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08.再会

「リシー!」


小さな洋服屋に入っていく妻を見て、キリルは叫んだ。


*****


妻に逃げられて腑抜けた男に活を入れようというのか、単にキリルの能力を買っているだけなのか。

リシーがいなくなってしばらく経った頃、とある土地で起きた不正の調査を、国王は直々にキリルへ命じた。


首謀者はその土地の領主と(もく)されていて、同等の高位貴族でなければ追及が難しいから、というのが王命の一応の理由である。


リシーが過去に住んでいたという街や、それまで会話に出てきた場所はすべて調べ、捜索は手詰まりとなっていたところではあった。


自分が不在の間に妻が帰ってきたらどうするのだと、伯父──国王である──に食ってかかったが、調査の合間には妻の捜索を行ってよい、期間も十分に与える、という言質(げんち)を国王から得て、領地から遠く離れたこの街に滞在していたのだった。


取り調べの合間を見ては、縫製や刺繍に関わりのある店を回っていたとき、ついにキリルは妻を見つけたのであった。


(無事でいてくれた!)


********************


いっそすべてから離れたくて、リシーはキリルとも父とも関係の無い土地を選んでいた。

それゆえに、幸か不幸か一年に及ぶ捜索の手を逃れてきた。


しかし、こうして二人は再会し、キリルは半ば強引に(懇願だったかもしれない)、自らが泊まっている宿の上顧客用の応接間にリシーを連れてきた。


リシーよりも余程上質な制服を纏った宿の給仕は、お茶と茶菓子を出すとすぐに下がり、リシーの住まいの何倍もの広さの応接間に二人きりとなった。


どこか気まずい空気を破ったのはリシーだった。

「痩せた?と言うよりやつれたわね?」


「ああ、どうかな。」

この一年、自分のことなど二の次だったが、言われて自分の体を見ると、確かに自らに合わせて作らせたはずのシャツに余計なシワが寄っている。


「あなたは、あなたはどうしていた?」


キリルの問いにリシーは事務的に答えた。

「何も変わらないわ。元に戻っただけ。」


*****


宿の入口で、リシーだけがドアマンに止められるという小さなトラブルがあった。

キリルがすぐさま抗議し無事通されたのだが、その出来事はリシーをむしろ冷静にさせた。


(こんなにも住む世界が違うのに、どうして共に生きられるなんて思ったのかしら。)


我ながら愚かだったと呆れた。同時にかつての夫を前にして、責めたい気持ちがにわかに沸いた。


「改めて満足していただけた?

 ああでも、身の程を知らない無知な女を騙すのなんて、あなたには簡単すぎて物足りなかったでしょう。」


「違うんだ。本当にすまなかった…」

キリルは何とか否定しようとするが、女を籠絡すると息巻いていた当初の自分を思い出し、二の句が継げなかった。


この一年で気持ちを整理できていたつもりリシーだったが、キリルとこうして話すうち、気持ちは昂ぶっていった。


「あのとき、私はあなたのことを愛してると思ったの。あなたに愛されているとも。でもそうじゃなかったのよね。」

「違う!」


キリルは同じ言葉を繰り返すしか出来ない。

犯罪者を淡々と追い詰めていた先程までの男の姿は、どこにも無かった。


「すべて愚かな私の誤解だったんだ。」

「誤解なんて無いわ。貧しい女があなたの大切な幼馴染に近づいた。

 あなたは体を張って女から幼馴染を守った。それだけよ。誤解なんて一つもない。」


もう一度会えたら伝えたいことはたくさんあったはずなのに、いざ自分が傷つけたリシーを前にすると、それを癒やす言葉は何一つ浮かばないのであった。


それでもやっと会えた妻を手放すつもりは毛頭無い。

いっそ(さら)ってしまおうかと不穏な考えが浮かんだが、これ以上嫌われたら生きていけない。

一緒に帰ってくれるよう必死に説得を続けた。


*****


突然現れたかつての夫に、自分では冷静に相対(あいたい)していたつもりだったが、改めてその顔を眺めると、目の下にはクマが色濃く出来ていることに初めて気づいた。

体重も随分落ちているのではないか。


リシーはまさかその原因が自分だとは夢にも思わない。


(こんな遠くの街での仕事なんて、大変に違いないわね。

 元々眠りが浅いと言っていたし、忙しくてなおさら眠れていないのかも。

 今はもう離れてしまったけど、一度は縁のあった人だし無理はして欲しくない。)


思い切ったはずの相手に、心配が次々湧いてくる。 


キリルは、嫌になったらいつでも出て行っていい、屋敷では好きに過ごして欲しい、アイアス達にも顔を見せてやって欲しい、と種々(しゅじゅ)の訴えを重ねた。


どこで生きるのも同じだと投げやりな気持ちもあった。


しかしそれよりもリシーは、仕事で疲れ切った様子のキリルを見て、自分のために余計な時間を取らせることが申し訳なくなり、彼とともに帰ることをついに決断したのだった。

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