06.仕組まれた出会い sideキリル
キリルの両親は典型的な政略結婚で、跡継ぎとなる子─キリル─を成すと義務は果たしたとばかりに、その後はそれぞれ別の屋敷で暮らしていた。
それが何の因果か、数年前たまたま夫妻で同じ馬車に乗っている時に馬の暴走事故が起き、キリルは名実ともに孤独となった。
アイアスとは、同世代ということで幼い頃から交流がある幼馴染だ。
威厳と優しさを併せ持つアイアスの父と、気取らず包容力がある母は、キリルの憧れと羨望の対象であった。
また、そんな彼らに愛情を持って育てられたアイアスには、勉強や剣術でいかに優位に立とうとも勝った気がせず、しかしそれが不思議とキリルにとって心地良い関係となっていた。
アイアス一家の方でも、キリルを何かにつけ気にかけてくれて、それは孤独の中にあって大きな支えであった。
自分のことは棚に上げ、いつまでも相手を決めない幼馴染に気を揉んでいたキリルは、素晴らしい女性が見つかったことを心から喜んでいた。
成人して以降お互い忙しく正式な紹介はこれからだったが、アイアスがその婚約者をとても大切にしていることは聞いていた。
そこに土足で踏み込む真似をしたリシーを絶対に排除するのだと、半ば使命感のような気持ちを持ったのであった。
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女は一人で小さな仕立て屋をやっているという。
キリルはまず、女の不在時を見計らって店主にハンカチの依頼を言付けた。
店主とのやり取りを経由したのは、徐々に距離を詰めることで女の警戒心を和らげるためである。
指定の期日より早く納品されたため、その翌日急遽他の予定を調整して店に向かうと、女は不在。
しばらく待った後出直そうと店を出たところに、女が帰ってきた。
──しばらくの間見惚れていた自分に、キリルは気づいていなかった。
幼馴染といるところを見たのは夜だったが、太陽の下で背筋を伸ばし立つ女は凛と美しかった。
美しい女性ならこれまでたくさん目にしてきたはずなのに、リシーを前にすると妙に落ち着かない心地がした。
その感覚の正体に気づかずキリルは苛立ちさえ覚えた。
リシーに夕食を断られたのは、女性に好まれる外見を自覚していたキリルにとって、想定外であった。
気を取り直し、取引きの交渉術と同じだと考え提案のハードルを下げ、昼食としたところで受け入れられた。
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思いのほか会話が弾み、普段他の女性につまらなそうに聞き流される外交の裏話などを、リシーは興味深そうに聞いてくれた。
リシーについて聞き出すつもりが、その時着ていた上着の縫い合わせは超絶技巧だと興奮気味に語られた時には二人で笑ってしまった。
数回会ったら自分の財産と地位をほのめかし結婚を提案する計画だったが、予定の回数を超えてもなぜか言い出せずに、次の約束を取り付けることを繰り返した。
少しは心を開いてもらえたかと自惚れた頃、何かの話題から花祭りの新酒の話題になった。
ふいに幼馴染のアイアスの顔がよぎり、気づいた時には結婚してくれと口にしていた。
それは計画通りのはずだったのに、勢い任せとなってしまったことをなぜか不本意に感じたことと、その後必死に挽回しようとしたことだけを覚えている。
始めの申し込みはかわされたが、その後も会うたびに思いを伝え、ついに受け入れてもらうことに成功したのだった。
次回は結婚式の翌日の話です。
(「02.騙された花嫁」の続き)




