けっして死んではいけない部屋
※しいなここみ様主催『この部屋で○○してはいけない企画』参加作品です
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、実はお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内してくれた。
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
「男なんか連れ込まないわよ」
私はそんなつもりは本当になかった。
「ただ、いつもの安アパートとは違う暮らしがしてみたいだけだから」
キッチンへ案内すると、美沙は冷蔵庫を開けた。
「中に入ってる食料品、自由に食べていいわよ。賞味期限の近いものから片付けてね?」
開けられた冷蔵庫の中を見て、私は盛大に驚いた。
「高級食品がいっぱい! これ、好きに食べていいの?」
「うん」
「わぁい♪」
「ただひとつ……絶対に死なないでね」
「……え!?」
いきなり物騒なことを言われて、私はそう聞き返す。だが美沙は本気だった、真面目な顔で「絶対よ」と続ける。
「何があっても絶対に死なないって、約束して。どんな強敵が相手でも諦めない、どんな手を使ってでも生き延びる……そう約束して」
「そんな、戦地に赴くみたいなこと言われても……」
美沙の後ろで猫があくびをする。くつろいだ様子の猫と違い、美沙の表情はどこまでも真剣だ。そのガチトーンな様子に困惑しつつ、私は頷く。
「それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
「へへ……。ブルジョワ気分」
私はふかふかのベッドの上で飛び跳ね、ゲーム機で遊び、猫で遊び、冷蔵庫のソーセージを猫と一緒に食い尽くすと、やることがなくなった。
――ふいに、寝転んでいた猫が立ち上がった。
耳をぴんと立てて、天井をじっと見つめたかとさっと身を翻す。かと思うと床に、勢いよく棒手裏剣が突き刺さった。
驚き、飛び起きると天井から黒い忍び装束を身に纏った大男が現れる。身長七尺はあろうかというその男は、忍び刀を構えこちらに向かってきた。「何奴!?」と問いかけるが相手はそれに答えることなく、するりと最低限の動きでこちらに斬りかかってくる。
咄嗟に死を覚悟したが、猫が体当たりして奴の軌道を逸らしてくれた。慌てて体勢を整えた私は、奴を睨みつける。
「美沙はどうしたの!?」
「美沙? あぁ、この苦無を持っていた女のことか?」
忍者はせせら笑いながらそう言って、懐から苦無を取り出す。
持ち手の部分に「美沙」と彫られたそれは、私が去年の誕生日プレゼントにと送った大事なものだった。その事実を理解した瞬間、私の頭に血が上る。
「この曲者!」
絶対に許さない。怒りのまま飛び出そうとした私の前に猫が立ち塞がり、床を猫パンチする。
はっとして、しゃがみこみ床に触れると一部が外れることに気がついた。
刀かくしだ、その中を取り出そうとすれば忍者が美沙の苦無をこちらに放り投げる。かと思うと鎖鎌を取り出し、それをぶんぶんと振り回し始めた。美沙には「置いてあるものは動かさないで」って言われてるのに、あんなものを使われたら部屋がめちゃくちゃだ。怒りに狂いそうになる私より早く、猫がさっと立ち塞がり声を上げる。
「ニャン! ニャウ! ニャウ! ニャ! ニャイ! ニャン! ニャツ! ニャイ! ニャン!!」
そう唱えた瞬間、同じ姿をした猫が大量に現れて忍者を取り囲む。分身の術だ、猫が忍者たちを抑えてくれている間に私は冷静さを取り戻し美沙の苦無を懐にしまう。
美沙に、「絶対に死なない」と約束した。ここで負けるわけにはいかない。そう自身を奮い立たせ、私は間者に立ち向かう。
――相当の手練れだった。
身長差による圧倒的なリーチ、全くぶれない体格。強者ゆえの無駄のない動きが、私を追い詰めた。猫の助太刀のおかげでどうにか、鎖鎌を刀に絡めとり手繰り寄せるような形で近距離戦に持ち込むことに成功する。
私の刀が男の首元をかき切るのと、素早く取り出された男の寸鉄が私の胸に突き刺さるのはほぼ同時だった。
「あれほど死なないでと言ったのに!」
帰ってきた美沙が大粒の涙を流しながら、私に駆け寄る。
「美沙……大丈夫だよ。約束したでしょ、『絶対死なない』って」
滂沱する美沙を苦笑交じりに宥めながら、私は――投げつけられたのを拾い、胸元にしまっておいた美沙の苦無を取り出す。
「ごめんね。ベッドのシーツ、取り替えなきゃ」
戦いの末に手裏剣が突き刺さり、曲者の血でボロボロになってしまったシーツをよそに私と美沙は熱い抱擁を交わす。その横で猫が、何事もなかったかのようにぐうぐうと昼寝をしていた。




