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断罪イベントは私のもの!

掲載日:2025/11/18

「シェリル・ブレイディ! 貴様に婚約破棄を言い渡す!」


 私の婚約者、ダライアス・オドンネルは学園の卒業パーティーでそう言った。

 彼の隣にはエロイーズ・キプリング子爵令嬢がいる。

 彼女は小動物の様な愛らしい顔を歪め、今にも涙を流しそうだ。


「お前は聖女エロイーズの人望と才に嫉妬し、様々な形で彼女を陥れようとした!」


 更に二人の周囲には錚々たる人物が集まっていた。

 王太子に始まり、公爵家嫡男、騎士団を纏め上げる辺境伯家嫡男、隣国の第二王子、魔法の天才と謳われる侯爵子息……彼らは皆、ただの伯爵子息でしかないダライアスの後ろに控えていた。

 私はそんな光景を眺めながら彼の言葉を適当に聞き流す。


「事の発端は一年前! エロイーズが階段から落ちる事件はお前が突き飛ばしたことによるものだろう」

「いいえ?」

「しらばっくれるな! お前は自分に好意を向けない俺に嫉妬し、俺の友人であるエロイーズに怪我を負わせようとした! だがこれは下手をすれば殺人ともなる、立派な犯罪だ」


 なーにを言っても無駄だぁと私は内心で溜息を吐く。

 仕方がないので、好きに喋らせておく。


「その後もお前はエロイーズの私物を焼却炉で燃やしたり、彼女の教科書を裂いたり、水を被せる、頭上から植木鉢を落とす等の命の危機を感じさせる行いを数々重ねて来た。ここにいる皆がその証人だ! 言い逃れは出来ない!」


 パーティーの参加者全員の視線が私へ向けられる。

 だが私は動じない。


「だから婚約を破棄する……ということでよろしいでしょうか? はい、では婚約を解消しましょう」

「は……?」


 めでたい頭を持つダライアスは、私が自分を好いていると勘違いしていた。

 だから私があっさりと婚約破棄を受け入れた事が信じられないのだろう。

 私はそんな彼へ笑顔を向ける。


「ですから、婚約解消を」

「お前、それがどういう意味か分かっているのか! 俺達は恋人同士ではなくなるという事だぞ!」


 何故振った側が粘るのか。

 訳が分からない状況に呆れてしまう。


「わかっていますよ」

「お、お前、俺の事が好きなんだろう!」

「いえ。嫌いですねぇ」

「んな……っ!」


 顔を歪めたダライアス。

 彼は肩を戦慄かせたが、すぐに引き攣った笑みを見せた。


「そ、そうやって強がっていられるのも今の内だ。あとで泣いて縋りついても知らないからな!」

「はいはい」

「ダライアス、良いじゃない。あの人はきっと、今の自分の可哀想な立場を受け入れられないだけなのよ」

「エロイーズ……ふん、確かにそうだな。――シェリル! お前は俺との婚約解消後、聖女の殺害未遂によって捕らえられることになった! フッ、自業自得だ。精々裁きの時を震えて待つんだな!」


 決め台詞を言い終わった! と言わんばかりに言い切ったダライアス。

 その声の大きさに私は顔を顰めた。

 次いで訪れるのは静寂だ。

 皆が私を見ている。

 私が話すのを期待している様だった。


 ――そろそろ、良いだろう。


 そう判断した私は咳払いをする。


「えーっと、話したい事は以上という事で?」

「な、何だその態度は……っ! お前は己の罪を自覚する事すらしないのか!」

「以上という事で。はい」


 まだ何か噛みつこうとしてくるダライアスの言葉を無視し、私は笑みを深める。


「残念ながら、私は裁かれません」

「は……? おま――」

「特に中身もない話をするつもりならお控えください?」


 いちいち口を挟まれてはたまらない。

 私はダライアスの声を制し、それから手を打った。


「さて。貴方が挙げた数々の私の罪――まずはその真実を明らかにしましょうか」


 私がそう言うと、ダライアスの後ろに控えていた公爵子息が前に出た。


「まず、エロイーズ嬢が階段から突き飛ばされたという一年前――恐らくは昨年の十一月十八日の事でしょう。この事件は、校舎の中央玄関にある大階段で発生した為、大勢の目撃者がいました」

「な……っ」


 まさか、この場で私以外に口を開く人物がいるとは思っていなかったのだろう。

 驚きの眼差しを向けられる公爵子息は、そんなものに構うことなく、淡々と手元の紙束に目を落としていた。


「この時現場を目撃した者達の証言は一致しています。皆――『エロイーズ嬢がシェリル嬢に掴み掛った後、自ら階段を転がり落ちた』と」

「因みに、しっかり受け身も取っていたようだ。道理で怪我が殆どなかった訳だ」


 次に口を開いたのは侯爵子息。

 彼は懐から取り出した水晶玉を弄んでいる。

 あの水晶玉は他者の記憶の一部を再生出来る魔導具だ。

 恐らくは侯爵子息があの魔導具を使って調査を行い、公爵子息がその情報を事細かに文書に起こしたのだろう。


 何が起きているのかわかっていないダライアスは未だ言葉を失っている。

 そんな彼を置いて、二人は次々と私の罪について言及した。


「私物を燃やされたとエロイーズ嬢が主張していた時期は三つ。そのどれも日時が特定されているが、どの時間もシェリル嬢は複数人と行動をしていた為に、実行は不可能です」

「そもそも、私物を燃やした相手が何故シェリル嬢だと断言できたのか。燃やされる瞬間をその場でのんびり眺めていた訳でもあるまいし」


 エロイーズの顔色は真っ青に変わっていく。

 彼女もまた、想定外の出来事に頭が追い付いていないようであった。


「教科書を破ったとの件は、具体的な日時、もしくは証人とやらを挙げてくれませんか。そもそもこちらではそのような事例が確認できていない」

「っ、だ……っ、だれか!」


 エロイーズは慌ててパーティーの参加者へ声を投げる。

 そのうち何名――恐らくは自分の肩を持ってくれるだろう証言者候補を見つめたが、彼らは皆冷たい視線をエロイーズに浴びせるだけだった。

 エロイーズの顔が更に強張る。


「水を被せた、植木鉢を頭上から落とした……。これらに関しては証言もあります。エロイーズ嬢が必死に魔法を使って他者による攻撃だと見せかけようとしていたというものですが」

「な……っ」


 公爵子息から淡々と述べられる事実に誰も口を挟まない。

 ダライアスとエロイーズ。二人を除いた全員の見解が一致していたのだ。


「さあ、他に何か異論があれば、どうぞ」

「っ、わ、私、二階のベランダから突き落とされて」

「自ら飛び降り、風魔法で落下の衝撃を抑えた件ですね」

「毒物を盛られた事が」

「確かに食事後に倒れた事例はありましたが、毒物の症状は確認されていません」

「ば、馬車の車輪に不具合が」

「こちらも自らねじを緩めていらっしゃったと。……あまり学園の目の多さを舐めない方が良いですよ。誰も見ていない等という事の方が限りなく少ないのですから」


 何か口を開けばその瞬間に論破されていくエロイーズ。

 彼女はついに何も言えなくなってしまった。


「え、エロイーズ? 一体何故黙るんだ? シェリルが悪いのなら声を大にしてそう言えばいいんだぞ!」

「言わないという事は、そういう事でしょう」

「お前は黙ってろ!」

「いいえ。生産性のない発言をしているのはそちらですから、私は黙りません」

「……全く、愚かなものだな」


 そう呟いたのは王太子殿下。

 彼は穏やかな笑みを顔に貼り付けているものの、ダライアスとエロイーズを見据えるその視線の鋭さは他の者と共通していた。


「私の冤罪――そしてそれを着せようとしたエロイーズ様の罪の証明はこの辺りにしておきましょう」

「ま、待て、まだ――」

「まだ……証明しなければならないことはあります」


 まーた何か言い始めそうな婚約者を声の圧で押さえ込む。

 ダライアスの背後に控えていた男性陣の内、今度は隣国の王子が前へ出た。


「丁度一年程前――我が国で確認された悪魔憑きがこの国へ逃げた」


 悪魔憑きとは、禁忌の術に手を出して悪魔を召喚し、その力を体に宿らせた大罪人の事を指す。

 悪魔の力には他者を洗脳したり、瘴気によって病を蔓延させたりと危険なものが多く存在する。


「その悪魔憑きの容姿の特徴。それが全て一致するんだ――エロイーズ・キプリング子爵令嬢」

「……っ!」


 隣国王子の言葉にエロイーズはびくりと震え上がる。

 それを視界に留めながら、王太子が言う。


「弁明はあるか、エロイーズ嬢」

「え、エロイーズ……?」

「ち、ちが……っ、わ、わたし」


 エロイーズは冷や汗を滝のように掻きながら視線を彷徨わせる。

 そしてその瞳が私を捉えた時――


「そ、そうです! 皆様、騙されているんです……っ。彼女に洗脳されているんですわ!」

「な、なるほど……っ! ではシェリルこそが真の悪魔憑き……!」

「私は無実なんです。皆様、どうか目を覚まして――」


 エロイーズは私を指してそう叫んだ。そしてダライアスはそれに便乗する。

 それを聞いた私は鼻で笑った。


「私が、悪魔憑き……? 随分と面白い冗談ですね」


 そう言ってのけた次の瞬間。

 私の体は眩い光に包まれる。


「な……っ、そ、それは――」


 ――それは、世界に一人しかいない稀有な存在の象徴だった。

 『聖女』。

 悪魔の力に無条件で打ち勝つことが出来る聖なる存在。


「何故、貴女の思う通りに事が運ばなかったのか。もうお分かりでしょう」

「ヒ……ッ」

「貴女が学園中に掛けた洗脳は全て解きました。この場に貴女の味方など一人も――ああ、いましたね。一人」


 光に包まれたまま、私はダライアスを見据える。

 ダライアスはここで漸く、己の過ちを悟りつつあった。

 ……だが、それでも自分の非を素直に受け入れられないのが彼だ。


「う、嘘だ……。仮にエロイーズが俺達を洗脳していたとして、お前がそれを解いていたの言うのなら――何故俺はエロイーズ側についているというんだッ!!」

「簡単な事でしょう?」


 彼の発言には王太子も、隣国王子も苦い笑いを浮かべるしかできないようだった。

 彼らに目配せをして、小さく肩を竦めてから私は言う。


「――洗脳するに値しない程、貴方が愚鈍だっただけですわ」


 私のその言葉を最後に、王太子が片手を振る。

 それを合図に、これまで静かに控えていた辺境伯子息が飛び出した。


「国家転覆の危機を招いた悪魔憑きとその協力者を捕らえよ!」


 彼の声と共に、パーティー会場の扉という扉が開け放たれ、騎士が飛び出してくる。

 一足先にエロイーズへ接触した辺境伯子息が彼女を簡単に押さえ込み、遅れて駆け付けた騎士によってダライアスの身柄も拘束された。

 羞恥と絶望に塗れたダライアスの絶叫が会場中に轟いたのだった。



***



「彼の洗脳も解いていたんですよ。本当に」


 学園の屋外テラスで、私は王太子の使用人にお茶を振る舞われながら呟く。

 正面には王太子、その右隣には隣国王子、左隣には公爵子息という、この画角だけで国でも掌握できそうな権力の塊が募っている。

 私の右隣には魔導師の侯爵子息、左隣には席に座らず周りの警戒をしてくれている辺境伯子息がいる。


「わかっているさ」

「彼、素でエロイーズを信じ込む程には私の事が嫌いだったんでしょうね」


 王太子の相槌を聞きながら深々とため息を吐く。

 憂鬱な思いをしていた私だったが、お茶に口を付ければ、その温もりや香りが私の心を軽くした。


「あんな奴のことなど、気にする必要はないだろう。それよりも、新しい番を探しているなら俺のところに来い」

「待ってください、研究狂いの貴方のところへ嫁がせるくらいなら私の元へ……」

「くらいならって何だ。能動的な理由ですらないなら引っ込んでいろ」


 ああ、また始まったと私は苦笑する。

 公爵子息と侯爵子息の会話はいつだって言い合いのようなものへ発展する。

 とはいえ身分差を越えた砕けたやり取りは傍から見ていれば微笑ましいものがあった。


「シェリル。今回の件は元はと言えば私の国の失態によるものだ。今度、詫びと礼を兼ねて、国へ招待させて欲しい」

「おっと……。そのまま返さない、などという考えはしないでくださいね。聖女の引き抜きはさせません」

「いやだなぁ。俺は聖女の引き抜きがしたいのではなく……愛する人と結ばれたいだけですよ」

「隣国の王子ともあろうお方が他国の貴族を口説くなど。よろしいのですか?」

「本心ですから」


 一方で王太子と隣国王子もどこか圧のある笑顔の応酬を始める。

 すっかりいつも通りの風景――正確には、彼らが洗脳される前の平和な風景がそこには広がっていた。


 エロイーズの力の影響力は大きく、彼等もまたその被害に遭うことになった。

 友として接していた彼らが私に冷たく、敵対的な態度を取っていた期間は正直堪えたりもしたものだが。


(終わり良ければ総て良し……かな)


 騒々しいお茶会の景色を眺め、小さく息を吐く。

 すると視界の隅で姿勢よく立っていた辺境伯子息と目が合う。

 彼は私の視線に気付くと数度の瞬きの後に、僅かに頬を染めながらはにかんだ。


 相変わらず口数も少なく消極的だが、可愛らしい人だと私は微笑み返す。

 すると彼はこっそりと私へ耳打ちをした。


「一息吐けるのは多分――まだまだ先の事かと」


 この時の私は彼の言葉の真意に気付けず、首を傾げる事しかできなかった。


 だがこの数分後。

 四人同時に、「誰が一番好ましいか」と問い詰めてきたところで――私は彼の言っていた事を漸く理解したのだった。

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