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二丁目探偵物語 〜White Whirling〜  作者: かの翔吾
2nd Cinema 『探偵物語』
9/44

Scene 2

 

 永井と妻、智子。一人息子の(とおる)は、長年、新宿七丁目にある家族寮に暮らしていた。新宿六丁目にある独身寮より立地は良くなかったが、それでも東新宿駅から徒歩十五分。決して便が悪い訳ではなかった。


 都心であった事もあり、享もこの家族寮で暮らしていたが、一部上場企業に就職できた息子をいつまでも家族寮に住まわせておく事も出来ず、就職を期に一人暮らしを始めさせたらしい。


 一人暮らしと言っても、享が借りたマンションは東新宿から二駅の牛込柳町(うしごめやなぎちょう)にあり、享の職場は都庁前にあった。家族寮がある東新宿は一人暮らしのマンションと職場のちょうど間にあり、享は頻繁に実家である家族寮に帰って来ていた。


 希望通りの企業に就職できた事もあり、享の口から仕事の愚痴が零れる事はなく、まだ二十三歳ではあったが、真剣に結婚を考える恋人、麻希(まき)にも出会え、両親の目から見ても、何一つ不自由なく暮らしているように見えていた。


 父親の真面目さと母親の明るさを併せ持ち、素直に真直(まっす)ぐ育った享。そんな享が去年の秋、突然姿を消した。


 結婚を見据えた恋人にも、両親にも、友人にも、職場にも、誰一人に連絡を取る事なく姿を消した。十一月二十三日、火曜日、午後二時三十分。智子へ最後のメッセージが送られた、その日が享失踪の日となった。


《EDMフェスの後だから遅くなるけど飯は食う。多分十時頃》


 最後のメッセージに《了解》と返した智子は、自身と夫の夕食の後、享のために一品作り足した。


 それでもまだ少し時間が早いと転寝(うたたね)してしまった智子。転寝から目を覚ましたのはメッセージにあった十時を二時間回った十二時だったが、目を覚ました家族寮に享の姿はなく、また準備していた夕食にも手は付けられていなかった。


 心配をした智子はすぐに享へとメッセージを送った。だがそのメッセージは(いま)だ既読にはなっていない。連絡が取れないまま朝を迎え、心配になった智子は牛込柳町にある享のマンションを訪れた。だが合鍵で開けた部屋にもその姿はなかった。


 九時を待ち享の職場へと電話をしてみたが、連絡もなく出勤もしていないとの事。恋人である麻希や、学生時代の友人を手当たり次第訪ねてみたが、誰のところにも連絡はなく、心当たりがある者もいなかった。心配し泣き崩れる麻希のためにもと、時間を費やしはしたが、手掛かり一つ見つける事が出来なかった。


 一緒にEDMフェスへ行った友人、後藤が享に会った最後の人物である事が分かったが、明治神宮前から副都心線に乗ると言う享と、代々木八幡(はちまん)から小田急線に乗る予定だった後藤は、フェス会場であった代々木公園の中央広場で九時過ぎに分かれていた。勿論、この後藤にも享からの連絡は入っていない。



 ようやくモンブランを口に運び始めた永井の顔は少し穏やかなものに変わっていた。


 抱えていたものを吐き出した事で、少しでも楽になってもらえればいいが。それにしても君生の奴。何一つ事情を知らない癖に陰口を叩きやがって。勤務時間を終えた後は、いくら刑事と言っても自由だ。


 勿論、急な呼び出しには対応の必要はあるが。そんな自由な時間を使い、失踪した息子を探していた永井に対して、敬意と言うものはないのだろうか。息子、享の画像を手に、新宿に限らず東京中を聞き込みしていただろう永井。そんな駆けずり回る姿が浮かび、思わず或る提案をせずにいられなくなった。


「永井さん、俺も探しますよ。俺も失踪した息子さんを探します」


「えっ?」


 驚いた永井の手からフォークが滑り落ちる。


「いやいや、そんな驚かなくても」


「いや、でも」


 床までは届かずズボンの上に転がっただけのフォークを永井が拾い上げる。だがそのフォークをモンブランに戻す事はなく、手に握ったまま、ただ一点を見据えている。その一点が自分の目だと分かった途端、急に歯痒(はがゆ)いものが生まれた。


「俺、今探偵やっているじゃないですか、なんで依頼として受けますよ。勿論、報酬は頂きます。成果報酬ですけど。もし俺が息子さんを探し出す事が出来れば報酬を頂きます。もし探し出せなければ報酬は頂きません」


「いいのか?」


「後でさっきの画像を俺のスマホに送っておいて下さい」


 計らずとも仕事を掴んでやった。そう小躍りしてもよかったが、そんな気分にはならない。それに事情を聞かされ、『大変ですね、頑張ってください』そんな言葉で終わらせられるはずもない。


——永井享。


——成田和弥。


 二人の捜索依頼だなんて探偵らしいじゃないか。


 咄嗟の提案は間違っていないようだった。話し終えた時よりさらにその顔は穏やかなものに見える。いま目の前の永井は、一口では無理だろうと思える大きさのモンブランにフォークを刺し、これでもかと言わんばかりに口を開いている。


「ところで永井さん。十七年前の事件で何か覚えている事はありませんか?」


「何かって?」


「どんな些細な事でもいいんですよ。一応、小峰遼さんの転落死については記録に目を通したんですが」


「長谷沼か?」


「はい」


 こっそりコピーして来たと、口外しないでくれと、釘を刺されはしたが、永井の陰口を叩いていた君生を思い出し、庇ってやろうなんて気は湧いて来なくなっていた。それに出所を話したところで、永井が君生の不利になるように動くとも思えない。


「すみません。実は小峰遼さんのご家族から依頼を受けていまして。それで十七年前の一件を調べているんですよ」


「転落死ではなく、殺人だとでも?」


 穏やかさは消え、一瞬にして険しいものに変わったその表情はまさに刑事のものだ。


「違います。小峰遼は間違いなく転落死でしょう。確かにその前に三人の少年から暴行を受けていたかもしれない。でも殺人には繋がりません」


「それなら何を?」


「守秘義務もあるので詳しくは言えませんが人探しです。息子さんと同じように失踪した人物を探してくれと」


「それが十七年前の事件と関係しているのか?」


「そうです。十七年前の事件当日に失踪した人物を探しているので」


「……確か、成田和弥とか言ったな」


「すみません。守秘義務です」


「それで何を聞きたいんだ? 記録を呼んだのなら、概要は分かっているだろ?」


「ええ。でも記録に残さなかった事で、永井さんが何か覚えていないかと思いまして」


 モンブランを食べ終わり、すっかり冷めただろうコーヒーを口にし、宙を見上げる永井。今の永井の立場を考えれば、記憶を戻す事は苦痛な事かもしれない。それでも息子同様に失踪した人物を探す手掛かりになればと、その苦痛を誤魔化すような表情も窺える。


「大した事じゃないし、小峰遼の転落死には直接関係ないんだがな」


「何ですか?」


「三人の少年、今野と高橋と河野は口を揃えて、三人ではなく四人だったと言うんだ。あの現場にはもう一人少年がいたと。三人はその四人目の指示で自分達は動いていただけだと。でも防犯カメラには三人しか映っていない。それにその四人目の少年に電話をさせたんだが、電話は繋がらなかった。万が一罪に問われた時のために、口裏を合わせて主犯格をでっち上げたんだろう」


「四人目ですか? その四人目の少年の名前って分かりますか?」


「名前? 何だったかなあ。ああ、でも家に帰れば古い手帳があるから、分かるかもな」


「それじゃあ、その少年の名前と、息子さんの画像。いつでもいいんで俺のスマホに送っておいて下さい」


「ああ、分かった。それじゃあ俺は行くよ。そろそろ長谷沼が来ている頃だろうから」


「あ、俺も出ます」


 永井と分かれ仲通りの雑居ビルに戻る。永井の息子の事も気になるが、四人目の少年とは誰の事だろうか。どちらにしても永井の答えを待たなければ何も始まらない。あとは成田和弥だが、やはり成田の件も十七年前の事件を少しずつ紐解いていかなければどうにもならなさそうだ。

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