ゴールデンウィークが嫌いだって話
ただ己の心の内をぶちまけるだけの作品
日本には四季があります。
さんざん日本を紹介するときの定型文としてこすりにこすられたクソみたいな文だ。無論地理を学校でちゃんと勉強していれば日本以外にも四季が存在する国があるということは明らかであろう。アメリカ(内陸部除く)、中国、韓国、スペイン、イタリア、フランス、ドイツ、イギリス、ベルギー、ルクセンブルク、オーストリア、リヒテンシュタイン、ジョージア、インド、etc。
まあかっこいい言葉で言えば、温帯と亜寒帯に属する国は四季があるといえる。上にあげた国は全体でなくとも一部がそれに当てはまる。もうちょいつっこめば同じ温帯でも夏に乾燥して雨が少ない地中海性気候Csだったり、暖流の上の暖かい空気を偏西風が運ぶから高緯度でも温帯という面ができる西岸海洋性気候Cfbとか、日本や中国が属する温暖湿潤気候Cfaだったり、温暖冬季少雨気候Cwといった分類が地理Bではなされる。え、なんで最後だけ説明が少ないんだって。うるせえ私も受験から離れて忘れてんだよ。(といいつつ受験時代にも完全に後ろの二つの違いを理解していたわけではない模様)
だから日本には四季があります、っていうのを熱帯や乾燥帯、極寒地域の人に言うならまだしも、同じような気候区分の地域の人に説明しても何の意味もない。僕の長所はここなんですよと大々的に言っておいて他人との共通点を発表してもいいプレゼンにはならないというわけだ。
だから正確に言えば、日本には四季がありますというより、日本は四季がはっきりしていて、季節ごとに感じられる雰囲気もかなり異なり、季節に合わせて生活習慣が大きく変わりますみたいなのがいいんだろう。それが英語の超初心者に話せるという点はともかくとして。
まあ、昨今では秋が消えて、春がかろうじて生きながらえていて、夏と冬が大きな顔をして人間に自然の猛威を知らしめているみたいな感じになっている。日本二季になってねとか言われることもある。にしても夏と冬で人間が脅威にさらされるってまるで大阪冬の陣と夏の陣みたいだよな。
閑話休題。
まあ上に述べた通り、日本には四季がありますという文は二重の意味でクソみたいな文だということができる。まあ私が英語を初めて学んだときは教科書にこの文は載っていなかったのだけれども。
さて、この文の本題はここからだ。
上に述べたようなことはありつつも、日本には温度とかそういう面から分類した季節があるというのは事実だし、秋が消えたと言いつつ、春夏秋冬という概念はしっかりと我々の中にある。たとえ令和生まれの年齢が七歳以下の方々においてもそうであろう。(そうかな、そうかもしれない、というかそうだと信じたい。なんだかんだで四季って概念は好きだし残ってほしい。あと自分で書いておいてなんだけどその年齢でなろうに入り浸っているのは重傷だ。もっとほかの趣味をさがしなさい、そもそもいるか知らんけど)
とくれば、その中で好き嫌いが生まれるのもまた自然な話だ、そこからさらに区分を広げれば、一年または一年度のなかでどのシーズンが好きという話にもなってくる。ここで言うシーズンというのは梅雨とか残暑とか正月とかそのあたりもカバーすると考えてもらっていい。無論ゴールデンウィークもここに含まれる。
そして、私はこのゴールデンウィークが嫌いだ。一年のうちで最も嫌いな期間といっても過言ではない。
ちなみに次点で嫌いなのは夏だ。
どうしてゴールデンウィークが嫌いなのか説明をしておこう。無論、私も自分が少数派だということは自覚をしている。だから多数派の方々に置かれましてはへー、そういう人間がいるんだくらいの認識でいてもらって構わないし、同じくゴールデンウィークを嫌いな方々に置かれましても、わかるわかると共感していただく必要は一切ない。まあ共感してくれた方がこの短編を書いた意味もあるからうれしいっちゃうれしいが、全く違う理由で嫌いだという意見があることも重々承知している。
不幸自慢ではないが、私の両親は仲が悪かった。まあ時にピッタリ意気投合することも多かったので完全に分断ということにはならなかったのだが。
父親が勤めていた会社は人員の入れ替わりが激しいところだったらしく、4月になると父親はかなりストレスをためていた。そして彼はかなり切れやすい体質である。一度朝ニュースでバウムクーヘンについて解説していたとき、息子の私にバウムクーヘンってなんだ?と聞いてきて、うまく説明できず、棚の中から実物を取り出そうとしたら箸を投げつけてきて「ちゃんと説明しろ」と怒鳴りつけるくらいにはキレやすい体質である。多分会話をやめたから説明を放棄したと思ったんだろう。
そういう怒りの沸点が低い父親は、ゴールデンウィークになると4月のストレスを爆発させることが多かった。私と母親はその怒りに対抗して激しく喧嘩をすることもあったし、怒って家を空けることも多かった。
まあ、中学生より上に行けば部活動や友達付き合いやらなんやらで家にいなくていい理由を作ることができたので、それ以降はなんとかなった。まあ予定がないときはうまくかわす必要があるわけだが、毎年キレるわけじゃないので、そこだけは助かったよ、いやマジで。
さて、そうなると問題が生じる。そう、小学生の期間である。
皆さんは覚えているだろうか、小学生はイベントがあるたんびに作文を書かされるのである。六年生を送る会、田植え、海浜学校、修学旅行数えだすときりがない。ひょっとしたらうちの小学校が特別多かったのかもしれないが、とにかくうちは作文の頻度が高かった。
ここまで書けば冴えた読者はわかるだろう。そう、喧嘩してゴールデンウィークが過ぎていった年と作文が課された年が重なった場合に子供にとってヘヴィーな事態が起こるのだ。
書くことが、ない。
なぜ読書感想文がつらいのか。多くの子供は本を読んだ感想で1000字近くも書けないからだ。だから埋まらない終わらないで文句を言う羽目になる。だが高校生なら特段苦しまないだろう。知識がある程度備わり、かける内容が大幅に増えるからだ。
私のゴールデンウィーク作文、略してGSも同じことがおこった。ただ家族とけんかして、近所の図書館で時間をつぶして四日が過ぎていった、そんなゴールデンウィークの何を書けと言うのか、読書感想文のほうがまだましである。(書いていてようやくしっくり来た、読書感想文がそれほど苦に感じなかったのはこれがあったからか)
作文を課されたのは4年生までの二回だ。五年生以降は別の小学校に転校してそこでは課されなかったのでノーカンだ。ありがとう両親、ありがとう転校先の小学校の方針。
そしてなにより地獄だったのはこの作文を発表するときだ。二年生のときは低学年ということもあってか作文を書く時間が長くとられた。国語の授業三コマくらいは投じられたんじゃなかろうか。しかも短かった。おかげで先に書き終わったやつらの内容を適当にスケールダウンさせたのを適当に発表して事なきを得た。よくやった過去の私。
問題だったのは四年生の時である。書く時間は短くて、しかも宿題に出されたのだ。しかもデッドラインはかなり短かった気がするし、私は三年生の時学年の人気者グループに喧嘩を挑んで友達がだいぶ減った。早い話が二年生の作戦がほぼほぼ使えなかったのだ。親しい友達のをパクるのにもちょっぴり罪悪感がわくころであるし、周りよりしょぼいのはなんか嫌だという感情も芽生えてきたころである。だから見栄と恥ずかしいというのは人生で無駄な感情だと私は思うのだが、それはさておき、困った。家で書こうにも親になんだその作文はとか聞かれて罪悪感を覚えてもらっても困る。どうやって書いたのかすら思い出せないが、四年生を無事終えたことから、おそらく何とか書き上げたのだろう。おそらくテレビか何かを参考にしたんじゃなかろうか。唯一運がよかったと言えるのは、発表するのは特に出来が良かった数人だけだったことだ。もちろん私のは提出してそれでおわりだった。やったぜ。
小学生に上がる前は無邪気な子供だから、特に家族で遠出する必要はなかったし、ゴールデンウィークという概念も薄かった。何をしてもいいという認識でいた。しかし小学生になるとどうだろう。ゴールデンウィークはお出かけをしてなにかアクティビティをするみたいなステレオタイプがすっかり成立してしまった。ふざけんじゃねーよ。
三つ子の魂百までという。この二つの体験から、ゴールデンウィークは小学生の私にとってすっかり萎縮対象になってしまった。中学生になってバスケ部に入ってゴールデンウィークに部活があると聞いてどこかほっとしたことを覚えている。だがそれで払拭できたわけではない。今でもゴールデンウィークに対してキラキラしたビジョンが全く見えない。ある意味トラウマともいえる。こんなこと言ったらもっと深刻なトラウマ抱えている人に失礼か。
そういうわけなので、私はゴールデンウィークがあまり好きではない、なんだそんなちっぽけな理由かと思う人もいるのだろう。周りが楽しそうにしているのに劣等感覚えてるだけじゃねーのといわれるとそれまでだが、子供の時の悪い記憶というのは大人になっても引きずるものがある。私の場合はそれがゴールデンウィークだったのだろう。
一応言っておくが、ゴールデンウィークが悪だと言っているのではない。あと作文が悪だというわけでもない。文章を書くのは大事なトレーニングだし、皆の前で発表するのもやはり大事な訓練だ。ゴールデンウィークが雇用や経済に貢献している部分もあるだろう。だからこう言う意見があるから社会をどうこうという考えは一切ない。前書きにも書いた通り、ただ己の心の内をぶちまけただけである。
蛇足かもしれないが、このゴールデンウィークの四日間何をしたらいいかわからないという方のために私なりの解決案を提示しておこうと思う。私がうまく時間をつぶした例の集合である。
一つ目は図書館である。ご飯のことさえ解決すれば、あとはただ本を読むだけで時間をつぶすことができる。読むものは小説でもハウツー本でも何でもいい。
近いのが勉強である。受験生などは勉強まっしぐらだろう。気になっている資格とか、やり残した課題とかもやってしまおう。一日の労力を投入できるのだからかなりリターンがもらえるはずだ。
二つ目は自転車である。ただやみくもに自転車をこいであちこち回る。暑ささえ何とかすれば無限に時間をつぶせる。知らない場所をチャリで走るというのは結構楽しい。
三つめがカラオケ、漫画喫茶、などだ。上二つに比べて金はかかるが、楽しめる人も結構多いのではなかろうか。え、友達といく?あ、そう。そうか、そうだよね普通はともだちといくよねははは。
まあ私もゴールデンウィークに行ったのは二回ほどだが。
ちなみに、ブックオフも結構おすすめだ。立ち読みならお金かからんし。結構神。もちろん古本市場とかでもいい。漫画もたくさんあるしな。なんなら一番いいまである。
そして、東京近郊や関西近郊などの方々に勧めたいのが大回り乗車だ。150円の切符を買ってルールを守ればめっちゃ時間が潰せる。冷房があるというのもデカい。大回り乗車を知らないという人はグーグル先生とかに聞いてみるといい。説明すると長くなっちゃうからね。
あと、東京メトロの一日乗り放題券もおすすめだ。値段は張るが、一日で全線乗りつくすというのは結構めんどくさいしチャレンジ感がある。
こうしてみると意外とあるんだな。一人で虚無な時間を何とかする方法。
え、お前に誘ってくれる友達がいれば話は違うだろって??
うるせえ!!