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二丁目探偵物語 〜White Whirling〜  作者: かの翔吾
3rd Cinema 『猫が行方不明』
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Scene 3


「あのう。グラはいつも冷蔵庫の上に?」


 また何か可笑しな事を言い出すんじゃないかと気が気ではないが、何か気になる事があるのだろう。猫の気持ちが分かるはずもないのに、冷蔵庫の上のグラに話しかけるような視線を直樹は送っている。


「いえ、グリがいなくなってからです。グリは高い所が好きで、よく冷蔵庫の上に乗っていたんですけど、グラはそうじゃないみたいで。それなのにグリがいなくなって、グリの真似を始めたんです。それかグリがいつもいたから冷蔵庫に上がらなかっただけで、本当はグラも高い所が好きだったのかも」


「それ以外に最近グラに変わったところは?」


 この部屋から逃げ出したのはグリだ。確かに兄弟がいなくなって、グラも寂しいかもしれないが、ずっとグラを観察する直樹の意図が見えない。


「あっ!」


「どうしたんだ?」


「今、グラが口を開けたの、しかも大きく」


「お前なあ、猫だって口くらい開けるだろ。それで鳴子さん、最近他に変わった事はありませんでしたか?」


 グラに夢中の直樹などやはり当てにはならない。とりあえず鳴子からある程度話を聞き、直樹にこのタワーマンション周辺を探させるのが手っ取り早い方法だろう。飼い猫の行動範囲なんてそれ程広くもないだろうし。


「変わった事と言うか……。最近、グラの食欲がすごいんです。グリがいなくなった四日前、あたしも動転していたのか、いなくなったのにグリの分の食事を用意してしまったんです。そうしたら、グラが全部平らげてしまって。その後はもちろんグラの分しか用意しなかったんですけど、食べ終わったはずなのに、ずっと餌をくれって催促するんです」


「でもグラはそんな肥満猫に見えないですね」


 さっき主人に叱られたはずなのに、グラが冷蔵庫から下りてくる様子はない。じっとこちらの様子を窺うような黄色い目を高い所から向けるだけだ。


「すみません。ちょっと今、グラに餌をあげてもらっていいですか?」


 突然おかしな事を言い出す直樹をきつく睨む。


「えっ? 今ですか?」


「はい。ちょっと気になって」


 鳴子がキッチンのシンクの下から、キジ猫がパッケージに描かれた箱を取り出す。


「カリカリですね」


「ええ、夜は缶詰をあげるんですけど、夜以外はカリカリを」


 グラの首に()められた首輪と同じ、ブルーの皿に鳴子がカリカリを盛る。隣のグリーンの皿はグリの物なのだろう。きっとグリの首には皿と同じグリーンの首輪が填められているはず。


「あっ! また大きく口を開いた」


 直樹がグラを見て声を上げる。


「さっきあげたんで、食べるかどうか分からないですけど」


 鳴子の言葉とは裏腹にカリカリの音を聞いたグラがしなやかに冷蔵庫から飛び降りた。ブルーの皿に近付くグラ。だが見慣れない不審者が二人いるからか、それとも鳴子が言うように食べたばかりだからか、皿に鼻を近付けるだけで、グラはカリカリを口にしようとしない。


「グラは警戒心の強い子なんですか?」


「えっ、そうですね。グリの方が人懐っこいところはあります。グリがいなくなってからは食事をねだるくせに、あたしがいる時はこんな感じで、すぐに食べようとはしないんです」


「でも、食欲旺盛なんですよね?」


 直樹が何を試そうとしているのか意図するものはさっぱり見えない。それなのに直樹が鳴子へおかしな提案をする。


「ちょっとリビングから出てもいいですか? 鳴子さんも一緒に」


「おい、直樹。何をしようって言うんだ?」


「だってあたし達がここにいたらグラが餌を食べられないじゃない。あっ、そうだ。寝室。鳴子さん、寝室へ案内して下さい」


「あ、はい。こちらです」


 リビングから一つドアを抜け、寝室へ案内される。六畳ほどの部屋の中央に置かれた大きすぎるベッド。そのベッドに掛けられたピンクのレースのカバー。鳴子の風貌にはやはり似合わない物ではあるが、ベッドカバー一つとっても新宿二丁目の住人である事が計り知れる。


「それでどう言う事なんだ?」


 意図が分からず強い声を発したが、そんな声は耳に届いていない態度で、勧められてもいないのに、直樹がピンクのレースに腰を掛ける。


「ピンクのカバー可愛いですね」


「あら、そう? この歳でなんだけど、昔からピンクが好きなの」


 グリとグラをすっかり忘れた様子で、鳴子が直樹の調子にはまっていく。


「直樹!」


「大きな声出さないでよ。グラが警戒したら可哀相じゃない。とりあえずグラが食べ終わるのを待ちましょうよ」


「どう言う事だ?」


「だって、あの映画の結末だと。あっ、『猫が行方不明』ね」


「また映画か。またくだらない話をするのか?」


 直樹のマシンガンに撃たれ、目を丸くした鳴子の表情を思い出す。


「だってグリがいなくなった時、部屋中の鍵が閉められていたって、グリが自分で鍵を開けて逃げ出したって言うのは無理なんじゃない」


「まあ、そうだけど」


「外に出たんじゃなく、まだ部屋のどこかにいるって考えた方がいいんじゃないかしら」


「えっ、でもあたし部屋中探したわよ。リビングもキッチンも寝室も、もちろんクローゼットの中も。あたしも最初はかくれんぼかなって、でもどこ探してもいなかったのよ」


 鳴子の声が若干ではあるがヒステリックなものに変わっていく。わざわざ探偵に頼むと言う事はそう言う事だ。自身で探しきれなかったからだ。自身で探すとなると、まずは部屋の中を片っ端から探していくに違いない。


「もちろん鳴子さんはしっかり探したと思います。でも映画だとグリグリは家の中から見つかるんですよね。家の中にいたから外をどんなに探しても無駄だった」


「その映画の結末。結局、猫はどこにいたんだ?」


「もう、やっと聞いてくれる気になったのね。『猫が行方不明』の結末。グリグリはキッチンのオーブンレンジの裏から見つかったの」


「オーブンレンジ?」


「うちにオーブンレンジなんてないわよ」


 直樹へ返した声に、鳴子の大きな声が被さる。直樹の口ぶりが鳴子に期待を持たせたのだろう。映画の話を持ち出しても何の解決にもならない。調査員なんて地位を与えるんじゃなかった。やはり後悔は先には立たないものだ。


「すみません。飼い猫なんで遠くに行ってはいないと思います。周辺を探してみますので」


「お願いします。今頃どこかでお腹空かせて鳴いているんじゃないかと思うと」


「ええ、お気持ち察します」


「多分、お腹は空かせていないと思うわ。グラがいるんだもん」


 余裕を見せる直樹をきつく睨む。


 依頼人の気持ちに寄り添う事も大事なのに。それにしても直樹の余裕はどう言う事だ。既にグリの居場所を知っているかのような言い方だ。鳴子の元を訪れて得た情報は同じ量なのに。これで本当にグリが部屋の中にいて、直樹に先に見つけられでもしたら、この先何を言われるか分からない。

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