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後始末

 「トノさん」の件は、アッサリと片付いた。

 翌日、カイを見送ってから出勤すれば、机の上に課長からのメッセージが残っていた。班長と二人、本庁へ行ってこい、と。班長は前日に出勤していて、直接聞いたらしい。

 「班員の引き取りです。今日中に公安に顔を出せと」

 「ああ、了解」

 二人の予定のすり合わせをする。課長は出ている。別の係長に「二人、出ますので」と頭を下げれば、聞いているから後は任せて行ってこいと言って貰えた。きちんと段取りが出来ていて、ありがたい。

 

 指定された会議室に赴く。と、廊下で手を挙げている男がいる。

 「奥園さん! ご無沙汰してます」

 春久が連絡を取ろうと思っていた相手だ。

 「こっちに呼んだと聞いて、顔を見に来るついでに、謝りに来た」

 「え?」

 「少し、良いか? ブラックのコーヒーで良いんだろう? そっちは?」

 春久はいつもの通りスーツだが、班長は制服だ。徽章を見て役職を判断したのだろう。春久より年上の男に対して、ラフな言葉遣いで問いかけた。

 「同じ物で」

 

 少し奥まった自動販売機。そこで缶のコーヒーを買って、二人の手に乗せてくれた。

 「今のところに異動する前、班長だったときにお世話になった奥園係長。今回のことも含め、今何かと面倒を掛けてしまっている、野沢班長」

 そう言ってお互いを紹介する。

 「こいつは努力もするけど、圧倒的に経験が足りないからな。経験者がフォローについてくれているならありがたい。考え方は柔軟なので、何かあったらどんどん言って、鍛えてやってくれ。うちの課長、二年で返してくれるのかと戦線恐々としていたけどな。お前は外で揉まれた方が良い。経験を積める」

 「はは。そうですね」

 春久がプルトップを開けると、班長も真似た。奥園は最初を班長に、最後を春久に向かって言っているから、班長は頭を下げてから、コーヒーに口を付けた。

 

 「で、だ。悪い。従姉妹の子なんだ。公安に居る奴」

 「え?」

 何の事かと、一瞬首を傾げたが、次の言葉で、理解した。

 「何年か前、親戚の飲み会でな。下っ端の巡査が辛いなんて零していたから、つい言ったんだ。

 俺の部下を見習え、苦学生だったのに優秀な成績で入庁して、それにあぐらをかくこともなく、今も勉強を怠らない。だから周りの信用を得て、俺を追い抜く勢いで出世しているぞ、ってな。誰が、とは言わなかったんだが……」

 奥園は一息ついて、続けた。

 「それでお前に憧れを抱いて、いろいろ調べたらしい。密かなシンパだったようだ。目標にしていたお前をけなされたもんだから、カッとなって、ついべらべらしゃべったらしくてな。後で正気に戻って、頭を抱えていたよ」


 何故、公安の人間が春久の経歴を知っていたのか。

 その謎が、ようやく解けた。

 

 「俺はそんな出来た人間じゃないですよ」

「良いんだよ。そうやってお前を目標にする奴がいるってことは、同じように頑張る人間が増えるってことだろう? それの連鎖だ。ただな……」

 奥園は一瞬だけ言葉を切り、

 「お前のことを調べた上に、現場でしゃべったことは、代わりに俺が謝る。済まん」


 元上司に頭を下げられ、さすがに春久も焦った。慌てて止める。

  

 「あ……いえ。トノさんの後輩って言われたので、誰のことか判らなかったのですが。ゾノさん、だったんですね」

 「それは、聞き間違いじゃないな」

 奥園はそう言って苦笑い。

 「親戚連中って、何故か、似たような名前が居るんだよな。親兄弟だから感性が似ているからかとも思うが。名字も同じなのが何人も居るだろう。なので当然下の名前で呼ぶんだが、別の従兄弟の子に敏広がいる。俺は俊紀。どちらもとし、なので、としのり、との、トノさん、で、今じゃ親戚の中では『トノさん』だ。外で呼ぶなと言っておいたんだが。出たんだろうな」

 「ああ……じゃあ、『トノさん』で合ってたんですね」

 いろいろすっきりした。戸野原にもそのことだけは報告しておかなければと思う。まさか名前の略、それも途中の文字を取った呼び方だとは、誰も思わない。

 

 コーヒーを飲み終わり、奥園が連絡を入れてくれて、ついでだとそのまま案内で部屋を訪れた。

 

 公安の職員はぺこぺこと頭を下げたが、理由については理解した、今後は気をつけてくれれば、で、終わった。そこで改めて紹介された。名字は奥園、だった。親が従兄弟同士の結婚らしい。

 「丹波さんのこと、トノさんがめちゃくちゃ自慢するんですよ。入ってだらけ始める頃の新人全員に、爪の垢飲ませてやりたいって。お顔も知ってたんで、舞い上がってしまいました。本当に済みません!」

 「だから、職場でトノさん呼びはするな。とっさの時に出て、指揮系統が不明になる」

 「あ、奥園警部補が!です!」

 

 「奥園君は巡査長なのか?」

 野沢班長が聞く。

 「そうです。まあ、公安部所属なので警察本部とは命令機構が少し違うんですが。推薦も貰ってるので、次の試験で巡査部長になったら班長です」

 「俺が五年目で、来年度には異動だと思ってる。丹波長の下、班長が一人空くんだが」

 「トノさん! じゃなくて、奥園警部補!」

 若い奥園巡査長は、縋るような目で奥園係長を見る。

 「お前も異動してまだ一年だろう。まずは巡査部長になってから言え」

 「は、はい!」

 「美化されると、ぼろが出るのでお手柔らかに。何度も言いますが、上司や友人、今では部下も、か。恵まれただけなんですから」

 「ま、そこが丹波、だな。二月だったか一度、そっちの課長に泣いて感謝されたな。絶対に新年度過ぎまで掛かると思っていたのがあっという間に片付いたって」

 「奥園先輩」

 「奥園警部補! その話まだ聞いてません!」

 「お前は今回の罰だ。教えてやらん」

 「トノさん~」

 

 引き取りの時間指定をされていなかったことも有り、四人で昼食を取ってから、一人連れて帰る。班長が運転して、春久は後部座席で班員の隣に座っていたが、三人とも何も言わない。

 

 途中で帰着時間を告げておいたからか、課長が待っていてくれた。そのまま全員で会議室に直行だ。

 「反省したなら始末書を書け。暴力に関しては誰一人として証言しなかった」

 班長の危惧した通り、全員撤回したらしい。後で「帰ってくると判れば、報復も怖いだろうしな」と、課長が零していたが。

 「一週間の職務停止だ。ふらふら出歩くな。次からは九時六時勤務。事務所でずっと座っていろ。それも出来ないなら、ここではお前の仕事は無い」

 反省したのか、相手は黙って頷いた。

 「返事!」

 「はい!」

 「席を外すときは必ず班長か係長の許可を得ろ。例えトイレに行くときにでもだ。黙って帰ったりしたらどうなるか判っているな」

 「はい!」

 「さっさと席に戻って始末書を書け! 提出したら家に戻れ!」

 「はい!」

 飛んで出て行く後ろ姿に、課長は溜息を吐いた。

 「あれはまだ判ってないな。想像力が足りないだけか」

 想像力? 何の事だと思いつつ、課長、春久、班長、三人で事務所に戻った。

 

 結局、班長に三回差し戻しされ、最後は「五年もやっててこんな書類しか書けないのか。もう良い。職務停止の間に書類の書き方を勉強しておけ」と受け取って貰え、飛んで帰っていった。その書類は当然春久の元に提出される。

 「清書した奴がそれで、その前の奴は誤字を指摘したら塗りつぶした奴を出してくるから、文字の訂正の仕方も知らないのか、第一、誤字の入った汚らしい始末書なんぞ提出して、反省の色が見えると思っているのか、と、叱りましたよ。最初は、鉛筆でした」

 はは。それは、頭が痛いのも判る。

 

 「ひとまず今後の彼の態度を観察しておくしかないんですが、済みません。出張が入って、班長にまたご迷惑をおかけします」

 頭を下げた。

 「そんな予定入ってました?」

 「先ほど入りました」

 春久の返事を受け、班長は急いで自分の席に戻って、パソコンでスケジュールを確認している。

 「県外出張ですか?」

 「管区の新警部補研修です。俺も昨年末に警部補になったので、この研修は必須です」

 「そうでしたね。でも、急ですね」

 「そう思います。もう少し早く判っていれば、皆さんへの負担も少なかったんですが」

 「秋の異動シーズン前に研修を済ませておこうって魂胆ですね。判りました」

 班長が離れていくから、春久は出張用の書類を作成する。始末書などは手書き必須だが、出張書類や管轄外移動届はパソコンの作成で済ませられる。それらを作って、目を通し、担当枠に印鑑を押した始末書とともに、課長に提出した。

 「とうとうお前の番か。行ってしっかり絞られてこい」

 「ありがとうございます」

 始末書は課長の手に残り、出張書類と移動届は戻ってくる。その書類を元に、庶務に出張旅費などの請求や宿泊場所の確保もしなくてはならないのだ。

 

 「丹波」

 「はい」

 課長に呼ばれればすぐにそちらを向いて返事をする。

 「来週の係長間調整は不要だ。他の係長には影響しない。ただ、お前の休みが消えるんで、それは戻ってきてから調整しろ。班長たちにはフォローを命じておけよ」

 「了解しました。確認ありがとうございます」

 「後、毎日みっちり起床から就寝時間まで。筆記半分実技半分だ。全員血反吐吐いて戻ってくる。土産の事は考えなくて良いからな。というか、そんな気力も無いと思うぞ」

 マジか……。県外だからカイに何か土産をと思っていたのに。

 

 「何? 丹波長、研修?」

 「新警部補研修だ」

 「あれ? まだ受けてなかったんだ?」

 「警部補になって即うちに来て貰ったからな。うちが落ち着くまで待って貰った」

 「なるほど。でも、どっちにしろあれ、案内急ですよねぇ。管区は早くから計画してるだろうに、もっと早く伝えてくれれば心の準備も出来るのに」

 「それをさせないための、一週間前連絡だろう」

 他の係長たちは既に経験済みで、課長と互いにそんな雑談をしている。

 「ああ、それで来月のあのいびつなスケジュール。丹波長、研修は延びることもあり得る。滅多に無いんだが。なので、帰ってきたら即、連休取って良いぞ」

 「それでは、そうさせていただきます」

 仕方が無い、戸野原にはトノの詳細が分かったことも含めて、連絡が来るかも知れない個人的な友人三人に、一週間以上連絡が取れなくなることを伝えておかなくては。


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