12.エピローグ(本編完結)
──二人は再び結婚式の日を迎えた。
式は変わらず小さなものであったが、二人きりだった前回と異なり、父とその家族、そしてキリルの友人として王太子がお忍びで参列してくれた。
かつて間借りしていた店の店主も招きたかったのだが、貴族ばかりの場は恐れ多いと辞退されてしまった。
実は、店の仕入れのツテを使って逃走?ルートを手引きしてくれたのは店主であり、それに大いに感謝しているリシーなのだが、このことは公爵閣下には絶対秘密にしてくれと店主からは懇願されている。
(バレたら公爵様に殺される…リシーのことは祝いたいが、ヘタに顔を合わせて万が一にも口を滑らせたら……)
そして──
「おめでとう。」
リシーと同じ琥珀の瞳が、かつての恋人に瓜二つな娘の晴れ姿をいつまでも見つめていた──
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参列者達を見送った後、二人で教会から屋敷に戻る馬車に揺られながら夫は言った。
「指輪交換のとき少しためらってた?やっぱり結婚が嫌になったのかと思ってすごく焦った。」
リシーは自分の左手を見ながら夫の言葉を否定した。
「違うの。…針だこって分かる?
指抜きっていう道具もあるんだけど、たくさん縫い物をしてると針が当たるところにどうしても出来ちゃうの。
それを見られるのが少し恥ずかしくって…」
男は脱力して、背もたれに身を沈めた。
「そういうことだったのか。針で固くなった指先も美しいよ。
この手からあの作品達が生みだされるのだから、恥ずかしいなんてとんでもない。」
働くことは好きだしこれからも可能な範囲で続けたいと思っているのだが、夫の美しい手に引け目を感じるのは貴賤を問わない女心だろう。
「それに私も10代の頃は掌が固くなっていたものだよ。
今は腕が鈍らない程度にしか持たないから薄くなってしまったけど…剣だこと言うのかな?ほら。」
そう言いながらキリルは両手で妻の左手を取り、すっぽりと包み込んだ。
(うーん。それとは何か違う気がするのだけど…)
「確認してみよう。」
そうしてリシーの針だこを撫で始めた。
手を離すのも忍びなく、夫のされるがままになっていたが、やがてそこにキスが落とされると、リシーは真っ赤になった。
それが他の指や手の甲にまで及ぶ頃には、何も考えられなくなっていた。
「っ。」
掴んだ手をぐいっと自らの方に引き寄せると、リシーはバランスを崩しキリルに抱きつく形となった。
キリルを見上げると、指輪と同じ赤紫に瞳が輝いている。
(あの時と同じ瞳…)
光の加減でそう見えるのだと思っていたが、赤紫の瞳に共通しているのは光ではなくて…
キリルはそのまま妻を両腕で抱え込むと、今度は真っ赤に染まった耳朶をぱくりと喰む。
「ひゃっ。」
「ん。どこも柔らかいようだよ。」
完全に話がすり替えられている。
改めて、キリルはリシーに向き直って言った。
「リシー、愛してる。」
「………私も…あ、愛してる。」
過去の記憶がよぎったが、もう一度だけ彼を信じると決めていた。
あの時の凍りついた緑とは違う、燃えるような赤紫の瞳がいつまでもリシーを見つめていた。
番外編が2本ありますがいったん完結です。
とにかくイチャイチャしてます。