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帰着連絡

 電話をすると、垣内はすぐに出た。家に居るのだろう、奥さんに断りを入れて外に出るまで待つように、言われた。

 「悪かったな、小さいのがぐずり始めたんで、さっさと帰った。お前も寝ていたんで声を掛けられずに」

 「いや。それは良いんだ。戸野原さんに伝言もしてくれていたし。そもそもいろいろ想定外だったからな。それより奥さん大丈夫か? 山道辛かったんじゃ無いのか?」

 「え? 何で?」

 「戸野原さんの奥さんが、お前の奥さん妊娠しているんじゃないかって心配していたからな。山道は揺れるだろう?」

 「あ、いや。それは大丈夫だ」

 妊娠については判っていたのか、特に驚いた様子も否定も無かった。

 「子供が小さいから、遊び場の無いところはつまらなかったんじゃないか? ただまあ、良ければこれからも一緒に行かないかと、今回はトラブルに巻き込まれたことも含めての詫びと誘いだ」

 「お前が詫びるような事は無かっただろう」

 「それはそうなんだが……」

 「警察官が居て駐車場入り口が物々しかったし、俺も一応荷物を検めたんでうちのがどうしたのかと聞いてきて、帰り道で話をした。なのでお前や秋津君が遅くまで寝ているのは仕方が無いことだと納得していた。最初はお前たちの動きが無いんで、帰り支度もあるのにと心配していたんだが。まあ、子供らが走り回ってそっちの方が気になっていたのも有るんだが、それは、戸野原さんの息子さんが相手してくれたしな」

 「奥さんには不評だったか」

 「不評というか、彼女は生まれて初めてのキャンプだったからなぁ。戸野原さんの奥さんが、息子と父親の組み合わせも良いとは言ってくれたんで、そっちならオッケー出るかと思うんだが。確かに子供二人放りかけても、一番走り回って目が離せないのを連れて出れば、嫁もゆっくりできるかもだしな」

 戸野原が言っていた通り、息子と二人ならこれからも参加出来るようだ。そして子供二人放り掛けてもということは、奥さんの出産後ならという意味だろう。

 「日程は俺が、キャンプの計画そのものはカイが立てるから、伝えておくよ。子供が居ても安全なところが有ればと」

 「頼む」

 春久が居なくてもカイはキャンプに行く。が、その場合垣内を誘うようなこともしない。なので、春久の都合が合うとき限定で、なおかつ子供から多少は目を離せる、もしくは子供を遊ばせておける場所限定になるだろう。垣内が家族ぐるみでキャンプに参加することは今回が最初で最後になりそうだ。

 

 戸野原からは、職場からのメールをチェックしている時に掛かって来た。

 「昨日今日、ありがとうな。子供たちも楽しんでいた」

 「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」

 礼を言い、垣内に連絡をして戸野原からの伝言を受け取ったと伝えたことも、話をする。戸野原の息子たちは中学生だからキャンプ自体も楽しんでくれたし、星空を見て息抜きもしたようで、また行きたいと言ってくれた。

 「四月に四人でキャンプツーリングしただろう、あのときの話も聞かせてくれと今頃言ってきたから、上のは高校に入ったらバイクの免許と言い出すかも知れないな」

 うちの県は、基本的に高校生の免許は不可だ。家庭の事情等で家族の許可が有れば大丈夫だが。そこは、春久よりも少年課に在籍していた戸野原の方がよく知っている。

 「下はゲームの方が良いらしいが、俺が、車で行くときは嫁さん連れて行くと宣言したから、絶対に着いてくるよ。ってことで、面白い所が有ればまた教えてくれと、秋津君に伝えてくれ。上のが勉強をやる気になってくれたんで、ま、ありがたいってことだ」

 「ああ、高校。まだ何処に行くかも決まっていないと言ってましたね」

 戸野原の長男は中学三年で、受験シーズン真っ盛りの夏だが、キャンプではまだ本当に行きたい高校を決めかねていると言っていた。戸野原が言うには、中学の教師からはかなり良いところも行けると太鼓判を貰っているらしいが、いかんせん本人が自信とやる気が無かったそうだ。それが、キャンプから戻ってきた途端、真剣に高校を選んだり勉強したりしているらしい。

 戸野原を見習って警察官にでもなるのかもしれないですねと、少し笑い話をして電話を切った。

 

 切れた画面に映し出される時計を見た。カイはまだ、家に戻っている途中だ。

 「お疲れ。こっちは全員無事に帰着している。お前一人遠いのが大変だな。二人からも礼と、また良いところが有ればと言われたので伝えておく」

 カイへのメール。そこまで書いて、少し考える。トラブルがあったこと、多分カイはあのキャンプ場を紹介したことで多少なりとも気にしている。だから、それには触れない方が良い。カイの所為では無いと言っても、気にする。そういう奴なのだから、仕方が無い。

 だったらと、少し考えてカイが気にしていた大学の授業計画について書く。主に面接授業について、だ。自分が受けたい、興味がある物を、受講場所や日付も添えて、授業名を列記する。今のところ休みについては不明なので、あくまでも希望、だ。むしろ日程が決まればそれを元に休みを申請する。

 

 メールを書いているときにスマホの着信音が聞こえてきた。

 「はい。丹波」

 誰だとも思わず取っていた。相手は今一番あり得ないと思っていた人物。

 「ハルさん。帰るの遅くなるから、到着連絡無くても心配しないでね。それだけ! じゃあね」

 「おいこら! カイ!」

 引き留める間も無く、電話が切れている。内容は判った。判ったけれど、唐突すぎるだろう。おまけに遅くなる? あの大きな荷物をリアシートに縛り付けておいて? 家に戻って使った道具も片付けなくてはならないはずだ。第一、いつものカイなら絶対にこんな切り方はしない。まさか、途中で事故でも起こしたとか? それなら警察官である春久に一言……。いや、言わないな。今日まで休みと知っている春久の手を煩わせることを憂いて。

 

 事務所に電話を掛けた。その足は、ブーツに突っ込みながら。

 「高速道路の事故ですか? ちょっと待ってくださいね、交通課に確認します。ってか、丹波長、今日休みですよね? なんで、休みの日に畑違いの情報が」

 電話の相手に聞き返された。

 「インターを下りるのと入れ替わりに入っていくパトカーを見かけたんで。うちの署の担当エリアなら、確認に行った方が良いかと思っただけだよ。今日は出ている署員も少ないはずだから、所属は違っても人手が有る方が良いなら」

 「さすが係長ですね。あ、でも大丈夫そうですよ。サービスエリアでの接触事故があったそうで、けが人も居ないらしいですから」

 「どこのサービスエリア? 気になるので、念のために見てくる。確認だけしたらそのまま帰るよ」

 なんとか事故現場を聞き出して、そのままバイクに乗った。カイでないことを願う。けれど、先ほどの電話では、カイの可能性も高いのだ。

 

 二輪用駐輪場の側に車とパトカーが停まっている。パトカーは赤色灯を回したままだ。春久はその隅にバイクを入れた。荷物を満載したカイのバイクもそこに有る。警察と話をしている? いや、話をしているのは別の人間で、カイはその側に立っているだけだ。

 「カイ」

 声を掛けると、カイの方が驚いている。

 「ハルさん!」

 唇の前に指を出して、静かにするようにと示した。すぐにカイも頷き、春久の腕を引っ張って少しだけ隅へ離れ、別の日陰に入った。

 「どうしたの?」

 「どうしたの、じゃないだろう? お前があんな電話をしてくるから気になって、署で高速道路の事故が無いか調べて貰った」

 「職権乱用」

 「お前がきちんと情報を伝えておけば要らなかった乱用だ」

 乱用と揶揄っているが、一応署内での情報共有ということで、乱用には当たらない。カイも責めるつもりは一切無いようで、軽口の範囲だ。もっとも、カイの軽口はたまに状況を考えてしゃべれと言いたくなることも有るのだが。

 「ごめんね。すぐにパトカーが到着したから」

 「お前が事故ったのか?」

 「違うよ。俺は目撃者。駐輪場から出ようとしたバイクと、駐輪場の前を通り抜けようとした車の接触事故」

 そこまで説明して、急いで両手で口を塞ぐ。

 「まだ調査中だから、第三者の思い込みを防ぐ為に話しちゃダメだった」

 「接触事故ってことは、署に居た奴に聞いた。お前が事故ってないなら良い。あんな切られ方をしたら、リダイヤルも出来ないだろうが」

 ぶち切られたからこそ、春久から電話をして確かめることも躊躇われた。署に電話して、当番で出勤している者に確認することになったのだ。

 「ごめんなさい」

 「それにしても、一日に二回も警察の世話になるなんて、お前も大概、運が良いな」

 「ええ~」

 運が悪いではなく、珍しいことだから運が良いと言い換えた。少しだけからかいも含んでいる。

 カイも口では困った風に言っているが、警察官や元警察官の知り合いがいるし警察に対する偏見も無い。関わったと言っても今朝は確認の協力で、今回は事故の目撃者。被害者にも加害者にもなってないのだから、警察官への見方接し方が変わることも無いだろう。

 それだけが気がかりだったのだ。事件、事故。警察と関わることでその後態度が変わる人間がどれほど多いか。


 「お茶で良いか? あの電話からこっち、水分もまともに取ってないんだろう? この暑い中」

 警察官たちは当事者に話を聞くのが忙しいようで、カイの事は見てもいない。かと言ってそのまま帰るわけにはいかないから、カイはしばらく待ちぼうけになる。飲み物でも奢ろうかと声を掛けた。春久が取調中の立場であれば出来ないが、今は私人だ。いくらでも奢ってやれる。

 「あ、うん。忘れていた。お茶はあるよ。さっき買ったのを水筒に入れたばっかりだから。それで出発しようと思って戻ってきたときに、接触事故に遭遇した」

 カイは忘れていたとばかりに、手に持っていた水筒を振って見せた。

 「なるほどな」

 バイクは風が吹き抜けると言っても、真夏じゃあ、ライダーズジャケットの中は汗だくだ。水分補給にエリアに入った。そこでたまたま事故を目撃し、警察に連絡したのが誰かは不明だが、目撃者として足止めを食らった。時間的に、パトカーが到着する寸前ぐらいに遅くなることを連絡しなければと気づき、それがあのぶち切り電話になった。そこは抜けてる。用心深いくせにどこかおっちょこちょいで。春久にしてみれば、何をしでかすか判らない分、見ていて飽きないのだけれど。

 「ハルさんは良いの? 戻らなくて。明日から仕事でしょ?」

 「とりあえず、お前の出発を見送ってから帰るよ。時間があるなら、授業一覧の冊子を出してくれ。メールは送ったが、今のところ予定している奴にチェックだけ入れておく」

 「タンデムシートの荷物の中。底の方に入れてる」

 バイクの側には警察官が立っている。その側でごそごそするのも憚られるか。

 

 春久は自分のジャケットの前ファスナーを開け、脱いだジャケットをバイクのハンドルに掛けた。それで汗は乾くはず。脱いで見せた後カイのジャケットを引っ張れば、カイも気づいたように急いでジャケットを脱いだ。脱いだ途端汗が蒸発して、一瞬涼しくなる。カイは少しだけ息を吐いた。生真面目にも、ジャケットを着たまま立って、解散を言い渡されるのを待っていたのだから。

 「涼しい」

 「当たり前だ。熱中症にならないようにしろよ」

 「うん」

 春久はカイにそこで待つように言い、トイレに向かった。その洗面台でハンカチを濡らす。急いで戻って、カイの首に当ててやった。

 「冷たくて気持ちが良い」

 「お前は俺たちと違って、炎天下で立ちっぱなしの訓練なんか受けてないだろう。荷物を下ろしてきたんで、タオルが無いんだ。ハンカチで我慢してくれ」

 「ううん。本当にありがとう。ハルさん居なかったら、俺が熱中症で倒れてた」

 小さく笑う。心からの感謝が見える。

 「まだ遅くなるようなら、お前の最寄りのインターまで送る。一緒に下りてからインターに入り直すよ」

 「ええ? だってそうしたらハルさんもっと遅くなるよ」

 カイが目を丸くして驚いている。

 「こんな茶番に付き合わせているからな」

 春久はカイを誘って、壁際、それも日陰で出来るだけ風が通り抜けそうなところに移動し、座るように示した。警察官たちが振り返るつもりになれば、すぐに見える場所だ。

 先ほどからカイと話をしつつも当事者と警察官たちの話を聞いていたけれど、双方が相手に責任を擦り付けあっていて、一向に進捗の様子がない。それを聞いているだけなら、カイを解放してやれよと思う。思うが、現場担当者ではないので、口出しは出来ない。カイの隣に座って様子を見ているだけだ。話のネタに、垣内や戸野原からの伝言も伝えた。

 

 「ああそうか。お前へのメール、書いている途中だったな。すっかり送った気になっていたよ」

 来期の授業計画のメールが届いていないか確認していたカイが、春久のメールが見当たらないと言い出した。それで、まだメールを書いている途中で電話を受け、そのまま飛び出してきたことを思い出した。

 「せめて送信ボタンを押しておくべきだったな。覚えているのは、県内三回、県外を二回選択しようと思っている。県内の内二回は心理学だから、お前と合うとすれば、多くて三回、だな。県外はお前も好きそうな奴だった。なんてタイトルだったか」

 「俺は県内二回、県外二回にしようと思ってる。真冬の高速道路はちょっと怖いから県内で選んだんだ。その分、オンライン授業が多いけど。後、春に受からなかった奴! というか、受かる気がしなかったから、見送ったんだけどね。帰ったら勉強が待ってる」

 「口添えしてやろうか?」

 勉強も気になるのだから、そろそろ帰れるように警察官に。けれどカイは首を振る。水筒を出してきて水を飲み、それから

 「みんな待ってるんだし。俺だけ優遇してもらうと、ハルさん後で何か言われるかもだし。同じ職場の人だよね?」

 と確認してきた。カイが言う職場は、同じ署内ということ。「職場」だけでは、春久が警察官だと思う野次馬は居ないだろう。

 「いや。うちのシマじゃない。なので、俺の顔を見ても気にしていなかっただろう」

 「そうだっけ? そうかもね」

 「第一、俺が身分を明かさなくても、そろそろ解放してくれと言えば何か言うだろう。お前の事はずっと放置なんだから、もう聞くことは終わっているはずだ」

 「帰れる?」

 「帰れる。聞くこと聞いたならさっさと解放しないと、お前はあくまでも善意の協力者だからな」

 「本当はちょっと疲れた」

 「待ってろ。その前にもう一度ハンカチ冷やしてきてやる」

 「ん~。自分で行ってくる。顔も洗ってくる。居なくても大丈夫だよね?」

 「バイクが有るんだ。お前がエリア内に居る事は判っているんだし。聞かれたらトイレだと伝えておいてやる。あれなら頭から水を被ってこい」

 「判った」


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