、確かにカイらしい。

 

 少し遅れた。他部署の課長に一緒に昼食をと言われたのを断りたかった。けれど、部署が違うとは言え相手は上役、それも出来ず。ずるずると話を引き延ばされ、これは誰かと引き合わせようとしていると気づいて、急いで「済みません。約束があるんです。相手を待たせたままなのでこの辺で」と、立ち上がった。自分の分の金をテーブルに残して立ち去る。

 外に出てちらりと見ると、入れ替わるように店に入っていった相手、女が、今まで食事をしていた席に向かっているのが見えた。立ち去って正解だ。課長が入れ知恵したとは思わないが――なにせ、「来週からの出張の準備もあるのだから早く帰れよ」と声を掛けてくれたぐらいなのだから、それでも以前、知り合いに口を利いてやろうか、結婚相手のと言われたことが頭を過ぎる。いや、あの人では無いはずだ。結婚に対しては今は、と直接口にもして理解も得ている。ただ、春久が独身なのは他の職員にも知られている。頼むから勘弁してくれ。

 

 「お待たせ」

 待ち合わせ場所はフードコートの隅、デザートの連なっている付近。初めて二人で行ったときに、春久がフラッペを二つ購入して並んで食べたテーブルだ。

 「待ってないよ。大丈夫。俺も今食事を終えたところ」

 カイの気遣いがありがたい。カイの前にはフリードリンクのお茶とタブレットだけ、食事などとっくに済ませて読書をしていたのだろうに。

 「先に渡す物を渡しておく」

 これまで忘れると大変だと、銀行で金を下ろした時に入れた紙袋。

 「一応、授業料と振り込み手数料分、入れている。後は車の鍵。予備だから、次回会うときに忘れても大丈夫だ」

 肝心の振込用紙も忘れずに入れた。

 「判った。ちゃんと返すよ」

 言いながら、中身をきちんと確認して、いつものバッグのポケットにタブレットと一緒に片付けた。ファスナー付きで、落とすことも無い。やはりきっちりしている。安心して任せられる。

 

 「返すと言えば、お前の消しゴム、物質で預かりっぱなしだ」

 「忘れてた。じゃあ、消しゴムと交換だね」

 目を細めて笑うカイに、付き合いで昼食を断り切れず、その後もずるずると話を引き延ばされたのだ、申し訳無いと、もう一度頭を下げた。

 「大変だね。来週からの研修も大変そうなのに」

 「来週からのはまた、いつもと違う大変さ、だな。少しも様子が分からないから、心構えが出来なくて。課長には早くから連絡が来ていたようで、同役とのスケジュール調整されていたのが救いだ」

 

 「そか。じゃあ、そのハルさんに」

 そう言ってカイが、目の前に、紙の手提げ袋を出してきた。先日春久が戸野原に渡したカップのと同じ店のものだ。

 「何?」

 「気分転換になると良いね」

 その場で開いた。アウトドア用の、コーヒーミルとサイフォン。一人分用の豆が挽けて、サイフォンは小さく折りたためる。

 「カイ?」

 「ストレス解消は大切だからね」

 「俺の方が世話になりっぱなしなんだが? 料理も、お前のお陰で家に戻って少し温めれば美味い飯が食えるから、飛んで帰ってるぐらいだ」

 「それね。俺が欲しかった奴なんだ。でも俺はコーヒー飲まないから、代わりにハルさんに使って貰おうと思ってた。今度、面接授業の時に、お昼休みにお湯を沸かして淹れて見せて。練習もしておいて」

 カイは楽しそうだ。欲しいけど、使わない物を買う必要も無い。けれど誰かにプレゼントなら買えるのだと、目を細めて笑っている。

 「砂糖とミルク、用意しておいてやろうか?」

 「要らない。その代わり、十二月、クリスマス前で良いから、ハルさんが連休でゆっくり出来る時、大学が無い時だよ。少し早いクリスマスパーティしよ。どうせクリスマスから年末年始は家庭持ってる人が優先だからって、ハルさん休まないよね。うちの家ではケーキ食べる習慣無いし。ハルさんとこだったら、堂々とケーキ食べられる」

 「ワンホールか?」

 「小さめで良いよ。俺だけだよね食べるの」

 ニッと笑うカイに、春久も笑って頷いた。

 「判った。買っておいてやる」

 「自分で買うよ。だって、あのスーパー、色んな種類のケーキ置いてるから、自分で選ぶの楽しみだし」

 「選ぶのはお前で、金を払うのは俺だ。それで一緒に食材も買い込んで、料理はお前、で良いんだろう? 出来合でも良いが、お前のストレス解消なら」

 「やった。泊まりも込みで、よろしくお願いします」

 三ヶ月も先の話で、二人とも笑みになれる。もっと早く、食事を終えたらすぐに席を立っていれば良かった。そうすればカイを待たせることも無く、一緒に店を回ることも出来たはずなのに。カイこそが春久の精神安定剤だなと認識してしまい、可笑しくなった。

 

 「ついでに、テントを見てくるか? 前回、料理を優先してまだ見てない店もあるし」

 「おっけー。大体目星付けてはいるけど、実物見られるならそれが一番だよね」

 もらったコーヒーミルとサイフォンセットを元の様に片付けて袋に入れた。同じ店に戻るのだから、購入済みであると示せるように。

 「先に車に入れてくる?」

 「そうするか。お前が歩きすぎてへたらないのであれば」

 「食後の運動」

 何度でも見せてくれる笑顔。来週の研修も乗り越えられる気がする。


今回は、区切りの関係で少しだけ短めです

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