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通常業務

 「二人?」

 課長が少し語尾を上げつつ、確認してきた。仕事もろくにしていない人間を出すのに、代わりに二人も必要なのかとの問いだ。

 「別の班員ですけどね。そっちは(本庁)少年課に行かせてやりたくて。もう少し強く子供と関わり合いたいと、本人の希望です。来月になったら申請をあげようと思っていたのですが、折角なので先にお伝えしておきます」

 「本庁か? 所轄はダメか?」

 「本部で少し揉まれてから所轄に配置されれば、良い動きをしてくれると思いますよ。

 小学校に行くときは必ず着いてきたいと言われますし。夕方、俺が制服に着替えるときは少年担当班と一緒の見回りか、だったら着いていくと。高齢者の訪問だと言うとがっかりしてますが、それでも同じように制服に着替えます。高齢者との話で見えてくる物も有るのだと説明すれば、話を聞いている間も熱心にメモを取っている。本部で二、三年揉まれれば主任になって、その中でも班長レベルで所轄に行けるのではと思っています」

 「それじゃあ、班長と本人捕まえて三者面談やっておいてくれ。班長がオッケーを出したら、お前と俺と班長の三者面談だ」

 「了解です」

 「丹波は、こいつに関しては必ず班長を経由させろ」

 課長は机の上に置いているメモを、指先でコツコツと叩く。

 「事務所仕事だけやらせても良い。待機も巡回の組み込みも不要だ。カレンダー通りに休ませて、仕事も八時五時か、九時六時、どちらかに統一。なんなら庶務の下働きでも良い。無断欠勤や事前連絡の無い遅刻は全部減点で、点数を付けてくれ。班長が休みの時は丹波、二人が席を空けるときは誰か他の係長にフォローして貰おう。どのみち、係長たちへの連絡は必須だ」

 「判りました」

 「で、悪いがこいつが異動するまでの間、丹波のサポート頼む」

 課長はこいつと言いつつ、メモを指先で叩いた。

 

 班長は「丹波長の?」と、聞き返す。

 「実は十月に異動させようと思っているのがもう一人居る。熊野係長のところのだ。丹波のところで纏めて面倒見てやって欲しい。丹波に任せるのは、短期間で適正を見極めて欲しいからだ。こいつのことは班長に押さえさせる。班長は係長補佐としての役割を、係長は課長補佐としての役割を果たせているか、参考にさせて貰わないとな。なにせ、評価もあるからな。昇給したいだろう?」

 課長は笑っているが、それを言われると弱い。金なんか要らないと言えるほど、人間が出来ているわけでもなし。一番はカイに「何でも奢ってやるぞ」と格好付けたいという欲が、頭をもたげるのだ。

 「いきなり人が増えるとローテーションの調整が大変か? だったら熊野長のところのは、丹波長のところのと入れ替えてみるか。まともな方な。一月入れ替えて、残りの半月は丹波長が三人纏めて書類や異動の手続きやらみてやってくれ。一人も三人も一緒だろう」

 「判りました。やります」

 「後は、その少し後で係長が一人、入れ替わるかもしれない。まだ未定だ。そうなったときにもお前が上だって事を教えておけよ。丹波長とその下の班長たちがうちを引っ張るつもりで頼む」

 それはまた、責任重大だ。ただ、公示前だから、係長という役職しか伝えられない。誰か入れ替わるのかはまだ不明だ。

 「丹波課長補佐って呼べば、嫌でも上下関係は身に染みるでしょう?」

 班長が冗談交じりで。

 「それはまだだな。係長たちにも丹波を蹴落とす勢いで切磋琢磨して貰わないと。どのみち、少なくともあと三年は係長からは上がれないだろうが」

 「そんなに早くは無理」

 無茶を言う、と手を振ろうとすると、課長が真面目な顔つきになる。

 「三年有れば結婚出来るだろう。結婚は課長、いや、警部昇進の条件の一つだと思っておけ。死別ならともかく、独身じゃあ、下に舐められる」

 

 一瞬、何を言われているか判らなかった。結婚? そんなもの、興味は無い。昇進の為の条件? 冗談じゃない。警部は実力で獲る。

 「不満そうだな」

 課長は少しだけ口の端を上げた。

 「けどな、警部とかその上になると、いろいろ付き合いも必要になる。配偶者連れで出てこいってことも増えるんだ。歳を取ると結婚の条件もいろいろ厳しくなるが、今なら選び放題だろう。まだ三十で、キャリアでもないのに警部補だぞ? お前が好みを言えば探してやれるぞ。俺じゃあ伝手は無いが、本部の課長や部長たちなら」

 嫌な汗が出た。春久は、先ほど一口だけ飲んだペットボトルを引き寄せた。蓋を開け、一気に飲み干す。

 「丹波」

 「お気持ちだけ頂いておきます」

 そう言って、にっこり笑う。その後に「結婚には懲りているんです」と、続けなかった自分を褒めても良い。

 「こればっかりは縁の物です。係長が一目惚れするような相手が現れるかも知れないし、それこそ、交際三ヶ月で結婚した奴も知ってますよ」

 班長がそうやって取りなしてくれた。

 「まあ、警察官の結婚は、相手の身元調査も必要なので、知り合って三日で結婚、はさすがに無理でしょうけどね」

 「ごほっ!」

 思わず飲んだばかりのお茶が、胃の中から吹き出しそうになるほど咽せた。

 「おいおい。大丈夫か?」

 「何ですか知り合って三日って。俺が結婚する前は二年も付き合ってましたよ。学生だったこともありますけど」

 そして一年で別れた。警察学校の寮にいたことも考えると、本当に半年無い結婚生活で。

 

 「丹波長は真面目だから、そう簡単に付き合いをって事も出来ないんでしょう。課長も長い目で見ないと、逆に意地になって一生独身貫きますよ。この人は」

 班長のそれは、女と付き合うことも出来ないと揶揄っているのか、それとも課長を取りなしてくれているのか。

 「だがなぁ。お前が四十を越えたような奴なら紹介も無理だが、今なら大学生ぐらいまでなら許容範囲だろう。警察官の、それも上の方の娘とかなら、警察の仕事への理解も深いぞ?」

 「そんなお嬢様なんて手に負えません。それぐらいは弁えていますので」

 課長は小さく溜息を吐いた。

 「その気になれば言ってくれ。お前にとって悪い話じゃないはずだ。前任者の不祥事の尻ぬぐいに、今じゃ、訪問にはお前を指名する職場や学校も多い。

 お前が来る前、若いが逸材を送ると言われたんだが、若すぎるだろうと、俺も思った。けどな。今朝も結局はお前に対する感謝で」

 「それぐらいにしてください。過分過ぎて、居たたまれません」

 なんとか話を終わらせ、班長と一緒にそこを出た。

 

 「係長全員、一時から少し話をしたい。班替えの話もあるんで、居られる者は参加してくれ」

 少し遅れて戻ってきた課長が、係長たちに向かって声を掛けた。

 「班長は良いんですか?」

 「班長は大半が出ているだろう。話の後で必要な班長とは個別に面談してくれ」

 春久は急いで自分のパソコンを開いた。スケジュールがそこに記載されている。先ほどから変更が無いことを確かめ、メールの確認も必要だ。

 

 「課長、申し訳ありません。昼休み込みで出てきます。多分、一時までに戻ってこられるとは思いますが」

 「急ぎか?」

 「市の職員から連絡で、今から高齢者施設を二つ回ってきます。担当者が変更になったと、今日連絡が入ってきました。随分前から、予定の連絡を頼んでいたのですが」

 「先ほど話していたことの周知だから、遅れても構わないんで、安全にな」

 「了解です。覆面借ります」

 急いでパソコンの車両管理にスケジュールを入れ、ロッカーからスーツを取り出して羽織る。訪問内容にも寄るが、制服では威圧感を与えると思われるときはスーツのままだ。その足でキーケースから該当する車の鍵を取り上げ、ホワイトボードに『高齢者施設巡回 帰着予定13:00』と、記載した。

 「行ってきます」

 巡回には二人一組で動くのが原則だが、今日は市役所職員が同行する。正しくは、市役所職員に春久が同行するのだが。

 何かの時に警察に伝手があるのと無いのでは大きく心証が違う事も有る。本来なら市の関係者だけで行っても良いところを、わざわざ同行を依頼されたのであれば、春久の出番になる。けれど、もう少し早く連絡してこいと思う。なかなかままならない。

 いつも「時間大丈夫?」と聞いてくれるカイの心遣いがどれほどありがたいか身に染みる。昨日の今日で、まだ大学に授業申請していない。今日帰ったら、さっさとやろう。それで、授業に必ず参加出来るように、職場のローテーションにも真っ先に入れておく。来期の分全部。その上で、ツーリングにもキャンプにも行く。一番は、癒やしが欲しい。

 

 話が立て込んだ。市職員の手際の悪さが原因だが、今日担当が変わったと言うのでは仕方がない。いくつかフォローをして急いで帰ってきた。それでも一時を十分ほど過ぎてしまった。途中で買ったコンビニの握り飯。それを机の上に置いた。

 机の上に置かれていたメモを取り上げる。ホワイトボードを見ると、課長と係長の欄には同じ会議室番号が並んでいた。春久もメモを取り上げ、そこに書かれている部屋番号をホワイトボードに書き記し、買ってきたむすびと水筒、メモを持って指定された会議室に向かった。

 

 「遅くなりました」

 「お帰り」

 「済みません。ちょっと飯も食わせてください」

 「やっぱり食べる時間無かったか。気にせず食って良いぞ。話は勝手に進めるが」

 「よろしくお願いします」

 先に、音がする外装を破ってむすびを作っておく。それから水筒の蓋になっているコップにお茶を入れ、机の前に用意した。隣にはノートと筆記用具。水筒はカイを見習って購入したもの。むすびは有る物を適当に三つほど掴んだもの、だ。

 

 「丹波が戻ってきたので少しだけ話を戻す。十月に異動する予定は三名。うち二名はこれから異動前まで相互で班を入れ替える。本人希望の部署でやっていけるかどうかの確認がメインだ。問題児は丹波のところの班長が責任を持って見ることになっているが、班長も係長も二人とも抜けることもあるんで、フォローは頼む。たまたま当事者に話が聞けたから良かったものの、感謝の連絡をクレーム処理だなどと書かれると、場合に寄っては、他県との付き合いに支障が出るところだった」

 「感謝だったんですか?」

 「手柄を譲ってくれたからと、わざわざ向こうの課長から連絡があったんだ。感謝だと判っていたら本人に連絡させたが、クレームなら俺が出張るしかないだろう。特に県を跨いでいるんだ。上司が頭を下げるのが筋だ」

 「クレームと感謝じゃ、聞き間違えようも無いか」

 「まあ、たまたま今回大きく目に付いただけで、今までもいろいろやらかしている。今年に入ってからうちは、弁当代が出るような捜査は一度も無いからな」

 それで係長たちも、一時期流行った弁当代の不当請求について思い至ったようだ。研修でもしっかり注意が入って、目を光らせておけと叱られ、本部以下全所轄の課長・係長に共有されている。

 

 「班長に確認させたが、ここ数ヶ月だけでも、移動報告書が出ていなかったり、車の走行距離が合わなかったり。後は係長以下、出先への単独行動は認めていない」

 春久も今日書かなくてはならない活動報告書には、移動報告部分に同行者として市職員の名前を記載する。きちんと、いつどこで誰と何をした、何の為に、は基本だ。

 「去年の四月異動でくすぶっていたところに、今年になって歳も変わらない奴が二つも上役で来てるからな。新しい係長は実際、こちらが希望した以上の成果を出してくれたんだ、それに触発されて意欲を出した奴と腐った奴、一気に噴出したってことだな」

 「丹波さんが来る前、荒療治だって言ってた結果ですかね」

 「そうだなぁ。ま、そういうことだ。警部補を班長で遊ばせておくわけにもいかないからな。勿体ない」

 

 むすびの最後の一口を口に放り込んで咀嚼した後、お茶を飲んで口の中をさっぱりさせた。それから手を挙げる。

 「入れ替える二人について、本人の了承はまだですよね?」

 「まだだな」

 「仕事内容は変わらないと思いますが、担当地域が違いますよね。今から顔繋ぎさせます?」

 朝の話の中では気づかなかったが、先ほど担当が変わったばかりの市職員と一緒に出かけていて気づいた。

 「一月ちょっとなんで、基本はサポートだ。本人が希望する部署に顔出し出来るように紹介も頼む。新規現場に出すと異動後すぐにまた、顔繋ぎが必要になる」

 「了解しました」

 「なんなら、班長ごと入れ替えるか? どのみち、十月になったら班構成を変える必要もある。ああ、丹波は初めてだな。四月は人事異動が多いんで、半年経った十月に、班長ごと入れ替えているんだ。もちろん細かなところで班員の入れ替えも行うが。丹波のところは係長が替わったばかりなんでそのままでも良いかと思っていたが、班ごとまるっと入れ替えるのでも良いぞ? 九月の半ば過ぎからは、三人面倒を見て貰うのは変わらないが」

 「こちらの慣習に従いますよ」

 「ならこのまま、班構成の打ち合わせに入る。班長によっては、担当地区が変わると一から挨拶しないとならないんで、班長じゃなく係長の担当地区を変えてくれと言うのもいるからな、その時は当然、一蹴して良いぞ」

 係長たちは笑っている。なるほど。そういうものらしい。


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