星のあとで
「無理。こんなの火が付くわけないって! ガスバーナー出してよ!」
声変わりしたばかりのような声が聞こえ、賑やかな会話に目を開けた。テントの外はすっかり明るくなっているようで、春久もテントから起き出してきた。目の前、BBQコンロでは、戸野原の息子がマッチと新聞で炭に火を付けようと四苦八苦している。
「おはよう」
春久に気づいて、戸野原が声を掛けてくれた。
「おはようございます」
「もう昼近いけどな。垣内君には事情を話して、子供が小さくてテレビも無いとぐずり始めたのもあって、一足先に帰したからな」
「判りました」
背伸びをした。夏とは思えない、涼しい空気。熟睡できたはずだ。
「秋津君は先に顔を洗いに行った。それから、朝、警察官がぐるっと回ってきて、チラシ配っていった。荷物を全部確認することと、駐車場で三人組の荷物を開いているんで、自分の物が無いか確認してくれってことだ」
「了解です。俺も顔を洗ってきます」
水場に行けば、カイが居た。歯磨きをしながら、駐車場を見ている。車も随分減った。
「おはよう」
「おはようございます。さっき管理人室に行って、六人、昼過ぎまで延長させてもらうって連絡してきた。昨日の今日だから、寝不足での運転は危ないって、オッケー貰ったよ」
「ああ、それは気づいてなかった。サンキュー」
「後お巡りさんから、帰る前に駐車場で荷物確認してくれって。中には車に入れておいたのに盗られている人も居たらしいから。俺もさっき、自分のバイク、確認してきた。雨具とか、ETCとか。さすがに工具が必要な物は触られてなかった」
「それ以外はってことか?」
「車メインだったみたいだね。それも、荷物運びで鍵を開けっ放しにしたときに。ハルさんも、パニアとか鍵を掛けてるでしょ?」
カイの言う通り、バイクはむき出しだから、荷物を運ぶときは一々鍵を掛けたし、カイの荷物を運んでいる間は春久のバイクと二人分、見て貰っていた。念のために二人で駐輪場に戻った。触られた気配は有るが、鍵を壊された様子は無い。後で荷物を積む前に鍵を持ってきて確認する必要は有るが。
昼は、戸野原のクーラーボックスに入っていた物を全部出して、焼いてくれた。ちなみに、カイの作っていたチキンライスは戸野原の息子二人の腹に、仕込んでいたピザは、奥さんの口に入った。
「垣内さんの奥さん、キャンプ苦手にならないと良いんだけどね」
「は?」
「初めてのキャンプで、警察沙汰が起きたから」
「ああ、それなぁ。奥さんは何も気づいていなかったようだぞ」
戸野原が、二人が寝ていた間の事を教えてくれた。
垣内は早めに眠ったし、起こされたのは子供たちによって、だ。戸野原の奥さんはいつも朝早いので同じぐらいの時間に起きていて、垣内たちが朝食の用意や片付けをしている間、子供たちの相手をしてくれた。
垣内は昨晩のゴタゴタに巻き込まれた一人だが、奥さんには、折角だから星を見ないかと誘われただけだと笑っていた。途中、風呂に行くからと着替えも取りに戻った。奥さんはそれで納得していたのか、それよりも子供が気になるのか、垣内が夜中にテントを出たことに関してはそれだけで終わった。
大変なのはテントなどを片付けているときで、子供たちは遊びたがる。けれど山の上、子供の注意をそらせる物は無くて。そのうち戸野原の息子たちが起きてきて、子供と一緒に追いかけっこなどをして面倒をみていた。が、垣内の奥さんは、子供たちが見えないところに行くのを嫌う。母親としては当然のことだとは思うが、水場までかけっこしようと言うだけで「ダメよ!」と注意が入った。
垣内としては、誘ってくれた事への礼儀として、春久たちが起きるのを待とうとしたのだが、虫を追いかける子供たちを見ていた妻は、垣内が車に全ての荷物を積み込むのを待って、帰ろうと、何度も口にした。
なので戸野原が、連絡は戻ってからすれば良いことだし伝言も引き受ける、と言ってくれ、垣内の車を見送ってくれたとのこと。
「子供が小さすぎたな。上の子は虫取りが楽しそうだったんだが、特に下の子は目が離せないからなぁ。垣内君一人ならともかく、家族でとなると、もう数年待って子供たちが二人とも小学生になるまで待った方が良さそうだ」
「それじゃあ、八年は掛かりそうね。当然おなかの子も含めてよね」
戸野原の奥さんの爆弾宣言?
「え? 垣内はそんなこと一言も」
「来たときも車に酔いそうだったって辛そうだったし、帰り道も安全運転を何度も言っていたから。むしろ垣内さんと上の僕ちゃんの二人でって言えば、参加したいって言うかも。うちの息子たちはどうか判らないけど」
戸野原の妻は二人の息子を見ている。
「ゲーム持ってきて良いなら」
弟はそのまま戸野原に痛くないげんこつを落とされていた。彼らのコミュニケーションだ。
「高校に入ったら、また連れてきてよ。昨日の星空は凄かった。すっごく圧倒された。今見えている景色も凄い。また、違う景色も見たい。後、父さんが簡単に火を熾せるのも凄いと思う」
長男が目を輝かせて頼むから、戸野原は頭を掻いている。
「俺はいつか、というか二、三日ぐらい母さんが留守にしてもお前たちだけで大丈夫なぐらいになれば、そうだな、二人が大学生にでもなれば、母さんと一緒にバイクでツーリングに行こうと思っていたんだ。後ろに母さんを乗せて。ホテル泊メインだろうが、こうやってキャンプも良いなと思っている」
「それが父さんの夢?」
「そうだなぁ。もちろん車でのキャンプも良いぞ。荷物がどっさり積めるからな」
「父さん、なんで警察官辞めたの?」
「あ、俺もそれを聞きたい!」
戸野原が子供たちに迫られている。それを聞いていることも無いので、春久は自分のテントに戻った。カイはフライシートが乾いているのを確認して、テントを崩し始めた。最初にフライシートを片付け、ポールを抜いてインナーテントも畳んでいく。バイクに積み込むから、きっちり畳まないとはみ出すことになる。
春久もそれを真似、自分のテントを片付けていく。
「話は今度だ。自分たちで使ったテントは自分で片付けろよ。帰りにレンタル会社に返す奴とうちのを分けて」
「はーい」
戸野原一家も撤収を始めた。
戸野原が荷物を車に詰めるのを見た警察官によって、先に盗難品が無いか確認してくれと言われたので、六人で駐車場の隅に広げられたキャンプ道具を確認した。
「大丈夫そうだな。うちは何度も車とテント場を往復していたし、テント場は常に腕っ節の強いのも居たからな」
「三人の身元、判りました?」
春久はそちらの方が気になる。手口を見れば常習犯だと思われる。
「いくつか別のキャンプ場でも盗難届の出ている物が有るので、それを確認しています。ちなみに、連中が乗ってきた車も盗難車でした」
春久の警察手帳を見て、そう教えてくれた。
「丹波、お前のお手柄だな」
「他県ですから」と、やんわり戸野原の言葉を遮ろうとしたが、例え他県での出来事であろうとも、春久が関わったことは知られることになるのだ。すでに捜査が進んでいる途中でちょっかいを出していたなら、越権行為と言われるだろう、けれど今回は、春久の機転で発見、逮捕劇に繋がったことになる。明日職場に出たら何を言われるか。
「それなら戸野原さんを巻き込んで良いですか? 金一封ぐらいは出るかも知れませんよ」
「勘弁してくれ。昔の同僚と顔を合わせるなんて、ぞっとしない」
その戸野原の視線がカイに向かう。カイは自分のバイクに起きっぱなしだった荷物と、貴重品を再度点検、異常が無いことを確認している。彼の返事は簡単に想像がつく。春久は軽く首を振った。今回は誰の名前も出さない方が良さそうだ。
「問題無し」
カイの声に、バイクの隣に下ろしていた大きなバッグをリアシートに持ち上げてやった。カイは礼を言って急いでそれを固定していく。ある程度固まって手を放しても大丈夫だと判断してから、春久は自分の荷物をバイクに載せる。
「昼飯も終わったしで、このまま自然解散で。カイ、遅くなりそうだが大丈夫か? 分かれ道判るだろう?」
「ハルさんたちに着いていかなければ戻れるから大丈夫だよ」
「判った。インターでくっついて下りてきたら笑ってやる」
「俺が先に走るんだから付いて行きようが無い」
どの口がそんな憎まれ口をと、頬を抓りたくなったが、側で戸野原が横を向いている。その肩が動いているのは、カイとの会話が壺に入ったらしい。
「秋津さん、またキャンプの計画が出来たら、誘ってください」
戸野原の長男はキャンプにハマったのか、カイに声を掛けている。カイはにこりと笑っているが、戸野原が
「その前にお前は受験勉強だ」
と、父親らしく。戸野原の妻は
「学校が休みの時なら、お父さんに連れてきて貰いなさい」
と、寛容だ。こんな夫婦は理想だ。
春久たちを含めて他のキャンプ客も荷物の確認を終えたようだ。警察官たちは先に戻り、春久たちは管理人に挨拶をした。身分を知られているので、少しばかりぎこちない挨拶にはなってしまったが、カイが「またお邪魔させていただきます」と丁寧に頭を下げたので、相手も「お待ちしてます」で話を終えることが出来た。
戸野原は車だから、バイクとはいつまでも併走とはならないだろう。なので、カイ、春久、戸野原の順番でキャンプ場を後にした。
カイは、山道で少しタイヤを取られそうになってハラハラさせられた時もあったが、下道に下りてからは安定した走りで、そのまま高速道路に上がった。休憩を入れろと言おうとしたが、二人で走るときはペースはカイに任せている。サービスエリアも限られているし、どこか適当に停まるかと思っていたら、あっという間にいくつかのエリアを越えてしまう。仕方が無い。春久は一度ホーンを鳴らしてそのままインター出口へと離れて行く。帰ったら連絡も有るだろう。
戸野原の車は既に見えないが、土産を買いにどこかに立ち寄ったのかも知れない。そのうち同じインターで下りて、まっすぐに家に戻るはずだ。今日は自由解散と口にしているし、先に帰った垣内のことも気になる。何より、明日の仕事、いや、既に連絡が入っているかも知れないのだ。帰りを急ぐことにした。




