04.幼馴染みと愛人
その日はアイアスと夕食の約束をしていたが、リシーの仕事が遅くなったので広場の出店で簡単に済ませようということになった。
そのような庶民の店に、自らの地位を衒うことなく立ち寄るところにも弟のフェアな人間性が表れているようだ。
(だからこそ突然現れた私にも良くしてくれる。)
リシーは新しく出来た家族が誇らしいような照れくさいような気持ちで、簡易なテーブルを挟み弟と向き合った。
そしてそこに、キリルがこの土地一帯の名産である酒の流通に係る話し合いを終え、広場の横の抜け道を通ったのは、何かの導きだったのか。
リシーの父とキリルの領地は隣接しており、その関係も良好であることから、自由な通行が認められ交流も盛んである。
食事と酒を出す店が並んだ広場を眺めながら、護衛と共に停車場まで歩いて向かっていた。
最初にキリルの目に飛び込んできたのは、リシーの姿だった。
スラリと伸びた手足にどこまでも透明な琥珀色の瞳、柔らかく波打つ髪は目鼻や唇がバランスよく配置された輪郭を鮮やかに彩っていた。
広場で食事をしている女性を何となく眺めていると──実際は目を奪われていた──向かいに座っているのが幼馴染であることに気づいた瞬間、頭に血が上った。
公の場で酒を二人きりで飲むのが許されるのは、恋人同士か家族だけ。
「おや、アイアス様も隅に置けませんね。
あまり女性との交流に積極的でないとうかがっておりましたが、あんなに美しい方がいらっしゃるなら当然だ。ご挨拶を?」
キリルの視線の先に気づいた護衛が言った。
「いや、恋人との時間を邪魔しては申し訳ない。遠慮しておこう。」
キリルは不快さを隠し、さっさと通り抜けようと、彼らの背後にある植え込みの側を通った時、「愛してる」と言う女の声が耳に飛び込んできた。
(何という恥知らずな女だ。)
少し低めの、それでいて楽しそうに弾む女の声を心地よく感じたことには気付かず、キリルは心の中で吐き捨てた。
婚約したばかりの女性がいながら、軽率な行動を取るアイアスに怒りが湧いた。
そして、アイアスが身に着けている婚約の証である指輪を見ればその立場は明らかなのに、悪びれもせず人の男と酒を酌み交わす女への言い知れぬ感情が吹き出した。
人を愛し、愛されたことのない孤独な男は、それを憎しみだと勘違いした────
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キリルが自らの感情と向き合うことに慣れていれば、そこにあるのは「こちらを見て欲しい」というシンプルな願いだとすぐ分かったはずだが、彼の育った孤独な環境がそれをさせなかった。
その後、女について調べさせると、幼馴染は愛人を隠すつもりも無いらしく、すぐに素性が知れた。
広場の近くの長屋に住み、店の一部を間借りして服や刺繍の小物を売ったり、仕立ての注文を受けて生計を立てているということだった。
キリルは大事な幼馴染を守るためだと、女を自分が籠絡して幼馴染から引き離す計画を頭の中にあっという間に描いた。
普段自分の見た目と地位に集る女達をうっとおしく思っていたが、今回は役に立ちそうだと皮肉めいた笑いを浮かべた。
引き離すためだけなら軽く遊んで打ち捨てれば良かったと、後にリシーに涙ながらに責められたが、その時はこれが最善だと疑わなかった。
思えば幼馴染にかこつけてただリシーが欲しかっただけであったし、それならば正直に愛を打ち明けるだけで、今頃二人にはまったく違う未来があっただろう。