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二丁目探偵物語 〜White Whirling〜  作者: かの翔吾
5th Cinema 『ミュージックボックス』
35/44

Scene 5


 折り返した電話で鳴子は新宿へ戻る時間を聞いてきた。代々木上原から新宿までは十五分もあれば戻れるだろうが、念のため二十分程だと答える。何か急用だろうか?


「何かあったんですか?」


 そう聞いたはずの声がタクシーの中虚しく響く。


 思わず舌打ちしそうになったが、運転手の手前、ぐっと堪え、スマホをポケットへ滑らせる。


 昨夜の鳴子の言葉ににやけた自分を撤回しながら、仲通りへ入った事を確認し、財布から千円札を三枚取り出す。


「信号の先で停めて下さい」


 運転手へ身を乗り出した時。黒川第一ビルの前に立つ鳴子と樹の姿が目に飛び込んできた。


「辻山さん、お忙しいところごめんなさい」


 タクシーを降りるなり、待ち構えていた鳴子の声が飛ぶ。


「この子が辻山さんに相談があって」


「樹がですか?」


「そうなの。費用はあたしが負担しますから、お願いします」


「費用だなんて。そんなものは必要ないですよ。それより何があったんだ?」


 鳴子の後ろから一歩前に出た樹へと目を向ける。


「これなんですが……」


「それが、おかしなメールが……」


 口を開いた樹を差し置いて、鳴子が出しゃばる。


 直樹と言いこの鳴子と言い、常に前へ出てきやがる。掻き回すんじゃないだろうな?


 ふと嫌な胸騒ぎが掻き立つ。


「鳴子さん、樹に聞きますから。樹の相談なんですよね?」


「あら、やだ。あたしったら。ねえ、カズキ。一人で大丈夫?」


「あ、はい。恭介ママ。ありがとうございました」


 そんなつもりはなかっただろうが、樹のその一言が鳴子を帰すきっかけとなった。直樹と同類の人間だ。掻き回されるよりは素直に帰って貰った方がいいに決まっている。


「鳴子さん。後はお任せください。樹から話を聞きますので、何かあったらすぐに連絡します」


 追い打ちが功を奏し、鳴子を残し樹と二人階段を上がる事が出来た。


「それでメールってなんだ? それが相談なのか?」


 鳴子が言いかけたその言葉の続きを促す。樹は素直にポケットに滑らせているだろうスマホに手を伸ばしている。店のドアを開け、ソファへ腰を落とし樹を隣に座らせる。


「これです。SMSなんですけど」


 差し出された画面に並ぶ文字を口にする。


「樹、二十歳の誕生日おめでとう。新宿東南口下のコインロッカーに行って下さい。今まで何一つ祝ってやれなかった事を許して下さい。番号は全て誕生日です。って、そうだった誕生日だって言っていたな。確か、四月——」


「四月一日です」


「誕生日にこのメッセージが届いたって事か、それで誰からだ? 思い当たる節はあるのか?」


「多分、父からだと思うんです」


「父? 樹が確か二歳の時に姿をくらましたって言っていた?」


「多分です。俺のスマホの番号、弟にしか教えていないんです。それなのにこんなメッセージが届いて、それで弟に聞いてみたら、母さんに聞かれたから教えたって言うんです」


「それじゃ、母親からのメッセージかもしれないんじゃ?」


「いえ、それはないです。俺が嫌っている事分かっているし、それにこんなメッセージ送ってくるような人じゃないんで」


 その言葉に見える棘に、母親を家族として認識していない事が分かる。ただそれが樹の寂しさや孤独や悲しみ、上手くは言えないがマイナス要素を助長しているように思えてならない。


「とりあえず東南口のコインロッカーに行ってみるか」


 曇った樹の顔にそれ以上家族の事を質す事が辛くもあった。至極明るい声でその顔を覗き込む。まだ複雑なものを見せてはいるが、反意はないようだ。


「番号は誕生日だって書いてあるから、誕生日と同じロッカーを探して、暗証番号も誕生日を入力してみればいいんじゃないのか」


「やっぱり辻山さん凄いですね」


 何を褒められているかは分からなかった。ただメッセージの文面をそのまま拾っただけだ。推理と言える推理でもない。だがそれで顔の曇りを拭えるのなら、間違った事は言っていなかったのだろう。


 店から東南口までは歩いて向かった。タクシーを拾ったところで、余計な回り道で時間が掛かる事は分かっていた。それに樹と並んで歩きたい。そんな考えがふと湧いたからだ。


「それで番号が誕生日って?」


 甲州街道に出た辺りで樹が口を開く。


 黙って歩き続ける事に苦痛はなく、仲通りから新宿通りへ、そして甲州街道へ。ただ並んで歩いているだけで心地は良かった。だがそんな時間は樹にとって、頭を整理する時間に変わったのだろう。


「そうだな。樹の誕生日は四月一日だろ。だからロッカーのナンバーは41とかそんな感じだろう。それに暗証番号なら大体が四桁だからな。0401ってとこだろう」


「そんな単純なもんなんですね」


 ついさっき褒められたと思ったが、やはり推理とも言えない推理では浅はかさがばれてしまう。


「まあ、そんなもんだと思うよ。とりあえず東南口のロッカーだ」


「ですね。それでロッカーって改札の中ですか?」


「いや、多分外だろう。さっきのメッセージに東南口下って書いてあったろ? 単純に考えて東南口から階段を下りた所だろう。東南口から階段。ホームへ降りてしまったらロッカーなんてないだろうから、東南口から外の階段なんじゃないか」


「やっぱり辻山さん凄いです。俺一人なら何も考えず改札の近く探していましたよ」


「だからこの辺だ」


 まだ六時にもなっていないからだろうか。駅へと向かう人もそれ程は多くなく、甲州街道沿いの歩道をぶらぶら歩いているうちに、東南口の下にある広場が見えてきた。


「この辺のロッカーって事ですね。って、その横断歩道の向こうコインロッカーですよ。あっ、階段。辻山さんの言った通りですよ」


 こんな所にコインロッカーがあるなんて知りもしなかったが、あまりにも呆気なく辿り着いた目的地に言葉を失う。余計な事を言える程の自慢ではない。何も凄い事なんてないのに、樹に褒められる事が逆に可笑しな勘を働かせる。


「それで41ですよね」


 (はや)る気持ちを押えられないのか、足取りが早くなる樹。横断歩道へ一歩踏み出したそんな樹の腕を掴む。よろけそうな自転車が目に入っていなかったようだ。


「あっ。ありがとうございます」


 自転車が気にも留めずふらふらと蛇行しながら目の前を走り去る。全ての年長者を悪く言うつもりはないが、年寄りほど周りが見えていないのは確かだ。交通ルールも何もない我が道を行く年寄りの背中に睨みを利かせ、横断歩道を渡り切る。


 洒落(しゃれ)た木製の囲いの中へ吸い込まれていく樹。コインロッカーの表示はあるが、あまりにも洒落たその一角に、何故か違和感を覚えながら、その背中を追う。


「辻山さん。0401で開いちゃいました」


 行動の早さは若いからだろうか。


 並んだロッカーをぐるりと見回していたその隙に目当てのロッカーを見つけ、既に暗証番号まで入力している。


 樹が手に掛けたロッカーには大きく041と書かれている。


「樹、ちょっと待て」


 本当に父親からのメッセージなら悪戯とは考えにくいが、ロッカーを開けた瞬間、何が飛び出してくるかは分からない。樹をロッカーから少し離れさせ、正面には立たないようにゆっくりと扉を開ける。


「よかった。爆発はしないようだ」


 その一言がよほどウケたようで樹が笑い出す。


「そんな。爆弾が仕掛けられているはずないじゃないですか」


「まあ、そうだけどな。念には念をってやつだ」


 ようやく正面に立ち、二人で覗き込んだロッカーの中、黒い布製の鞄が見えた。


「まだ分からないぞ。この鞄の中に爆弾が入っているかも」


 冗談だと分かる声色で樹へと笑い掛ける。そんな冗談の一つで和ませる事が出来るのなら、幾らでも言ってやるが、手にした黒い鞄の重さに顔が一瞬強張る。その重さに衣類などの軽い物でない事はすぐに分かった。それに布越しにも分かる角張った感触だ。


「ここで開けない方がいいだろう。一旦、店に戻るぞ」


「えっ? 本当に爆弾?」


「いや、違う。多分、金だ。札束が入っている」


 取り出した黒い鞄の重さに思わず小声になる。ぶらぶらと歩いて来た甲州街道を急いで逆戻りだ。札束と言うワードに樹は固まってしまっているが、今はその方が都合はいい。幾ら新宿とは言え、まだ二丁目には足を踏み入れていない。黒い鞄を持つ手とは逆の手で樹の手をしっかりと握るためには、人目を気にされては困る。

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