君。呼びかけに答えてはくれないか。
世界の始まりが彼であるなら、世界の終わりも彼であるだろう。
「誰かの物語を書いている。」
ーーと。君は言った。
そんな馬鹿な。
「君は、正真正銘の作家じゃないか。自分はゴーストライターだとでも言うつもりか?」
呆れた様に鼻から息を吐きながら、投げかけた言葉に、彼は一つ瞬きをして口を開いた。
「そうかもしれない。」
ふざけているとは思えない、真面目な表情で。
「言葉を綴るのは俺だ。」
ーーでも。
「言葉を生み出すのはーーー」
ーーー誰だというのか。
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分からずじまいの謎がある。
分からないからこそ、『謎』であるという戯言は置いておく。
かつて俺に、到底理解できない言葉を吐いた友がいた。
いや、彼が亡くなったとかではなく。
彼との仲が悪くなった訳でもない。
今でも、親友と呼べるとまではいかないが、それなりに仲の良い友人として接している。
ある晩、彼と飲みに行った居酒屋で、ふと。
「そういえば、あの時。」
結局お前は何て言ったんだっけ?
あの時を思い出して、投げかけた言葉に彼は。
「そんなこと言ったか?俺が?」
果たして、問いの答えは得られぬまま。
浮かんだ疑問は浮かんだまま、宙に揺蕩いゆらゆらと。
俺の思考を漂っている。
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終ぞ解けない謎がある。
「ーーー成程。これは。」
ーーー成程。
終ぞ解けない謎がある。
かつて彼が言った言葉の続きか。
果たして、彼がソレを忘れたと言った理由か。
後者はともかく前者は。
ーーーああ。もう。
まどろっこしいのは無しにしよう。
なぁ、君。
そう、君だよ、君。
ーーー静かに。
声は出さないで。
こちらの言葉が見えているならば、一つ瞬きをしてくれないか。
それから、一つ。
頼みがある。
君、僕と彼を隔てる壁の向こう側にいるだろう?
つまりは君。そうだとも。
君は、彼と同じ世界にいる。
ーーーそうだろう?
なぁ、君。
お願いだ。
一生に一度の願いだとも。
君、彼のその手を止めてはくれないか。
粛々と言葉を綴り、自らが生み出した世界の幕を今にも下ろさんとする。彼の手を。
ーーー君。
僕の嘘に気付いているなら。
一つ瞬きをしてはくれないか。
ああ、白状しようとも。
僕は、彼の友人ではないし、彼との会話も全くの出鱈目だ。
真に一つ、正解があるなら、きっと、彼が「誰かの物語を書いている。」唯それだけだ。
上げた幕の舞台の上で、一度もスポットライトを浴びることなく全てを見届けて、幕を下ろす。
ーーーそれが、彼の仕事?
そうだな、そうだろうとも。
ただ、君。
君は一度でも舞台の上の人物の行く末を、彼らが、ーーーつまりはまぁ、僕らが、生まれてから死ぬまでの一部始終を見たことがあると言うのか。
舞台の半ばで消えたスポットライトの下を見たことは?
ああ、こんなのもあるぞ!
開幕したはずの舞台が一夜にして消え去った!
跡形もなく。
周囲の奴らはてんやわんやだ。
無理もない。
昨日まで確かにあったものが、急に無くなるんだからな。
まぁ、兎も角。
俺と約束をしてくれないか、キミ。
俺の舞台の幕を今にも下ろさんとする、あの男を。
男が舞台の幕に手をかける前に、その手を掴んで止めてくれ。
キミ。
ーーー頼んだからな、確かに。